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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
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祝祭

 実に1年ぶり2回目となる『記録に一切残らない活躍』から約1月、思わぬ“拾い物”と思わぬ“真実”に触れたアデル達は、トルナッドに向かった4名とアンナのみ一旦事実の共有を行い、エミーはオルタの幼馴染をしばらく預かる事になったとして髪色を微妙に変え、店に迎えていた。

 他の面々には作戦の折、オルタが1人予定外に救助し、オルタがしばらくその傍に付いていたことを知っており、タイミングからエミーの身に何が起きたのか察したのだろう、事件に対する追及は起きなかった。

 時々油断したオルタがエミーを『エミ姉』と呼ぶこともあるが、なにぶん悉く異種族の妹を4人――5人か。抱える者が代表を務めているだけあり、そちらでも深く追及されることはない。

 《戦士》としての能力は、流石はオルタの“姉”ということで、その剣技は凄まじく、オルタとほぼ互角、アデルが勝負をすればアデルがやや負け越すくらいの実力であったが、そのエミーはネージュにはほぼ完封、アンナにも明らかに苦戦するという感じで、対空能力は少々低めであるようだ。恐らくそのような者を相手にした事が殆どなかったのだろう。

 オルタと違うのはその職業柄か、大楯、金属鎧を装備するところである。拉致された時に愛用の装備は奪われてしまったが、ここは高級武器屋でもある。既製品ではあるが、本人の満足のゆく物が見つかったようで、得物はバスタードソードを選んだようだ。元々はフランベルジュという独特の形状の片手持ち・両手持ちが使い分けられる武器であったらしい。

 斯くして店に“剣派”が1人増えたことになるが、現状、オルタやアデルに丁度良い練習相手が増えたと言うくらいでそれらの技が役に立つ機会は今のところない。また、エミーもフローラ同様、高所は苦手なようで、ネージュが推すドルン遠征は当面先になりそうな気配だった。


 店の方は街道整備事業が一段落ついたせいか、工事関係のデリバリーが減りつつあり、次の主力商品をどうするかというのが目下の彼らの議題である。

 ヴェント・ブルーノ商店の規模からして、日用品を大量に流通・配達と言うのは難しい。となるとやはり魔具や高級武具など『少々お高め』の商品を主力とする必要がありそうだ。

 と、同時に可能であればアリオンやブラバドの様に、元冒険者として冒険者の店を始めるのも良いのではないかと言う案も上っている。

 こちらはアデル達もノウハウは多少心得ているが、何分、どこかの誰かさんのお蔭でギルドと少々不仲気味であるのが難しいところだ。とは言えこの新都市にはまだその手の店がない。各所と相談し、需要が見込めるのであれば手を上げるのも悪くないだろう。ただ現在はコローナ、グランの両軍によって厳重に警備されているこの周辺に冒険者向けの用事がどれだけあるかは謎である。


 こんな感じで約1月が経った今日、新都市はかつてない賑わいに包まれている。

 『かつてない』と言っても、精々1年程度の歴史しか持たない場所ではあるが、その人出の多さは間違いなく過去最大級であった。

 何を賑わうかと言えば、明日・明後日と新都市初の大規模な催し――命名式と都市承認式が行われるからである。


 新都市 ― カンセロ ― イスタ・シュッドとを結ぶ街道整備が一段落つき、この新たな都市の名前を決め、両国政府から都市として正式な承認を受けることになったのだ。直接的・間接的それぞれに都市勃興に大きく関わっているアデル達には既にこの都市がどういう形で運営されるか知らされていた。

 当面――明日から50年はコローナの租借地として、管理・経営はコローナが行う。その税収から2割を借地代としてグランに支払い、都市防衛はコローナ軍が、周辺地域はグラン軍が守備するという事になる様だ。尤も実際に何か起きた場合は、移動や兵站の絡みもあり、すぐに同盟軍として共同して対処することになるであろうが。

 都市のトップに立つのはエドガー・ディオールである。領主としてではなく、直轄領の代官ということになるが、20歳はたち前の騎士としては異例の大抜擢である。エドガーは元々は男爵家の嫡子であるが、親もまだ若く、相続はしばらく先になるだろうという。そして継ぐべき領地をもつため、この地を領土として固執する必要もなく、いずれ所有権が変わる前提である為、能力さえ十分と認められれば両国政府にとっても都合が良いのだろう。エドガーの後任は慎重に選ぶ必要があるだろうが、エドガーだけでも15年くらいは余裕がある筈で、後任は現地で相応しい者が現れれば育てるという方針である様だ。



 その式典――庶民らからしればただの第一回の大祭である。――が、明日・明後日の両日行われることになっている。すでに都市に店を構えている者は、祭として特別に店の前の道路や公園等に露店的な形で店舗を拡張・出張できることになっていた。ある意味で祭の賑やかしのため『出し物』を各店舗に丸投げされた形だが、各々ここぞとばかりにアピールできるものを拡張、出張する気でいるようだ。

 祭と言っても重要な式典であるため、要人も多数来訪することになっている。こちらも公にされていない事前情報であるが、コローナからはレオナールとミリアム、アラン元帥、グランからはファントーニとトルリアーニの出席が決まっている様だ。恐らくはレオナール・ミリアム・ファントーニが初めて公の場で並び立つことになるだろうとのことだが、警備は各国軍が担うため、アデル達に依頼は来ていない。また、レオナールらは新しく整備された街道の視察も兼ねて馬車で新都市入りすることになっているので送迎の依頼も来ていなかった。その分、エドガーからは『何か考えて、出し物をやれ。』と静かに圧力を掛けられている状況でもある。

 とにかく新都市の門出を祝う初めての祭りとなる。官民一体となって盛大に祝い、盛り上げようと言う意思と熱量は各方面からひしひしと伝わってくる。特にグランディア解放を祝えなかった、グラン西部の民衆は住民、出稼ぎ、兵士問わず解放戦後最初となる祭に気合が入っている様だ。主に消費の方向で。つまりは店側からすれば大きな商機であることは間違いないのである。


 そんなわけでアデル達もきっちりと計画は練っていた。今準備をしているのはオープンテラスのカフェと酒場だ。

 昼間はアンナ、ルーナ、フローラ、ユナらを中心に、ネージュとハンナ(警備)ブリュンヴィンド(客寄せ・マスコット)とソフィー、ヴェルノ(助っ人店員)を加えて、軽食を調理しながら庶民向けから貴族向けまで茶葉を取り揃え、紅茶を中心に女性やカップルを狙った小洒落たカフェ、夜はアデル・オルタ・モニカ・シルヴィア・レイラに助っ人としてディアスとルベルそして彼らの屋敷の管理をしていた、ルベルのメイドのマリエルを加え、何故かグスタフとベックマンも参加(参戦)することになり、各々が手配できる酒を持ち寄り少量ずつの飲み比べのイベントなども計画中だ。大丈夫か?ドルケン王国。

 リシアと一角天馬にも打診・招待はしたものの辞退されてしまった。

 ティアとエミーは事務・経理等の裏方専門だ。元々は“グランの敵”であった彼女らがこの都市を祝う気にはならないだろうし、勿論公表するわけはないのだが、それでもグランの者からしたらその資格はないと思われてしまうだろう。

 初日の昼、余興にとネージュが雪を降らせることを提案したのだが、これはエドガーを始めネージュを知る一部の都市上層部から丁寧にご遠慮された。


 アデル達が何故これを企画したかと言うと、ルーナやフローラの『祭りに模擬店』というという希望に、アデルやネージュのここで飲食の実績を出しつつ珍しいお茶や酒を扱えば、将来冒険者の店を開くときに大きなアドバンテージになるのではないかと言う打算が乗っかった為だ。また、見えるところで調理をすることで、調理関連の大型魔具の需要喚起に資するかもしれないという期待もある。

 計画当初に茶葉や酒の仕入れにとレイラやモニカに相談に向かったところ、それぞれの商人・軍人、酒飲みと言った思惑が乗り、そこから徐々に話を広げた結果、ディアスやソフィー、そこからルベルらや、グスタフとベックマンなど話が大きくなっていったのだ。



 すでに公共の場での飲食業を行うための臨時の申請と認可は済ませてある。

 飲食スペースも必要なテーブルセットや食器の購入も済ませてあり、あとは当日の朝に割り振られた路上スペースに展開させるばかりとなっていた。

 レイラは昨日のうちに変装状態で到着しており、今日は茶葉や酒の選定や提供価格の設定などをティアらとする予定だ。茶の淹れ方に関してはフローラが熟知してるようで、アンナとルーナが軽食調理担当、ユナ、ソフィー、ヴェルノが接客対応となりそうだ。

 ディアスとソフィー、そして彼らの要望でルベルとマリエルも既に店に迎えている。彼らは久しぶりの再会を喜び合った。ルベルがディアスの(前線ではないが)復帰よりもソフィーが弟子を持ったことに驚き、ヴェルノをしばらく質問攻めにしたところでマリエルに嗜められたり、しばらく語らった後当然のように周囲を巻き込み自分たちの腕が衰えていないことを確認したりした。

 現役引退から3年半、最盛期の動きとは程遠いのだろうが、それでも鍛錬は続け、同レベル帯の者達複数を相手にその武技の冴はまだまだ健在である。

 ディアス、ルベル、オルタ、エミー、そこにアデルとネージュ、ハンナが混ざる。これに今日到着予定のドルケン組を交えれば、下手な闘技場よりも凄いものがみられるのではないかと思えた。


 そのドルンからのゲストチームは今日の内にブリュンヴィンドが先行して誘導することを条件に、翼竜での店舗裏の広場、アデル達がいつも鍛錬じゅんびうんどうに使うスペースへ直接着陸する許可を町に通してある。

 新都市の計画段階からそれなりの額を出資したアデル達の店の敷地はそれなりに広い。店舗兼住居兼倉庫となる建物と、ブリュンヴィンドや翼竜、竜化竜人らが同時に3~4体は離着陸できる程度のスペースが確保されている。この辺りも結果として冒険者の店を開く場合には有利に働くだろう。ただその場合は、宿屋部分の増築と事務・受付の為の従業員を雇う必要が出てくるであろうが。

 ドルン勢を迎えに行くのはアデルとアンナになっている。ここ数年、色々な課題を抱えたドルケンの王であるグスタフと軍務大臣であるベックマンが1泊以上の“休日”を取れるのは滅多になく、恐らくは初日の夜のイベントを楽しんだら翌早朝にはすぐに帰路につくことになる様だ。それでも彼らには久しぶりのリフレッシュになるだろうと言うのはグスタフの妹であるモニカであった。酒の用意を口実に彼らを招こうと言い出し、話をまとめたのもそのモニカであった。本人は武技一辺倒というが、意外と調整能力が高いのかもしれない。


 朝の鍛錬を早めに切り上げるとアデルとアンナはドルケンへと向かう準備をする。

 オルタやネージュは普段手合わせする機会のない実力者たちを相手にいつも以上に力が入っている様だが、今日に関しては明日の準備やグスタフらの受け入れ準備等、やるべき事が多い為、出掛ける間際、レイラに『本来の仕事をしない様なら容赦なく制圧してくれ』と伝えた所、皆が苦笑して見送ってくれた。皆が皆、冒険者は無期限休業状態であるにも関わらずこの辺り根本は変わらないのである。コローナには所謂“予備役”という言葉は存在しないが、有事の際の影響は容赦なく自分たちに襲い掛かってくるため、兵士も冒険者らも前線を辞するようになってからも鍛錬を続けるものは多い。



 天候が雨でなければ新都市からイスタ又はグランディアまでが空路で約1時間、そこからドルン迄2時間と言ったところだろうか。但しこれはブリュンヴィンドの総合的な飛行速度(自身の能力に風の精霊の補助、アンナの補助等)によるもので、ワイバーンでの移動を考えると所要時間はその2割~5割増しで計算する必要がある。今回はイスタを経由せず直接向かったため、2時間前後でドルンへと到着した。

 いまだにドルケン国内でグリフォンに騎乗しているのを人目に付けると渋い顔をされるので、国境手前でブリュンヴィンドにのみ“不可視”の魔法を掛けてもらう。途中何組か巡回の翼竜騎士の小隊とすれ違うが、この辺りは慣れている様で、軽く手を上げて挨拶すれば向こうも何となく察して苦笑と共に手を上げて挨拶を返してくれる。着陸時はアンナが先行し、ブリュンヴィンドでの着陸を伝えて着陸させてもらった。

 普段なら翼竜騎士の駐留場でワイバーンや翼竜騎士にちょっかいを出したり愛嬌を振りまくブリュンヴィンドであるが、今日に限っては、アンナに何かを訴える様にその肩をつつき、顔をすり合わせる。

 アンナがブリュンヴィンドと精霊語での会話をしてみると、ブリュンヴィンドも初となる本格的な祭りの空気に当てられたか、グルド山へと向かいたい様だ。

 アデルとしてはあとはモニカと連絡を付け、グスタフらの準備が整うのを待つだけだ。アデルは『昼過ぎには戻るように』と伝えると翼竜騎士らに事情を話し、アンナとブリュンヴィンドを山へと送り出した。


 新都市と自分たちの新たな門出を祝う祭りに、アデル達も久しぶりに心が躍っていた。

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