突入 8.20.450 0910hrs. South Weston
マリアンヌや白風推しの方にはしばらく鬱な展開となるかもしれません。
苦手な方は区切りまで斜め読み又は読み飛ばしした方が良いのかもです。
早朝5時半、昨日日没前に着陣したウェストン辺境伯隊2000は10時間程度の休憩を挟んだ後、そのまま西へと向かっていた。
目的地は無論、森の奥にあるという古城である。
ウェストン辺境伯軍を早朝から動かす判断をしたのはロゼールであり、それを勧めたのはティナであった。
ティナ曰く、この状況でフィンの軍が『全く動かない』のはおかしいというのだ。実際、元の兵数が勝るコローナ軍は着々と増援が増やされる中、フィン軍は撤退するでも吶喊するでもなく、また他国進出により経路が長くなっているとはいえ、後詰の気配がないのはおかしい。膠着状態での待機は兵糧や物資の浪費のみならず、このままコローナ軍が拡充されれば勝ち目などなくなり兵を無駄に損耗するだけの筈であると。当初5000だったフィン軍が数を減らしたまま動かないのは、負傷者を下げたわけでなく、別動隊を組織し、あちら側の人質の奪還に動いているのではないかというのだ。蛮族軍の数は数百程度、上位の種がいるとは言え、事前情報があり、フィンの精鋭が1000人もいればあれば充分奪還も可能だろうと言う。
仮にフィンに先を越されると、マリアンヌをいきなり殺す事はないだろうが、フィンにかなり有利な交渉を許すことになりかねない。
この話を聞いたアデルはフィン軍の別動隊、又は伏兵を警戒し夜のうちに時間をずらしてネージュとシルヴィアに1回ずつ森の南西方向の偵察を依頼した。
魔力視の探知魔素量を通常の人間程度にまで範囲を広げ21時と0時に異なる“目”を使い捜索してもらったが、どちらも古城南東エリアに人間が潜んでいる様子はないという。
と、なればフィン軍が数を減らしたまま留まっている意図は不明だが、もしかしらた牽制――時間稼ぎのつもりか、或いは例の襲撃で指揮か伝令に致命的なトラブルが生じているか……どちらにしても、少なくともフィン軍の邪魔、或いは被りなしで古城の制圧は行けそうだ。それならフィン軍にこちらの動きを悟られないように元々あった陣はそのままに、増援として到着直後のウェストン辺境伯隊を古城に向かわせ、更に万全を期すために先行してアデル達がマリアンヌの確保に動くという作戦になった。
同時に、マリアンヌによる治療は期待できないが数的優位なうちに本隊もフィン陣地に再攻撃を仕掛け、少なくとも牽制、可能であれば制圧を試みるという運びになった。
ロゼールとティナ、そしてアデルやウェストン辺境伯、そしてコローナの現地指揮官らも、『|明日(20日)中に決着をつける』ことで満場一致した。
事件発生から12日目早朝、事態はようやく第1段階の収束に向けて動き出した。
辺境伯の隊は多少強行軍となるが状況が状況だけに士気も充分に高く、特に古城の後背を目指し先行させる部隊には森林での戦闘も十分経験している精鋭を差し向けることになった。
アデル達の出番は昼前付近だろう。地上部隊の包囲がある程度進んでからだ。シルヴィアの偵察によれば1~2日で合流できる様な後続はいない。万一、四足歩行獣等、山林で昼夜問わず動き回れる魔物でもいれば別だが、それを数を揃え制御・管理するのは難しいだろうとのことだ。尤も、まだ携行可能な銃がほとんど普及していないこの地で熊の魔獣に出も合えば、1体抑えるのに兵士5人くらいは必要になるかもしれないが。
となれば、敵は高い確率で籠城は捨て、一点突破で後退を狙ってくるとティナや辺境伯は見ている。種の保存のための母体を拉致しておいて、そのまま数で包囲殲滅されるとは考えられないからだ。ミノタウロス5~6体の獣性が尚お盛んだったとしても他の種も多数いる中、少なくともトロールがいるならその様な間抜けな真似はすまい。子孫繁栄に没頭するミノタウロス6体を纏めて相手にしようとしても……あ、あるかも。
まずは敵の出方次第だ。もしこちらの予測通りに一点突破からの後退を狙うならその隙を、動かない様なら強行突入に踏み切るのみだ。先に見込んだ2つの部屋のどちらかにマリアンヌがいなかった場合はこちらもいろいろ覚悟を決める必要が出てくるが。
動きがあったのは思ったよりも早い時間だ。当初は昼前くらいだろうと予測された“合図”が9時少し過ぎたかと言うところで上がった。
こちらの動きを察知した敵軍が防衛体制を敷き始めたためだ。上がった狼煙の色は“黄色”。それは現時点で敵が城門内で防衛体制を見せた時に上がる狼煙だ。敵軍は森に侵入している辺境伯隊をすべて正しく把握できていないのかもしれない。
シルヴィアと共に偵察に向かっていたネージュが戻って来る。どうやら蛮族の雑兵である妖魔と、数体の指揮官らしいオーガやトロールが城門の内側を固め始めた様だ。
ネージュが氷竜化し、その背にアデルとティナ、ロゼールが乗る。一方のブリュンヴィンドにはオルタとアンナが乗り込み突撃開始だ。
アデル達は2キロメートルほどの距離を簡単に飛び越えると、まずは城門内にティナの爆発魔法を浴びせ掛ける。
「わーお。」
初めてティナの魔法を目にしたアデルは思わず感嘆の声を上げてしまった。ティナは立て続けに3発、高位の爆発魔法である【爆炎(エクスプロージョン+)】を叩き込む。
突然の空からの攻撃、そしてこの地にいる筈のない――その知識を妖魔程度が持っていたかは不明だが。――本物の竜の出現にパニックを起こす。炎を避けようと、或いは竜から逃れようと統率のない動きを始める妖魔を慌ててトロールが怒声を上げて止めようとするが、一度起き始めた波はそう簡単には収まらない。
その内数十体が屋内、即ち城内に戻ろうとするがそこを無慈悲な氷塊が襲う。エストリアでカーラが空けた城壁の穴を塞いだ時に使ったアレだ。これで外に展開していた120~130の蛮族軍は当面城の中に戻れない。
ブレスを吐いた後、ネージュは緩やかな斜上機動で城の2階の高さに到達すると、事前の潜入調査の折に目印にしていた窓に小さな氷片を吐く。
その氷片が窓を叩いた瞬間、窓を中心として数メートルの範囲に盛大な爆発が起き、壁ごと窓を吹き飛ばす。ティナによる爆発魔法の“収束モード”だそうだ。基本、爆発魔法は一度に広範囲を攻撃するためのものでありこのような使い方をする、そもそも使い方を知る術士は意外と多くないのだという。しかし良く制御された爆発魔法は、壁にブリュンヴィンドが出入りするには十分な穴をこじ開けていた。
その穴にまずは上空で不可視待機していたシルヴィアが突入する。突入後はまずシルヴィアが階段を制圧する運びになっているからだ。
ネージュの事前潜入により、2階と3階をつなぎ合わせる階段の位置や、人質らが捕らわれていそうな部屋はすでに調べられている。シルヴィアが穴を塞ぎに来た小隊を一蹴し階段へと向かうのを確認し、まずはブリュンヴィンドが着陸、オルタとアンナを素早く降ろして離脱、オルタとアンナは目標の部屋Aへと向かう。
その様子を確かめることもなく、ネージュは次の目標地点正面へと移っていた。
先ほどと同様の連携で城の廊下に風穴を開けるとティナが氷壁を水平……いや、T字型に展開し、ネージュと廊下への桟橋を形成する。
「おおう。」
またしてもアデルが、そして今度はロゼールも驚嘆の表情を見せる。勿論ティナの魔法だ。『氷の魔法は使えないのか?』と煽っていたネージュも流石に驚いた様で声にならない音を発した。想像以上の制御力だ。
しかし感嘆している暇はない。アデルは先頭に立ち直ちに城内へと侵入する。シルヴィアが派手に暴れているお陰で、敵が釣られたのかこちらには敵がいなかった。アデルはすぐに敵が来ないことを確認すると、槍を伸ばし、ティナとロゼールの城内への移動をサポートした。
「ふう……上手くいったか。」
アデル達が移動を終えネージュが空に戻ると、ティナが小さく息を吐き、ほっとしたような声を漏らした。流石に“氷壁”をあのような形で展開すること等今迄に一度もなかったのだろう。
そんな声を聞きながらもアデルはすぐに次の行動へと移る。目的地の扉を護るオークの衛兵を屠ると、すぐに扉を開ける。
扉の先は地獄――男にとっては天……いや、やはり地獄だろう。悪環境には多少慣れのある冒険者と言えど吐き気を催す強烈な臭いと共に10名ほどの白い裸身とこの期に及んでお取込み中のミノタウロスが2体。
アデルは後続の2名の到着を待たずに片方のミノタウロスへと走り出す。
いきなり開かれた扉、空気の流れの変化を感じたか、ミノタウロスの頭がアデルの方を向く。しかし、憑かれたように獲物の尻を突いているミノタウロスはすぐに体の向きを変えることはなかった。
初手で素早くミノタウロスの太腿と脇腹を槍で突き、抜くと更に背中を縦に切り裂く。その感触はオークを突くのとは訳が違い、分厚い筋力により相当の抵抗を感じたが、ギガースを何体か相手にしているアデルにしてみれば誤差の範囲だ。ミノタウロスは事態を飲み込めず、ただ憤怒の表情を浮かべてそのまま背中へと倒れた。
そこでようやく事態を理解したもう1体のミノタウロスは身体を女性から離すとそのままの格好でアデルに向かってくる。全く嬉しくもない全裸であるが、その強靭な筋力などには、一瞬だけ“うわぁ……”と“すげー”という感想が入った。
しかし如何に強靭とは言え相手は丸腰だ。リーチの優れる槍に対し、ミノタウロスは腕を犠牲にして体を守ろうとするが、戦士として熟達しているアデルの槍に対抗できるわけもなく、たちまち体に傷が増えていく。
ミノタウロスは何かを思いつきアデルから離れようとしたが、それはティナが許さなかった。ミノタウロスの足元から空気が凍り、ミノタウロスをその場に縫い付けたのだ。あとはアデルが後ろから首を貫くと、ミノタウロスは倒れ伏した。
「氷魔法も使えばそれなりに役に立つのだな。」
扉の接合部を凍らせ、その内側に氷壁を構築した後、ティナが呟くように言う。これが氷竜さんの思いついた『良いこと』だった。
扉と壁を接合している部分、或いは扉同士の隙間を強固に凍らせ、更に氷壁を築くことで時間稼ぎは十分に出来ると。
「性には合わんがな。」
最後にいい訳なのか、吐き出すように言う。今まで爆発魔法に全振りしてたのだろうか?しかしそんな詮索は今必要でない。
「ロゼ……」
アデルがそう声を発すると、その場にいた全員が一点を向く。
「まさか……ロゼール様……!?」
最初にその意味に気付き口を開いたのは、両手両足を縛られ、備え付けられた丸太の骨子に中腰の姿勢で固定されていたイリス――白風のリーダーだ。
見るからに生々しいを通り越し、痛々しい姿だ。恐らく最大限の抵抗をしたのだろう、身体の各所には裂傷から火傷に至るまで様々な傷がつけられている。
イリスに声を掛けられたロゼールはその声が、それらの視線が全く目耳に入っていないかのように一点を見据え歩み寄る。
こちらから見ればほぼ似た様な尻と足にしか見えないのだが、ロゼールはすぐにわかったのだろうか、虜囚の中の1人に歩み寄ると静かに声を掛ける。
「おいたわしや……と言いたいところですが……あなたのお陰でどれだけの命が救われたかは理解しています。しかし、その裏でどれだけの者が気を病み、或いはどれだけの者が傷つけられ、穢されたか。あなたはただの神官ではないと何度も申し上げた筈なのに。」
ロゼールが声を掛けると、虚ろな表情で俯いていた、俯かされていた女性が顔を上げ振り返る。
沈み切った女性の目に光が戻ると、その眼には涙が浮かぶ。それは救助された安堵の涙ではなかった。
「アデルさん。すぐに壁際の確保を。」
懐から短剣を取り出し、マリアンヌの戒めを解きながらロゼールが言うと、アデルは予定通り窓のある面の壁に固定されている女性らの戒めを解いていく。
色々なものに目を奪われそうになるが、立ち上る嫌な臭気に吐き気をこらえながらアデルは順番にその拘束を外していく。
「皆さんにお伝えしなければなりません。」
ロゼールが少し声を張って告げると、戒めを解かれた者、まだ壁につながれている者問わず全員がロゼールに顔を向ける。
「まずは我が国第2王女、マリアンヌ・クロエ・エメ・コローナの命脈をここまでつないでくれたことに感謝します。」
ロゼールが頭を下げる。虜囚全員、そしてアデルとティナ、マリアンヌもその意味するところが分からず少し困惑の表情を浮かべた。
「今この古城をウェストン辺境伯ら2000の部隊が包囲中です。“程なくして”この古城は辺境伯らの部隊により制圧されるでしょう。私達は身勝手を承知で、王女の連れ去りや人質に取られるリスクを減らすため、少人数でここに先行して潜入して来ました。」
ロゼールはそこで一呼吸置く。
「今この場から連れ出せるのは王女だけとなります。皆さんにはもうしばらくの忍耐をお願いすることしかできません。」
「マリアンヌ様の生還を我らの最後の誉れと致しましょう。」
イリスがその場で膝をつく。この場にいる者は恐らくはコローナの者ばかりなのだろう。すぐにその意味を理解する。解放されたものはイリスと同様膝を付き、まだの者は動けないながらも覚悟を決めた表情を浮かべる。しかし――
マリアンヌのみが何かを訴えるかの表情でアデルを見た。何とかしたい気持ちはアデルも同じだが……異常を察知した敵軍が出入り口に圧力を加えているのがわかる。
「イリスさん。売り物用の出来合い品ですが装備を置いて行きます。お辛いでしょうが、白風の中から一人、俺らと同行し帰還と同時に事情聴取できる人を選んでもらえませんか?」
この状況――即ちミノタウロスらに裸に剥かれた状況を予測していたアデルは、店にあった物の中からそこそこの長剣とレザーアーマー10名ほど分、それに金属の円楯数個を魔法袋に入れて持ってきていた。それを取り出しながらイリスに声を掛ける。
アデルの言葉にイリスは少し表情を険しくしながらも答える。
「今すぐ1人だけというなら、アンジェラを連れて行ってくれ。アンジェラ、すまんが……」
「……承知した。」
敗北と凌辱の恥辱の中、1人のみ帰還し事情聴取を受ける。複雑な……むしろ、辛いだけの役割を理解してアンジェラは頷く。
アデルはすぐに装備を出し終えた魔法袋にアンジェラを促し、押し込む。
「アデルさん、何を勝手に――」
王女以外に1人だけ助けるというのは色々都合も悪かろう。ロゼールがアデルに問い詰めようとする。
「この襲撃に不審を思っていると言ったのはロゼだろう?」
アンジェラはすでに袋の中だ。引っ張り出す時間も惜しいと思ったか、ロゼールはそれ以上言葉にせず、マリアンヌに【浄化】の魔法を掛け、マリアンヌに袋に入るように促す。尚も何か言いたげな表情のマリアンヌにアデルが、
「今この瞬間もアンナや俺の仲間が少人数で戦っています。」
そう言うと、マリアンヌは悲しそうな表情を浮かべ、大人しく袋の中に入った。
「ティナ。あとは分かっていますね?」
マリアンヌが大人しく回収されたのを確認するとロゼールはティナ言葉を掛ける。
「わかっている。」
次の瞬間、スペースを確保した窓のある壁を収束爆発魔法が吹き飛ばす。
「ここは2階です。外はネージュが派手に暴れていますが……あと、場内で暴れている竜人はネージュの母親で今回は味方です。」
出入口の扉に外から武器を叩き込んでいるような音が響いている。
「これは売り物ですので、いずれ返して頂けると……」
アデルが少し困った表情でそう言うとその先を理解したかイリスは大きく頷いた。
「分かった。約束しよう。」
イリスの言葉と同時に、爆発で開いた穴にブリュンヴィンドが侵入し着陸した。




