同行者
店舗を閉め、2~3日は配達に専念するという張り紙を店の入り口に張り出した後、作戦に参加する者を魔法袋に入れてアデルはブリュンヴィンド、ネージュと共に昨日言われた通り王城にてロゼールを尋ねた。
まずは昨日と同じ控室へと案内されると、そこではすでにロゼールが待ち構えていた。
「お待ちしておりました。アデルさん。昨日お渡しした時計は客間に置かれましたか?」
ロゼールは開口一番、そんな質問を寄越してくる。
「あー、いえ。2~3日店を開けない事にしたので……今は居間に置いたままですが……何か?」
アデルはその言葉の意味がわからず、とりあえず正直に答えた。
「いえ、魔法袋から出してあるなら構いません。今後もなるべく光が差し込む場所に置いてください。流石に直射日光は避けてもらいたいところですが。」
ロゼールがそう言う。動力に光を触媒にした魔具でも使われているのだろうか?だが、アデルの次の句を待たずロゼールは移動を促してきた。
「それではお互いの同行者の顔合わせでもしましょうか。付いて来てください。」
有無を言わさぬ口調でロゼールは急ぐように廊下を移動する。そう言えば今日はポールの姿が見えない。
ロゼールは3階に上がる階段の前でその脇を固め、守っている衛兵に2~3言葉を掛けると、改めてアデル達を上の階へと誘う。
王城の階層は上に行けば行くほど入れる者が限られてくる。特に3階以上となると、最低でも爵位持ちであることが条件となる。それもあってかここから上の衛兵は兵士でなく騎士となる。
3階に上がるとすれ違う者が、共もつけずに早足で移動するロゼールとキョロキョロ周囲を窺いながら離されないようにとついて行く冒険者風の2人を見てぎょっとしたり、怪訝な表情を見せたりするが、ロゼールはお構いなしにその北端、陽の光が当たりにくい奥の一室へと移動した。
「ここです。どうぞ。」
ロゼールが扉を開くと、その中は小さな図書館の様だった。
部屋としては大きく、図書館としては手狭なその部屋は、いくつもの本棚があり、そこには様々な種類の本がびっしりと並べられており、学者風の人間が数名、本を探したり、脇のスペースにある机で本を調べたりしている。
ロゼールは更に奥に向かうと、入り口よりもさらに仰々しい扉がもう一つ扉があり、その中では2人の女性が何やら調べ物をしている様子だった。
その内片方の顔をアデルとネージュは覚えていた。
カミラである。
ドルケンの地下組織に売られ、さらには連邦へ奴隷として売り出されそうとしていたところを、アデル達を始めとするドルケンの治安部隊が制圧し救出、解放した女性だ。
カミラはアデル達を見ると、一瞬驚いたように固まったが、すぐに破顔し満面の笑みで近寄って来る。
「お前たちか!久しぶりだな。」
歴史のみに登場するフランベル公国の民を自称する妖艶な美女は2人の恩人の姿に懐かしさを覚えながら歩み寄り、握手を交わした。
その様子を見、ロゼール以外の者の存在に気付いたもう一人の女は、アデルとネージュの顔を見て、一瞬ぎょっとしたような表情を見せる。
人見知りというよりは神経質そうな、黒髪・黒目の女性である。年の頃はアデルと同じくらいだろうか?こちらはカミラとは対照的ににこりともしない。むしろ親の仇でも見るかのような睨みつけるような鋭い視線を飛ばしてきた。
「2名付けるってもしかして……」
昨日のロゼールの言葉を思い出したアデルがそう切りだすと、カミラはキョトンとした表情をうかべ、黒髪は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「ティナ。自己紹介しなさい。」
ロゼールにそう言われると、ティナと呼ばれた女はますます嫌そうな顔をして後ずさる。人見知りというより、対人恐怖症か?と疑いたくなるようなそぶりだが、再度ロゼールに強く名前を呼ばれると渋々といった表情でアデル達の前へと進み出てくる。
「ティナ……だ。用があるときはそう呼べ。」
直立不動でぶっきらぼうにそう言うと、女は手を差し出す訳でもなく顔を顰める。そしてアデル達も何となく察する。この女は――首にシルヴィアが付けている物と同じ首輪を付けられている。
「こいつ……奴隷?」
ティナの非友好的な態度にネージュも応える。首を示しながらジト目でロゼールを見あげた。
「……事実上の“犯罪奴隷”ですね。名目上は食客研究員としていますが。わが国では奴隷の個人所有が認められていないので、身体への奴隷紋の烙印はせず、身分も“平民”としてあります。」
「……訳ありってそういうこと……」
ロゼールの説明にアデルはやや引き気味に呟く。
「本来なら名を連ねて処刑されるところでしたが、魔法に関する知識が素晴らしかったので殺すには惜しくて裏で手を回し助命しました。流石に表に立たせるわけにはいきませんがね。」
「この作戦に……大丈夫なのか?」
「大丈夫です。私が命じればすぐに魔法を行使します。」
「……私が命じれば?」
「ええ。ですので、同行するのはこのティナと私です。」
「「はぁ?」」
ロゼールの言葉に思わずアデルとネージュは揃って聞き返してしまった。
「マリアンヌ様が拉致されてるところにわざわざロゼがいくってのか?」
呆れる様に言うアデルにロゼールは『ふふっ』と笑って見せる。
「大丈夫ですよ。いよいよになったら私とティナは見捨てるくらいのつもりでいてくれて構いません。時計はちゃんと、アデルさんたちのお店の部屋に置いてあるのでしょう?」
「……本当にアレに何か仕掛けてあったのか?帰ってから『あれはないだろ』ってオルタに説教しちまったんだが……」
「いやぁ、実際にあの場であれはないとは思いますけどね。私でなかったら不敬か何かで捕まっていたかもしれませんよ?」
「いや、ロゼじゃなきゃオルタもあんな反応しないと思うけど……」
ロゼールの言葉にネージュが茶々を入れる。
「なんだか久しぶりな感じだねぇ。王女様。でも何かい?この様子だと私は留守番ってこと?」
「ええ。申し訳ないですが今回はそうして頂きます。」
ロゼールの言葉に少しだけカミラがしょぼんとする。
「で、あの時計には何が仕掛けられてるんだ?」
「いえ、大したものは。緊急時の転移先の座標として指定できる魔具が埋めてあっただけですよ。流石に魔法袋の中に直接転移は出来ないので、魔法袋の中に入れっぱなしだったらどうしようかと言うところでしたが。」
「魔法に詳しいって……この人、転移魔法まで?」
「……ええ。惜しい人材でしょう?実際、ティアなしでこの魔具は完成しませんでしたし。」
今の時代、転移魔法の使い手は両手で数えられる程度しかいないと言われている。そう言うとロゼールは左手中指にはめた指輪を見せた。
「これは?」
「1回分の転移魔法が封じられています。緊急時でも使える様に転移先は事前に指定することになりますが。まあ、身の安全の為にもどこかは言えませんが。」
「1回だけか……つーか、ああ、うん。絶対に寝室には置かないようにしないとな……」
アデルがぼそりと言うと、ロゼールが話題を変える。
「ところでそちらの同行者の方は?話し合いは通ったのですか?」
「ああ、確保できた。ここで一回顔を合わせた方がいいかな?」
「そうですね。一度顔合わせをしておきましょう。その後一緒に袋に入って移動になるでしょうし。」
「なら袋の中でいい気がするけど……」
「合流地点わかりますか?」
「ワカリマセン。」
「このティナを一人、見知らぬ者ばかりの袋に詰めますか?」
「うん。顔見せダイジ。」
アデルはそう言うと袋を開け、中にいる者達に出てくるように言う。
シルヴィア、オルタと出て最後にアンナが出ると、またしてもカミラが反応し、アンナの方もそれにすぐ気が付いて顔をほころばせる。
反面、ティナとシルヴィアは瞬時に互いを理解しあったが、露骨に嫌そうな顔をした。
「……この方、以前の依頼の折にもリシアと一緒に地上部隊にいましたよね?」
「あー、紹介するのは初か。こちらシルヴィアさん(76)。ネージュの母親にして、勢いで氷竜を押し倒す性豪――」
「「「はあぁ!?」」」
アデルの紹介が終わる前にロゼール、カミラ、ティナの驚きの声と、シルヴィアの本気の蹴りが飛んできた。
「……つまりネージュの氷竜化は……」
「そういうことらしいね。」
驚きの中呟くように言うロゼールにアデルが答えた。
「いや、これとんでもない発見と言うか、危険と言うか……今までの竜人研究がひっくり返りかねませんよ?」
「だろうねぇ。レインフォールのレイラさんですら初耳で想像すらつかなかったってくらいだから……」
「出来れば一度ゆっくりお話を伺いたいところですが……あまり時間は取れませんよね?」
「だね。こっちも一度、向こうの拠点の構造等を確認しておきたいし。あと――」
すっかり研究者の顔となったロゼールの言葉にアデルは応えると、さらにシルヴィアが懸念した、高位魔族が裏にいる可能性を示唆した。
「なるほど。確かにミノタウロスの群れと言うものの記述がなくて気にはなっていましたが……」
より強力な存在の可能性にロゼールとティナが険しい表情になる。しかし……
「こちらもシルヴィアさんの言う通りですね。私達の目的は飽くまで姉の回収です。今回魔族を相手にする必要はありません。速やかに見つけ出し、回収しぶち破って離脱しましょう。」
シルヴィアの投げやりな作戦が、クライアントによって承認されたのである。




