救出作戦
ロゼール達が立ち去ってしばらくの時間が経過すると控室にエドガーたちが戻ってきた。今回の報告は良い報告ばかりだった筈だったのに彼らの表情は一様に険しい。
「……何かあったのか?」
その表情を読み取った風にアデルが尋ねる。
「いや、俺達の方は問題ない。都市の名前も殿下がグランと調整した後に殿下が自ら相応しい物を付けると仰っていた。いよいよ最初の船の建造に手を付けるおつもりのようだが、流石にそれは俺らの仕事じゃない。ただ、大きめのドックは作れと言われたがな。」
「ほう。」
コローナ初となる国有の船をどのような形のどのような大きさの船にするかはわからないが、恐らくはその進水式と港の稼働、もしかしたら新都市の命名を纏めて派手にやるつもりなのかもしれない。そうアデルが言うと、エドガー達は少しだけ表情を緩めた様子だ。
「ドックの建造と船の建造で何年かかるか……流石に都市名はそれより先に決まると思うがな。」
エドガーが苦笑する。
「それよりも……王宮内で何かあったようだ。」
全員が中に入っているのを確認しドアを閉める。音を遮断したうえで小声でエドガーが呟いた。
「文官も武官も皆一様に険しい顔をして動き回っていた。恐らくは軍絡みで何かあったんだろうな。」
ロゼールが言う、エドガー(ディオール)らの耳にも入れないと言うのは本当の様だ。
「殿下は?」
「殿下はそのような素振りを――少なくとも直接関係しない所で表に出す事はないからな。」
この場合の殿下と言うのは当然レオナールのことである。レオナールはいつもの変らぬ様子でエドガーたちの報告を受けたのだろう。
「何か嫌な予感がする。帰還を急ごう。……ネージュはどうした?」
「王都に来たついでの用事を頼んだ。心配はいらんよ。庭にブリュンヴィンドがいなかったら直接店に戻れと言ってある。」
「そうか。では早速だが……」
エドガーはそう言うとまずは荷物をアデルに渡す。それを受け取ったアデルは魔法袋を開くと、それを袋内の出入りの邪魔にならない位置に置く。
ついでエドガーら新都市の責任者ら3人を袋の中に誘導する。最後にアデルとオルタが目配せをして頷き合い、オルタが袋に入る。帰りはブリュンヴィンドとアデルのみだ。来る時は護衛としてネージュがいたのだが、ネージュは既にドルンへと向かっている。
束の間の平和に飽きているネージュは度々ドルケンへと向かい対した見返りもなく傭兵としてモニカの直下でドルケン北部の蛮族との戦に参加している。時折、モニカやシルヴィアと共に温泉を堪能してくるなど、今は単身でドルケンに向かっても困る事はない。シルヴィアとの関係も当初よりは大分改善している様子が窺えた。
風精の補助を受けつつ、ブリュンヴィンドはわずか2時間程で新都市へと到着する。基本、コローナ―カンセロ―新都市の移動に於いて、空襲を受けることはほとんどなく、ごくまれに中型の鳥の魔物に絡まれる程度だ。中型の魔物と言ってもブリュンヴィンドと同等か少し小さい程度の物でアデルやブリュンヴィンド、ネージュの敵ではない。それでも稀に旅人や隊商を襲ったり、農作物にそれなりの被害をもたらす事もあるので、見つけ次第始末して僅かばかりの褒賞と鳥肉を稼がせてもらうのだが。
今回はそのような魔物に絡まれることもなく、無事にエドガーらを新都市庁舎へと送り届けた。
さて問題は店舗兼住居に戻ってからだ。
アデルは早速住人を招集し、箝口令の敷かれた極秘依頼であることを説明し、次に依頼の内容を説明した。
当初は冒険者組――つまりはアンナとハンナにのみ知らせるべきかと考えたが、自分たちが店を離れる間に店をやりくりしてくれる彼女らに黙っているのも悪いと思い、しっかりと念を押したうえで依頼の内容を離す。
まず最初に反応したのはアンナだ。
今いる中でアデルとオルタを除けば唯一マリアンヌと接点があったのがアンナだけであるので当然と言えば当然か。
襲撃のあった状況、ミノタウロスの生態、そして依頼の内容が「救出又は回収」である事を説明して行くと、アンナ以外の面々もみるみる表情が険しくなっていく。
続いて現在、シルヴィアの力を借りられないかネージュが打診に向かっていること、ロゼールが優秀な《魔術師》を紹介してくれる話を伝え、地上と連携して侵入、古城内部を捜索し、見つけ次第回収、離脱を行うと言う作戦を伝えた。作戦の性質上、前線か後方支援かは別としてアンナの参加は必須だ。また同時に空挺作戦となるため、ハンナの不参加もほぼ確定だ。
「魔法袋の口をもう少し拡張出来ないか聞いてみたけど、現状難しいらしくてな……」
前回の大一番にも留守番を余儀なくされたハンナにアデルが配慮を見せると、ハンナは『屋内戦は不得意だから大人しく留守番か配達かしてる。』と割り切る様に申し出た。
強さに対する執着は最も強いハンナだが、今はそれより優先すべきもの・ことをしっかりと理解している様子だ。
そのハンナの代わりに参加したいと言い出したのがルーナとフローラだ。
しかしアデルはすぐにそれを却下する。確かに彼女らの実力なら妖魔を払い除けるくらいは出来そうだが、今回は上位種が10体前後、作戦も任意のタイミングで離脱できる野戦とは違い、潜入からの強硬離脱作戦だ。それに話からして、成人直前の多感且つ無知の女子らには凡そ見せたくない様な状況が待ち構えていると予想できる。
このご時世、本人が望むのであれば護身の為、活動の為にも目の届く範囲で対妖魔程度の実戦なら経験させておきたい気もするが、この非常事態下の話の下ではご遠慮して頂くしかない。
アデルの説明を渋々2人が受け入れる。
「ってゆーか、フィンより安全だろうってこっちに来たんだよな?」
呆れたようにフローラに問うと、フローラは『その中で色々経験するためにレイラに勧められた。』と答えた。更に亡国の元侯爵である父からは『何があっても一人で生き抜く力を身につけなさい。』と言われているとも付け加える。
フローラ自身の言動、というか志向もオルタのそれに近い。才能も見込まれ、あと2~3年もすれば女性版オルタが出来上がりそうな勢いである。どこぞの王族ではないが、成人したらネージュを付けた上で色々経験を積むために冒険者として活動させてもいいのかもしれない。
そんな話をしていると、ネージュがシルヴィアを伴い戻って来る。
「借りられたか。」
アデルがそう言うとシルヴィアがいつもの不快そうな表情を見せる。
「モニカ姉にはそれなりに貸しもあるからね。もともと本来ならコレもお兄のモノだし?」
「あんなもの決闘とは認めん。決闘というなら1対1の再戦を申し込む。」
「……またきっちりカラダに刻んでもらう?」
いつのまにかモニカをモニカ姉と呼ぶようになっているネージュだが、その口ぶりからしてあちらそれなりの仕事をこなしている様だ。そんなネージュはニヤリと笑って見せると、シルヴィアの尻を叩く。
「今じゃなくていい。それよりも――ミノタウロスと言ったか?」
どうやら主導権はネージュが持っているらしい。恐らくは首輪の機能の一部を譲り受けているのだろう。そんなネージュを蹴り返しつつシルヴィアは話題を変えようとした。
「ミノタウロスにトロールが数体――」
と、アデルが再度頭から、救出目標が王女であるという部分を伏せて説明する。
「……妙だな。ミノタウロスは基本、群れん。」
最後まで一通り聞き終えたシルヴィアが言う。
「群れん?」
アデルが問うとシルヴィアは答える。
「ミノタウロスは気性が荒く、また種族柄、牡しかいない。そんなのが一所に何体も、好みそうな人間の牝とまとめられているとなれば、連日連夜周囲を巻き込んで乱闘騒ぎになっている筈だ。」
「…………酔っ払いの乱痴気騒ぎよりひどそうだな。」
シルヴィアの言葉にオルタが閉口する。
「シェアするなんて発想は……」
「出てくる訳がない。言っておくが注げばすぐに湧いて出るわけではないのだぞ?魔素量が高い順に牝の取り合いになるのは間違いない。」
「つまりは、何らかの力で従わされている可能性があると?」
「知能は人間よりやや低い。が、その分胆力はあるし、3体以上をそう簡単に従わせるというのも難しいだろう。それこそ、こんな単純な拘束具でもなければな。」
シルヴィアはそう言いながら不機嫌そうに首に巻かれている金属を叩く。
「裏に人間が絡んでる?」
「少なくとも、トロールやボストロール程度ではどうにもならんだろうよ。現実的なところで――それこそ、夜魔とかの呪いや魅了の類だろうな。」
アデルの問いにシルヴィアが自嘲的に嗤う。
「……その可能性も考慮したほうが良さそうですね。」
アデルの言葉にシルヴィアは笑う。
「ふん。聞くところ目的は攫われた娘の回収なのだろう?ならば態々相手にする必要はあるまい。私は適当に暴れる。お前らはその間に潜入し目標を探して回収する。回収の合図だけ考えておけ。それを確認したら私も適当に切り上げて離脱する。」
「いや、魔力視持ちがいるなら“不可視”だけで捜索するって訳には行かないだろうなと……」
「……なら事前に出来る限りの偵察をしておくことだな。建物の構造等からある程度の予測を立てておけば多少は時間が浮くだろう。私はやらんがな。」
投げやりなシルヴィアの言葉に、ネージュは何かを閃いたかのような表情を浮かべていた。




