カールフェルト王
レイラへの債務返済が無事終わり、新都市へと戻ってきたアデル達は早速フローラを加えた新体制で店を再開した。
フローラがまだ店に出ることはないが、年の近い新しい後輩にルーナが今まで以上に張り切っていた。ルーナは一角天馬が湖へと戻ったため、今迄通り住居部分の管理や家事を中心に、たまにブリュンヴィンドと共に配達に出かけるなど、少しずつでも“表”に立とうと頑張っている。
フローラは初めて見るグリフォンやケンタウロスに強烈に興味も持ったようだが、すぐに慣れ、簡単な意思疎通は出来るようになっている。フローラはアデルやオルタ、アンナが心配したよりもよほど肝が据わっている様子であった。いや、むしろ強すぎる好奇心が貴族令嬢・王子付きという蓋を外されたことで溢れ出し、ルーナを引っ張る勢いであった。
特に一番驚かされたのは剣の腕だ。本人は『護身術くらいは。』などと言っていたがその様なレベルのものではなかった。得意としているのは“レイピア”で、午前の鍛練ではティアを圧倒し、間合いの異なり、一突きだけだが実戦経験のあるルーナを相手に勝ち越す日もあったくらいだ。
流石に元本職である冒険者組には遠く及ばないものの、ネージュやオルタが舌を巻くほどであった。尤もその2人の場合は、『素人としては』という範囲の評価であり、それ以外の時の佇まいとのギャップに驚いていた部分もあるのだが。
期せずして――どこぞの貴族たちの様な対立こそないものの――アデル達の中にはアデルと始めとする槍派と、オルタを主とする剣派の2大派閥が生れることになった。
因みに槍派がアデル・アンナ・ルーナ・ハンナで、それ以外が剣派だが、一言剣と言っても、オルタはほぼ鈍器であるし、ネージュは蛇腹剣、フローラがレイピアでユナとティアが一般的な長剣と形状は様々である。フローラの剣術も今後はオルタが指導する運びとなったが、フローラに教える時はオルタも長剣を持って教えている。フローラの速さに対応するにはオルタも抜剣モードで合わせている。
ただハンナ同様にまだ“空を移動する”というのには慣れなさそうだったが。もしかしたら高所恐怖症なのかもしれない。
しかしそこは元・王子付きの侍女である。掃除、着付け、ベッドメイクなどの家事の品質は今迄のものとは段違いのレベルであり、経理に掛かりきりとなっているティアに代わり、ルーナと協力して精力的に働いている。
剣技以外の部分を改めて観察すると、やはり特に目を引くのはその容姿だ。ミリアことミリアム・ファントーニ……今はミリアム・コローナか。と比べると若干幼さは残すがそれでも華やかさは群を抜いており、所作も含めると“麗しさ”は最近巷で評判のアンナ・ルーナ姉妹よりも上かも知れない。勿論2人は別の所で大きな魅力があるのだが。
アデルはぼんやりと以前、カイナン商事でミリアが受付をしていた時、華やかと思うと同時に場違いという感想を抱いた事を思い出していた。
さて、そのフローラに元カールフェルト民としてフロレンティナの評価を聞いてみたところ、少し渋い顔をしたうえで、『カールフェルトの者が今の生活が出来ているのは女王の早い決断とその後の振舞いのお蔭』と女王支持派であるようだ。ただ、今グランにいることを思い出したか、『かと言って他国、特にグランへの侵攻については他に手はなかったのかと思う部分はある。』と中々に客観的な評価を下した。当初、国民らから散々な言われ様だったフロレンティナであったが、最近はその評価を見直される流れになっている。尤も、フローラの家は元々フロレンティナの重臣の家だったと云う事で、本人、両親ともに最初から一貫してフロレンティナを支持していたと述べた。ただ、フローラが生れた時には既に“カールフェルト女王”と言う存在はなくなっており、フローラの意見は親の話を聞いた影響もあるかもしれないとのことであったが。
その言葉に当のフロレンティナを強引に捕縛し、表舞台から引き摺り下ろした形となるアデル達は少々複雑な思いを抱くしかなかった。当時は『排除すべき敵』として見ることが出来たが、暫しの平和の内に落ち着いてくると、飽く迄それはグランやコローナでの視点で、カールフェルトやフィンではまた別の見方があるのだろうと思うと、やはり複雑なものである。勿論、侵略戦争を仕掛けたのはフィンでありフロレンティナあり、その魔法や軍勢により非業の死を遂げたもの者も数多くいる訳で、このグランの地に於いて迂闊なことは言えない。国を跨ぐ、国境を越えることで初めて知る見方もあるのだと。
一方でその息子たるローレンス王子の方の印象を尋ねると『フィンの王子としか見えない』という答えが返ってくる。フィンの第3王子であるのだからそれはそうだろうと思ったが、フローラから見ればそうはいかない様だ。
元々、2年前――フローラが12歳になった時にフローラの両親の紹介でローレンスの所へ、まずは侍女見習いとしてつけられたのだが、その時父親に『カールフェルトの王として相応しいか見定めて来い。』と言われて送り出されたと言う。
フローラはカールフェルト王家の重臣だった父から、カールフェルトの歴史や文化を幼いころから徹底的に教えらており、近代の王たちの話も随分と聞かされてきたそうだ。そのフローラの目に映るローレンス王子は、やはりフィンの王子であるという印象なのだと。
人物像としは、オルタをそのまま色白にして“お坊ちゃん”な性格にした感じだと言う。
どうやらオルタ同様の武闘派の人間の様だ。それ以外にも、金髪・美形顔と圧倒的な剣技とオルタとの共通点は多いようだ。
フィン王家にあまり良い印象を持っていないオルタはつい嫌そうな顔をしてしまったが、アデルが『客観的に見てざそかし女性達からおモテになるだろう?』と、尋ねると、王城でもやはり相当の女性からの人気があるそうだ。ただ、彼女らが見ているのはフィンの王子、そしてカールフェルトの次代の王としての側面が強く、どちらかと言うとフィンの女性は“美形”よりも“精悍”なタイプの男を好む様で、そう言うタイプである兄王子2人の方が人気はあるのだと言う。特に、王城に出入りする男性に言わせれば『所詮は属国の血』と少々見下されている部分もあると言う。
その分、逆にカールフェルト人であるフローラはその様な声に負けない様にローレンスを支えてきた結果、今――先週までだが――では、ローレンスから直接指示を受けるまでに至ったと言う。勿論、それが元々フィンの貴族出身の侍女たちから一層疎まれる結果につながったのだが……
そのフローラをして、『結局フィンの王子にしか見えない』と言うのは、歴史ある魔法国家、平民にまで教育の行き届いた知恵の国であるカールフェルトを継ぐ者には見えないという、文化・歴史に一切敬意も興味も示さず、武技、軍事、領地経営の事しか学ぼうとすらしないとカールフェルトの者としては手厳しい評価と言えた。
その話を聞き終えたアデルとオルタは、フロレンティナの再評価が相当進まないと、ローレンスにカールフェルトの民がついてくるようには思えず、“況して況やイフナス・タルキーニなど”となるだろうと予想できた。
その時アデルは今後のためにも、一度ブリーズ3国とフィンを直接自分の目で見ておきたいと強く思うのであった。




