時価のツケの支払いは……(勢力図追加)
グランディア解放から1年、レオナールの肝煎りで行われたカンセロ南西部での新港湾都市造成はエドガーの主導の元、だいたいの形が出来上がって来ていた。
戦争後、求職者が各地で溢れかえる中、コローナの安定した資金により行われたこの事業は多くの者が出稼ぎとして従事し、また、工事に一定の日数以上従事した、或いは特別優れた成果を上げた者には新造都市の住宅地の一角を随時分譲していくという話に、工事従事者は並々ならぬやる気を見せ、僅か1年で岸壁工事を除く都市の中核部分が出来上がりつつあった。
まだ名前の付いていないその町は、今現在、直径1キロメートル弱の半円を形成する様に広がっており、住宅地を主としてまだまだ拡張が行われている。
そんな新都市の未稼働の港にほど近い商業区の一角にアデル達“ヴェント・ブルーノ商店”の本店が構えられていた。
扱うのはコローナ産の工事・工業用魔具やドルケン産の鉄器等、個人よりは事業者を狙った比較的高価な商品ばかりであるが、魔法袋の活用と、ブリュンヴィンドやアンナ、ネージュ、たまに連れてこられるシルヴィアらによる現地まで配達を売りに、港の造成や街道整備の現場などで重宝されている。
余談になるが、時々店番の合間を縫って配達に向かい、サービスとして“疲労軽減”の魔法を配るアンナは重労働が続く工事現場の男性たちに“SR空色の天使”として一部信仰に近い支持を集めている様だ。
こうして冒険者として命を削り、特殊で危険な依頼を成功させて十分な資金を集ていた彼らは1年程で新事業を安定させ、初期投資の半分以上を回収しつつ、Bクラス冒険者時代と同程度の収益を上げられる様になっていた。
今後は新都市に新たに家を持ち居を構える者達をターゲットにした、湯沸し、火起し、冷却・冷凍等、日用的な魔具の取扱量を増やしていこうと計画中である。
平和を祈念しつつ、今後の展望を考えている中、店に1人の女性が訪ねてきた。
アデルは『見慣れないが、何となく見覚えのある女性』だと思ったが、オルタはすぐにその正体に気づいた。
オルタは新都市引っ越し当初、ユナと共に港の設計や測量で出ずっぱりだったが、港整備はすでに設計・計画段階を脱したので今は殆どの時間、店にいるのだ。
オルタが少し慌てた様子でその女性を店の奥へと案内した。
その女性は――他国の町に入る時のレイラであった。フロレンティナ強襲時の協力を得、イスタに到着した時にもこの姿を取っていたという事もあり、アデルにも見覚えだけはあったのだ。
「なるほど。高額商品の現地配達とは考えたな。」
奥の部屋で変身を解き、ユナが淹れた茶を一口含んでレイラが言う。
「人数的に大規模な取引は難しい。が、高位冒険者としての実力と空輸能力を持つおまえらが、稀少品を短期間で配達するとなれば輸送や護衛のコストがかからない分、他の商会よりも何倍も有利だと。」
「扱える物量の限界が低いですからね。人が入れる魔法袋のお蔭で、要人の移送依頼も増えつつありますが。」
アデルがフロレンティナ強襲の報酬としてもらった魔法袋には詰めれば1小隊くらいの人数が入れる。それを運用し人員、特に少しでも時間が惜しまれる要人の移送も依頼により時々行っている。一番利用度の高い乗客はエドガーら新都市建造を任されている者達で、月に1~2回は本国と直接連絡を取り合う為に利用してくれている。移送料は1人につき1往復500ゴルトと中々のお値段だが、従来なら早馬でも1週間はかかる道のりを丸1日で往復でき、都市建造以外にも防衛や情報集積、レオナールとの意思疎通等、重要な任を帯びているので、必要経費と割り切って使われている。
「ああ、そうだったな。ではまさにうってつけの依頼――いや、債権回収といかせてもらおうか。」
人員移送サービスの話を聞いたレイラが我が意を得たりと言わんばかりににやりと笑う。
「あー、以前言っていた?」
アデルとオルタもすぐに意味を理解する。オルタが打診したフロレンティナ強襲の協力に対する対価としてレイラが要求したのが、とある人物のフィン国脱出の手助けであったのだ。
「目標は?」
アデルの返事を待たずにオルタが尋ねた。オルタにしてみればレイラが直接乗り込んできた時点で『やるしかない』と言うのだろう。
「フィン王国、第3王子――に仕えている侍女だ。」
「侍女?」
「第3王子?」
レイラの言葉にアデルとオルタがそれぞれ別の事を聞き返す。
バラバラの言葉に3人は一様に顔を見合わせた。
「まずは第3王子の説明からしておこう。名前はローレンス。簡単に言えば“フロレンティナの息子”だ。」
「なっ……」
アデルとしてもフロレンティナがカールフェルトを明け渡した時、フィン王フィデルの子を孕まされたことは承知していた。それがこのタイミングで話にあがるのかという驚きだ。
「で、その侍女ってことは……密偵か?」
フィンの事情にそれなりに詳しいオルタは驚くことなくレイラに確認をする。
「元々はそう言うつもりではなかったのだが……接触する様になってから度々その手の情報を回してもらう様にはなっていたな。」
レイラは苦笑しながらそう言った。
「で、回ってきた情報だ。そのローレンスは今14歳なのだが成人(15歳)すると同時に、ブリーズ3国をカールフェルト王国とし、フィンを中心とした連合王国として復活させ、その国王に即位させるつもりで既に準備が始まっているとの事だ。」
「「…………」」
レイラの言葉にアデルとオルタは沈黙する。
「今後、フィン王国はフィン連合王国と呼ばねばならなくなるかもな。」
レイラが冗談めかして言うと、そこでようやくアデルとオルタは思考が追いつく。
「ブリーズ3国をカールフェルトに?」
「そうだ。元々フロレンティナがグラン平定に乗り出した理由がそれだ。グランを平定しフィデル王に渡せば、その子供であるローレンスにカールフェルトを継がせるとな。その際、分裂していたイフナスと、立地的にその外郭となるタルキーニもまとめてしまうつもりの様だ。フィデルとしても自分の子を本国外の国王として据えられるし、フロレンティナも“古き血”の存続が安堵され、両者にとって『悪くはない』話となるからな。」
「他の2国が黙ってますかね?」
「黙ってはいられないだろうなぁ。特に反目し、カールフェルトやフィンに徹底的に争い、惨敗しボロボロにされているイフナスはたまった物ではないだろう。タルキーニの方はフロレンティナが色々策を巡らせていたようだが、それも無に帰した様だな。」
「で、今のタイミングで侍女を保護?する目的は?」
アデルへの説明が終わったタイミングでオルタが話を次に移す。
「ローレンス周辺がどんどんきな臭くなってきたという話だ。その娘にも他の王子の勢力から手が伸びてきているらしい。」
「買収?」
「の、話もあったようだな。ライバルと言える兄弟が、属国とは言え成人と同時に国王にあてがわれるのを黙って見ていられない兄弟が少なくないらしい。」
「いや、もともとのカールフェルトの血筋に、名目だけでも王権を返すってことっすよね?」
レイラの話にアデルが突っ込む。
「兄ちゃん。フィンの血を甘く見過ぎだよそれは。」
呆れる様に呟くオルタにレイラが嘆息を漏らす。
「特に王族、上位貴族は“兄弟みなライバル”。ってゆーか、“兄弟みな政敵”なお国柄だからね。」
「なんというかまあ……でも、それなら逆に第3王子が属国に宛がわれたなら、本命のフィン国王後継者の候補が一人減るってことなんだろ?」
「そんな発想に至れる人間なんて極稀なんだ……」
「力を示せぬ者は王たりえない。昔からそう言う国だからな。そうして作られ、受け継がれてきた国だ。」
呆れる様に言うオルタにレイラが静かに補足を入れた。
「まあ、アレだ。その密偵気味な侍女がどこかの手に落される前に確保して来いと。」
「そう言うことだ。出来れば私達と直接関わっていると王子たちには悟られたくない。計画はすでに練ってある。お前たちは2~3日、臨時休業か、配達のお休みを決めてくれ。」
「2~3日の休み?」
「少々“お膳立て”が必要でな。そのお膳立てが出来れば、あとは簡単な回収作業――むしろ通常の輸送依頼か?」
レイラがにやりと笑う。
「話が通じるなら、ネージュとアンナだけで解決できる案件だ。出来ればアデルとオルタにも船までは同行してもらいたいところだが。」
「船までは?」
「お前たちが船に到着した時点で“お膳立て”の手配を始める。恐らく、その次の日に回収作戦という運びになるだろう。そして船に回収した後、その翌日に素知らぬ顔でこちらへ戻る。それで先日の貸しはチャラだ。副賞としてとして優秀なメイドが支給されるぞ。聞いた限り、店と配達で忙しくて家の中まで手を回せる者がいないのだろう?」
レイラがオルタを見、そしてアデルを見て笑う。
「……その侍女、うちに押し付ける気かよ。」
レイラの言葉の意味を正しく理解したオルタが少し呆れ顔で尋ねる。
「流石に“行方不明者”をフィン国内、況して私の船に置いておくのは都合が悪いからな。」
レイラの口から否定の言葉はない。逆に不穏な言葉が聞こえてきた。
「その侍女の“存在そのものを消す”気か。」
オルタの言葉にレイラは静かに頷いた。
(やり取りが犯罪組織のそれみたいだ……)
2人のやり取りにそんな感想を抱いたアデルだが、当然口には出せなかった。
そして、アデルの感想は……決して的外れという訳でもなかったのだ。




