先輩
「おはようございます。」
翌朝、アデル達は言われたと通りにブラバドの所に訪ねようとすると、そこには3人の冒険者らしき人物が待っていた。
3人いる受付は、ぼーっと見つめていたり、やけに緊張していたりと様々な表情でその3人を見ている。
その理由の一端はアデルもネージュも一目見てわかった。とんでもない『格上』だ。それは先日の余興総合の部を勝ち抜いた戦士よりも上だろうと直感する。
「あれ、朝来いと呼ばれてたんですが……先客ですか?」
受付に確認しようとしたところで、ブラバドに呼ばれる。
「ちゃんときたか。お前らちょっとこっちに来い。」
その言葉に3人の冒険者と思しき者たちも一斉にこちらを見――
一様に、一瞬驚いた表情を見せ、2秒後には感嘆の息を漏らす。
「ほう……」
その意味を敏感に悟ったのはネージュだ。
「これ、やばくない?」
小声でアデルに告げる。
「心配は要らん。お前らの悪い様にはしないし、今後のお前らにとって重要で必要な事だ。」
「この2人ですか……?」
一人の男性がブラバドに確認する。顔を見る限り年齢は30代前半か?軽装ではあるがその体躯は明らかにアデルどころかブラバドと比べても、よりも逞しい。
「苦労性の“お兄ちゃん”と“加減がわからない”妹さんだな。」
「はぁ……なるほど。“うち”とはまた事情が違うようですが……そうですね。ブラバドさんやアリオンさんの紹介と云うならお話しは受けましょう。」
「……だ、そうだ。ってことでお前らには“強制依頼”な。ここまでお膳立てして断られたんじゃうちの沽券に係わる。」
――強制依頼。本来は極々稀に発令されるという文字通りの依頼である。主に敵性国家や蛮族、魔物などが自分たちの町に突然襲撃を仕掛けてきたと云うような時に、正規の援軍が到着する迄の時間を稼ぐ為に戦力となる者を強引に集める手段だ。勿論、その時点でどうやっても勝ち目のない状況なら放棄という判断もありうるが、可能性がある場合は発動される場合がある。その場合、その都市や国の依頼になる筈なのだが……
真意がわからず怪訝な顔をするアデルと露骨に警戒をするネージュの様子を見ながらブラバドが告げる。
「お前たちの“いろんな意味での大先輩”達だ。失礼のない様にしろ。
依頼内容は彼らの引っ越しの手伝い。拘束時間は半月~1ヶ月弱といったくらいか?」
「1ヶ月?……引っ越しで?」
「まあ、荷造りから始めて、各々2ヶ所への配送だしな。諸経費はこちらが負担してくれる。働きに応じて特別報酬も出るって話だ。強制だし店の方からも500ゴルトに加え、帰還後から3年間、うちの店の2人部屋ひとつと厩舎の無料使用権を提供する。喜べ。ちゃんと風呂付だぞ。ただし、飯代と魔具の貸し出し料は別な!」
「ほう。」
風呂付と言う言葉にネージュが反応したが、
(ここにそんな部屋あったか?)
などとアデルは割とどうでもいいことを少し冷静に考えて見た。が、心当たりはない。しかし、店主本人がそう言うのだからあるのだろう。
少々腑に落ちない部分もあるが、アデルにとっても有り難い話だ。現金収入は極端に少ないが、そこは特別報酬を期待して励めと云う事だろうか?カイナン商事の仕事での臨時収入も十分残っている。引越しの手伝いで風呂付の部屋3年間の使用権となると10000ゴルト……もう少しいくか?くらいになるだろう。まあ、スポット参加できる《騎手》の囲い込みと思えば店の方も悪くないのか。
「荷造りは当然本人たちが主にやるから、送迎と2ヶ所への配送依頼だな。輸送依頼だから内に護衛も含まれるが、その辺は心配ないだろう。せいぜい“冒険者”について教えてもらえ。」
(なるほど……大先輩とやらに引き合わせて経験談を聞きつつ、配送の手伝いをしろということか。)
「よし。納得がいったところで早速行動だ。まずは1頭立のキャリッジ(馬車)を手配する。彼らの現在の住いまでお送りしろ。それ以外の必要な物は彼らが自分で用意するから心配は要らん。」
「はは。よろしく頼むよ。俺はディアスだ。気軽にそう呼んでくれ。」
なんとなくこの人がリーダーなんだろうなと思っていた人物が最初に声を掛けてくる。
あとはディアスと同年代で仲間であろう男性と女性が1人ずつ。男性がルベル、女性がソフィーだそうな。
「では早速俺たちのアジトへ向かうとしよう。キャリッジの手配が終わったら迎えに来てくれ。」
「キャリッジの手配?」
「まずはこの書状をもって行政区2番通りの“騎手ギルド”(ライダーズギルド)に向え。今後を考えればついでにお前と馬の登録もしておくといいだろう。そこで馬やキャリッジを貸してもらえる。今回は荷台1台を店で要求しておいたからその通りにしてくれるだろう。」
「わかりました……」
ブラバドにそう促され、アデルはネージュとすぐに出発の準備をすると教えられた通りプルルを伴い騎手ギルドに向かうのだった。
指示された場所に到着するとアデルは建物を確認する。
“騎手ギルド”といえば、乗り合い馬車の組合や、商人や冒険者達に馬や馬車を貸し出しているという事まではアデルも知っている。その業務を考えると、いささか小さい建物の様に感じたが、入り口上にでかでかと馬の意匠を凝らした看板を掲げてあるのでここで間違いはないのだろう。
お役所かと思いきや、すでに業務は始まっていた。受付にブラバドから預かった書状を見せると、受付はアデルを一瞥する。
「かしこまりました。あなたとあなたの馬の登録もお勧めする様にとありますが、登録されていきますか?」
「具体的な利点と不利点の説明をしていただけるとありがたいのですが……」
「利点も不利点もないですよ?利点と言えば、組合価格で馬や馬車を借りられるようになること。要望があればある程度輸送業務の斡旋も行います。不利点とは違うと思いますが、その分組合費を負担していただきます。年間500ゴルトで、コローナ国内ならギルドのあるすべての町でサービスを利用できます。500ゴルトなら、3回も利用すれば十分元は取れる額ですよ?」
「なるほど。わかりました。登録をお願いします。」
「ブラーバ亭の紹介となると、冒険者さんですね?冒険者ギルドのカードの提示をお願いします。」
「どうぞ。」
受付に促される通りにカードを提示する。受付はそれを確認しながら書類の欄を埋め、最後にサインをする様にとアデルに渡す。
アデルは書いてあることに一通り目を通す。馬車を借りる時の金額や組合員割引き率やら、馬車を壊した時の責任所在等の契約書みたいなものだった。特に変な事も書いてあるわけではなさそうなので、指示されたところにサインをする。
「組合費を納めて下さい。」
「はい。」
500ゴルト、安いとは言えないが、先日ジョルトに渡したグリズリーの毛皮程度の金額と思えばそれほどの額でもない。それに書類を見た限り、確かに大型馬車を3回も借りれば余裕で元が取れる額だ。アデルは財布から500ゴルトを取り出し納める。
「有難うございます。騎手ギルドのギルドカードを用意してくるので少々お待ちください。」
そう言うと受付は一度席を離れる。その間に周囲を見回すと、まだ早めの時間にかかわらず、商人の小間使いのような者や兵士、ごくわずかだが冒険者も何かの手続きをしているようだ。
それから10分も待たずに先ほどの受付がカードを持って戻ってきた。アデルの騎手ギルドのカードだ。
「これでコローナ内の騎手ギルドすべてで使えます。絶対に無くさないように。万一無くした場合はすぐに報告を。古いカードを差し止め、新しいカードを発行します。但し、再発行料の他にちょっとした罰金もつくので注意して下さい。悪用され、馬などの盗難を防ぐための措置です。」
「わかりました……」
「今回のブラーバ亭での貸し出し依頼の手続きも終えてあります。これを持って南の馬車通行門を出てすぐ右手に見える牧場の様な所の建物に渡せば貸してくれる筈です。南の馬車通行門の位置はわかりますか?」
「一度通ったので知っています。で、馬の登録と言うのは?」
「あなたのカードと馬を紐付けて登録することで、あなた個人の所有物と言う証明になります。失踪や盗難の時に各方面に手配したり、何らかの不用意で誰かの手に渡った時にはその登録が決め手になります。もし譲渡することになるようなら、一度ギルドで登録し直さなければならなくなりますが……。あとは各町で厩舎を確保できない場合や、所用で長期間、馬と離れなければならないと言う時にギルドに預ける事も出来ます。こちらは登録時にだけ100ゴルト掛ります。勿論預ける場合は別途費用を頂きますが。」
「わかりました。ではそちらもお願いします。連れてくればいいんですか?」
「はい。一応健康状態のチェックはしますので、そちらは20分ほど掛りますが宜しいですか?」
言い出したのはブラバドだし、それくらいならまだ時間もあるし大丈夫だろうと、アデルはプルルの登録も行うことにした。
「大丈夫です。ではお願いします。」
その後プルルの登録も終え、アデル達は南馬車通用門の外へと向かった。




