解放 ―封―
主人公の動静に関係なく世界は回り続けます。
「ついにフロレンティナが死んだ。」
大陸南部某所、一見質素な、しかしよく観察すれば高級な家具や調度品が多数揃えられた一室の上座に座った女が告げる。
「いよいよ……ですな。」
「我らが悲願……ようやくフィンとカールフェルトへ復讐を始められます。」
その女の言葉に静かに、そして力強く頷き目を煌々と光らせる2人の男。
「そこは祖国の解放と言ってもらいたいところだがな。まあ、お前は仕方あるまい。ファントーニがグランを手に収めた今、障害になり得るのはコローナとレインフォール――即ち、レオナールとレイラだ。レオナールはグラン西部にコローナの持ち出しで港を新造し租借することにしたらしい。」
女が男を窘めながら次の議題へと移す。
「それはまた……少々厄介ですな。ファントーニ侯――陛下?いや、閣下でしょうか?もすぐには身動き取れないでしょうし、実質的にグランディア・グラマーと分断されかねません。」
「ああ、陸路をコローナに、海路をレインフォールに抑えられることになりかねん。コローナがこちらにしゃしゃり出てくると厄介だ。このままコローナはフィンに釘付けにしておきたい。フィンとコローナに対する工作はどうなっている?」
女が睨む様に尋ねると、女より少し年上そうな男が恭しく頭を下げて答える。
「フィンの種はそろそろ芽吹くころでしょう。コローナは今全力で穴を探しているところです。」
「コローナの西部にテラリアから流れてきた元騎士団長がいただろう?」
「……ヴェイナンツ男爵は子爵に陞爵され、イスタに移封されたと聞きます。今ならウェストン辺境伯家が狙い易いかと。」
「辺境伯か……レオナールは随分と現行の辺境伯を黙らせたいようだしな。よし、そちらの方はヴェンに任せる。とにかくコローナとフィンの争いを止めさせるな。」
「承知。」
ヴェンと呼ばれた男が深く頭を下げる。
そんなやり取りを複雑な表情で双子の鬼子が黙って見守っていた。
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「何!?母上が亡くなられただと!?」
大陸南部の某所の一室。一人の少年が、ダンっと両手を机に付き、ガタッっと大きな音を立てながら立ち上がった。
「なんてことだ……ようやくお目に掛かれると思っていたのに……ずっとずっと楽しみにしていたのに……あと少しだったと言うのに……!」
少年の口から深い悔恨の声が溢れる。
彼は母の顔を知らなかった。彼の付き人たちの多くはそれを不憫に思うが、それは致し方ない事だと思っている。彼は――そう、特別なのだ。
彼はフィン王国の第3王子であると同時に、その体にはカールフェルト王家に伝わる古き血が流れていると知られている。彼はその母がグランを手に入れ、フィン王に差し出すことでカールフェルトの、ブリーズ3国の王として収まる筈だった王子。
「コローナめ!絶対に許さん!」
怒りと悲しみの籠った王子の声に、傍仕え達の多くは憐れむ様に眉を寄せ、一部の者は口元を隠しほくそ笑むのだった。
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「いよいよか……しかし……」
大陸南部の某所の一室。とある報に触れた青年は組んだ手を額に当てて溜息を洩らす。
彼はいま、三つの重大な選択肢を迫られてる。その猶予期間がなくなったと連絡が入ったのだ。
1つ目は『傀儡』と揶揄されようが、コローナの手を借りてまずは旧領を回復し、力を付けなおす道。
2つ目は『混乱』に乗じて旗を掲げ、その下に集まる者達を纏め、力を持たせること。
3つ目は『保護』と言う名の支配を受け入れながら、戦がないだけの『平和』の中、搾取に耐えながら可能な限りの力を整えること。
どれを選んでも自分の命と名誉を賭ける非常に厳しい道になるだろう。しかしその出自によって逃れることが許されない茨の道。
どれを選んでも多くの者の命が失われるであろう。しかしフロレンティナという要石が砕かれてしまった以上、誰もが進まねばならぬ道。
今まで経験したことのない重圧感が青年を襲う。
「……ディオール殿にもう一度会おう。カンセロに向かう。手配してくれ。」
彼は長い沈黙ののち、側近にそう告げた。
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「惜しい女ではあったが……俺に靡かなかった以上仕方あるまい。」
フィン王国王城。グラン派遣軍の敗戦、そしてフロレンティナの刑死の報に触れたフィン国王フィデル・ド・フィンは眉を寄せそう呟いた。
「コローナの小倅が次にどう来ると踏んでいる?」
フィデルは側近にそう話を振った。
「恐らくはタルキーニを裏から支援し、旧三国の土地と利権を狙ってくるかと。」
「タルキーニか。イフナスではなく?」
「イフナスとコローナは接している部分がありません。また、無理に飛び地支援しようとしても荒廃しきったイフナスでは勘定も合わないでしょう。それならグランと隣接するタルキーニで誰か都合の良いものを祭り上げ、足場とするものと。」
「フロレンティナを殺しておいてタルキーニが靡くとでも?」
「名目上、フロレンティナを“殺した”のはグラン国となっております。捕えたのは間違いなくコローナですが……その辺りの戦後の心証を考えてフロレンティナを“殺さなかった”可能性も否定できません。」
「グランに引き渡した時点でどうかと思うがな。その辺りはタルキーニの奴らが考えることか。では西はどうなっている?」
「西?ベルンでございますか?国王が体調を崩し、かなり衰弱している様子だと聞いています。その為か、王子たちが牽制し合い、主だった動きは見せていません。連邦との戦争で『姫将軍』と称された第3王女が今度は南で外洋進出を狙った様ですが、レインフォールに潰され、重傷を負い失脚したと聞いております。」
「レインフォール。あの竜人か。あやつは俺の事を嫌って居るようだがな。」
「陛下の深慮も察しえぬ偏狭者なのでしょう。」
「……だが、影響力は確かだ。可能な限り監視を続けろ。だが、手は出すな。まずは国内の不穏分子の排除から進める。」
「御意。」
「それからローレンスだが……フロレンティナの功績に報いるとして、カールフェルトの再興と即位を急がせろ。」
「殿下はまだ14(才)ですが?」
「15になったらすぐに即位できるように進めておけと言う意味だ。」
「承知いたしました。」
フィデルが少し語気を荒げると側近は少し委縮してすぐに返事を返す。
「俺の息子として即位したらすぐに“武”と“力”を示してもらう。鍛錬を怠るなと伝えておけ。」
フィデルはそう命じながら、“秘密”を思いほくそ笑んだ。
大陸南部を十余年に亘り安定――膠着とも言うが――させてきた、女王・フロレンティナの死の報はそれまで水底に封印されてきた様々な思惑を解放し、浮かびあげ、水面を徐々に波立たせていくことになった。
これにて第1部終了です。長い間のお付き合い有難うございました。
次話(これまでの主な登場人物紹介と現況)投稿時、可能であれば改題し、その後も細々と書き足していく予定ですが、ある程度のところで優先度を下げ、更新頻度も(今以上に)減ると思います。
良ければブックマークの底に綴じておいて思い出した時に纏めて読んでいただけたら幸いです。
スローライフは期待しないでくださいorz(イメージを試みたが難しかった模様)




