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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部混迷篇
274/373

Assault.

「いくぞ……」

 一つ息を大きく吸い込みアデルは呟くように言うとブリュンヴィンドに突撃の合図を出した。

 ブリュンヴィンドは一拍置いて一際強く羽ばたくとアデルが示した一点、フロレンティナに向けて滑空を始める。

 翼を畳み表面積――空気抵抗と音を最小限に抑えブリュンヴィンドは重力と自らの精霊魔法の下降気流に乗って一気に距離を詰めた。


 地表まで300メートルと言ったところで敵兵が上空の異物に気付く。

「上から何か来てるぞ!なんだ?鳥……いや、でかい。」

 最初に気付いたのは陣地中央のテントの近くにいた弓兵だった。その言葉に望遠鏡を持つ物見兵が慌てて上を確認し相手を識別する。

「グリフォンが単騎!上から来ます!」

 地上にいた人間の視線が一斉にその兵士の指の先――即ちアデル達に集中する。その時点で地表――フロレンティナとの距離は200メートルほどに迫っていた。

 最初に見つけた弓兵がすぐに弓に矢を番えると牽制と敵の位置を知らせるべく矢を放つ。

 ブリュンヴィンドは少しだけ翼を広げるとやはり羽ばたきはせずに僅かに身体を右に傾ける。それによりブリュンヴィンドの機動が少し変わると、2秒と待たずに元の軌道上を矢が通り過ぎていく。そしてそれとほぼ同時に凛とした女性の声が響く。

「《魔術師メイジ》衆は魔防障壁を展開!氷竜が来るぞ!弓兵は奴を地上に近づけさせるな!詰めの部隊は固まりすぎるな!狙われるぞ!」

 そして少し間を置き、続けるように言う。

「……なんだこれは?魔力が見えん。いや、塗り潰されている?」

 フロレンティナは魔力視により残りの敵を見つけようとしたのだろう。索敵レンジ周囲数百メートルの魔素の塊を探そうとしたが、視界が濃霧の中にいるかのように白い靄に覆いつくされた。その中でひときわ濃い“白”が1体接近しているのがぼんやりと見える。グリフォンの後ろだ。

「グリフォンの後ろに気を付けろ!氷竜が隠れていいるぞ!」

 フロレンティナは事前情報からその“濃い白”が氷竜のものであると断定し冷気と氷塊に対する注意を促す。だがしかし――

 それまで以上に濃い“白”、即ち濃厚な魔素が破壊の指向性を持った魔力として発せられる。その時点でフロレンティナは魔力視を止めた。

 その瞬間、指示通りに散開しつつ、後衛職らしき兵たちが魔法防壁を形成させようとしている中心からやや南、即ちその部隊とフロレンティナとの間に盛大な爆発が起こった。

「爆発だと?何事だ!?」

 後衛――支援魔法部隊を指揮していた男の叫び声が聞こえる。

「怯むな!敵に《魔術師》がいることは想定していただろう!――」

 フロレンティナの怒声が周囲に響く。しかしその声も姿を現したソレを目にして無意識に止められる。

「なっ……竜?いや、あれは竜人?いや……」

 爆発の直前まで何もいなかった筈の空間に突如現れたのはやや緑がかった小さめの竜。フロレンティナであればそれがすぐに竜ではなく竜化した竜人であると気付けただろう。だがその断定が秒間遅れたのはその背に人間が乗っていたからだ。竜化した竜人が人間を乗せるなどフロレンティナにとっては前代未聞の話であった。

 しかしフロレンティナにとって今それは重要ではない。いや重要なのだがそれ以上に優先せねばならない懸案が迫っていた。


 地表すれすれまで音も立てずに滑空してきたグリフォンが今度は力強く羽ばたきだすと強烈な風圧を伴う旋風を巻き起こし、またそれに騎乗した騎士がグリフォン前方の地上の兵を長槍で次々となぎ倒しながら真っすぐに真っすぐに向かってきているのだ。

「むっ!」

 フロレンティナは即座に自分とその周囲の近衛騎士に魔法の防壁を張る。そしてそれよりも一瞬早く3人の騎士がフロレンティナの楯となるべくその身をグリフォンの進路上に置く。

 グリフォンが強烈なつむじ風を巻き起こし浴びせてくるが近衛騎士達は楯を構えびくともしない。そして数秒遅れてガキィィンと金属同士が強烈にぶつかり合う音が響く。

 1人の近衛が楯でグリフォン騎手ライダーが振り下ろす槍をガードすると、間髪を入れずに他の2人が反撃を行おうとするがグリフォンはすぐに速度を高度に変換すると、更に旋風と上昇気流を纏い高度を上げていた。

「小癪な真似を!――精霊魔法か?」

 フロレンティナは怒りと共に剣の届かぬ高さへと退避しようとするグリフォンを攻撃しようとする。しかし――すぐに冷静さを取り戻すと効果が薄いと判断した上で敵と周囲の不可思議な状況に当たりを付けた。

「狙いは私か!竜人と手を組み暗殺とはコローナも落ちぶれたものよ!」

 強襲、或いは支援攻撃というには地上部隊との行動開始のタイミングが出鱈目でたらめだ。で、あるなら目的は自分である。そう悟ると周囲の騎士たちに注意を促し作戦を迎撃から護衛へと切り替える。

「弓兵は同士討ちしない様に立ち位置を気を付けてグリフォンを撃て!奴らを地上に近づけるな!奴らの狙いは私だ!守備隊・魔法隊は守りを固めつつ私の周囲に集まり時間を稼げ!竜人は私が何とかする!」

 フロレンティナの指示に地上部隊はすぐに従う。コローナの地上部隊が迫る中、竜人を撃退する能力を持つのはフロレンティナだけだ。フィン軍は一丸となってフロレンティナを護り魔法を練る時間を稼ぐべく動きだす。

 グリフォンが地上に近づく隙を窺いながら旋回する中、わずかな空気の揺れか、或いは熟練の勘か、3人の近衛が一斉にフロレンティナに寄り上を窺うと、その内外側に詰めた2人が何も見えない筈の空へ向けて楯を構えた。


「むっ!?」

 先ほどと同様、楯が何かを防いだ音が鳴り響く。

「チッ。」

 竜化竜人同様に急に視界に現れたのは鞭の様な物を伸ばしながら小さく舌打ちをする少女だ。この少女も……竜人の特徴である皮膜の翼を背に付けている。

 突如現れた竜人の少女は狙いすました攻撃が近衛に防がれたと判断するや否や素早く近衛の掲げた楯を蹴り離脱しようとする。

「させるか!」

 1人、楯を構えなかった近衛が正確かつ超高速の突きをその竜人少女に繰り出す。

「……」

 竜人少女は鞭を戻す様に振り上げるとその槍を鞭で巻き上げ奪うと楯を足場にしてジャンプする。そして翼を羽ばたかせ空へ離脱しようとした瞬間。

 左手に持っていたショートソードを槍を巻き上げた近衛に投げつけた。

「ぬあっ!?」

 狙われた近衛は咄嗟の回避、そしてフルアーメットの防護により首への直撃を何とか防いだ。ショートソードは首筋を守る鎧の襟首によって止められ、やや浅い角度で近衛の首を少し傷つけた位置で止まった。

 しかし、竜人少女は一瞬高度を下げるとそのショートソードを蹴り付け、角度を修正しながら強引に近衛の首に押し込むと、それを次は蹴り上げ、金属鎧の隙間部分、鎧と兜を分離させることなく近衛の頭部と胴を分離させた。

 最初の鞭の攻撃からものの数秒、その間、竜人少女と近衛たちは一切無駄の動きのない濃密な攻防を繰り広げた結果、近衛が一人死亡という事実だけを残し仕切り直しとなる。

 楯を構えた近衛が慌てて剣での追撃を試みるが、フロレンティナを守るべく密集し、またその大盾の武装から取り回しが利かずにその竜人少女が空中へ離脱するのを許してしまう。


「おのれ!コローナめ。竜人と手を組んだと言うのか!」

 近衛の首、鎧と兜の突き間に深々と刺さったショートソードを抜きながらフロレンティナが恨めし気に言う。すると竜人少女は鼻で笑うと

「コローナ軍と一緒くたにされたくないんだけど。まあ仕方ないか。」

 と言う。


(どういうことだ?コローナの地上部隊を囮に別の集団が私を狙ってきたと言うのか?しかしグリフォンはコローナ軍で活動していた筈……)

 理詰めの追求する魔術師のサガか、フロレンティナが状況をより詳しく分析しようとしたその瞬間。

「陛下ぁー」

 近衛の一人がフロレンティナを押し倒した。

「ぐふぉっ!?」

 次の瞬間、覆いかぶさった近衛の呻きが聞こえたかと思えば口から大量の血が溢れ落ちる。

 近衛の背中にはグリフォンの、恐らくはそれの騎手であろう戦士の槍が突き刺さっている。

「陛下。構いません。我々ごと吹き飛ばして下さい。敵地上部隊が来る前に、早く……うおおおおお!」

 フロレンティナを庇うように覆いかぶさっていた兵士が突き刺された槍ごと持ち上げられた。

「貴様らも……道連れだぁ!」

 近衛は自らの腹から突き出ている槍の穂先を両手で掴むとフロレンティナに最大威力の爆発魔法を促した。

「陛下、制御など不要です。纏めて焼き払い離脱を!どうか生き……」

 騎士の願いは最後まで言葉として紡がれることはなかった。

 楯を捨て、敵を道連れにせんと両手で相手の槍を掴んでいる所、無防備――板金鎧プレートアーマーにしっかりガードはされている筈だが――となった首を先ほどの鞭が襲う。

 否、鞭ではない。これは刃物だ。首に巻き付いた鞭の様な刃が引き上げられた瞬間、その近衛騎士の兜が大量の血液を撒き散らせながら宙へと飛んだ。

 同時にグリフォンから強烈なダウンウォッシュを浴びせられる。巻き込み上等の爆発魔法のリクエストがあったことで警戒し距離を取ろうと言うのだろう。

 自軍の兵士たちはグリフォンと竜人少女を止めるべくフロレンティナの元へ駆けつけようとしている。その側面を竜化竜人がブレスと共に食い破ると、その背から降りた戦士が剣とも鈍器とも取れる武器を振り回し周囲の兵士をなぎ倒し、或いは蹴散らす。戦士は他の兵士がフロレンティナの元に近づくのを牽制するように立ち塞がり、それにより足を止めてしまった物を竜化した竜人が腕の鉤爪や長い尻尾で排除していく。


 状況は絶望的だ。かくなる上は言われた通り周辺全てを巻き込む制御無しの高位爆発魔法を唱えるか、或いは一度転移し体勢を整えるかしか――。


 自分なしで……いや、いたとしてもこの状況下でコローナの地上部隊までもが到着するならこちらの軍――この部隊の壊滅は免れないであろう。最終作戦を前に行軍を開始した敵軍が扱いが面倒な捕虜などを取るだろうか?タルキーニの部隊は捕虜として本国へ連行されたらしい。しかし“疑似隕石召喚”で多大な死傷者を出した相手がその魔法の発動拠点であるここでそんな丁寧な真似をするだろうか?

 ほんの数秒迷っていたところでグリフォンと竜人少女が前後二手に分かれて自分たちを狙ってきている。

 最後となった近衛騎士はこれまでの戦闘で竜人少女の方が危険と判断したかそちらの進路を防ぐように楯を掲げ、カウンターを狙うべく剣を構える。

 彼らがコローナ軍であったとしても、どこか更に別の勢力の者だったとしてもこの集団がいる限り、今に限らず“疑似隕石召喚”を行使するのは難しいだろう。で、あるなら――


 フロレンティナは決断する。少なくともこのグリフォンライダーと竜人少女はこの場で排除しなければならない。その彼らが挟撃――即ち同時に接近してくるというならその瞬間が最大かつ唯一のチャンスだ。確実に仕留めるなら自分を起点とした高位の爆発魔法を範囲を絞って放つべきだと。


 フロレンティナは中空から鋭角に接近するグリフォンを見据え、杖に魔力を流し魔法を練り上げる。


 しかし。


 彼等は“彼等だけ”ではなかった。



 もう一人――否、もう一騎、ギリギリまで隠れていたのだ。フロレンティナにとって唯一、初対面でない者達が。

 突如真上に現われたペガサス、その額には特徴的な1本の角が生えている。そしてその背中にいたのは――潰すべき家系の守られるべき血。かつて保護と言う名の捕獲を試みた娘だった。

「お前はやはり……いつの間に!」

 その娘が纏っているのはオーヴェを、グランの草原を思わせる草色の鎧。手に握られているのは血を思わせる鮮やかな赤の楯。そして純白の騎槍ランス

 竜人少女たちが姿を見せたタイミングを考えれば、もう少しギリギリまで隠れていることもできた筈だ。姿を見せたのは嘗ての意趣返しか、或いは“復讐”か。

 父親もどきに守られているだけだった筈の娘が、半年足らずで己が探し求めていた武具を手に自分を仕留めに来ていたのだ。

 娘がペガサス、それも古い伝承にしか登場しない筈の有角の天馬と一体となってランスを繰り出す。

 

「くっ!」

 フロレンティナは咄嗟に杖でランスを払い上げ軌道を変えようとしたが、降下の勢いと思いの乗った一撃を反らすことは叶わない。

 死を直感したフロレンティナに襲い掛かったのは――右肩の激痛だ。

 右脇から胸を貫くかと思ったそれは、杖によって軌道が変わったのか、或いは最初から肩を潰すつもりだったのか、まっすぐに肩へと吸い込まれ、引き抜かれている。

 最早右腕は動かない。杖を握り続ける力すらなくなっていく。そして傷口から血と共に魔力が勢いよく漏れ出しているのを感じる。


 出来る事なら手に入れたかったが……

「斯くなるうえはっ!」

 フロレンティナは魔法の制御を諦め、自分以外の周囲全てを吹き飛ばすべく詠唱を加速させる。

 しかし。

「え……!?」

 更に現れた白い翼、空色の髪。フロレンティナの心臓が一瞬、飛び出さんばかりの強烈な鼓動を打つ。

 動きが止ったのは0.5秒ほど。しかし念入りに計画していた彼らにとってはそれで十分、むしろ予想外のボーナスだった。

 次の瞬間、詠唱していた、或いは一瞬呆けていたフロレンティナの口に大量の水が実体化し、注ぎこまれた。

「がっ!?げふっ……」

 口の中で弾けた水の爆弾は食道や気管などお構いなしにフロレンティナの体内に侵入して行く。

「がはっ!?」

(こんなところで溺死だと……冗談じゃない!)

 フロレンティナは意識が遠のく瞬間、それでも最後の意地と力で雑に魔法を完成させた。



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