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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部混迷篇
273/373

命運は雲の下  4.17.449 0900hrs. Northwest Grandia Cloudy

「あと30分程で地上部隊が第1目標地点に到着するそうです。」

 グランディア北西の敵陣地、その更に北10キロメートルにある森の中でアデルはその報告を聞いた。

 “定時連絡”を寄越してきたのはリシア、そしてそれを読み上げたのはアンナである。風と風の精霊に乗せて事前に決めていた地点に地上陽動部隊の現在位置や予定が届けられている。

 早朝6時にアンナからリシアへ吶喊部隊のイスタ出発を伝えて以降、次に7時と8時、それ以降は30分ごとの定時連絡を行っている。連絡手段は飽くまで風の精霊の力によるもので、現代技術である衛星通信や無線などと比べると連絡の到達にそれなりのラグが生じるのは致し方ない事であり、すでに試験的にその運用を行っていたアデル達には分かっている事でもある。それでも事前に相手の位置を概ね決めておき、また目標となる《精霊使い》を決めておくことで当初試みていた頃よりはかなりラグは減っている。

「……あと、天気が悪化するかもしれないと。」

 精霊頼みの連絡の続きをアンナが人の言葉にする。

「『それはこちらでも把握している。こちらで今出来る準備は全て終わっている』と返しておいてくれ。」

「わかりました。」

 アデルはアンナにそう指示し地図を広げ、仲間を集めた。

 現在この場にいるのは、アデル、ブリュンヴィンド、ネージュ、アンナ、オルタ、レイラ、そしてルーナと一角天馬だ。

 場所は森の中。アデルが望遠鏡で敵陣を視ようと思っても視界は通らず、逆もまた然りである。ただ敵側が周囲全てを景色だけなら20~30キロメートルほど見渡せるのに対しアデル達は木に登ったところでせいぜい丘の北斜面が見える程度だ。現在この大陸にある一般的な望遠鏡では10キロメートル先の個人を見つけるのは困難である。ある程度まとまって動けば、『何かが動いてる』程度には見えるかもしれないが。

「第1目標地点、ね。」

 ネージュが地図を確認しながら言う。アデルが広げた地図は作戦計画時ロゼールが広げた大きなものでなく、ネージュが一昨晩までに偵察し記録した手製の地図である。ロゼールたちの地図の様な等高線などという詳細な地形データはない。ただ目標となる物、場所、そして配置と予想配置が記されているシンプルな物であった。

 第1目標地点は敵陣地の南西約10キロメートル。騎馬隊なら敵陣到達まで1時間弱と言った地点である。丘の敵陣から見れば、丘の陣地に対する牽制ともとれる位置である。しかし兵数400という敵陣地の規模を考えると、1000の部隊は牽制には明らかに過剰、制圧する意思がありありと見える筈だ。ただしコローナ側の1000は全て騎兵という訳でなく、騎兵はせいぜい200~300程度、残りは歩兵である為、制圧に来るなら接触まで2~3時間は掛かるだろうと計算できた。

 



 大きな動きが現われたのは昼前だった。

 地上部隊が敵陣の山の麓であと3キロメートルまで迫った辺りである。

 一角天馬がフロレンティナ――魔女に由来するものと思われる魔力を感知したのだ。

 程なく一陣の風、風の精霊がそれを裏付ける報告をアデル達にもたらす。

 地上部隊――アデル達が見れば陽動の筈だが、当事者たちは本気の部隊である――のヤる気が伝わった敵軍が呼び出したのか、或いはコローナの地上部隊の動向を察知したフロレンティナが先回りに来たのか。どちらにしろ目標が陣地に現れ、それをアデル達が補足したことは確かだ。


 アデルはアンナに魔女出現の報をコローナ地上部隊に伝える様に指示すると、一角天馬と共に陣地内の凡その位置を推測する。

 山の周囲は数キロに及ぶだろうが、山頂付近の敵陣地自体はせいぜい2ヘクタール(200メートル四方)くらいのものだ。例え雲に一部視界が遮られるとは言えある程度の位置を特定しておけばあとは敵軍の配置等で見つけることができるだろう。

 周辺を覆っているのは層積雲、所謂うね雲であった。絶妙に薄暗く、所々から漏れてくる青空と光の筋が神秘的に見える。

 それなりに高い所に蔓延る灰色の雲は申し合わせたかのように空からの奇襲向けだ。しかし、巨岩を転移させて落すには充分な視界と高さがあり、また雲の上から下を窺うのは難しそうでもあった。


 アデル達は頷き合うと、アンナの《不可視》の魔法を受け、次々と風のみを残して上空へと移動する。

 雲の上に移動した所でアデルは言葉を発して不可視状態を解いた。これは互いの姿が見えない事や気流によって気が付いたらばらばらになっていたという事を防ぐためでもある。

 姿を現したのはアデルとそのすぐ背中に張り付いているアンナだ。知らぬものが見れば、何か透明な物に腰掛けているように見えるだろう。その周囲だけ風の流れが変っていたり、羽ばたく音が聞こえていたりと他の者達がすぐそばにいることは感じられた。

 アデルは望遠鏡を構え陣地の方角を見るが雲に遮られて見えない。そこへ魔力視妨害、敵陣地上空及び周辺での力――即ち魔力である。――が異なる多数の精霊たちの集合が始まったとアンナが言う。

 先ほど発した魔女出現の報が届いたか、或いはシルヴィアのほうでも感知したか、とにかく愈々作戦が始まったという知らせである。

 別働隊――リシアら攪乱部隊との距離も近くなっており、連絡のラグはかなり少なくなっているようだ。こちらでその報を共有し移動を開始しようとしたところで次の報が入る。

「……コローナの部隊、散開して休憩に入ったそうです……?」

 やや戸惑い気味の表情でアンナがそう報告を寄越した。

「散開して休憩?」

 突然の話にアデルも少々困惑したが、そこでレイラが精霊語を解して解説してくれる。

「流石にただの休憩ではないだろう。散開したのは似非えせメテオ対策、昼直前という時間を考えれば突撃前の最後の休憩に見えないこともない。動くかどうかは魔女次第だが……岩石の数に限りがあるならもう少し引き寄せて最大効率を狙うか?」

「なるほど……詠唱中に岩石の転移先が雲に遮られたらどうなるんでしょう?」

「……私が知るか。昨日の内に聞いておけば良かっただろうに……」

 アデルが問うとレイラにそう呆れられてしまった。確かに昨日の内ならソフィーにそうなった場合の予測を聞く事が出来た筈だ。しかし、実際に今目の前の視線を塞ぐ雲を見て思いついた疑問なのでもうどうしようもない。

「まずは接近しましょう。雲から飛び出さない様に慎重に……突撃の合図は出します。レイラさんは最初の派手なのを一発頼みますよ。」

「あいよ。」

 姿を現したレイラに再度《不可視》の魔法を掛け直してもらうとアデルはなるべく雲の切れ間を通らない様に、敵陣の上空へと移動した。




(いたっ!)

 その瞬間、アデルは心臓が口から飛び出るような感覚に見舞われた。これまで強襲・奇襲は何度かこなしてきた筈だが、今まで味わったことのない緊張感が襲う。

 雲の下限ぎりぎりから下を望遠鏡で調べていたアデルはついにフロレンティナ――稀代の魔女。絶世の美女の称号を持つその姿を見つけたのだった。


 フロレンティナは3人の重装備の護衛騎士に囲まれ、陣地の南側から数キロ先のコローナ軍の様子を望遠鏡で窺っている様子だ。

 まだ若干の距離がある為、正確には測りかねるが、周囲の兵士や物品などから推測するに背丈はアンナと同程度だろうか?モニカよりも気持ち低い様に見える。装備は見るからに高級そうな、恐らくいろんな魔法効果が付与されているであろう黒いシンプルなローブに身を包んでいる。右手には望遠鏡、そして左手には複雑な形状の杖が握られており、意味があるのかは不明だが、恐らくない事はないのだろう尖った独特の大きめな帽子をかぶった姿は正に魔女。その右手奥には5つの巨岩が横一列に並べて配置されており、それぞれに2~3人ずつ兵士が配置されている。

 下から攻めあがる部隊が何の事前情報なしにそれを見れば、丘を駆け上がる突撃時にそれを落し、転がしてくるものと判断するだろう。しかしその実態は似非“隕石召喚”の弾丸であることはアデル達もコローナ地上部隊も周知である。今のところどちらのタイプの転移魔法を使うかまではわからないが、高度1000メートルにでも転移させ、落下させればその質量や衝撃、砕片などで相当範囲に殺傷力をまき散らすことが出来るだろう。詠唱開始から転移、落下、炸裂までにどれだけの時間を要するかはわからないが少なくとも2発目は何としても阻止したいところだ。


「目標視認。陣地ほぼ中央、南端、岩が並ぶ左側だ。護衛は近衛3名他1小隊、恐らく精鋭だろうな。それ以外の兵は4つに分かれて南側の柵で守りを固めてる。後詰が指揮所南に一塊、北からの襲撃はあまり考えていない様だが……」

 アデルは自身への確認をしつつ望遠鏡を持たない周囲へと状況の説明をする。

「レイラさん達は後詰部隊のど真ん中に一発入れてもらった後に魔女左手――東側の部隊の牽制をお願いします。ルーナ達は右手側を牽制、弓兵もいるし無理に深く突っ込まなくていい。アンナはよく観察して危ないと思ったところに援護射撃を頼む。アンナが狙われるようになったら一度上がって姿を隠し離脱のタイミングを計ってくれ。」

「ネージュは……できるな?五体満足でとは言われていない。魔法を――2発目を撃たれるくらいなら殺してもいい。」

 アデルの作戦指示に反応は一切返ってこない。全員が《不可視》の効果、効果切れの条件を理解している様だ。

「アンナ、『地上部隊が前進を開始すると同時に仕掛ける。』と伝えてくれ。」

「……わかりました。」

 唯一姿を現しているアンナだけがアデルに返事を返す。

 その表情は今迄で2番目に緊張している様に見えた。


 南へと風が駆け抜ける。


 散開気味に展開していた騎馬隊が隊列を詰めないまま移動を再開した。それに釣られるように複数のグループに分かれて歩兵たちも動き出す。

 一つの終わりの最終局面が今始まった。

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