運命は雲の先 4.16.449 0810hrs. Cancero
レオナールらによるコローナ軍との連携作戦が承認され、期日が指定された翌々日、アデルは魔力探知妨害と囮を兼ねてコローナの部隊に合流するモニカ・シルヴィア・リシアと共にカンセロに入った。
グランディア解放部隊はコローナ軍9000とグラン・旧義勇軍4000の13000人の大部隊。その内の北ルート、オーヴェ平原を通過してグランディアに向かうのはコローナ軍7000、それを率いるのはアラン元帥である様だ。そしてその中にアデル達の作戦の陽動部隊となる1000が含まれていた。
せいぜい300~400と見られるグランディア北西の山基地を制圧するには少々過剰な規模の気はするが、戦況的に多面作戦を考慮する必要がないこと、又レオナールや本人の意思によりロゼールが参加することになった為、当初の予定よりも若干規模が多くなったのだという。その部隊を率いるのはラヴォアジエ少将、アラン元帥の側近中の側近であるそうだ。ロゼールは後方支援の《神官》としてこの部隊に配属されたが、実のところはフロレンティナによる治療困難な攻撃を受けた場合や、作戦成功時の“受け渡し”等、ほぼアデル達の為の支援窓口に近い立場である様だ。
カンセロ入りしたのはアデルとブリュンヴィンド、それにリシア、シルヴィア、モニカのみだ。モニカもカンセロまでの移動には自身のワイバーンに騎乗したが、ここからさきは他2人と同じように地上部隊に混ざるとのことだ。公式な立場でない以上、やはり他国領でのワイバーンの騎乗戦闘は避けたい様子である。また、ハンナも当初はこちらに参加させるつもりでいたが、アデル達のパーティからこちらに参加する者がおらず、意思疎通や移動(空輸)に難があると今回ハンナは完全な留守番となった。
アデルはリシア、モニカ、シルヴィア、そしてロゼールとアラン元帥、そしてラヴォアジエ少将を交えて“こちら側”の作戦の確認を行った。
作戦開始の合図、探知妨害の始め方、上空の警戒、そして作戦の成否の連絡と目標の身柄受け渡しの手順等だ。
その大半はアデルが確保した人員で行う。それ以外の行軍、上空警戒、疑似隕石出現時の軍の対応等はラヴォアジエ少将が担い、ロゼールは治療とアデル達の窓口を担当する。
こちら側の最終確認が終わると軍の準備完了を待つ前にアデルはブリュンヴィンドと共にイスタへと戻る。アデル達が動きだすのは明日の早朝、陽動目的の分隊がオーヴェ平原から北の山へと向かいだす直前である。
そして準備を終えたカンセロ地上部隊、グラン・コローナの連合軍は最終決戦地、グランディアへ向けて行軍を開始したのである。
季節は晩春~初夏と言ったところ。1日の寒暖差が激しくなりつつあり、休まぬ行軍を続けていると重装兵は言わずもがな、その他の兵員も昼前にはじっとりと汗をかいてくる。
この日は海の方から湿気を帯びた暖かい風が纏わるようにコローナ軍を吹き抜けていく。
「浮かぬ顔をしていますな。彼らがそんなに心配ですか?」
軽装ながら他の兵と同様に無言で歩き続けているロゼールにアラン元帥が声を掛けた。
「そうですね。何と言うか……彼らなら少なくとも“最低限”の仕事をして“生還”するとは確信していますが……その後が少々心配……ですかね。」
「その後?」
ロゼールの答えにアランは眉を寄せた。
「兄様の作戦通りなら、“結果”はコローナ軍がフロレンティナを圧したものとなるのでしょう?そうなると彼らが態々ギルドを通さない依頼を受ける必要があったのだろうかと。」
「……『必要か』と言われるなら間違いなく必要であったと言えます。何しろフロレンティナの排除なくして北の山の陣地の制圧は大変厳しいでしょうからな。彼らは冒険者として納得したうえで内容と報酬を考慮し、依頼の受託を行ったのです。元々冒険者としての栄光を目指している訳ではないと仰ったのは殿下自身ではありませんか。むしろコローナ軍が制圧したという結果のみが発表されればこの依頼自体が公になる事はないでしょう。コローナ軍の活躍と少々大きな資金の移動以外何も残らない筈ですよ。」
「…………」
アランの言葉にロゼールは俯き加減のまま口を開かない。
「そうですね。後で起きることは起きた事実に基づいて考えるしかありません。まずはこの作戦の成功と戦争の終結を祈る事としましょう。」
顔を上げ前を見て呟くロゼールにアランは微かに眉をしかめた。
「……降りそうだな。」
アランやロゼールら将官から少し離れた位置を歩くモニカが何もない空に向けて呟く。
「こっちの気候は良く知らん。暑いのは嫌いだしな。確かに湿気ている様だが荒れるというほどでもあるまい。」
自分に向けて話しかけてきたのだろうと察したシルヴィアがそう答える。
「この辺りは山がないからな。この時期に土砂降りになる事はないだろうが……ドルケン、グルドの南麓なら春雷に会えるかもしれん。」
モニカは遠くに微かに見えるグルド山の方角に目を向けながら言う。この位置からでは山頂部は完全に霞んでしまって見えない
「雷竜に興味はないぞ?そもそも奴らは気絶させないといつでも雷を纏えるし、気絶した状態では勃つモノも勃たんだろう。」
「……いや、雷竜を襲えと言うつもりはないのだが……そもそも竜玉?あの剣がなければ竜化も出来んのだろう?隷従の首輪と竜化が両立できるようなら有り難いが……」
現在シルヴィアの竜玉が組み込まれている剣はネージュが肌身離さず持ち歩いている。竜玉なしで竜化できるのであれば必ずしも必要なものではない筈であるが、今のところネージュがそれを手放す気配はなさそうだ。
「そうだ。いっそ、竜が人間の男に化けるという可能性はないのか?」
話が脱線――というか、シルヴィアの勘違いに引っ張られる形となりつつある中、シルヴィアは辟易とした表情で答える。
「カーラの事を考えれば、幻影などでなく、竜・人、或いはそれ以外にも姿形、大きさを変える魔法はあるのだろう。尤も竜どもがわざわざ矮小な人の姿を取ることもないだろうがな。」
「竜族も誰かさん同様、だいぶ暇を持て余し気味とは聞いているぞ?」
「……形状変化……変身?が恒常的な物でその変形先に合わせて生命機能――食料や運動、まあ、話の流れから生殖も含まれるとして――。が、そちらになるというのであればメリットはあるかもしれんが……それなら今頃竜人、或いはネージュに近い種がゴロゴロしていても不思議はなくなるな。」
「……なるほど。確かにそれはない……と、考えたいところだが、レイラ殿が前代未聞というのならば実際にないのだろうな。」
「……逆に魔族はいるかもしれんなぁ。殖えるかどうかは別として。」
「その辺は考えたくないな……だが、人間と翼人でもだいぶ受胎率は低いというから劇的な増え方はしないと思うが……」
「できればこの手で殺して消える様子を観察したかったのだが……まあ仕方あるまい。」
シルヴィアたちが聞いた魔族・カーラの最期は黒い靄が霧散し、或いは拡散したと聞いている。そのプロセスをそのつもりになって観察すれば多少は魔族に関することも知ることが出来るかもしれない。魔族は他の種族にとって最大級の脅威である。シルヴィアもモニカもその辺りは同じ意識を有している。
「まあ、物理で仕留められるなら何でも構わん。」
シルヴィアが不機嫌そうに言うとモニカがそれに答える。
「ダメージは確実に通っていたようだが……止めを刺した時、刺した武器には聖女の“魔力付与”が掛かっていたと言うぞ?例の竜剣だったらしいが。」
モニカの言葉にシルヴィアが露骨に嫌そうな顔をする。
「……ふんっ!」
シルヴィアは不機嫌そうに目標である北の山の方角に目を向ける。
「確かに降りそうだな。」
シルヴィアが向いた方角にモニカが目を向けると――
グルド山の南西辺りだろうか?積雲がこの湿った風を集めて徐々に発達しているような様子が見えた。




