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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部混迷篇
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嵐の前の混沌

 裏があるとは承知の上でレイラのご厚意に甘えることにしたアデルはまずソフィー邸へと向かう。まだディアスは戻って(?)いないようだったが、アデルは事情を伝えまずソフィーを招いた。ディアスはまだ村の自宅にいるだろうということで、アデルはブリュンヴィンドと共にディアスを迎えに行くと、ディアスも二つ返事で招待に応じた。


 アデルがディアスと共に戻るとアンナとルーナの手により小宴の準備は整っていた。

 アデルがホストとしてそれぞれの紹介をしていくと竜人に対して然程抵抗のないディアスとソフィーはレイラの名前と肩書に少々驚きつつも、あっさりとそれを受け入れた。

 この時、リシアを見て少し――いや、明らかに――視線を奪われたディアスの足をソフィーが踏みつけたのは一部の者しか気づかなかったが、アンナを初めて目にした時の様子を踏まえるとディアスの趣向が何となく垣間見えてしまった気がした。ネージュもそれに気づいた様で何かを察した視線でディアスとアデルを見比べていた。


 席の組分けはアデル・オルタを含む年長組、レイラ、モニカ、シルヴィア、リシア、ディアス、ソフィー、それにティアの組と、フラムやハンナを含む年少組、ネージュ、アンナ、ルーナ、ユナ、そして食べる・飲む専門のブリュンヴィンドと一角天馬のスペースも用意されていた。流石にモニカのワイバーンは中に納まらない為に我慢してもらったが、竜人3人、翼人3人、狐人1人、人馬族ケンタウロス1人、グリフォン1体、ペガサス(レア種)1体に人間7人と思いの外カオスな空間が出来上がっていた。

 やはり初対面組としてはレイラのインパクトが大きいようだったが、ソフィーやフラムは一角天馬にも興味津々だった様子だ。レイラも一角天馬の存在にはそれなりに驚いた様子を見せた。

 また、竜人が3体という状況は場所によっては治安当局に目を付けられそうな状況だが、かつて竜人の縁が深かったディアスはそれとなくマリーネの名前を出して尋ねてみたがレイラもシルヴィアも知らないと首を横に振るとディアスとソフィーはやや寂しそうな表情を浮かべる。『絶対数が少ない竜人なら出生地が分かればある程度は分かるかもしれん』とレイラが言うが、ディアスたちもそこまでは分からないらしい。


 最初に振る舞われたのが、西大陸産という清酒と、海で取れる烏賊を干物にしたつまみだ。酒は口に含んだ瞬間は甘いが、喉を通した瞬間に強力な酒精を感じる。その甘みと引立て合うが如く塩気の効いたつまみが酒の進みを速めていく。こちらはディアスやオルタ、モニカと言った酒呑み達が絶賛する。アデルとしてもこれくらいが飲みやすいと思いつつも、酒精の強さははっきりと分かるため、ペースを考えずに飲むわけにはいかなさそうである。

 空腹だと酔いが回るのも早いためか軽食も用意された。屋敷にあった材料でアンナやルーナが調理したリゾットやレイラが持ち込んだ冷凍ビザがメインだ。冷凍ピザはティアが知っていたらしく、レイラが取り出した2枚をティアがオーブンで焼き上げた。

 次はフラムが、つまりはウィリデが持たせて寄越したコローナ西部産の葡萄酒とチーズだ。その内の一部はヴェイナンツ領で造られた物らしく、売り込むかのごとくフラムが酒飲み台(年長組のテーブル)に出張してきてアピールした。レイラは面白げにその様子を観察しながら葡萄酒とチーズに舌鼓を打つ。こちらはレイラ・シルヴィアら竜人やソフィーに受け入れられる。レイラとシルヴィアが褒めたので気になったのかネージュが横から一口口に含んでは渋い表情を浮かべる様子を見て周囲の笑いを誘った。こちらも味以上に酒精が強い。ディアスやモニカは様子からしていける口だとは思うが、竜人たちが下手に酔ったらどうなるのか、少なくともレイラは飲み慣れているのだろうが……アデルは少々不安になった。シルヴィアにそれとなく尋ねると造る文化は無いが偶に飲むことはあるらしい。つまりは人族から奪ってはちびちびやっていたのだろう。ドルンでモニカやグスタフらから偶に差し入れられるそうだ。恐らくは実験されているのだろう。

 その後、レイラが持ち込んだ酒類をオルタが紹介しティアが注いで回ると云う流れが生まれ、酒飲みたちの気分を高揚させていく。アデルも少々気分よく、否、考えるのがどうでもよくなってきたところでディアスが雑に尋ねてきた。

「しっかし、お前ら。こんな城でも――下手すりゃ国でも落せそうな面子を集めて何をする気だ?」

 国を落すというのは流石に誇大表現かと思ったが、レイラのレインフォール商会やモニカの翼竜騎士団を使えば確かに不可能ではなさそうな気がしてくる。アデルも少し気を大きくしたか、それに素直に答えてしまった。

「魔女狩り?タルキーニ?……いや、カールフェルトだっけ?」

 アデルの言葉に何名かがハッとした表情を浮かべた。その中にはティアも含まれる。

「まあ、表立っての作戦じゃないんですけどね。余所からは一切評価されないだろうって話ですし、冒険者引退?卒業?足抜け?できそうな条件貰ったんで、一つの区切りになるだろうと。」

 深く考えずにアデルが言う。既に話をしていたモニカやシルヴィア、そして薄々察していたレイラとソフィーは大した反応を示さなかったが、半引退のディアスは『ほう』っと頷く。

「冒険者を卒業したところで周囲がきな臭けりゃ落ち着いて隠居なんてしてられないだろうけどな!」

 ディアスがアデルの肩を叩きながらそう言う。

「ですよねー。もちろん“自分たち”を守れる分の力は備えておきませんとね。鍛錬は続けるつもりでいます。」

 アデルの返事に、ティアとアンナが少々げんなりした表情を浮かべ、それ以外が肯定するような表情を見せる。

「なんだ?もう勝った気でいるのか?」

 ディアスが少し強めに質してくるがアデルは少しだけ沈黙して答える。

「吶喊作戦なんて失敗したら後なんてないだろうし、考えるなら後の事だけですよ。勿論、前準備の部分は徹底的に考えますけどね。」

 その言葉に一角天馬が睨むような視線をアデルに向けたが口(念)には出さなかった。アデルの指示があろうがなかろうが、ルーナが危険と踏めば一角天馬は独断で離脱するだろう。アデルもそこは織り込み済み、むしろその判断に期待している節もある。

「じゃあ、勝った後はどうするつもりなの?」

 今度はソフィーが尋ねてくる。

「うーん……出来ればしばらくあちらこちら回ってみてどこで何が不足していて何が余っているかを見てみたいですかね。グランが解放されれば特需とかもありそうですけど。」

「うちの面子を初見で受け入れてくれる場所があればいいけどな……」

 アデルの答えに何人かが頷い方と思えばオルタがそんな突っ込みを入れてくる。

「仮にグランが解放されたら、大陸南部はどうなると思います?」

 ディアスが割と真面目な口調でレイラに尋ねる。

「コローナの王太子次第だろう。恐らくは旧ブリーズに手を伸ばそうとしてグラン含む各方面から煙たがられるんじゃないか?」

 レイラの言葉に全員が少しだけ言葉を失った。

 昨日話をした上でのそう言う予想なのだろう。レオナールがどのような形で旧ブリーズに関わるかははっきりしないが、少なくともその足場の準備をしていることはアデルやオルタにもわかる。

 そして現状の国家間のパワーバランスや実情を考えれば、コローナが南の海岸部に手を伸ばそうというのはそれ以外の年長組らでも想像に難くはない。

「すぐに動けるのはコローナとフィンしかいない。旧ブリーズ3国も国によってかなり状況が違うからな。魔女が倒れたとなればイフナスは必ず動くだろう。あとは――それぞれがどこかに肩入れして代理戦争……そんな力は残ってないから、旧ブリーズを戦地とした戦になるだろうよ。まあ、それぞれの本国に飛び火はすまい。商人から見れば書き入れ時だぞ?」

 レイラが人の悪い笑みを浮かべアデルに言うと、オルタ以外は全員渋い表情を浮かべる。この辺りが立場の違いなのだろう。

「カールフェルトの女王て評判良かったんですか?」

「あれもある意味哀れなものよ。……フィンの圧力に屈し降伏した当初は各方面、他の2国どころかカールフェルトの国民にまで散々に扱き下ろされていた。それ以後のフィンの東征は女王がフィンの将軍として主導したため、イフナスやタルキーニでも酷く憎まれている。しかし徹底的に抵抗して完膚なきまでに叩き潰された結果、フィンに弾圧と搾取されるしかなくなったイフナスを見て安堵し掌を返したカールフェルトの国民は少なくない。……まあそんなところだろう。」

 レイラは最後にもう一言何かを言いかけたがそれは口には出さなかった。

「難しいねぇ。最善が出来ずに叩かれ、次善の結果が悪くなかったら後になって掌返しか。」

 憮然として言い放つのはディアスだ。掌返しの評価――恐らくはマリーネに対して周囲がそうしたのであろうことは想像に難くない。

 一方で統治者の苦心に思いを馳せたのがモニカだ。勿論、自身の仕事はきっちりこなしているモニカだが、それ以上の仕事を常にこなし、それでも尚様々な評価をされる兄を自分は支えられているのだろうか?そんな気持ちになった。

「まあ、私が直接関わる以上は失敗なんて許されぬのだがな?」

 レイラが嗤う。レオナールが絶妙に下げていたハードルは結局高く積み上げられるのだった。

 その後も酒の勢いか何かで様々な思いがぶちまけ――もとい。語り合われ、心地よい微睡がその場を支配しつつある中、レイラがティアに何か話しかけたのに対し、ティアが険しい表情で頷き返しているところをユナがオルタの指示通りきっちりと見届けていた。残念ながらその言葉までは聞き取れなかったが。



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