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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部混迷篇
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竜人と商人

 アデル達はレインフォール商会系列の武具店に向かいブリュンヴィンド向けの装備を調達した。

 店長が言うには、グリフォンを騎獣として扱う者などなく、グリフォン用にはいずれオーダーメイドで作成する必要があるという。また、まだまだ成長期でその後も大きな調整が必要になるであろうブリュンヴィンドにいきなり魔法が付与された防具は少々勿体ないと、既製品の馬用の鎖帷子をグリフォン幼体用に調整し、炎熱に関してはハーネス部分に魔法のアミュレットを装着するのが良いだろうという話になった。しかし調整には丸1日は必要となると言われたため、今回は採寸のみを行い、明日以降オルタが引き取りに来てイスタに届けてもらうことになった。

 本来なら調整加工にも順番待ちが生じるのだろうが、元若頭直々、前払いでの依頼に店をそれようにフル稼働させてくれるとのことだ。

 当初は鎖帷子を嫌がるブリュンヴィンドだったが、アデルが同様の物を装着し、その意義を剣や矢を使って説明すると渋りながらもそれを受け入れた。同時に兜も選ぼうかと思ったが、どうやら暗視付与付のハーフキャップを気に入っているらしく、他を付けようともしないため、今のブリュンヴィンドに丁度良いサイズの物に追加料金で下取り交換してもらった。

 その後レイラの指示通りアデルはブリュンヴィンドに騎乗し、ネージュを伴ってイスタに戻り、オルタはレイラのいる旗艦に戻った。


 イスタに戻りウィリデにレオナールの書状を渡すと、一瞬険しい表情を浮かべながらも、5日後に1度、対地強襲を想定した演習を設定してもらえることになった。その2日手前、イスタに戻った3日後にオルタが見知らぬ女性と共にイスタの屋敷に戻って来た。

 最初戸惑ったアデルだが、屋敷に入って間もなくその女性の姿が変化する。

 レイラだ。姿を偽る魔具を身に付けていた様である。


 予期せぬ――3日前に話だけは聞いていたが――大物の登場に初めて会うこととなるモニカとシルヴィア、それにティアと演習その他の事前調整に来ていたフラムが目を瞠る。

 フィンの建国を見てきた唯一の生き残り、一部ではまことしやかに――いや、実質その通りなのだろう――フィンの女帝と呼ばれる人物の登場にモニカとティアが湧きたつ。

 だがそれは彼女らだけではなかった様だ。オルタの話によれば途中カンセロに立ち寄り、手紙の返事を直接レオナールに伝えてきたというのだ。

 流石のレオナールも2日後にいきなり本人が乗り込んで来るとは考えていなかったようで、話を持って行ったときには少なからぬ動揺を見せたという。

 この辺りに関してレイラの方はグランやコローナの情勢に拘わらず明確な線引きとビジョンが出来ていたため、対応が早かったのだが、3か月先の返事を待っていたレオナール側には正に寝耳に水と言ったところだったのだろう。

 その“奇襲”が奏功したか、レイラの方は当初のレオナール案よりも幾分有利な条件を引き出せたようだ。



「ふん。“手土産”とはこういうものだぞ?商売人なら覚えておくと良い。特に若い主人は話を聞いてもらうだけでも大変だろうからな。」

 手ぶらで訪ねたアデルを嗜めるように言うとレイラはオルタに指示を出す。オルタはブリュンヴィンドの装備移送用に預かっていた魔具袋から、酒とつまみ、それに酒を飲まない層向けに軽食を取り出した。

「まだまだあるぞ?ああ、でもその前に礼は言っておこうか。これのお陰でこちらもこれを土産にもらえたからな。」

 レイラはそう言いながらオルタの持つ袋を指した後、オルタが背負って来たリュックサックを指す。

「それは?」

 アデルが尋ねると、アデル達の魔具袋に“交渉用の土産”を詰めてレオナールらに手渡したら、その返礼として同様の魔具であるリュックサックを渡されたという。

 絶対的な容量はアデル達の物の方が数倍大きいが、汎用性はリュックの方が大きく優れ、又容量も馬車の荷台1台分はあるという。欠点というか、アデル達の物と比べて劣るのは、容量の他、口径が小さい分、出し入れがしにくく、人間を入れることが出来ないことと、折りたためないことだと言う。

 更に悪びれる様子もなく続ける。

「『あの間抜けどもはこの手の配慮が欠けている』とぼやきながら袋を広げたら、レオナールたちは苦笑しながらお前たちのフォローをしていたぞ。『隊商護衛を数度受けただけの冒険者がいきなり商人のイロハを身につけていたらそれはそれで困るだろう?』だとさ。良かったな。気には止めてもらえてる様だぞ。」

「……まあ、兄ちゃんを出汁にしながらあちらの警戒心を少し緩めただけの話なんだがな。」

 後ろからぼそりとオルタが突っ込みを入れる。

「まあ、商談の基本だ。相手との共通の話題に共通の認識を仄めかすのはな。まあ、私くらいになれば“威圧”と言う手段もあるにはあるがね。」

 レイラはアデル達の奥にいたモニカやティアをチラ見してそう言う。見た目か直感か、その二人がいずれの機会に交渉相手たりうると見えたのだろう。

「酒は南大陸でも酒精が強いと有名な蒸留酒と、西大陸に伝わる米から作られる清酒だ。ここではそうそう呑めるものじゃないぞ。まあ、貿易に手を出すなら比較的“安全”な商品ではあるがな。言った通り、こちらは酒精が強い。原酒の味も覚えてもらいたいところだが、最初は無理せずに水で薄めてもいいぞ。」

 レイラがニヤリと笑う。それに反応したのはモニカだ。

「それは楽しみだな。我が国の酒も強いと評判なのだが……私も1本持って来ればよかったか。」

 興味深げに酒の瓶やラベルを見ながら言う。

「我が国?」

 モニカの口調に何かを感じたかレイラがオルタに確認する。

「――隠しても仕方あるまい。現ドルケン国王、グスタフ・クレーメンス・ドルケンが妹、モニカ・フレドリカ・ドルケンだ。尤も今回は前節の協力に対する礼に個人として手伝いに来ているのだけがな。」

「ほう……と、なるとそっちが……例の物好きか。」

 レイラはモニカの騎士礼による自己紹介に頷いて応えると隣にいたシルヴィアを一瞥する。どのような情報を渡しているのかは知らないが、物好きと言うのが自分のことを言っていると察すると、シルヴィアは少々不快そうに眉を顰め、ネージュとアデルを見る。

「……竜形態で竜と交わると竜の能力を有した子ができると言うのはそれなりに長く生きてきたが初耳だ。そうそう思いつく奴もいないだろうしな。種の強化につながるか、そもそも別種族と扱われるべきかはわからんが……実力は十分以上だが、竜玉を持たないのは何とも言えんな。」

「ふん……。」

 レイラが首に付けられた首輪を見てニヤリとしながらそう言うとシルヴィアは不愉快そうに口を閉ざす。

「まあ、個人の問題に口を挟む気はないよ。」

 レイラがそう言いながら土産の品を並べていく。アデルの目配せでティアとルーナ、そしてユナがテーブルや椅子、グラスの用意に動き出す。

「オルタを基準に年長組と年少組に分けるか。アンナとフラムは好きな方に入って良いぞ。」

 アデルがそう言うとアンナとフラムは顔を見合わせ少し思案する。フラムはこの場に残るべきか、一度報告に戻るべきか判断しかねアデルに視線で訊ねた。

「あー……フラムは一応仕事中か。演習の件はその予定で宜しくお願いしますと伝えてくれ。その後戻って来てくれてもいいが、他の人間は連れてくるなよ?」

 アデルの言葉にフラムは頷く。フラムとしては酒やつまみ、交易品には然程の興味はないが、新進貴族の娘としてレイラやモニカと顔をつないでおく機会は逃したくないのだろう。『報告だけして戻ってくる。』と告げ、一旦アデルの屋敷を離れた。


 期せずして今回の強襲作戦の参加者揃っての小宴が催される事となった。

 場所こそアデル達の屋敷で行われるが、用意された主だった餐がほぼレイラやフラムの持込となったことにアデルは居た堪れない気持ちとなると同時に、最近の余裕のなさを改めて感じていた。

 かつて、ディアス達やアルムス達と積極的に関わっていたころはアデルもそれなりの土産を用意するなどの配慮は出来ていたのだ。レイラの参加こそ急な決定となったが、以前から打診していた者達に対して何の用意もしていなかったことを反省する。

 アデルとしては、オブザーバー的にディアスやソフィーを招きたいという気持ちも生れたが流石に他者に主餐を用意してもらった宴に呼ぶわけにもいかない。

 そんなアデルの表情を読み取ったか、レイラとオルタが少し意地悪そうな表情を浮かべてアデルに言う。

「酒や肴は多めに持って来た。呼びたい奴がいるなら呼んでも構わんぞ?但し、私に会うリスクを承知したうえで、酒の味が分かる奴に限定するがな?」

 レイラの申し出にアデルが少し困惑するとオルタが小さく頷く。オルタはオルタの当初の目的だった“レインフィオール商会と腹を割って話が出来そうな相手”の内、能力的な実力者が集まるだろうと吹き込んでおいたのだ。レイラとしても実際に“古王国カールフェルトの魔女”を相手に電撃戦を仕掛けようという者達だ。色々計っておきたいという気持ちがあった。

「安心しろ。こちらにも商人としての下心はある。期待外れだった場合はツケにして次の時に払ってもらうがな。」

 レイラは何もかも見透かすかのようにアデルにそう言うのだった。


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