集結
村を焼け出され、それまで共に過ごしてきた者たちと決別し、流れ者としてこの地に辿り着き、周囲の目を誤魔化しつつこっそりと始めたアデルとネージュの3年の冒険者生活。その集大成とも取れる最後の『暗闘』。その準備は着々と進んでいた。
5日目にはモニカとシルヴィアがイスタに到着し、それを受けてリシアと一角天馬を迎えに行く。
特に一角のペガサスは幻獣の中でもレア中のレアであるらしく、モニカやシルヴィアもその存在を初めて知ったと意外な協力者に目を丸くしたが、まずは互いの立場を確認した。
モニカは普段は愛騎の胴部に掛けているドルケン王国の紋章入りの衣を外しており、“公務外”であることを示し、一角天馬はルーナとリシア以外を乗せることはないと宣言した。
こうしてアデルが計画する『魔女強襲』の直接的な実戦部隊が揃った。その中心にいるのは間違いなくアデルとネージュである。
アデルはユナとティアを屋敷に残しそれ以外の全員でイスタ東の平原へと移動した後、現時点で考えている作戦を改めて彼らに伝えた。
一度フロレンティナとの交戦経験のある一角天馬とリシアがその時の記憶を踏まえ、超遠距離からフロレンティナの着陣を探知する。フロレンティナが現れたことを確認した後、南から接近するコローナの地上部隊と共にモニカ・シルヴィア・ハンナ・リシアが敵側の注意を引き付けるべく魔力探知妨害を掛けつつ接近。探知妨害範囲が山城周辺まで覆ったことを確認して北側の高高度から接近し主力メンバーで強襲を行う。可能であれば山上空を覆う雲があれば理想であると。
強襲を行うのはアデルとブリュンヴィンド、ネージュ、そしてオルタとワイバーン、上空からアンナと天馬に認められればルーナが管制を含めた支援を行う。とにかくフロレンティナの確保ないし殺害を最優先し、それが叶い次第離脱、殿はネージュが務め、その後は敵の残党や地上部隊次第といった具合だ。力及ばずフロレンティナに逃げられた場合、又は継戦困難となった場合の作戦失敗の判断と合図はアンナに、南組の判断はモニカに任されることとなった。
現時点での不確定要素としてコローナの地上部隊の規模や指揮官がわからないことだが、そこは明日にでも中間報告と要請に向かうつもりでいる。アデルとしては説明して要請すれば状況的に最低限は供出されてると踏んでいる。少なくともロゼールの同伴は可能だろう。
まずはその説明の為にも今日は互いの実力の確認と魔力視・魔力感知の検証実験を行いたいと集めたところである。
ネージュ、オルタ、シルヴィア、モニカ、そしてルーナら武闘派はすぐにでも模擬戦を始めたがったが、まずは魔力感知の検証から行う事となった。
そちらに参加するのは一角天馬とリシア、それに興味半分のシルヴィアだ。精霊の力を借りる天馬やリシアの魔力感知は単純に魔力の気配を察知するタイプのシルヴィアのそれよりも精度が高い筈だ。実際に当日は複数いる者達の中からフロレンティナの魔力を感知し、到着と所在地を知る必要がある。
まずはネージュ、ブリュンヴィンド、ハンナ、アンナ、モニカ(ワイバーン)がそれぞれ10分ほど移動し、探知組が探知目標を見つけ出すという試験となった。
探知目標は交戦当時のフロレンティナに最も近い魔力量とされたブリュンヴィンドだ。参考までにと一角天馬とシルヴィアに尋ねたところ、平時の魔力濃度・魔素保有量はネージュ≧シルヴィア>ブリュンヴィンド≧フロレンティナ(推定)>ワイバーン>ハンナ>アンナ>モニカであると一致した。フロレンティナは高位幻獣ほどではないが人間としては膨大という域らしい。ちなみに一角天馬はブリュンヴィンドの上辺りだそうな。
続いて(一部が)お待ちかねの模擬戦闘である。
オルタvsシルヴィア、ネージュvsシルヴィア(共に竜化なし)から始まり、アデル・ブリュンヴィンドvsモニカ・ワイバーンやルーナ・一角天馬vsモニカ・ワイバーンなど日頃戦えない相手を選ぶ。しかし、訓練ならと誰も彼も防御を考えない戦闘を行ったため、結局は体力と経験が物を言う結果となった。1対1はシルヴィアが勝ち、一騎打ちはモニカが辛勝を収めた。機動力や技量もそれなりに評価されるが、結局は最後は地力の勝負となることが確認された形である。
ルーナの方は及第点を貰えたらしく、一角天馬からルーナとアデルが褒められる形となった。
つまりは、ルーナは支援攻撃限定だが一角天馬に騎乗と参戦を認められたことになる。
最後にアデル達vsドルン組+リシアで集団戦を行ったところ、こちらは数と連携、そしてここぞとばかりにアピールをするハンナの牽制でアデル達が終始優勢のまま勝つことができた。
誰もが『分っていたけど悔しい』という形の納得の行く結果であったが、各々課題を見つけ、
アデルもまた概ね満足のいく結果となった。
アデルの課題は3つ。全体的な課題としてルーナとハンナをどう扱うか、どのようにして指揮を執るかの2つ。個人の課題としては面制圧力だ。
前者は如何に能力とやる気を尊重しつつ安全を確保できるか。後者は今更1週間ちょっとでどうにかなる問題ではない為、如何に工夫をするかである。面制圧は比較的得意としているネージュやオルタに任せ、自分は突破と囮に徹すると言うのも一つの手ではあると考える。
オルタはワイバーンとの連携だろう。ワイバーンなしで敵戦力との接触は能わず、されどオルタの武器――通常の剣よりは大きいとしても――では騎乗戦闘は若干不利である。そうなると、うまく連携し、離脱と騎乗をスムーズに行いたいところであるが、難しいところである。その点、ハンナとは相性が良かったが今回の作戦ではそれが叶わない。どうしたらよいか。オルタはそれから暫く悩む事となった。
ネージュは他と比べれば落ち着いていた。シルヴィア相手に攻め負けたのは勿論悔しいが、今のネージュにとってそれはさほど重要ではない。勝ち抜くためにすべきはアデルの指揮さえ聞き逃さなければあとは何も考えずに直感で敵を屠るだけだ。
逆にアンナは色々悩む。任された撤退判断のタイミングのほかにも、アンナが扱える回復魔法は対象との接触が望ましく、叶わなかったとしても相当近くまで接近する必要がある。況してアンナの魔法には解呪能力はない。それならいっそ接近して槍で戦うにしても、アデルやネージュ、オルタ程の力にはなれない。特に暴れるタイプのネージュとオルタの近くは逆に彼らの動きの妨げになりかねず、アデルの傍ではアデルの意識を引っ張りかねない。
中空から高圧水流魔法による牽制は出来るかもしれないが、少数対多数の戦闘に牽制がどれだけ役に立つかは怪しいところだ。要するに自分自身の中途半端な能力に悩むことになる。
ルーナは今迄の鍛練の結果が一角天馬に認められたことに加え、姉に並び立てることに気分が高揚していた。これが普通の辺境の村娘であったなら隣りあわせとなる己の死への恐怖に体が震えた事だろう。しかしルーナは違った。人を殺した経験はないがすぐそばで殺された経験はある。況して今回の相手は自分をここまで育て、最後まで守りきってくれた父と正面から翼を持たない自分を受け止めてくれた母の仇。自分でその相手に一撃加えることは難しいが、それの取り巻きを減らし、手を貸してきた相手が間違っていたことを思い知らせる事は出来るだろう。
今回はあこがれ続けた空に立つ為に翼を貸してくれる天馬がいる。
ルーナは深く息を吐き、手に持つ槍を握りなおして“義兄”の言葉を思い出していた。
ハンナは少々歯がゆい思いを抱いていた。
正体のわからない女に乗っ取られた群れを離れ、敗北の屈辱の中武技を磨いてきた筈なのに新たな仲間と同じ戦場に立てない。
4つ足のこの体では翼竜や獅子鷲に乗るのは難しいだろう。とはいえ、吊るされて運ばれるのも困る。自分の体重は人間のそれよりも倍どころか4倍くらいになる筈だ。
世の中には“八足天馬”や“天狼”といった、翼が無くても空を走れる幻獣がいるらしいが、生憎自分には出来ない。風や土の精霊魔法を覚えればそのような事も出来るようになるのだろうか?どちらにしろ1週間程度の付け焼刃でどうこうできるものでもないだろう。
今は自分に出来ることを精一杯にこなすしかない。だがいずれ――
ハンナは今回割り当てられるであろう“ポジション”に複雑な思いを寄せる。しかしそれを十全に果たした暁には……ご褒美の一つもあっても罰は当たるまい。そう気を取り直した。




