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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部混迷篇
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準備

 ネージュに夜間偵察に備えての下準備を指示すると、アデルはまずは情報収集の為イスタ内のソフィー宅を訪ねた。

 ディアスは一旦屋敷に戻っているらしく、今日はソフィーしかいない様だ。

 エストリアの詳報はまだソフィー達との所には届いていないらしく、まずはその説明を求められたのでそれに応じる。

 アデルがそれなりに端折りながら一通り説明すると、ソフィーはやはりカーラ――竜人に擬態していた夜魔のことが一番気になった様だ。発端は別の所であったが、聖女ことマリアンヌと一緒に対処できたことはアデル達のみならず、エストリア延いてはコローナにとっても幸運であったとソフィーは言う。少々大げさでは?というアデルの表情を読んだが、ソフィーは魔族、その中でも戦力特化でない搦め手が得意な夜魔の危険性を説明した。状況からして恐らく、竜人たちの軍のみならず、エストリアの重役たちにも一部“根回し”をしてあったのだろうと推測する。突如アデルやネージュに察知されずに背後に現れたこと、簡素な魔力波を飛ばしただけで複数のバリスタ兵を動かしたこと、そしてその後のエストリア辺境伯の異常とも言える言動。恐らく辺境伯は高位の神官ないし聖女本人あたりから解呪の魔法を受けることになるだろうとソフィーは言う。即ちカーラの魔手は辺境伯本人へも伸びていたであろうとの示唆だ。このように過大な破壊をもたらさずとも、人間社会、とりわけ軍や領地と言った縦のつながりが強い組織には数本毒針を通すだけで簡単に深刻な状況を作りかねないという話だ。それを表に引き摺りだし、消滅せしめたのは国防にとって非常に大きい筈だと言う。

 その辺りの話も興味はあったところだが、アデルは一旦その話を横に置かせてもらい本来の目的となる質問を行った。


 まず1つめは、人間の魔術師が“魔力視”や“魔力感知”を行うことが出来るかだ。

 ソフィーの答えは『可能ではある』と言った含みのある回答であった。

 特に魔力感知は魔具のサポートを受ければ範囲の大小や感知できる魔力量の差こそあれそれほど難しいものではないという。逆に魔力視はなかなかに難しい様だが、高位の魔術師なら能動的に見ることは出来るだろうという結論だった。能動的と言うのは自分から何かしらの補助魔法との組み合わせ意識を向けることで魔力を感知し物の有無を見ることになるだろうとのことだ。因みにソフィーもその気になれば夜間、灯りのない移動くらいはできるだろうが、余り効率的ではないという。ソフィーとフロレンティナを比べるなら恐らくフロレンティナの方が数枚は上手だろうと考えられる、魔法の根本や原理は同じ筈だ。その感知能力は竜人や魔族と比べると些か劣るだろうと思われた。


 次に転移魔法についてである。こちらも明確に『存在する』という答えが返ってくる。それも遺失された訳でなく普通に現存している魔法であるという。勿論、扱うには《魔術師》として相当の高レベルと詠唱、場合によっては事前準備なども必要になってくるが、Sランク上位層の魔術師なら何人か使える者がいるとのことだ。因みにソフィーはまだ扱えないらしく、使えたら引っ越し手伝いの依頼なんて出さないと苦笑された。

 もう少し詳しく尋ねてみると転移魔法には2種類あると言う。1つは物を直接どこかへ転移させる魔法、もう1つは特定の空間を繋ぐ“門”を召喚・形成することで2つの地点を行き来できるようにする魔法であると言う。

 どちらもそれなりの条件があるようで、共に真言魔法らしく転移対象又は門を作る場所に直接声が届くこと。そしてそれぞれ転移先の視認または、明確な座標を指定することが必要であるとの事だ。明確な座標と言うのは、緯度経度高度又は現地点からXYZ軸の何メートル先であるのかのどちらかだそうだ。或いは事前に魔法陣を描き、ポータルとすることでより少ない魔力で往来が出来るようになるともいう。

 アデルが、先日の“隕石召喚メテオストライク”の魔法が実はその転移魔法で巨岩を転移しただけである可能性が高い様だ。と伝えると、ソフィーは『そんな手があったのね……確かに……』と納得と言うか感心すると同時に、その魔法は直接転移系で相当の魔力を必要とするか、ゲート系の魔法で岩を門に通すのにそれなりの力と時間を掛けるかの2択、どちらも転送先の視認が必要になって来るだろうと読み取った。

 この辺りの分析はロゼールたちと同様だ。故に軍が対策をするなら上空への視線が通らない曇りの日を選ぶか、転移させる岩が用意されている場所から視認されにくいルートを選ぶかだとソフィーも言う。ただ、後者に関しては、高度数百メートルへの転移であるなら、別に巨岩にこだわる必要はなく、質量があり、落下の衝撃に耐えうる物があれば門に適当に投げ捨てるだけで充分な脅威となるだろうという。勿論、大きければ大きいほど威力と命中率は上がることになるが。流石に動き回る目標に当てるのは困難だが、軍隊相手や攻撃箇所が動かない攻城戦には大きな効果が出るかもしれないとソフィーは顔を輝かせた。むしろ何故今迄誰も思いつかなかったのかと言い出したが、流石に少し落ち着くと、巨岩を長距離転移させるにしろ、巨岩が通過しうる大きさの門を開くにしろ相当量の魔素を消費することは間違いなく、誰でも気軽に、況して個人レベルでどうこう出来るものでもないかと言った。

 


 ソフィーから一通り必要な話を聞いたアデルが次に向かったのはドルンだった。

 目的はモニカ……ではなくシルヴィアに話を聞くこと。今回アデルが最も注視しているのは“魔力感知”と“魔力視”である為だ。

 この2点を極力理解し、対処しなければ“奇襲”はありえない。そう踏んでいる。逆にこれを潜り抜け、あわよくば偽装する様な事が出来るなら作戦の成功率は大いに向上するだろう。

 フロレンティナが“疑似メテオ”以外にどのような魔法を扱うか、特に近距離・乱戦となった場合にどのような手段を取ってくるのかの把握も必要だが、その辺りはロゼールに頼めば可能な限りの情報を集めてくれるだろう。まずは標的に如何に接近・接触できるかだ。


 今回の訪問もモニカが窓口を務めてくれることになった。

 シルヴィアは現在、条件付きでドルン王城の客員剣士として収まっているという話だ。既にと言うか、早速と言うかモニカやグスタフ、ベックマンを始め、話を聞き付けた軍人たちがこぞって勝負を挑んでいるようだが、今の所1対1、或いは1騎(騎士+騎獣の翼竜)対1の勝負にシルヴィアが負けることはないようだ。

 条件と言うのが“隷従の首輪”という魔具を身に付けることだったという。この魔具は装着時に設定した指示に逆らおうとすると首を圧迫して警告し、1分程抵抗を続けると最終的に酸欠により気絶させるという中々にエグい魔具であった。

 性能は折り紙つき故に価格も相応に高く、高位貴族家でも1つ保有できるかどうかという様な代物で、とりあえず奴隷に一通りつけると言う様な汎用的な物ではないという。

 ネージュが聞けば欲しがりそうだが、それとなく話を聞く限り今回の満額分の報酬の半分以上が首輪一本で吹き飛びそな位の額であるようだ。

 アデルとしてはこの状態で竜化するとどうなるのか気になったが、恐らくシルヴィアの首か首輪のどちらかが引き千切れて終わりだろうとの事で、流石にそのどちらかを賭けて実験する気も起きない。

 現時点で主人をモニカとして、逃亡の禁止と無許可での人族への攻撃の禁止が設定され、それに従う見返りに王宮内をある程度自由に歩き回れるようにしているとの事だ。


 アデルは早速、モニカとシルヴィアに“魔力感知”と“魔力視”に関する話を聞いた。

 答えはソフィーの物とほぼ同様。魔力感知は魔具である程度どうにでもなり、魔力視は常用にはとても向かないという。

 それでも実際に運用していたシルヴィアからの話は貴重で、シルヴィアは魔具ではなく結界の様なもので特定以上の魔力を感知していた様だ。魔力感知は『どの程度の魔力に反応させるか』というのが難しいらしい。対象魔力を下げすぎると一般人や妖魔程度が反応し膨大な“点”が返ってくるという。前回シルヴィアが展開していた魔力感知の結界はワイバーンを基準としていたという。そのため先日の遭遇時もシルヴィアの魔力感知に引っかかったのはネージュだけだったそうだ。つまり、アデルやアンナの存在には実際に接近するまで確認できなかったと言うことになる。逆にネージュの魔力は通常の竜人よりもさらに大きく、一際目立ったと言う話だ。

 ちなみにカーラもやはり竜人としては破格の量の魔力を保有していた様だが、魔力感知や魔力視は魔素の濃度を感知するものであり、その性質――例えば精霊の種類や魔法の属性の差異はおろか、それらだけではエーテルと水の精の区別を付ける事すら難しいのだと言う。


 モニカからは逆に妨害・攪乱についての話を聞けた。元々そのような運用は考えられておらず、先だってのアデルの作戦に於いて初めてその意義と利点、欠点を見出し、今は専門の魔術師――実際には《精霊使い》に簡素な翼竜騎士の訓練をさせているとのことである。竜人や魔族・魔人に限らずとも、知能の高い上級蛮族――トロールやギガースと言ったクラスになれば魔力視や限定的範囲の魔力感知は出来るらしく、膠着状態が続くドルケン北部での山岳地帯や空中での戦闘に今後何かしら役にたつのではないかとの話だ。ただし、魔力感知や魔力視を妨害ないし無力化する事は可能だろうが、その行動自体が何らかの外的要因を示唆しており、妨害を開始した時点で何かしらのイレギュラーが存在する事を悟られてしまうため、奇襲に有効かどうかは怪しいだろうと言う。改めて考えれば至極当然のことではある。


 アデルの話を一通り聞いたところでモニカはアデルが何を意図しているのかを察したか、『必要であれば助力するしシルヴィア殿の派遣も吝かではない。グラン領内であっても個人レベルでの助力は惜しまない。“前回”と同程度の協力なら十分可能だ。』と言ってくれた。実質軟禁状態であるシルヴィアは余程退屈なのか、その発言に一瞬顔を輝かせたが流石に“強力すぎる”為、グスタフ他各方面に事前連絡やら根回しやらが必要なので数日は時間を要するだろうと言われ露骨にがっかりした表情を見せた。この辺りは親子と言うべきは、竜人全体の性格なのか量りかねるところである。

 アデルの方もまだ準備の準備段階であり色々調整したうえで再度寄らせてもらうと即時の動向はやんわりとお断りした。ネージュがどういう反応をするか読めない為だ。今の段階でネージュの士気に大きく影響する要素は不安であるのだ。

 アデルは協力の打診に関して丁重に礼を述べこの日は一度イスタへと戻る。


 シルヴィアとモニカ、そして先日の精霊使いの後方支援の協力の約束を得たアデルはイスタに戻って報告をする。懸念されたネージュの反応だったが、ネージュは首輪の仕様に興味を持ち、目を細め『ふーん……』と今一本心を計りかねる反応を示すものの作戦協力に関しては否定的な反応は示さなかった。

 それに対してアデルは少し安心した。ソフィーやシルヴィアたちの話を聞いた限り、恐らく“何もない所から”の奇襲は難しいだろうと考え始める。

 どの道作戦はフロレンティナが基地に現れたところに仕掛けるのだ。あちらとしても“隙”が大きくなることは承知の上、それを踏まえた防衛体制を敷くはずだ。そうなると……


 アデルはネージュに今夜の偵察内容の指示を出す。

「とりあえず今夜は下見だ。周辺の地形、敵陣の配置などを遠目から確認するのが第一だ。シルヴィアの話によれば、ネージュは他の竜人より魔力が高いらしい。魔力感知の魔具やら結界やらで現段階でのネージュの関与を相手にばらしたくないからな。今日はその程度で早めに切り上げてくれ。魔力感知や魔力視等の検証は後日改めて行うつもりだ。」

 アデルの言葉にネージュは少し意外そうな顔をしたが、すぐに小さく頷いた。

 続いてアデルはアンナに声を掛ける。

「少し休憩したら俺とアンナでカンセロへ向かう。以前リシアさんやペガサスが受けたと言う“治療不可の呪い”に関しても一通り話を聞いておかないとまずいからな。尤もロゼが単独で解呪・治療できるみたいだから、最悪離脱出来れば何とかなるんだろうとは思うが……」

 アデルの言葉にアンナも頷く。そして近くでそれを目撃している筈のルーナにもその時の状況を改めて訊ねた所、その攻撃は詠唱を伴う爆発系の魔法であったと言う。接近に成功しても本人や護衛達を無力化をしなくてはならないのだ。アデルは改めてこの作戦の難しさに頭を悩ませた。


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