ラストオーダー
「これらの問題をすぐに解決できる案があるのだが……」
試す様な視線を向けてレオナールはそう言う。
「一番簡単のは、君達が余直属の情報武官となるか、マリアンヌ直属の護衛騎士となるかだが……」
レオナールが探る様に言う。
「大変有難いお話しなのですが……自分たちは到底軍でやっていけるとは考えておりませんので。」
「だろうな。色んな意味で。」
遠慮気味に答えるアデルにレオナールはニヤリと意味ありげに笑う。
「マリアンヌが言っていた。君達の力は人族同士の争いに引っ張り出すべきではないと。そこにいるアラン元帥も言っている。君達を軍に組み込むべきではないと。余としては少々惜しいところではあるのだがな。」
「……我々は多少なりとも君達個人を知っている。少なくとも政治的な判断と配慮は出来る人物だとな。しかし軍と言う大きな集団にあってはその限りではない。」
レオナールの後をアラン元帥が続けた。
「その見本がアレだったと?」
思わず口に出たアデルの言葉にレオナールが苦笑を浮かべる。
「あれは本当に意図した訳ではなかいのだがな。だが、竜人を前に似た様な感想を持つ者は少なくはないだろう。エストリアからも竜人を危険視する声は上がってきている。」
「……」
レオナールの言葉にアデルは沈黙した。カーラは倒した最終局面、エストリア住人――勿論すべてではないが、今回の戦で被害が出たエリアも者たちはカーラの憎悪増幅の効果もあっただろうが明確にネージュに敵意を投げつけてきた。その背にマリアンヌがいるにも拘わらずだ。
「我々――今回の事情を知る軍上層部だな――は君達を『国に組み込む』べきでないと考えている。他国からみれば、本来人族の争いに干渉しない竜を戦力の中核に置くように見えるからな。イレギュラーな過剰な力は他国の軍の強化や何かしら別の強力な対抗手段の開発を急かす事にしかならない。近年、《竜騎兵》がどこの国にも現れないのはそうした理由もある。また、国軍の将官らから見れば“本物”の竜人を軍の中核に置くよう見えるだろう。保守的な貴族や光神テリアの信徒は到底納得しないだろう。下手をすれば……まあ、皇国云々は今は必要ないか。」
アラン元帥が言う。アデルもオルタも少なくとも客観的に見るなら至極真っ当な意見であると思う。客観的に見るのなら。
「つまり、今後は大人しくしていろ……と?」
「君達にその気がないのであれば……な。だが――」
アデルの言葉をレオナールが条件付きで肯定する。
「今回だけ|はその限りでない。再度尋ねる。余の配下になる気はないのだな?」
レオナールが静かに、しかし強烈な圧力を以てアデルに問いかける。
「折角の所ですが……」
アデルの答えにレオナールはため息をつき、それ以外の者は一瞬ほっとしたような表情を浮かべた。
「ならば仕方ない……。君達への“ラストオーダー”と言ったところか。」
先程から自分の事を『余』と言い、さらに『ラストオーダー』ときた。これはただ事ではないとアデルもオルタも直感する。
「この依頼も先の2つ……いや、イスタ東征を含めれば3つか?同様、君達が周囲から戦果に見合う評価を得ることは難しいだろう。失うものもあるかもしれない。しかしそれに十二分に見合う報酬を約束する。またエストリアに対しても適切な措置を行おう。これはコローナ・グランの多くの将兵の命を救い、この戦争の終止符を打つことにつながるものだ。そしてそれが可能なのは君達だけだ。」
レオナールが演説をするかのような熱のこもった言葉を放つ。
「――いや、流石にそれは言いすぎか。成功の可能性が最も高く、且つ最も迅速に遂行できるのは君達を置いて他にはない。と言う所だな。」
レオナールは勿体ぶるのか、或いはプレッシャーを掛けすぎない様にする為か、少し圧を緩めてその様に言い直す。恐らく失敗は許されない的な言い方をするとアデルの性向的に辞退するかもしれないというロゼールの入れ知恵もあるのだろう。実際その通りだ。一切の失敗が許されない軍事行動なんてアデルとして受けるつもりはない。騎士の様に『命に代えても』などと言うセリフがアデルの口から出ることは9割9分ないと言える。
(周囲の正当な評価はない、俺達が最有力候補。となると……)
「空からの奇襲――いや、闇討ちですか?」
アデルが静かに口を開く。その言葉にレオナールとロゼールを除く者たちが一瞬だけ驚いた表情を見せると、すぐに消し去り険しい顔に戻る。
「話が早くて助かるよ。まずはロゼール、説明しろ。」
「はい。」
レオナールに代わってロゼールが数歩前に出て地図を広げる。
「お近くへどうぞ。」
ロゼールがアデルとオルタにそう言う。
「いや、受ける受けないの返事の前に聞いていいものなのですか?」
聞いたからには強制参加、時々そう言う話もあると聞いていたアデルがそう尋ねる。
「そこは問題ありません。他に漏らさなければ良いだけの話ですし、漏らすことの不利益をアデルさんならすぐに分かるでしょうから。」
ロゼールがそう言う。元帥や将軍、補佐であるポールではなくロゼールが説明するのか?アデル達は共に疑問を覚えたが、ロゼールの言葉を聞き、言われた通り腰を浮かせ、身を乗り出して地図を確認する。
グランディア東部の地図、それも今回の作戦用の特別製だろう。少し大きめの地図全体に今回コローナ軍の戦場として想定されるエリアがぴったりに描かれている。地図の左端がカンセロ、少し北東に行ったところにオーヴェ平原があり、そこに5つの×印が記されていた。
「先だって我らコローナに多大な被害を及ぼした魔法。あれは古代の“隕石召喚”ではなく、巨岩を“空間転移”で空中数百メートルの地点に転送したものと結論付けました。」
なるほど。確かにその辺の魔法の調査や分析はロゼールが担当していた。
「一応、根拠は?」
オルタが質問する。
「目撃情報、着弾地点の検証、それに岩石の成分等を徹底した調査によるものです。目撃情報や着弾地点の窪み具合からして、岩石はほぼ垂直に落下して来た物と考えられます。“隕石召喚”は何件か過去の文献に記されている限り、全て60度~70度の進入角であると考えられます。また岩石の成分……こちらは宮廷魔術師の鑑定魔法によるものですが、グルド山南麓の比較的表層の岩に近いと鑑定されました。
そして……先週、前回のそれと同様に切り出された岩が少なくとも5つ以上、グラン領内のある場所に運ばれたのが確認されています。こことここです。」
ロゼールが地図の〇印3か所を示す。旧グラン王国王都グランディアの北西数キロメートルほどの所にある小さな山、そしてグランディア市城郭内の西と南東、コローナやグラン解放軍が攻めて来ると思われる方角だ。
「この岩を潰してこいと?」
「いや。それなら君達を指名したりはしないさ。」
アデルの問いに答えたのはレオナールだ。
「君達への依頼は、第1条件、フロレンティナの捕獲。第2条件、フロレンティナの殺害だ。捕獲を優先し、無理と判断したなら止むを得ん。最低限、フロレンティナの排除を頼みたい。」
「捕獲……理想は生け捕りだと?」
「そうだ。フロレンティナを捕縛できればその後のグランとの交渉、場合によってはフィンやカールフェルトにも大きく影響を与えることができるだろう。それに……こちらは期待薄だが、古代魔法や時空魔法に対して尋問も試みたいしな。」
レオナールがちらりとロゼールを見ると、ロゼールが小さく頷く。どうやらロゼールがその辺りに強い関心を持っている様だ。
アデルとしても大規模な行軍前にフロレンティナを排除できるならそれに越したことはないと考えている。
「条件は?」
「生け捕りに成功すればパーティに200万、殺害成功なら100万、それに成否にかかわらずこれを進呈する。」
「「200万!?」」
無表情に言うレオナールの言葉にアデルとオルタが驚く。
200万ゴルトもあれば、贅沢さえしなければ4人家族でも数十年は暮らせる額になる。
メタ的に言えばメジャーな競技の一流プロスポーツ選手の年棒くらいと言えばご想像頂けるだろうか。個人に支給するには最大級、しかし充分現実的な範囲の額とも言える。
スケールの大きさにアデルとオルタが少したじろぐ。しかし、あの魔法による被害を未然に防げるとなれば確かに相応の報酬と言えるだろう。それにだ。
「前渡しとしてこちらをあなた方に。我が国最高位の魔具師と古代人の叡智により実現した“魔法袋”です。プロトタイプなのでまだ王国の誰も所持していない代物ですが、この作戦とあなた達の今後に大いに役立つことは間違いありません。」
ロゼールがそう言いながら袋を取り出す。パッと見、1メートル四方の頑丈そうな袋であった。
「“時空魔法”をベースに魔具にしたものです。所謂インベントリ――魔法鞄ですが、容量はこれで2頭立ての大型馬車2台分相当、市販されている魔法鞄とは違い、こちらは『生きた生物』をそのまま入れることができます。」
「つまりこれにぶち込んで拉致ってこいと……」
「そうなります。相手は高位魔術師ですので、意識を刈り取ったら身ぐるみを全て剥がした後、口と両手両足をしっかり拘束してから入れて下さい。」
「流石に鳥が獲物を攫うようにって訳にはいかないか。」
「その辺りの手段は問いません。最終的にきっちり拘束したうえで収納して持ち帰って頂ければ。」
「いつどの場所に現われるかと言うのはわかっているのですか?」
この質問にはレオナールが答える。
「それは正確には把握できないが――グランと協議し、この場所に現れるように連携して軍を移動させる。いくらか迎撃部隊も出てくるだろうが、こちらも敢えてその前提で視界の効く晴れた日にこの山から目視可能なルートを、魔法に警戒する素振りをみせつつゆっくり目に取る予定だ。
そこでだ。この山の北側の森から少数でぎりぎりまで接近し、一気に攻められるという所から攻め上がってほしい。支度金として10万ゴルトを支給する。作戦に参加する人選や前準備等はこちらから出せばよい。但し、相手方に悟られない様に慎重にな。
無論向こうも無防備を晒す事はないだろう。そしてオーヴェから逃げ帰ったフィン兵から聴取をすればグリフォンや氷竜の存在は向こうも十分承知していると考えるのが妥当だろうな。それでも敢えて君達に依頼したい。
奇襲と言うよりも場合によっては暗殺に近いものになるだろう。グランやフィン、カールフェルトからは強い反発があるかもしれん。コローナの軍からも武功として大きく取り上げられる可能性は低いとみている。しかし我が国の兵員の命には代えられん。この作戦は事前準備から事後処理に至るまですべて極秘裏に行う予定だ。名誉はないが充分に見合う報酬であるとは考えている。どうだ?」
レオナールが尋ねてくる。戦場における要人の暗殺、禁じられている訳ではないが名誉を重んじる騎士や貴族らから反発が出かねない案件だ。
アデルはレオナールやロゼール、そして将官たちの表情、視線を読む。
王子王女はは真直ぐにこちらを見、将官たちはこの期に及んでやや複雑そうな表情をしている。コローナ軍の名誉か兵員の命かの選択で揺れているのかもしれない。……少なくとも、レオナールとロゼールの目に後ろめたさや迷いはなさそうだ。この2人の性格からして100%とは言い難いが。
「概ね理解しました。最後に二つ程宜しいですか?」
「何だね?」
「万一失敗した時の次善策は用意されているのですか?」
「……現時点で、ない。しかし奇襲が決行されれば少なからず敵も混乱しているだろう。その隙に犠牲を覚悟で乱戦に持ち込む。」
「……では『ラストオーダー』と言うのはどういう意味で?」
「この作戦は冒険者ギルドを通さずに行う。しかし成否に関わらずいずれギルドも把握するだろう。実質、国がギルドの優秀な人材を引き抜き、“汚れ仕事”をさせることになるからな。報酬額も大きい。それはギルドを通した場合と比べればギルドには相当の金額が入ってこなくなることになる。勿論、それが必要であったことは丁寧に説明する予定ではいるが、それでも恐らくその後冒険者としての活動は相当に狭まる筈だ。少なくとも今あるランクや評価は凍結されるだろうし、冒険者としての名声は2度と手に入らなくなるかもしれない。
そして心苦しいがこの作戦に名誉はない。故にそれに見合う報酬と条件を用意した。作戦後の身元保証は必要ならコローナで行うし、その後の活動を考慮してドルケンの王城かギルドに相談しても良いだろう。こちらとしても、『金を払って終わり』ではなく、君達の方針に添い出来る限りの便宜を図るつもりでいる。その気になったなら、今迄とは全く別の個人として王城や軍で召抱えても良いぞ?この作戦は失敗は許されない訳ではないが、完遂できなければそれだけで数千に至る者が死に、その家族の人生を狂わせ、尚それ以外にも多くの損失は免れない。名誉に関しては得る事はないが、“あちらが先”に規格外の魔法を持ち出したのであるから君たちが失うということもないだろう。そのように全力を尽くす。それでも、今迄の功績や生活は手放すことになる可能性もある。受けてもらえるなら、この場にいる者全員で署名する契約書も用意しよう。」
レオナールがそう言うとポールが2枚の紙を差し出してくる。
高級な紙に記された内容は2枚同一、外交文書でも使う様な本物の誓約書だ。
準備万端である。
そして――ロゼールの差し金か、レオナールの目か、アデル達が“辞退”することのない様に逃げ道を狭めつつも追い詰めない様に話を持っていく。
結局彼らの手のひらの上か……アデルは苦笑しながら、丁度2枚なのでアデルとオルタがそれぞれでその文書を確認する。
書面は誓約書でなく契約書となっていたが、極力シンプルにされており、2度確認してもおかしな箇所や曲解できそうな部分は見当たらない。
(確かに冒険者としては最後の仕事になるだろう……ネージュはがっかりするだろうか?)
アデルはそんなことを考えながら答えを出す。
「……わかりました。どのような魔法にしろ、アレに無策で軍を動かすのは難しいでしょう。少しでも事前に排除できる可能性があるなら……お受けします。」
いきなり大詰め?
――ピザ配達の先導をしながら何故グランに渓谷や氷山群を用意しておかなかったのかと後悔するなど。(某ゲームやりながら)
大陸南岸の国に無理があるけど。




