結果と評価
エストリアの防衛から早2週間が経過していた。
アデル達はその間、イスタの屋敷で久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。
唯一、普段以外の活動をしたと言えるのはドルンにて、グスタフ、モニカ、そしてシルヴィアと面会をしたくらいだろうか。
元々はシルヴィアにカーラの討伐と正体の伝えしつつ、魔族に関して知っているものを聞き出そうと出かけたのが始めだった。
ドルンに向かったのはアデルとネージュ、それにアンナだ。ドルケン内ではブリュンヴィンドへの騎乗を遠慮せざるを得ないので、イスタの駐屯所に預けてあったワイバーンで移動する。
到着と同時に面会はすぐに叶った。まずは王妹・モニカからであった。
モニカはシルヴィアを引き渡す時の約束通り、シルヴィアから聞き出した蛮族軍に関する情報をアデル達に開示した。シルヴィア、カーラと倒したのであれば残る竜人は首魁ドルフ含めて4体。その内1体、カーラの前に西方面軍司令だった赤髪の竜人は行方をくらましているという。話を聞く限り、ヴェーラが腕を落したあの竜人・ランドルフである様だ。
その後、カーラが台頭し西方面軍司令を継ぎ、ケンタウロス隊と巨人族を傘下に納めていたようだが、シルヴィアの情報によると、ケンタウロス、少なくともそのリーダーは東――テラリア侵攻を望んでいる様子だったという。長く続く亜人差別への対抗なのか別の思惑があるのかまではわからないようだが、ケンタウロスの統制は概ねしっかりできている様子であるそうだ。
蛮族軍とオーレリア連邦との繋がりについては、渉外を仕切っていたのはドルフとカーラであり、シルヴィアでは決定的なことはわからない様だ。
そのドルフが率いる本隊は本格的にテラリアへと侵攻中で既にテラリア西部の大半は支配下――というか、人族の排除ができていると言う。その代わりに一部の町を獣人を始めとする亜人たちに与え、テラリア中央や南部、そして東部からの続々と迫害を受けていた亜人たちが集まってきているという。
そんな感じで蛮族軍の近況を聞き受けた後、改めてシルヴィアを呼び出しカーラ戦の顛末を説明した。
カーラが夜魔であったことを伝えるとシルヴィアも数秒――いや、1~2秒程度だっただろうか。驚いた表情を浮かべたが、すぐに納得していた。元々『あいつが吸精鬼だとしても驚かん。』とその可能性を示唆したのはシルヴィア自身だ。アデル達とすればこの発言をうっかり忘れていながらもすぐ近いところで“聖女”の協力を得られたことはまさに僥倖であったと言えた。
シルヴィアの言葉と、竜化時の違和感が気付くきっかけだったと言うと、シルヴィアも改めてカーラはほとんど魔法に頼り他者の前で竜化をしたのはほんの数回程度であったと言う。
とどめは敢えてシルヴィアの剣で刺したことも伝えたがそれに関しての反応はなかった。今わの際、主の存在を匂わせ、負の感情の増幅などの置き土産を残したことを伝え、心当たりを聞いたがそれに対する答えも得られない。ただ一つ懸念として、カーラの魅了の呪いが解けたドルフが今後どのような行動を取るか分り難くなったと指摘した。
モニカ、シルヴィア、そしてグスタフやベックマン、マルクの見立てではドルフ――蛮族軍は当面、少なくともテラリア西部を制圧するまでは戦力は東へと集中させるだろうと考えていたが、もしそれがカーラの魅了と思惑の影響であったならその限りではなくなってくる。尤も現状でテラリアの戦線は膠着しているようで、多方面を向くなら今の制圧地域と亜人たちを見捨てることになるだろうという。竜人であるドルフが他種族の亜人を慮ることはないだろうが、それでも集まって来る人数は無視し難い。武器を持たせ、自立・自衛の為だと唆せば十二分に戦力となる筈だ。ここまで戦線を広げて中途半端に撤退するのは悪手以外の何物でもない。
一方、シルヴィアがドルケンを襲撃したのはカーラやドルフに追放同然に命令され、シルヴィアも渡りに船と単身で最も効率の良い方法を取ったと言う話だった。
元々“外”への勢力拡大の意思が薄いドルケンはドルフ達にとって必ずしも当座の敵という訳ではなかったらしく、どうやらヴェーラがやらかした襲撃に対する報復的な物だったというのが最初だったらしい。その後物資目的で連邦と組むに当たり、カーラが一番動かしやすいヴィークマンを唆したという話だ。今となっては唆した=魅了した。という可能性もあったかもしれないが、この辺りもカーラが大きく影響している様子であった。シルヴィアはそれを逆手に取り、単身でヴィークマン領をシルヴィアに最も都合よく安定させそのまま実効支配し独自の地盤をと考えたようだ。
シルヴィアの作戦の当初の成功、そして敗北もすでにドルフは知っているだろうという。恐らくドルフの中でシルヴィアは死んでいる物とされているだろうというのがシルヴィアの見立てだ。万一生きていることを察知され、魅了が解けたとしても珠を失った今、わざわざ復縁を迫って来ることもないだろうという。
「じゃあ、もし珠があったら復縁するの?」
と言うネージュの問いに、シルヴィアは『奴の力でここから解放されたなら、一戦交えた後ならそうなるだろう。』と答える。
アデルが『勝つ見込みは?』と尋ねると、シルヴィアは眉を寄せ数秒考えた後、『1対1の決闘では難しいだろうな。』と答えた。
シルヴィアは各方面の協力と事前の作戦の奏功によって辛勝した相手だ。もう一度、互いの情報がある状態で戦ったとしてもアデル達が勝てる可能性の方が低いだろう。そのシルヴィアにそこまで言わしめるのであれば、ドルフと言うのは相当強いものと思われる。少なくとも単騎、単独でどうこうできる相手ではなさそうだ。先日のシルヴィア戦を知る者すべてがそう考えた。
「そうだ。聞くところによるとグルド山の南麓のどこかに雷竜がいるそうだけど……」
ネージュが唐突にシルヴィアに言う。雷竜の存在は防衛戦後、アンナから招雷の術の説明を受けた時に聞かされたものだ。
「雷竜?それがどうした?」
「最近、雷竜の妹ならいてもいいかな?思った。
「……」
「「「「ぶっ!?」」」
ネージュさんの発言にシルヴィアは呆然とし、他の人族3名は盛大に噴出した。
「……押し倒して子を作れと?流石に竜化しない状態では交われんぞ。」
「……こっちが落ち着いてからそっちがその気になったら考える。」
暗に竜珠の返還を要求したシルヴィアにネージュはそう答えた。
「その気には……当面なりそうもないなぁ……」
シルヴィアは少し困ったような表情でそう答えるのであった。
最後にグスタフとの会見である。
グスタフやベックマン、マルクら重鎮たちに呼び出されたアデル達だが、話の内容は褒賞に関するものだった。
ドルケンとして敵制圧下にあった1都市をほぼ無傷で奪い返し、敵将の捕縛とそれに伴い多くの敵軍の生きた情報を入手できたことを大変大きく評価するとの事だ。
グスタフはアデル達にそれに充分見合う褒賞を用意したいと申し出た。
それに対するアデルの要望は、“適当”な金一封と、野生のワイバーンの狩猟の許可又はワイバーンレザーの独自入手枠の設置だった。或いは依然対峙したキマイラなどの狩猟も可能なら行いたいと申し出る。
グスタフは2大臣と少し話し合うと、その内ワイバーンやキマイラ等の狩猟を除いてあっさりと認めた。ワイバーンの数は翼竜騎士団によりある程度数が管理されている必要があり、また翼竜騎士たちの訓練にも必須であるため、勝手な捕獲は許可できないとの事だ。また、キマイラに関しては目撃情報が上がったら即座に対応する必要がある為、まずは冒険者ギルドに依頼し、軍を出さないとならない状況になったら連絡が付けば連絡するという形にせざるを得ないとの事である。
その代わり金一封とワイバーンレザーの独自出荷枠の設置はすぐに認められた。報奨金はパーティに20万ゴルト――この大陸なら中堅都市に十分な敷地を持った石造りの屋敷を新築できるくらいの額だ。――と、ワイバーンレザーの入手量の五分(5%)を10年間支給、こちらは概ね2~3か月に丸1体分の量となるらしい。と、必要に応じて買い足す権利を認められた。これはカイナン商事にも認められていない、外国人に対しては破格の待遇である様だ。そして名誉として准騎士から2代限りの騎士爵(爵位としては男爵の下)を賜る事となった。貴族としては最下層であり領地を得る訳でもないが、ドルケン内における明確な肩書と、若干の俸禄が支給される様になる。これはある意味貴族としての“試用期間”に近いもので、貴族としてのスタートラインに立ち、この後に国への貢献等により正式に男爵に叙せられれば、世襲をすることが出来るようになる。大抵、騎士爵は当人のみの1代限りというのが常であるが、今回は2代限りと言うところにグスタフやベックマンの様々な思いが滲み出ているように感じられる。
ちなみに叙勲はこの後、謁見の間で略式で行われ、発表は『ビゲン(ヴィークマン領)奪還に於いてモニカに同行し無二の働きをした功績』とされた。地方派貴族最右翼だったヴィークマン領があっさりと王家直轄領となったため、地方派の貴族たちはなりを潜めるしかなくなったようで、また、ドルンの王城内に於いてはアデル達はグリフォンと厚誼のある者、王種グリフォンの保護者という認識が行き渡っていることもあり、異を唱える者は一人もいなかった。この時立ち会っていた“アンナの弟妹”達を初めて目にしたが、彼らと話す機会はなかった。一番上の王太子が間もなく(15の)成人を迎えるという話だが、彼らの方も実は上に姉が1人いたという事実は知らされていないとのことである。
こうしてアデル達はドルケン内に於いて十二分の評価を得ることが出来た。
一方で問題となったのはコローナの方だ。
状況の報告に訪れたフラムは少し困ったような――否、半分泣きそうな表情で報告を始めた。
アデル達が離脱した後のエストリアの防衛は敵将カーラの死亡後、反攻に転じたヴィクトルやラグのイスタ隊、それにラウルら冒険者らの活躍により東側はほぼ殲滅、その間、ギガース5体は人族と接触しない様にうまく東へと撤退に成功したらしい。
元々数が少なく、ネージュによって蹴散らされていた西門に詰めた妖魔らは、巨人が暴れ出したことにより逃散、西門に寄ってきた者は悉く返り討ちにし、また混乱して西へ向かった一部も最後に到着した王都からの増援によって殲滅されたと言う。
混乱にあったエストリアの街は間もなく到着した各支援部隊との連携で敵残党を一掃した後、エストリア領兵を中心とした治安維持部隊が編成され、夜半には全ての暴動は鎮圧されたと言う。
その後蛮族軍の北拠点は放棄された様子であったため、歩兵と合流したヴィクトル隊とラウルを含む冒険者らによって簡単に制圧し、現在はコローナの手に内にあるとの話だ。その後巨人やケンタウロスの目撃情報は入ってきていないという。
フラムが特に言いにくそうにしていたのは次の話だ。
まずウィリデは今回、機転を利かせマリアンヌに支援要請をし、また素早い増援の派遣によりエストリアの危機回避と損害の最小化に大きな貢献があったとされ、このままイスタに転封される見込みであると言う。
アデルはかつてのヴェイナンツ領を一切知らないが、フラムの話によると領地面積的には約3倍、また現在、ドルンやグランにつながる地として、戦略的にも経済的にもそれ以上の価値がある土地とされているらしい。また、旧ヴェイナンツ領からの移住希望者には当面は一切の制限を設けないという破格の待遇であるそうだ。通常、領民はその土地の資産扱いであるため、まとまった数の異動・移住は領主間でのトラブルとなりやすいのだが、元々ウィリデが尽くし、領地を割譲されたウェストン辺境伯の元に帰属する形となったため、王家の取り成しとウェストン辺境伯の理解と協力で実現できる見込みであるとのことだ。
これ話に対してウィリデは前向きながらも現在は『状況を整理したい』と受諾を保留しているそうだ。
ウィリデやフラムが困るのも無理はない。元々マリアンヌの支援要請を実現させ、またエストリア包囲軍の3割、さらに敵将の正体暴露と打倒したのはほぼアデル達の働きで、ウィリデ傘下の兵は何の功績も上げていない。唯一、策が見事に突き刺さっただけ、という認識であった為だ。
一方でそのアデル達に対する報酬は、ウィリデからの依頼料、それもグラン出征時に冒険者ギルドを介して提示されたもの以外には何も出ていない。
今回のエストリア防衛に関する事項は一切公に提示されておらず、実際に金を動かせるのも、ウィリデからの特別褒賞としてのみとなる。勿論、ウィリデが大出世することになるので、それに見合う物を渡せば済むのではあるが、個人が冒険者に渡せる金額にはいろいろな面での限度がある。
また、一部で『王女が導いた竜騎士』や『多くの味方の兵を救った藍天使』の噂がエストリアからイスタ、果ては王都の一部にも広がっているが、そこに個人を知らしめる情報は含まれていない。
アデルやネージュも内心、少しだけ“もやっ”としつつもその事は口に出さなかった。
アデルの見込みの甘さも無くはない。元々マリアンヌの大魔法の行使の支援のみのつもりで請け負った依頼であった。アデルとしても、ハルピュイアやネヴァンと言った、アデル達イスタ東征組のみが知り、また、アデル達のみが対処可能な脅威が無ければ適当にお茶を濁しつつ離脱するつもりでいたのだ。
危険度で言えば確かにイスタ東征の方が高かったかもしれない。しかし、活躍に伴うコローナへの貢献は間違いなく今回の方が多いだろう。しかしそれが正当に評価されているとは言い難い。
ただマリアンヌの支援を受けて八面六臂の活躍を見せたネージュは、旧敵であったカーラに完全勝利を収めた事で大分満足している様子ではある。
アデルの方も、一部がっかりした面もあるが、今のアデル達の原点であるエストリアの暁亭、アリオンに対して十分に借りを返すことが出来たと8割方満足している。
だが問題はその後だ。
エストリア辺境伯は、イスタの冒険者によってバリスタが破壊され、随伴兵が死傷したと王宮やウィリデ、さらには冒険者ギルドにまで抗議を行い、保障を要求しだしたというのである。
これにはアデルやネージュも『はぁ?』と顔を顰めるしかない。これにフラムはさらに泣きそうな顔になった。
「状況は……各方面から上がってる。敵将夜魔に魅了されたバリスタ兵が先に撃ったって話も上がってるけど、辺境伯は『竜人を撃つように出した命令を兵たちは遂行した』と言い張ってる。」
確かにあの場に“竜人”はネージュしかいない。そうなると兵士たちは辺境伯の命令に粛々と従っただけとなってしまうのだ。そこにカーラの干渉があったとは証明できず、またアンナによって足を飛ばされた兵士たちは『魅了などされていなかった』と証言し、保障と“犯人”の引き渡しを要求したというのだ。
「それなら、王女殿下を狙撃しようとした罪を問えるんじゃないのか?」
アデルが言うとフラムも頷く。
「レオナール様もそのような話に進めようとしているらしいけど……マリアンヌ様のエストリア入りは目撃情報こそ多数あれ、公式発表がなされていないの。エストリア辺境伯ももう後がないと分かっていて必死だから……」
フラムがそう声を上げた時、タイミングを計っていたかのように“客”が現れた。
アンナが出迎え、アデルの返事を待たずに中に連れてきたのは“騎士”だった。
「アデルとオルタは誰だ?」
その強い口調にアデル達は眉を顰める。
「俺?」
このタイミングで自分の名前が出たことに驚いたオルタが思わず声を上げたが、さらに告げられた言葉に更に驚くこととなる。
「アデルとオルタ。レオナール殿下から“出頭命令”が出ている。すぐに付いて来てもらう。」
「「はぁ!?」」
アデル達は先ほどの物以上に不満に満ちた声を思わず上げてしまっていた。
ものすごく今更ですが、1ゴルト≒1US$≒100円前後のつもりで設定しています。
日本の物価(特に不動産関係)なんだかんだべらぼーに高いからね……




