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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
258/373

Sunset Glow

 西からの強い日差しを浴びながらアデル達は南へと向かっていた。

 昨日の宵に受けた緊急依頼によりカンセロへと向かい、すぐに取って返して仮眠をとり夜明け前にエストリアへ。エストリアで予定外の戦闘を行い、結果として敵将を討った。

 全員、いつになく疲労困憊であったがイスタでヴィリデに顛末をすべて報告し30分ほどの休憩の後マリアンヌを送り届けるべく、或いは返還すべくカンセロへと向かっている。


 ウィリデにはしっかりとイスタの増援部隊が締め出されたことも伝えた。これについてウィリデは少し表情を険しくしただけだった。

「事前情報があった中での先行隊志願だ。その程度の危険は承知していただろう。」

 ウィリデが一言だけそう言うと、アデルとアンナ、それに一緒にいたマリアンヌがそれぞれ少しだけ眉を寄せる。アンナとマリアンヌがいなければもっと犠牲は膨れ上がっていた筈だ。アデルはそう思ったが、ウィリデの手前、口に出すことはできなかった。ウィリデ達将官にとっては戦果と損害、必要なものは戦に勝つことであり、アデル達に冒険者にとっては評価と犠牲、必要なものは報酬に見合う仕事と生き残る事であるのだ。そしてヴィクトルやラグは紛れもなく将官なのである。

 ウィリデが一番気にしていたのはケンタウロスの存在だった。すでに大勢が決した中ケンタウロス隊が独自にエストリア攻撃に行く事はないだろうが何かしらどこかの戦場に現れることを懸念している。しかし、アデル達にも彼らの所在は一切掴めない。ハンナの証言に『ケンタウロスリーダーとカーラは仲が悪かった。』と云うものがあり、少なくともケンタウロスのリーダーには魅了が通じていなかったと考えられる。また、それなりの神聖魔法を扱えるような話もあった。

 アデルの見立てによればカーラの監視が外れた隙に側近の魅了を解いて別の行動に入ったというところだろうとウィリデに伝えた。それに対しウィリデは参考にすると述べるにとどまった。

 その後、夜魔との戦いやバリスタからの攻撃や制圧も伝え報告を終えた。


 カンセロへと向かっているのはブリュンヴィンドに乗ったアデルとマリアンヌ、そして人形態のネージュのみだ。心身、そして魔素残量的にも疲労の色が濃いアンナはそのままイスタに残し、留守番組に戦闘やカーラの詳細を説明するように伝えて残してきている。

 同様に限界まで大魔法を乱発したマリアンヌも今はアデルの後ろでぐったりと寝息を立てていた。ブリュンヴィンドには鞍があるため多少の居眠りなら問題ない。戦闘――いや、急な出立となったマリアンヌはアデル達以上に準備も睡眠時間も取れていなかった筈だ。

 全速力ではないとはいえ、羽ばたく都合上ブリュンヴィンドの背中は時折大きく上下に揺れる。無意識かマリアンヌは後ろからアデルの胴に腕を回し、アリオンの装備だった頃の色が強く残っている肩部に頭を預けている。

 今回、結果として戦闘にもなったが、被弾したのは捨て身兼目くらましと突撃した時に浴びた光熱ブレス一発のみだ。ハルピュイアのエーテル弾も問題なく対処し他にダメージらしいダメージは受けていない。もちろん、マリアンヌの強力な防護魔法やアンナの支援魔法があってからこそとれた戦術であったが、長距離移動時またはこの手の輸送(?)の仕事用に寒さに強いワイバーンレザーの革鎧を用意してもいいかもしれない。

 アデルはそんなことを考えながらカンセロの方角を目指した。


 カンセロに到着する頃には陽はすでに沈み、暁の赤みががった紫とは違う、宵闇の濃紺色が強い紫色へと変わっていた。

 街には今夜も光が灯り始め、主要な道や城前の広場の闇を払っている。そして空から降りてくるグリフォンの存在に多くの者が気付いた。

 幸い――いや、妥当と言えるのかもしれないが、城前の広場までグリフォンの着地を妨げようとする者はいなかった。昨日は町の外で降りて歩いて城に来たのだが、アンナによれば現在この町を主に守っている旧グラン義勇軍の兵たちにとってグリフォンは勝利と解放の象徴のような存在となっている様で昨日、マリアンヌやフラムと共にカンセロの出入りをするにあたり、ブリュンヴィンドの城前広場での離着陸を許されたということである。尚、“カンセロ解放”には直接関わっていない氷竜に関して知る者は旧義勇軍にはいない様である。

 ブリュンヴィンドが激しく羽ばたく着陸態勢に入ったせいかアデルの背中で寝ていたマリアンヌも到着を悟ったか目を覚ました。

 アデルがその寝顔を見る余裕はなかったのだが、マリアンヌは居眠りを少し恥じらったか、少々神妙な顔でネージュのサポートを受けて地上へと降り立った。

 マリアンヌの存在に気付いた城の衛兵の一人がすぐに報告へと向かう。


 アデルがブリュンヴィンドを降りると、マリアンヌのみならずアデル達やブリュンヴィンドも城に入るように言われる。当初は報告をマリアンヌに任せアデル達は辞して早々にイスタに帰る予定だったが、衛兵が『上からの命令でアデル達を中に入れる様に言われている』と言うと流石に無理に帰るとは言い難い。

 城内に入ると、まずは疲労の色が濃いマリアンヌを専属の者が案内しようとする。アデルは突然の申し出による協力に深い感謝を伝え、マリアンヌの方からも、アデルらの活躍によりエストリアへの被害が劇的に軽減されたことに対する謝辞を受けマリアンヌと分かれた。

 その後、アデル達2名+1体は1階の小部屋へと案内された。

 程なくしてその場に現れたのはロゼールとポールだ。


「まずはお疲れ様でした。この時間にあなた達が戻ってきたと言う事はエストリアは無事に難を切り抜けられたのでしょう?」

 ロゼールが部屋に入ってくると、まずは数秒ブリュンヴィンドを撫でた後にそう言った。恐らくこれが第一報なのだろう。

「エストリア自体はまだ混乱の中にありますが、最大の危機は脱したと考えています。その辺りの報告ならマリアンヌ様に――」

 アデルに言葉を最後まで待たずにロゼールは静かに首を横に振った。

「姉様の報告では被害の状況が分かっても戦局の流れが伝わりにくいと思うので……詳しい話をお聞かせください。」

 昨日、そして以前の口ぶりからしてロゼールはマリアンヌを下に見ているのだろうか?否、神官としては格が違いすぎると自分を嘆いていた所を見ると嫉妬だろうか?ロゼールの言葉には少々棘が感じられる。アデルが少し困惑気味にポールの表情を窺うとポールはすぐに視線を外した。複数の妃を持つ王族の中に在って、同じ父母を持つ存在は最も近しいと思うのだが、どうもそうではない様子を感じる。

 ポールがいるところを見ると、聞きたいのは戦局の流れと結果、そして現在の状況なのだろう。

 アデルは敵の先行部隊……暴走部隊ともいえるだろうか?が、エストリア東門への攻撃が開始したところから始まり、東門へ向かう迂回部隊、一切姿が見えなかったケンタウロス部隊、様子がおかしい巨人たちの話から、アリオンが率いる東門隊の奮戦、到着したイスタ先行部隊の活躍、そしてネヴァンによる敵味方、雑兵、市民お構いなしの区別なき大混乱、津波と化した蛮族の攻勢とアリオンの措置、それに乗じて画策されたハルピュイアによるエーテル弾爆撃、暴徒化しかけた市民、それを辛うじて抑え込んだマリアンヌの魔法と順を追って説明し、最後に現れた敵将カーラ。人族のみならず、蛮族軍ですら――多少の疑問は持っていたが近くにいたシルヴィアやネージュですら竜人と思っていたカーラの正体。その擬態を打ち破り弱体化させたのもやはりマリアンヌの神聖魔法だったと説明する。最後に魅了されたバリスタによる敵対行動と必要な措置としてのその制圧、何とかアデルの――今はネージュの者であるシルヴィアの剣で魔を討ったものの霧散した黒いオーラ、その影響で増幅されたと悪意や憎悪によると思われる再度の市民の暴動や敵巨人の大乱闘による混乱状態の中、魔素も尽きこれ以上自分たちに出来ることはないと離脱し帰還したことを伝えた。

 アデルの報告をポールが黙々と記録すると、ロゼールからは魔族に関する話を色々聞かれた。

 それは今回の戦闘以外の部分も含まれる。“ネージュが知っていた”カーラの話や、シルヴィアから聞かされていた蛮族軍でのカーラの様子、夜魔としての能力、擬態の様子、それに気づいた経緯など、ありとあらゆる話を尋ねられ、アデルも知っている限りを伝えた。まだ上に“主”がいるような発言があったことを伝えると、ロゼールはポールと視線を交わし合い強く頷いた。

「やはり直接話を聞きに来て正解でしたね。姉様の話だけではここまでは聞けなかったでしょうし。逆に魔族の能力やその影響に対する対処は姉様から聞く必要がありそうですが。知っていますか?――と言っても私も文献で知った話なのですが――高位の魔族は一度強く目に焼き付けた者の姿や能力を模写する能力があるそうですよ。流石に神聖魔法はそうもいかないでしょうけれど。」

「それってもしかして――カーラは以前にその姿の元となる竜人に遭遇して戦ったことがあると?」

「でしょうね。そしておそらく勝ったのでしょう。本気で長期間成りすますなら元を消す必要がありますから。」

「もしかして……結構危ない橋だった……?」

「そうですね。それほどまでの高位魔族なら、姉上の素性が分かればその姿を奪い、コローナ王宮内に混乱をもたらせることもできたでしょうから。まあ、油断は出来ませんが、姉様の魔法を模写するのは流石に無理なのですぐにばれるでしょうけれど、短期間の成りすまし、或いは重要な決定を捻じ曲げることくらいは出来たかもしれません。」

「…………」

 ロゼールの言葉にアデルは閉口した。目にした者の能力を模写?そんなことができればほぼ万能、無敵なのではないだろうか?

「ああ、能力の模写は飽くまで模写ですよ。完全コピーではありません。自分の能力で可能な範囲で復元というか、誤魔化すというか……本当に竜化したのではなく、模写の能力で目にした竜化をしたように見せただけだったのでしょう。ブレスも爆発系の魔法――恐らく今人族に伝わっている物とは全くの別物でしょうけど――で、ブレスに似せただけだと考えられます。実際、幾度となく本物の竜化を目にする機会があったアデルさん達はその中での違和に気付けたのでしょうから。」

「……見た目と技を再現する能力か。」

「……そう。それです。“再現”ですか。模写よりもそちらの方が的確です。流石ですね。」

 アデルの言葉にロゼールは少し嬉しそうに笑った。言葉にするうえで微妙な表現のズレが修正できたという感じだろうか。

「……どちらにしろそれほどの魔族を撃退――いえ、撃破したというのは姉上の功績として大きなものとなるでしょう。アデルさんたちもそこに食い込んでみますか?」

「ん?」

「状況的にその功績にアデルさんたちの仕事が不可欠であったということは誰もが認めるでしょう。そこに一枚噛んでおきますか?」

 アデルはロゼールの言葉をすぐに理解できなかった。本来なら逆である。カーラに止めを刺したのはアデルであって、それにマリアンヌの魔法は不可欠であった。しかしロゼールの口ぶりからすると……

(そうか、そういうことか。)

 そこでアデルは理解した。王家として、“マリアンヌが高位魔族を倒した”という功績を打ち上げるつもりなのだろう。そこにアデル達が名前を連ねるか?という話である様だ。

 アデルはネージュの表情を窺う。ネージュの答えは首縦にも横にも振らずに、首をかしげること。即ち、一任――丸投げだ。ネージュにとってその手の名誉は関心の外である。

「食い込むと何か良いことがあるのか?」

「特別褒賞と名誉くらいは贈られるでしょう。同時に名前も売れますから、それに色々ついて回ることがあるかもしれません。」

 ロゼールがにやりと笑う。

 ――黒い。その笑みを見てアデルはそう直感した。

 特別褒賞は確かに欲しい。名声や名誉もそれだけなら嬉しいものである。しかしこのご時世、それに伴う厄介事が舞い込んで来ることも予想できる。

「……保留は出来ますか?」

 アデルの言葉にロゼールは眉を寄せた。どっちつかず、中途半端、そう感じたのだろう。

「ある程度は。ですが、グランディアに本格的に攻撃を掛けるまでにははっきりとさせてください。姉上の活躍はコローナ軍の士気に直結しますので、その時にどのように発表するかという感じです。」

 ロゼールの言葉に今度はアデルが少し眉を寄せた。その時までにはっきりしろ。その時はそんなに遠くないという宣言に近いものだったからだ。



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