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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
252/373

紺の声と白き声

 エストリア南東、約1キロメートル。そこには場違いとも思える立派は氷壁が形成されていた。

 その北側には大量の水が――まるで天の水瓶をぶちまけた様な膨大な水が周囲を押し流した形跡があり、各所に大きな水たまりが出来ている。その周囲には焼け焦げ、或いはショック死したと思われる外傷のないゴブリンの死体が大量に倒れている。

 恐らくは一旦、氷壁の北側に水の層を敷き、そこに雷を呼び起こしたのだろう。水と雷の相乗効果、特に川や湖、海での落雷の伝播範囲の広さはかなりのものと聞く。自然の落雷でさえ致命の一撃となりうるが、先程この地点に落ちた雷はもはや雷の域を逸脱していたようにも思える。

 アデルは氷壁の裏側を確認すると、数名の騎兵たちが馬から降りて剣で氷壁を迂回してくる少数のゴブリンを蹴散らしていた。

 アンナはというと、ヴィクトルの傍らで休まされていた。アンナもヴィクトルもブリュンヴィンドの影を察知して上を見上げると、静かに立ち上がろうとする。

「派手にやったみたいだな……魔素切れか?」

「……そのよう……です。」

 体内に蓄積していた魔素マナを一気に放出してしまった為か、アンナの顔色は蒼く立っているのも辛そうだ。

 アデルはすぐにアンナを引き寄せ膝の上に乗せた。その瞬間、アデルはアンナの髪の色がいつもよりすこし青ががっていることに気付く。

「魔素切れで髪の色って変わるのか?」

「え?……いえ?」

 アデルの問いかけにアンナは困惑の表情を見せる。それもそうだ。ここには鏡なんてあるわけもなく、自分の髪の状態など知る由もない。

「いつもより青い気がするが……まあ、あとでゆっくり聞く。少し休め。」

 アデルがそう返すと、アンナは『はい。』とだけ答えて瞼を閉じる。

「魔力酔いでしょうね。加減を間違えたのでしょう。少し休めば少しは戻るでしょうが……」

 アデルの後ろ方肩越しにアンナの様子を確認したマリアがそう言いながら何かの魔法を唱える。

「どこか安全なところで数時間熟睡させたいところですが……厳しそうですね。」

「流石にそれは……」

 今や成馬サイズになったとはいえ、ブリュンヴィンドの体躯は王種グリフォンのそれよりは2回りは小さい。重量的にはアンナの体重程度なら誤差の範囲かもしれないが、スペース的に厳しいものがある。アンナを抱えた状態では身体を安定させられず、ネヴァンの相手どころかハルピュイアの追撃すら怪しい。さらにこの場所には竜人がいつ現れてもおかしくない状況だ。

 とりあえずアデルはヴィクトルに状況の確認をした。

「こっちは……とりあえずは大丈夫そうか?」

 アデルの問いにヴィクトルは苦笑で返す。

「とりあえずは……な。さっきの落雷で多くの馬が完全に腰を抜かせちまったみたいだが。」

 戦闘中の騎兵が馬を降りて戦っているのはその為か。元々体躯の小さいゴブリン相手に機動戦を仕掛けないなら馬に乗る意味は相当に少なくなるのも事実だが、それ以外の事象である様だ。中には戦闘よりも自分の馬を落ち着かせることを優先している者もいるくらいだ。

「上から見た所、こちらに向かってるゴブリンは残りわずかだ。雷で散らした奴らが改めて向かってくるかもしれないから油断はできないが。それよりも――」

 アデルはヴィクトルに、先程ネージュが立てた仮説について尋ねてみた。

「……中隊長を魅了か……こっちに流れてきたのはゴブリンばかりだから何とも言えんな。だが確かにオーガどもはこちらに対して全く関心を見せなかったは事実だ。街への侵入を最優先していると言われればそうなのだろう。しかし、魅了を使ってくる竜人って相当だぞ……」

「飽くまで可能性の話だがな。」

 アデルが短く返すとヴィクトルはさらに真剣な、いや、深刻な表情を浮かべる。

「最大限注意した方がいい。エストリアの対空弩バリスタの兵員が魅了されたら、2つの意味で危険だ。」

「2つの意味で?」

「お前な……」

 アデルが聞き返すとヴィクトルは呆れた表情を見せる。

「1つは、お前らを除けば都市上空を飛ぶ竜人に対抗できるのは対空弩しかない。それを動かす奴が魅了なんぞされたら、あとは竜人が空から魔法なりブレスなり打ち放題だ。2つめは、“敵に操られた”対空弩は逆にお前らにとって相当な脅威だろう?殿下の防護魔法でも、流石に巨大な弩の射撃物を弾くのは難しい筈だ。」

「……」

 ヴィクトルの指摘にアデルは閉口した。

 言われてみればその通りだ。魅了がどういう過程で行われるのかはわからないが、もし、非接触、広範囲から仕掛けられる物であったならこれは洒落にならない脅威である。

 そしてそのヴィクトルの懸念が現実となる時が一刻一刻と確実に迫って来ていた。



 エストリアの市街の方から爆音が響いた。

 アデルがそちらの方角を見ると、一瞬赤い火の残像が見えた気がする。そして程なくその地点から黒煙が上がり始める。

「まずいな。何かあったようだ。こっちは……一度放置されたんだ。命なんて賭けない範囲で頑張ってくれ。」

「なんだそれは……」

 アデルが慌ててそう言いながら離陸をすると、ヴィクトルやその周囲の騎兵たちは呆れた表情を浮かべてそれを見送った。

「確かにアンナがいなかったら危なかったかもしれんがな……騎士と冒険者の違いははっきりさせておかねばな。」

 ヴィクトルが立ち上がり周囲に命令を下すと、騎兵たちは再度気合を入れなおした。



「お兄!遅い!」

 アデル達が再度エストリア東の城壁を超えるとすぐにネージュが合流しつつそう叫んだ。

「悪い。少し話し込んでた。何があった?」

 アデルはネージュに謝りながら状況を尋ねる。

 ネージュはもう少し文句を言いたそうだったが、アデルの腕の中でぐったりしているアンナをみて言葉を飲み込んだ。

「大丈夫。ただの魔素切れだ。と、いってもゆっくり休める場所がないからいろいろしんどそうだけどな……」

 ネージュの視線と飲み込んだ言葉を察したアデルがそう説明する。

「……北西からもハルピュイア5体ほど。その内1体を処理しきれずに北西部に一発落とされた。」

「……対空弩なら、真っすぐしか飛べないハルピュイアなんていい的だろうに。」

「……あれ、対竜人しか想定してなかったらしくて……どこに設置されてると思う?」

「え?」

 ネージュの質問返しにアデルは困惑する。確かに対竜人用に対空弩が3基ほど設置されたと聞いていたが、具体的にどこにあるのかは聞いていない。

「城の2階のテラスを拡張して設置されてる。まあ、上から直接狙われない様な配慮がされてるみたいだけど。あとでちらっと見ておけば?」

「……そうする。」

 どうやら対空弩は城下、城郭内を守る為でなく、城を護るように設置されているようだ。確かに、城郭の上に取り付けたところで今回の様に奇襲や爆撃をうけてすぐに使い物にならなくなっても困る。」

「街の様子は聞くより見た方が早いか。ネヴァンはどうだ?」

「ついさっき見える範囲のものは始末した。ただ、私を見て2~3羽北西に逃げてった。」

「何体落とした?」

「5羽。」

 どうやらネージュさんにとってネヴァンはただの大型鳥であるようだ。頑なに“羽”という単位を押してくる。

「ネージュの情報を持ち替えられたと考えるべきだな。あと、ヴィクトルが懸念していたが……」

 アデルはそう言い、対空弩が魅了される可能性を示唆した。

「……そうなったらこっちも最終手段よ。弩がこっちを狙ってくるなら仕方ない。」

「弩の位置、確認しておかないとなぁ。」

 アデル達はエストリア市街北西部の状況を確認した。エーテル弾の着弾により爆炎と爆風で丁度1区画が破壊されている。周囲の建物の一部に引火し、守備隊の一部が慌てて消火活動に当たっている。

 しかし状況はそれ以上に悪い。ネヴァンの恐慌ボイスに当てられてる住民が、住居の中でも安全はないと一斉に飛び出し消火活動の邪魔をしている。

「エストリアってもう少し過ごしやすかった記憶があったんだけどな……」

 アデルの呟きにネージュと、そしてアデルには見えなかったがマリアンヌも同様の表情を浮かべていた。

 しかしマリアンヌのそれは一瞬。マリアンヌの声が響くと同時に周囲の地面から光が立ち上り上空へとはしる。

 周囲が騒めくと同時に声のした方向、即ちアデル達の方へと視線が集まる。

 その場にいるのは小さなグリフォンと王女殿下、そして竜人だ。集まった視線はまず王女の存在に驚き、そして竜人の存在に険しくなる。

「まずいやつだ……」

 直感的にアデルがそう呟くと、腕の中のアンナが目を開け身体を起こす。すぐ下で起きている火災を見るとアンナは力を振り絞り身体を浮かせると、何かの魔法を唱える。

「「おお……おお……」」

 火災現場周辺に少し強めの雨が降り始める。アンナはそれを確認すると、またもがくりと脱力するがそれをすぐにネージュが支え、再度アデルの元へと運んでくる。

「皆さん。押し寄せる危機、そして闇の声に不安に思う気持ちはわかります。しかし現在、騎士、兵、そして冒険者らが一丸となってこの危機を跳ね返すべく、エストリアを護るべく命を懸けて尽力されています。皆さんは落ち着いて騎士や兵の支持に従ってください。どうしても動いていなければ不安というなら、救護所で彼らの手伝いを無心となって励んでください。みなさん一人一人の力がこの町を守る力となるのです。」

 マリアンヌがアデルの背後でそう声を上げ、もう一度何かの魔法を唱える。

 住民たちがマリアンヌの声を受け止め、自分なりに噛み砕いて体内に吸収したと同時にその声は発せられた。

「へぇ……随分と面白いものが……沢山いるみたいだね。」

「「「え?」」」

 アデルとネージュ、マリアンヌそして住民たちが不意に声を漏らしそちらに視線を向けると――

「なっ!?」

 ネージュがその相手を見て声をあげる。

「カーラだ……」

 そこにあったのはネージュと因縁深い、そしてエストリアを脅かしている張本人の姿だった。


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