焔の翼、闇の声
青天の霹靂ならぬ、青天の轟雷にエストリア周辺にいる者たちは一様にそちらの方角を見た。
人間の兵士やゴブリンやオークなどの妖魔、そしてアデルやネージュも例外ではない。
しかし妖魔の指揮官、巨人、そしてハルピュイア達は一切それに反応を示さなかった。
「おかしい。」
最初に呟いたのはネージュだ。
この戦い、特に敵部隊に感じる漠然とした違和感。それは前回、イスタ東征の時――具体的に言えば、ハルピュイア追討の時にもチラリと感じた違和だ。それが今、明確に膨れ上がって来ている。
ハルピュイア達は一心不乱――勿論、インターセプトされる危険性のあるネージュやブリュンヴィンド達は回避しているようだが――に、自分を危険に晒す爆薬を抱えて真直ぐに飛ぶのがおかしかったのだ。本来、ハルピュイアは“生き汚い”と言われるほど、己の身と種の保存には貪欲だ。
オーガやトロールとは違い戦いを好んでする訳ではない。どちらかと言うと性格はゴブリンに近く、臆病でずるがしこい。そのハルピュイアが仲間の爆死を見て逃げ出したり、括られた爆薬を捨てて逃げないことがおかしかったのだ。
そこに昨日の母の言葉が思い浮かぶ。
「ヤツが吸精鬼だったとしても驚かん。」
今思えば最初からおかしかったのだ。
個々の武を貴ぶ、父と思っていたモノ。その他の竜人、そしてトロールらが個人の武に優れる母でなく、流言や媚びといった搦め手な手段を使うカーラに靡いていた事。恐らくは自分の“珠無し”も影響していたことは間違いないだろう。それでも集団であそこまで執拗にシルヴィアに嫌がらせをしていたことは異常だ。父にしてみれば自分の子でなかったのだからある意味で当然かもしれないが、他の竜人やトロールらが皆一様にカーラを持ち上げていたのはおかしい。
おそらくは――魅了だ。
そしてこの状況、恐らくは各中隊長とハルピュイア、それにギガース達にはその術が行き届いていると考えると、きれいさっぱりと“違和”が消えていく。
ではケンタウロス隊はどこに消えたか。そのヒントもハンナや寝返ったケンタウロスが言っていた。『新たな“リーダー”はどういう訳か回復(神聖)魔法が使える。』と。
恐らくは自身と幹部クラスの者の魅了は解除したのだろう。そしてこの敵味方巻き込んだ混乱と破壊しかもたらさない作戦を知り、土壇場で離脱した。
ネージュなりの仮説だが、これにアデルやアリオンの意見を集約すればもう少しはっきりとした実情が見えてくるかもしれない。
しかし今は……ネージュは目に留まるハルピュイアの翼を一切の容赦なく切り落として回った。
突然の轟音にアデルは一瞬気を取られたが、すぐにハルピュイアの追討に戻った。
ハルピュイアはあの轟音ですら全く聞こえなかったと言わんばかりに真っ直ぐに、散開しつつも最短ルートでエストリア上空を目指している。
余程強く、高い優先順位で命令されているのだろう。そう感じたアデルは改めてハルピュイアの危険度評価を上げた。
一方で、南で起きた轟雷にはなんとなくだが、味方の脅威ではないという気がしていた。
おそらくは――
「いくらなんでも魔力増幅しすぎじゃないっスか?」
少し呆れた口調でアデルは後ろのマリアンヌに声を掛けた。
「……あの子がやったのですか?」
マリアンヌが“魔法拡大”を掛けたのはアンナのみだ。それをやり過ぎという事は、あの轟雷はアンナが起こしたものと言うのだろう。
「おそらくは。あいつの精霊魔法は水と風と光ですから……両軍の地上部隊であれが出来る奴がいたとは思えません。」
実際は光の部分は直接関係ないのだが、アデルはすぐにその答えに辿り着いていた。
ヴィクトル達に向かっていったのはそのほとんどが混乱したゴブリン達だ。中には魔法を使える上位種ゴブリンもいるらしいが、それでもあの大きさの招雷を起こせる者がいるとは到底思えない。
ヴィクトル達騎兵もまた然り。ヴィクトルやラグの口から魔法に関して語られたことはないし、遠征から帰還し僅か半日程の休息で再編成された騎馬隊に冒険者や軍属の魔術師がいた様子はない。
「とにかく今は一体でも多くハルピュイアを墜としませんと。1発でもあの町中に落とされたら防衛力を一気に削がれることになりかねません。」
アデルは散開するハルピュイアの1体の針路を読み、なるべく無駄の出ないラインでブリュンヴィンドを一気に加速させた。
防護魔法を受けたとはいえ、わざわざ爆炎と爆風を浴びる必要はない。
ハルピュイアはエストリアに向かって真っすぐ飛ぶ以上、背後上方を取るのは容易である。アデルは樽を傷つけない様に慎重に背を突くなり腕を落すなりして回る。
ある意味、普通に突き殺すよりも残酷な気がしないでもないが背に腹は代えられない。自分の意思ではないかもしれないと言って手心や情けなど施す余裕などないのだ。
アデルが4体、ネージュが6体。東から接近していたハルピュイア全ての撃墜に成功する。
未然に防いだことにより、その恐ろしさをエストリアの者達に知られることもなくなったため、残念ながらエストリアの民から評価されることは少ないだろうが、とりあえず差し迫った高脅威目標の排除に成功した。
アデルが南、ヴィクトル達の支援に向かおうと旋回をしたところで後ろからネージュが寄ってきて声を掛けてくる。
「お兄、あいつらもしかしたら魅了されてるのかもしれない。」
「魅了?」
「シルヴィアが言ってた。『ヤツが吸精鬼だったとしても驚かない』って。だとしたら……」
ネージュの指摘にアデルとしても思い当たる部分はある。だがしかし。
「いやいや、ネージュだってそのカーラってのが竜化した所は見たことあるんだろう?」
「……あったような気がする。詳しく覚えてないけど。」
ネージュがカーラの竜化を見たのはかなり昔の様だ。しかし、どちらにせよ竜化する吸精鬼など聞いたことがない。
「もしかして今度は竜人と吸精鬼のハーフってか?……まあ、あり得ないとは言い切れないが……」
特殊な例ではあるが竜人と竜のハーフが産まれるなら、竜人と吸精鬼のハーフがないとは言い切れない。そもそも吸精鬼が自種族の繁殖を行えるかどうかも知らないが。
とはいえ、竜人と竜のハーフよりはありそうな気がしないでもない。
『今度は』と言う部分にネージュが若干むっとした表情をする。同列に扱われるのが心外なのだろう。敢えて口にはしなかったが、アデルもそれに気づき若干発言を修正する。
「今度はってのは違うか。しかしこれだけの数を魅了しているとなると相当の魔力なり手間なりが必要だろう?」
「魅了されてるのは多分、周囲への反応が鈍い奴らだけだと思う。中隊長のオーガやギガースあたり。たぶんハルピュイアも……」
そこでアデルも合点がいく。自身の身を顧みずに真っすぐに爆薬を抱えて街を目指すハルピュイア。ハルピュイアの生態を考えればそれは明らかにおかしい。しかし、魅了されているとなれば納得もいく。
「しかし対策はあるのか?仮に殿下の魔法や何かで魅了を解除したとしても、この恐慌の混乱状態じゃどうにもならないような?」
門の内外共にゴブリンや市民など魔法にたいする抵抗力のない者達の“うねり”は収まる気配がない。
「恐慌は解除したところでまたすぐ次が来ますからね。あのネヴァンを全て落とさないと……」
後ろからマリアンヌが口を挟む。ざっと聞いたところ、いわゆる“状態異常”の治療は範囲の拡大が出来ずに効率が悪い様だ。
「とりあえずネージュにその防護の魔法をお願いできますか?」
「わかりました。」
マリアンヌはネージュを手招きすると、その手に触れて魔法を行使する。この手の魔法には付与条件が“接触”である魔法も少なくないのだ。特に効果が高いもの程、投射が出来ず、接触が条件になる場合が多い。
「ネージュは一足先にネヴァンを頼む。身軽な分ハルピュイアよりも厄介だろうし、フィア―以外の魔法もあるかもしれん。」
「お兄は?」
「さっきの雷――イスタ隊の確認をしてくる。恐らくアンナの仕業だと思うが……」
「……“魔法拡大”って魔法にしか効かないの?」
そこでネージュがマリアンヌに尋ねた。
「魔法にしか?」
ネージュの質問の意味がわからなかったのだろう、マリアンヌは少し眉を寄せて聞き返した。
「うーん。魔力そのものを増幅できるならもしかしたらって。」
「それはまた別の魔法になるけど……あまり効率は良くないわね。魔素的にというよりも、接触して一瞬だけ魔力をブーストするみたいな感じで。」
「ふーん……」
マリアンヌの説明にネージュはそっけなく答える。しかしなにやら数秒ほど思案した後、話を切り替える。
「とりあえずネヴァンとやらを墜としてくか。もし何かあったらすぐに来て。」
「……わかった。」
アデルの返事を確認するとネージュはすぐにエストリアへと向かった。
「……めずらしいな。」
「どうかしましたか?」
ネージュを2秒ほど見送ったアデルは針路を南に向けて呟く。その呟きにマリアンヌが反応した。
「いえ、あいつが『何かあったらすぐに来い』なんて今迄一度もなかったような?」
「……何かがあると感じているのかもしれませんね。こちらも出来る事は手際よく済ませていきませんと。」
「そうですね。」
マリアンヌの言葉にアデルは頷くだけだった。
使いにくいけどHVAAはついつい積みたくなってしまう。
ACINF復活せんかなぁ。




