爆雷と天雷
「アリオンさん!強力な爆薬を抱えたハルピュイアがこちらに向かってきています。街の上を飛ばさない様に接近して来たら最優先で落してください!」
アデルはアリオンにそう伝え、東へと向かう。
アリオンが少し遅れて『イスタの部隊は?』と尋ねてきたが、アデルは答えずに東へ直行した。
あのタイミングでの門の封鎖、理解はできるが納得しかねているためだ。細やかな抗議である。背後でマリアンヌが何か言おうとする気配があったが、東の空に集中するアデルを見て配慮したか、その言葉を飲み込んだ。
アデルが東へ向かって程なくすると東の方から爆音が2つ響く。ネージュが早速撃墜したのだろう。敵の後詰部隊の中程から二つ、爆炎が上がった。
「これは……逆に使えるか。」
どうやらあちらは空での迎撃を考えていなかった様だ。エストリアへと近づけば弓なり弩なりでの対空攻撃はあるだろうが、要撃の存在は考慮していなかったのだろう。
或いはその為のネヴァンの先行攪乱か……
弓隊の配置やここ数カ月で対竜人を想定して設営された大型の弩の存在くらいは敵将として知らない訳はない。その防空能力の無力化を狙ったネヴァンの先行なのかもしれない。
否、同族をして、狡猾で汚いと言わしめる敵将である。手持ちのエーテル弾をの効果を最大限に引き出そうとするなら、市民を恐慌状態に陥れたところで、数は限りがあるだろうが派手な爆発を起せば城壁の内側は十二分に阿鼻叫喚に陥る。そうなれば門の防衛と消火作業、騒ぎ立てる住民への対応など、エストリアの将兵の数を考えれば同時進行は間違いなく無理だろう。そこを外側から数で封鎖すればあとは城壁内を蒸し焼きにすれば終わる。
略奪できる物資は減りそうだが、包囲殲滅戦としてはなかなかえげつない作戦である。城塞都市であるなら制圧後に徹底して探せば備蓄や備蓄設備なども見つかる筈だ。兵糧攻めなどという見立てがいかに甘かったか。これなら一晩もかからずに戦を終え、内部はともかく城壁さえ無事ならその後の各方面からの援軍を跳ね返す事も可能だろう。
空から見下ろす地上の混乱は逆に思いの外アデルを冷静にさせていた。アデルが逆の立場であったなら……敵の損害――損兵の数を気にしないと言うのなら恐ろしく効率の良い作戦である。アデルはそんな事を考えながらハルピュイアの姿を追った。
アデルの予想通り、ハルピュイアはネージュとの戦闘を極力避け、分散し各方面に分かれながらエストリア上空を目指していた。
数はざっと20くらいか。ブリュンヴィンドとネージュの飛行速度を考えればうまくやれば十分に間に合う量だ。
アデルは逃散し、しかし確実にエストリア上空を目指すハルピュイア達の動きを読む。
その上で半分を効率よく落して回れるルートのイメージを起す。アデルが動けばハルピュイアも、そしてネージュもそれに対応した動きを見せるだろう。速さは確実にこちらが上だ。
出来れば敵の頭上に爆薬ごと落としたいところだが、ハルピュイアもそこまで馬鹿ではない。
アデルはハルピュイアをエストリア上空に到達させない事、次に全ての撃墜を優先順位に定めルートを割り出し、そちらへと針路を取った。
この位置から街に近い順に北へ回り一旦外へ、その後反転し残りを後から追い掛ける形だ。
アデルは一気に加速し、一番近くにいたハルピュイアを確認する。
腕と翼が一体化しているハルピュイアにどうやって物を運ばせているのか?
今回は事前情報がある分、少し落ち着いて確認することが出来た。どうやら胴にベルトで樽を付けさせ、簡単な操作で外せるようにしているようだ。
エーテル弾も前回より小型化されたか、一回り小さい容器に変更されたようだ。前回と比べてハルピュイアの動きを妨げていない感じがする。
とは言え、恐らく液体であろうものが詰まった樽を抱えて飛ぶのはハルピュイアにも負担の様だ。得意とする鉤爪での戦闘は難しそうに見える。ある意味で自爆特攻的な役回りである。ハルピュイアが自分の命を懸けてこのような任につくとは考えにくい。彼女らは樽の中身を知らないのだろうか?それとも余程強く脅されているのだろうか?
この際相手の事情を計っている余裕はない。前回、慌てて適当な攻撃をし樽を破壊し、爆発に巻き込まれ大やけどをしたことを思い返す。アデルはハルピュイアを捉えると慎重に槍を構え、樽を気づ付けない様にやや上を取った後、片腕を切り落とした。
片腕を失ったハルピュイアは慌てて樽を放そうとするが、腕と翼が一体のそれでは飛行を維持することすらできない。ハルピュイアは錐揉みの様に地上へと落下し――
下の部隊を巻き込んで大爆発を上げた。
「……ひどい。」
背後でマリアンヌの声が漏れる。爆発の大きさか、或いは自爆特攻の捨て駒とされた者に心を痛めたか。
「あれが多数、混乱中の町を狙ってるんですよ?」
アデルは次の標的に向かうべくブリュンヴィンドを傾けながら背後のマリアンヌにそう言う。
「そうですね。何としても阻止しませんと……」
惨状を思い浮かべたか、それとも王女としての立場か。マリアンヌは重い口調でそう答えた。
「あれを槍で傷つけると爆発してこちらが火傷を負いかねません。爆発系の魔法に対応した防護魔法ってありませんか?」
「熱から守るものはありますが、爆風までは……」
「それで結構ですので俺らとブリュンヴィンドにお願いします。」
ブリュンヴィンドが加速する中、アデル達を白い光が包んだ。
自らが放った魔法にアンナは驚いていた。
ヴィクトル達殿班が敵前線部隊から距離をとったところでその中間に築いた氷壁の魔法だ。
威勢のいい妖魔が何体かヴィクトル達に食らいついていたが、後続を切り離せば10数対200、実力を考えても問題ないだろうと、一番多くを分断させるタイミングで氷壁を発生させた。
アンナが氷壁の魔法を使うのはこれが2回目だろうか。1度目は今年の頭、ブラーバ亭の新年祭の余興で白風との模擬戦をした時だ。
あの時は長さこそ10メートル強だが、厚さは1メートルにも満たず、高さも人間の腰を超えるくらいの高さの物だった。
しかし、今回は《精霊使い》としてのレベルアップに加え、今回マリアンヌに施された“魔法拡大”の相乗効果か、今回の氷壁は高さ2メートル程、長さも30メートル近いものの生成に成功していた。
『長さと高さを倍程度のイメージで。』と言うアドバイスを受けていたが、実際にはそれぞれ3倍ほど、体積にすれば9倍近い氷を出現させたことになる。
それでいて、魔素の消費は思ったよりも少ない。火事場のなんとやらだろうか?それとも純粋に、地上の殿部隊の無事の離脱を強く願った為か。とにかく想像以上の“出来”にアンナは驚いていた。
元々氷の魔法はそれほど得意ではない。アンナが相性が良い、得意とする精霊の属性は光と水、それに風だ。
当初の予定では“く”の字型に2つ氷壁を展開しようとしたのだが、今回の魔法の効力を見てアンナは予定を切り替えた。
アンナが得意としている水の魔法を使ったらどうなるだろうか?
そう思ったアンナは水の精霊に魔素を渡しながら水を召喚しようとした。
イメージするのは普段使っている高圧水流ではなく、妖魔を押し流す洪水だ。
そう強く念じて魔素を放つと、氷壁の北側、天高くから“滝”が現れた。
と、いっても発生したのはせいぜい10秒ほどだ。滝の水流は氷の壁に当たって全て北側に流れたが、ゴブリン程度の小さな妖魔を数十体押し流した程度で終わってしまう。
しかしその瞬間、アンナの脳裏からかつて見聞きした記憶が明確なイメージとなって浮かび上がった。
それはアンナがようやく物心がつくかという年の頃。アンナは母アニタに連れられ、こっそりと逃げる様にドルケンのグルド山の空を飛んでいた。
アンナ自身に詳細な記憶はない。王の隠し子として存在と命を狙われ始め、日増しに状況が悪化する中でアニタがドルンからグランのグラマーへと逃れようとしていた時のことだ。
アニタがドルケン脱出を決行したのは翼竜騎士団の活動が鈍る、強い雨の日だった。
翼竜騎士団全てが敵とは限らないが、それでも敵性派閥に与する者が混じっている可能性を考慮し、アニタは強い雨の中、グルド山を東側から回るように南を目指していた。
その時アニタの呼びかけに答えた風の精霊のとりなしで彼女らのエスコートをしてくれたのが、若い、まだ成長途上の青竜だった。
グルド山に竜がいるとは聞いていたが、どうやらグルド山東麓を縄張りにしているのは青竜たちだった様だ。
青竜はアニタの事情を聴き、人間に呆れながらもグルド山南まで丁寧に案内してくれた。元々翼竜騎士はグルド山の西側を中心に活動していたが、万一を考え青竜は自らが得意とする雷雲を操り、その中でアニタたちを南へとエスコートしたのだ。
その時の光景が今になってふっと思い出された。
その時、冷たい豪雨の中で青竜がアンナに教えてくれたこと。
『雷って何で出来てると思う?』
青竜の問いにアンナが答えらえる筈もない。しかしアンナは何となくで“光”の力と答えた。
それに対し青竜は、『そう見えるよね?でも根源は風と水なんだ。』と教えた。
アンナが不思議そうな顔をしていると、青竜は言う。
『君はその風と水の力と相性が良さそうだ。逆に、土と火を扱うのは苦手になりそうだね。だから覚えておくと良い。何かの為に、誰かの為に強い力が欲しい時は雷を呼べばいい。勿論、その為には風と水の精霊と話を出来るようになっていないとならないけど。』
さらに語る。
『でも雷の力は強力だ。無闇に使うと傷つけたくないものまで壊してしまうかもしれない。あと、建物の中とか狭い所とかだと使えないか。』
そんな言葉が記憶の奥底から蘇る。
なぜ今そんな記憶が蘇ったのか……滝が当時の豪雨と被って記憶が呼び起されたか?
違う。恐らく今がその力を使うべき時なのだろう。
アンナはそう確信し、水と風の精霊に呼び掛けた。
水と風の精霊は少しだけ驚いた様子を見せつつも、いつもよりも増幅された魔力と魔素を以てアンナの要望に応えた。
水浸しとなった氷壁の北側に、一条の太い光が轟音と共に天から地へと突き刺さった。
サブタイトルですが、爆雷は本来、対潜用の爆弾の事を指すようですが、韻を踏みたかった(?)のでそのまま採用しました。
実際に使う場合は(そんな機会ある?)くれぐれも誤用にご注意を!




