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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
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見捨てられし者たち

 アリオンの指揮にアデルは少なからずショックを受けていた。

 200とは言え、せっかくイスタから強行軍を貫き、支援に駆け付けた援軍。

 合流するべく接近していた部隊の目の前で閉まっていく門。

 勿論、それはギリギリまで開かれていたであろうことは理解できる。あと10秒も躊躇していたら統率のない妖魔の津波が門の内側に押し寄せていた筈だ。

 しかし理解と納得は別物である。



 門が閉ざされたのを見てヴィクトル達の動きが止まった。

 少し離れていたお陰か、或いは士気や練度の高さか、ネヴァンの狂乱の声の影響をほとんど受けなかった筈の部隊の動きが止まる。

 その瞬間には門に到達した生きた津波が激しく門を叩く音が響き始めている。

 そして門に阻まれ、押し返された波は――跳ね返るように角度を付けて周囲へと広がる。中には同士の頭を踏みつけて門や城壁を超えようとする者まで現れる。

 取り残されたヴィクトル達の方にも1000程の妖魔の塊が跳ね返っていった。



「お兄……」

 ラウル達が門に入ったのを確認して浮揚してきたネージュがアデルに声を掛けてくる。

 状況は刻一刻と悪化している。

 空にいる複数のネヴァンはまだ放置されたまま。ハンナがいれば数体は撃墜できただろうか?そんなことを今考えてもどうにもならない。

「ネージュ、アンナ、ついて来い!」

 アデルは逡巡し妹達に声を掛けた。

「アリオンさん。内部の安定と可能であれば弓なり魔法なりで空のアレの撃墜を。」

 そう告げてアデルはヴィクトル達の援護に向かうべくブリュンヴィンドに指示を出す。

「可能な限り対処する。しかしお前たちも“当初の依頼”をはき違えるなよ?」

 アリオンがある意味で非情な念を押してくる。

「殿下を危険に晒すことはしません!」

 アデルはそれだけを言うとヴィクトル達の上へと移動した。


「ヴィクトル!ラグさん!見ての通りだ。状況がとんでもない方向へと変わった。圧し潰される前に一旦離脱を!」

「何があった!?」

「どうなっている!?」

 2人の騎士が同時に声を上げる。上を見ている余裕などなかったのだろう、状況を掴めていない様子の地上の騎士・騎兵たちが動き――移動を止めながらも寄せてくる妖魔を薙ぎ払っていく。

「ネヴァン……鳥の魔物だ。金切り声に恐慌系の闇の精霊魔法と同じ効果を持っているらしい。あれが都市上空のあちらこちらで一斉に声をまき散らしやがった。兵士たちは足がすくんだ程度でほぼ無事だったが、市民と妖魔が抵抗しきれずに門の内と外で騒ぎ出した。そんな街に1体でも妖魔を入れる訳にはいかなかったんだろう。東門の指揮官が門の閉鎖を決めた。」

 この籠城に近い戦況で城塞都市の中で市民がパニックを増幅されている状況。それがどれだけヤバいことであるのかは騎士のみならず騎兵たちにも理解できる。

「鎮められるのか?」

 ヴィクトルが尋ねてくる。

「わからんが、何とかしてもらうしかないだろう。こちらが離脱したら殿下にもう一度超範囲“静穏サニティ”を使ってもらおうと思うが……回復や防護程の効果は期待しにくいらしい。」

「離脱か……ここまで来て……」

 ラグが悔しそうな表情を浮かべる。しかし目の前の現実を見てそれがどうなるわけでもなく、下手をしたら離脱さえ無事にできるか危うい状況だ。当然ながら否定は返ってこない。

「どうする?離脱と言ったってさすがにこっちもこの数はやばいぞ?」

 状況的に見捨てられたのは理解したのだろう。しかし彼らに動揺の気配はなかった。ヴィクトルやラグの部隊の精鋭であるなら、もしかしたらオーヴェ平原の惨劇を乗り越えた者達も多いのだろう。

「馬はきついかもしれんが……可能な限り南に離脱してくれ。相手は徒歩だ。とりあえず1~2分くらい全力で馬を走らせてくれ、そこで最初の足止めを仕掛ける。そこで妖魔が止まるなら良し、後続を待って状況を説明して欲しい。もし止まらないならもう少し距離を稼いでおいてくれ。“最終手段”を講じる。」

「策があるのですか?」

 マリアンヌが心配げに尋ねてくる。マリアンヌとしてもその性格的にこの200を見捨てるという考えはなさそうだ。

「馬の足と妖魔の足ならすぐに距離が開くでしょうから……そこで可能な限り氷壁を築いて時間稼ぎですかね。それでだめなら……“最終手段”です。」

「それでしたら……アンナさんに“魔法拡大スペルエンハンス”を掛けます。普段と同じ様に魔法を構成し、しかし放出時は普段の倍の範囲――氷壁なら倍の高さと長さですね。それをイメージして発動すると良いでしょう。通常より魔素を要しますが、魔素上限マナキャパシティもある程度増幅されていますから、増幅したままでも2~3回は行けるでしょう。」

「わかりました。」

 マリアンヌの説明にアンナが固い表情で頷く。

「よし、ヴィクトル、1~2分全力で後退――妖魔を引き離すんだ。その後の対応はそっちで検討してくれ。」

「仕方ないな……アンナ、支援を頼む。1班を除き全軍後退!妖魔を引き離した後に氷壁を作ってもらう。それを確認し今後の方針を決める!とにかく急いで後退、引き離せ!1班は殿だ次の指示があるまで時間を稼ぎ、味方の距離が確保できたら全力で下がるぞ!ラグ殿、後退の指揮と統制はお願いしたい!」

「……承知した。イスタ隊、後退急げ!とにかく数分、敵を引き離すつもりで全力で馬を走らせろ。振り返る必要はない!続け!」

 言うが早いか、ラグはイスタの部隊に後退の指示を出し、率先して馬を走らせた。

 早いのは切り替えか、それとも逃げ足か……先ほどの単騎駆けを見た後なら前者であると判断できるだろう。

 イスタ隊がラグの指示に従う。1班と言うのは特別足が速い部隊なのだろう。ヴィクトルを中心に横一列に並び、槍を構え妖魔たちを威圧する様に立ちふさがりすでに絡んでいる妖魔共を難なく蹴散らす。



 しかしそこでアデルは前回、ネヴァンと遭遇した時のことを思い起こした。あの時は――

 悪い記憶が戻る。嫌な予感がする。そしてこういう時、その手の悪い予感はよく当たる。


「まさか……」

 アデルはハッとして東の空を見た。

 目で見ただけではほぼわからない。しかし、過去の経験とこれまで培った戦いの勘がその存在をうっすらと感じさせた。

 イスタの東部、出先であれだけの数を用意していたのだ。

 そしてハンナと同様、“真剣(物理))な話し合い”で分かり合えた2体のケンタウロスが言っていた。『北から来たと。』

 つまりは本拠地は敵北拠点。何故ここまで気づかなかった?

 ハルピュイアも夜目を持っていないと。

 アデルは広い空に浮かび、微妙に揺れ動く黒い点を凝視する。

 それだけでは何も見えない。すぐに腰から望遠鏡を取り出し確認すると。

「まずいぞ……ハルピュイアだ。あの不自然な飛び方、エーテル弾を持っていると見ていいだろう。」

 人も妖魔も、兵士も市民も巻き込んだこの狂乱・恐慌状態の町にエーテル弾を投下されたら……

 アデルの言葉にネージュとアンナ、そしてその威力を知るヴィクトルまでもがぎょっとした表情を浮かべた。

 爆炎と爆風が周囲を吹き飛ばし、爆風に煽られた恐慌状態の市民らはさらに厄介な“波”となって街や兵士たちを襲うだろう。

「エーテル弾?」

 その存在を知らないマリアンヌがそう尋ねてくると、アデルは要点だけを説明した。

「空から投げ落とす燃焼弾……いや、強力な爆発物といったところでしょうか。爆発の範囲自体は普通の爆発魔法を単発使用した程度ですが、威力は各段に上の筈です。この状況で街に落されたら……。」

「俺とネージュはハルピュイアの撃墜が最優先だ。あれを街の上まで飛ばせるわけにはいかん。」

「そっちは任せるしかないな。」

 アデルの言葉にヴィクトルが口元を歪める。

 するとアンナがやや困った表情で尋ねてくる。

「私はどうします?」

「まずは作戦通りだ。騎馬隊と妖魔の距離が開いたら、丁度良さそうな場所に氷壁をだしてくれ。ヴィクトル、場合によっては“最終手段”の発動が遅くなるかもしれん。それを踏まえてイスタ隊を頼む。」

「……わかった。」

「よし、そっちは頼む。アンナはその後まだ余裕がありそうならこっちに合流してくれ。キツそうなら大人しくあっちで少し休ませてもらってからでいい。万一“鳥以外”が現われたら合流は後だ。」

 “鳥以外”――即ち竜人が不意に現れた場合の話である。

 アデルの指示にアンナはしっかりと頷き返した。


「俺達も行くぞ。ネージュは先に仕掛けて来て構わん。」

「ん?」

「俺は一応アリオンさんに、爆発物を抱えたハルピュイアの接近を知らせてくる。弓・魔法部隊には最優先で落とせとな。」

「りょ。まあ、出番が来るかはわからないけどね。」

 ネージュがにやりと嗤ってハルピュイアの迎撃に向かう。

 “重り”を積んだハルピュイアがいくら群れた所でネージュの敵ではないのだろう。しかし奴らの目的を考えるなら、馬鹿正直にネージュに相対するわけがない。単騎で対処できる数にはやはり限りがある。

 アデルはネージュとアンナ、ヴィクトルらの初動を数秒ずつ確認した後、東門へと戻っていった。   



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