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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
247/373

何が違う?

「やはりおかしい。」

 最初にそう呟いたのはアリオンだった。

 アデルも同様に底知れぬ違和を感じている。アデルが感じているのは敵の攻撃が何となく“ぬるい”気がしてならないというものである。

 数でこそ圧倒的だが、敵の圧力があまり感じられない。勢いだけなら先走り部隊の方があった気さえする。

 特に東門は精鋭中の精鋭が遊撃に近い行動を取っており、ゴブリンやオーク、オーガ程度では相手にならないというものもあるかもしれない。

 巨人――すでに何度か目にしているギガースの様だ――は、敵前線の少し後ろに佇んでいるだけに見える。ギガースが妖魔に混じって下手に暴れまわるのは自陣営の被害の方が大きくなりかねないというのはわかるが、それでもなお何かが違う気がする。

 ネージュも同様なのだろう。ケンタウロス部隊の姿が見えなくなって以降、しきりに周囲を気にしている。何かしら引っ掛かりを感じている様だ。

「一度西の様子を見てきます。ネージュは索敵に集中、アンナは遊撃隊の支援をしつつ、何かあればすぐ伝令に飛べるようにしてくれ。」

「りょ。」

「わかりました。」

 2人の妹sから同意の返事が返ってくる。アデル背後のマリアンヌに一声かけると西門へと向かった。



 西門でも状況は似たり寄ったりだ。

 蛮族の中隊が3つ西門に取り付いていたが、西門の正規兵やら冒険者やらの弓矢魔法の牽制に攻めあぐねている様子を見せている。

 背後にさら5部隊くらいは控えているようだが、突撃をしてくる気配はなかった。

 勿論、狭い門に一斉に攻めかかれば弓矢やら魔法やらの手痛い反撃を受けるであろうことは蛮族でも分かるのだろうが、いかんせん今迄何度か戦った蛮族軍特有の、戦闘に対する執着、勢いがない気がする。

 マリアンヌがマリアンヌの最小範囲で回復魔法を行使する中、アデルは敵の部隊の様子を探った。


「やっぱり竜人の姿は見えませんね?」

 大魔法を使い終わって一息ついたマリアンヌにアデルは訊ねてみた。

「ええ。私ももっとはっきりとした魔力感知が出来たら良かったのですが。特別強い個体はいなさそうですね。」

「西部で何度か蛮族の相手も――というか、蛮族戦に参加したことがあるんですよね?」

「ええ。」

「それと比べて、この攻め、どう思います?」

「……どうでしょう。勢いがないと言うか、本気でないと言うか。少々ちぐはぐな印象は受けますね。」

 マリアンヌもほぼ同様の感想を持っている様だ。

「竜人がいない。ケンタウロスがいない。巨人はいるが動かない。力攻めの様子がない。攻めの圧が低い。……陽動?」

 アデルの意識に不意にそんな懸念が浮かび上がる。

「陽動ですか?事前情報を存じていないのでわかりませんが、この規模の軍を配置してさらにこの地からどこか狙える場所があるのでしょうか?」

「少なくともイスタじゃない筈です。来る時、敵どころか、移動している者の気配すらありませんでしたから。ケンタウロスの足を考えてもイスタは少し遠い筈。」

「……王都からの援軍を奇襲してこちらを兵糧攻め?」

「どうでしょう。少なくとも兵站や備蓄を考えれば、備えていたこちらの方があちらより先に干上がる可能性は低いと思いますが。もう一度アリオンさんの所に戻りましょう。」

 アデルはそう言うと再び東門に戻り、アリオンに西門の様子を伝え、今浮かんだ懸念を伝える。


「言われてみれば……攻めるというより包囲するという雰囲気だな。かといって、これがただ陽動とは思えん。これだけの数を配して残りでどこへ攻めるというのだ?」

 自問自答気味にアリオンが言う。

「封鎖が目的?だとするとここを封じてどこへ……いくらケンタウロスが精鋭とはいえ、200程度で10倍以上の王都軍に奇襲をかけるとは思えんが……」

 アリオンは現時点で集まっている情報を整理して推理する。しかしやはり結論は出てこない。

「兵糧攻めは……ないだろうな。あいつらの侵攻の目的は制圧よりも略奪だろうし、規模的にもあちらの補給線が3か月備えたこちらよりもしっかりしているとは思えん。」

 アリオンも一部はアデルらの話を聞き入れながらも、兵糧攻め説は否定した。

「……元々、カーラとケンタウロスのリーダーって仲悪いみたいなこと言ってないっけ?」

 ハンナらの言葉を思い出したのだろう。ネージュがそう言ってくる。しかし。

「ここまできた段階でそんなこと言ってられるか?」

「ここまで展開してからの仲間割れは流石に考えにくい。」

 アデルとアリオンが否定する。ネージュはそれに反論するわけでもなく、『むう。』と考えるそぶりを見せるのみだ。

「とはいえ、連携が取れているとは限らないか。もしかしたら、それぞれ別の思惑で行動しているのかも?」

「話を聞く限り大いにありえそうな話だな。しかし姿が見えない事には判断のつけようがない。」

 アデルの言葉にアリオンが答える。


 その時、南側の物見から何かが接近してくるとの報が届いた。

「南……普通に考えればイスタの先行部隊だろうけど。一応見てきますか。味方なら今のうちに支援魔法を。」

「そうですね。わかりました。」

 アデルは念のため少し高度を取ってからその接近する部隊の確認に向かう。

 やはりヴィクトルの部隊だ。ラグもいる。先行部隊は騎兵が200。どうやら元第2旅団とは別にイスタで再編成をしてきた様子だ。

 ヴィクトルやラグであるならブリュンヴィンドは幾度となく見ている筈だ。特に気を回すでもなく降下し状況を伝える。

 イスタ隊もグリフォンの接近、効果に気付いて少しだけペースを落とす。

「ご苦労様ってのも変か。戦闘は今しがた本格的に始まったところなんだが……ケンタウロスと竜人の姿がどこにも見えない。敵の攻めに関しても、イスタの時の様にガンガン攻めてくるという感じでなくて、なんかエストリアを封じ込めるような攻めをしてる。」

 アデル達が着陸したところでヴィクトルらも一旦軍の足を止めた。

「ケンタウロスが消えた?」

 アデルの説明にヴィクトルが眉を寄せたが、ラグはそれよりもアデルの後ろ、マリアンヌの存在に驚いた様だ。

「マリアンヌ殿下が……なぜここに?」

「「「え?」」」

「え?」

 ラグの言葉にヴィクトルにアデルとマリアンヌが困惑の声を漏らす。どうやら聞いていなかった様だ。

「昨晩の内に急遽支援をお願いしてお連れしています。……昨晩遅くから今日の未明まではイスタにいたんですが……」

 相手は子爵家の当主だ。困惑というか呆れながらもアデルは無難な説明をする。

 ラグはすぐ隣のヴィクトルを見るとヴィクトルが、出立前に説明があったはずですが?と答えると、『ああ、そういう意味だったのか。』と漏らす。何か勘違いをしていたのかもしれない。

「東門と西門、どちらへ向かう方がいい?」

 ラグの反応を捨て置いてヴィクトルはアデルに尋ねた。

「大物らしいのは全部東だな。その代わり防衛もラウルら精鋭が揃ってる。東は一旦門を開けて門前で遊撃しているから、合流するなら東だな。西は最初から門の防衛を徹底する様子だ。まあ、1000対4000とかだから他に手はなさそうだしな。門の内側はバリケードやらバリスタやら準備万端だから余程の事がなければそう簡単に抜かれることはないと思うが。」

「なるほど。そうなると東を少し荒して合流した後、西の防衛に付く感じか。」

「騎馬を活かすなら東門でイスタ本隊待ちなんだろうけどなぁ。」

「……まあ、飛ばしてきたし、少しは馬を休ませたいしな。東の雑魚散らして中に入れてもらうか。」

「わかった。東の指揮官にそう伝える。」

「よろしく頼む。」

 アデルとヴィクトルのやり取りが終わると、すぐにマリアンヌが防護と体力回復の魔法を掛ける。

 マリアンヌの大魔法を初めて目にするヴィクトルやラグ、そして騎馬隊から驚きを含んだ歓声が上がる。

「噂は聞いていたがこれほどなのか。」

「敵味方の判別が出来ないらしいから使いどころは結構限られるらしいがね。」

 マリアンヌに代わってアデルがそう説明する。

「流石に……そうなるか。殿下。感謝します。必ずやエストリアを守り通しましょう。」

 ヴィクトルは魔法の無差別広範囲に納得しながらマリアンヌに支援の謝意とそれを生かすための決意を表する。

「皆様の奮戦を期待します。しかし引くべき時は迷わず引くようにしてください。私も可能な限りお手伝いしましょう。」

 マリアンヌがヴィクトル達にそう告げる。ヴィクトル達が頭を少し下げたところでアデルはブリュンヴィンドに指示を出し再度離陸した。

「敵の狙いが見えてこない。なるべくバテないようにしてくれよ。まずは東門だな。」

 アデルは離陸しながらヴィクトルにそう声を掛けた。



 アリオンの所に戻ったアデルはヴィクトル達の方針を伝える。

 アリオンはすぐに騎馬の援軍の到着と東門を通ることを兵士らに伝えた。

 予定されていたとはいえ、早い段階の最初の援軍の報に兵士らの士気がまた少し回復する。

(とりあえず最初だけでも派手にやってくれればな)

 アデルのそんな希望を知ってか知らずか、ヴィクトル、そしてラグらが怒涛の突撃を見せる。マリアンヌの支援を受けたイスタの騎馬隊は東門を包囲する様に攻めていた敵部隊の側面を一気に食い破った。

 ヴィクトルを始めに流石は精鋭ぞろいの騎兵隊である。騎馬戦闘を行える時点で冒険者ならレベル10台中盤は固い。妖魔の雑兵共を瞬く間に平らげる。

 特にアデルの目を引いたのはラグだった。

 ラグの戦闘は初めて目にしたが、中々どうして堂に入っている。意外にも先頭に出ての単騎掛けだった。長めのランスを構えて突撃し、暫しとどまって雑兵どもを蹴散らすと、敵が体勢を整え囲んで来る前に離脱する。少々勢いがありすぎる気もするが、馬の扱いも相当レベルと見える。それに鼓舞されたラグの部隊の後続がラグの2回目の突撃に合わせると、敵中隊の半分ほどを一回の攻勢で蹴散らしていた。

 後ろに控えていた蛮族軍の本隊の一部がイスタ部隊の対処に当たるが、やはり動きがやや緩慢に見える。

「ちょっと様子見てくる。」

 マリアンヌの護衛兼サポートとして攻撃に参加できないアデルに代わってか、それともラグやヴィクトルに当てられてじっとしていられなくなったか……多分後者だろう。ネージュが敵の部隊の様子を調べてくるという。直に敵の感触を確かめるつもりだろう。

「わかった。けど、早めに切り上げろよ?」

「りょ。」

 アデルが言うが早いかネージュは対イスタ隊にシフトした敵中隊の中央へ飛び込むと、敵軍をかき乱すべくまず蛇腹剣を一薙ぎし、背の低いゴブリンを一掃すると中隊長であるオーガに飛びかかる。

 それを認識したオーガの腕が動くより早くその脇を抜けると、左手のミスリルショートソードをオーガの首の後ろ、頸椎に突き立てた。

 オーガは振り返ることもなく、ずるりと膝から崩れ落ちる。

 その様子を見て取り巻きのオークやゴブリンがネージュを排除――否、取り囲むべく集まってくる。

「……そうか。もしかしたら……」

 ネージュが呟くと同時に、ネージュに気を取られた敵兵を背後からヴィクトル隊が駆除して行く。

「相変わらずオイシイところだけもってきやがって!」

 ネージュに接近しつつヴィクトルが叫ぶ。ヴィクトルの声が聞こえると妖魔たちは再度そちら注意を向けた。

「こいつら……こんなだったか?」

 押し寄せる妖魔を切り飛ばしながらヴィクトルが声を上げる。イスタ東部で同様の構成の敵軍の相手をしたことがあるヴィクトルもすでに敵の部隊の動きに違和を感じている様だ。

「敵将らしき竜人とケンタウロスの部隊の姿がどこにもない。それ以前にこいつらも何か様子がおかしい。あまり欲張りすぎない方がいいかもね。」

 ネージュはヴィクトルにそう声をかけると、オーガの首の回収もせずに空へと戻る。

「どういうことだ!?」

「わからない。けど、今までの……普通の妖魔と違うのは間違いないと思う。」

 ネージュはヴィクトルにそう言うと、次のオーガに狙いを付ける。

 行動に移った空のネージュに敵部隊が警戒を強めたが、一方的にヒットアンドアウェイが可能なネージュに対する対処もなく、降りた所を圧し潰そうとする妖魔は蛇腹剣で薙ぎ払われ、なんとなく緩慢な動きのオーガでは今のネージュの動きに追いつけるわけもなく……次のオーガも背面から首を飛ばされその場に崩れ落ちる。

「…………」

 ネージュは無言でもう一度蛇腹剣を横薙ぎすると、アデルの元へと引き上げた。



「お兄。こいつらが何かおかしい原因が分かった。こいつら、静かすぎるんだ。」

 アデルの脇へと戻ったネージュがそう告げる。

 アデルはその言葉に一瞬困惑したが、程なく納得した。確かに『静かすぎる』。今まで相手にしてきた蛮族軍は突撃の際、ゴブリンはキィキィと耳障りな奇声を上げ、オーガやオークは咆哮を上げる。今回の蛮族軍にはそれがない。その音声がないことで、動きはいつもと大差なくても圧力を感じにくくなっている様だ。

 そしてネージュが感じた違和はそれだけではなかった様だ。

「それにこいつら、中心のオーガを倒されても、静かに取り囲もうとして来る。“粛々と”ってやつ?」

「ん?」

 ネージュの言葉にアデルは眉を寄せる。

「普通、隊の中心のオーガが倒されれば、ゴブリンは逃げようとするし、オークは怒って大声で暴れる。」

「……」

 アデルが静かに今迄の対蛮族中隊戦を思い起こそうとしたところで後ろからマリアンヌが声を上げる。

「確かに。ゴブリンの上位種に率いられているゴブリンはともかく、オークやオーガに従わされているゴブリンはそう言う傾向がありますね。それこそ督戦隊がいたらまた別でしょうけど。」

 幾度となく妖魔と対峙しているマリアンヌが言う。

「それに、オーガもやけに静かだし、動きが緩い。目が合っても敵意が薄いというか、あいつら特有の何でも壊そうって勢いがない。巨人もそう。ただ突っ立ってるだけって感じ。」

 ネージュの言葉にアデルは一つ、不穏な仮説を思い浮かんだ。


 しかしそれを口に出す時間もなかった。

 アデルは見つけてしまったのだ。いや、どうして今まで見つけられなかった?

 違う。あいつらは――

 戦場の中空にふっと現れたのは、青い凶鳥。イスタ東征の拠点の1つを一瞬で恐慌状態に陥れたアレだ。

 しかも1体だけではない。

 東門外の野戦場上空だけで3体。確認をすれば、エストリアの街上空にも何体かいる。

 この状況であの声が響いたら……今こそ、籠城に備えて家に閉じこもっている筈だが、エストリアの住人達があの狂乱の叫びに抵抗できる気はしない。


「まずい!アンナ!“拡声”の魔法だ。ネヴァンがいる!塞げるなら耳を塞いで、気をしっかり持てと!」

 そこまで叫んでアデルは朝のユナの言葉を思い出す。

 突然なりふり構わず暴れ出す敵味方。予知夢の正体……

 だがしかし、これはアデルのがつい先ほど浮かべた不穏な仮説とは異なる。しかしこのままスルーするわけにもいかない。

「“恐慌フィアー”系のの闇魔法が来る!歯を食いしばって耳を塞げぇー!!」

 風の魔法である“拡声”の効果を受けたアデルの声が東門に響く。

 しかし、門の内側にいる者たちはともかく、外で戦闘している者たちが耳を塞ぐのは困難だ。

 アデルの声に一瞬だけ遅れて、不快な、不安を掻き立てる魔法の声がエストリアのあちこちから不協和音をまき散らした。


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