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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
246/373

何かが違う。

 北の迂回部隊の偵察から戻ったネージュがアデルとアリオンに告げた。

「北の部隊にも竜人やケンタウロスの部隊は見当たらなかった。」

 と。

 こうなると、敵軍はエストリア以外の何かを狙っていると考える他なくなる。

 しかし、この状況でエストリア以外に何を狙えるというのか?

 ケンタウロス200体。これが一番大きな仕事を果たすとなれば、エストリアの城壁の上の兵を狙撃するか、防衛の一端を翼竜騎士団が担うことになっているイスタを攻めるくらいだろう。

 しかしアデル達が出発した時刻を考えてもその大移動をアデル達が一切関知できないというのは考えにくい。仮に敵側に“不可視インビジュアブル”或いはそれに近い魔法を扱える者がいたとして200もの大部隊の姿を隠すことは難しいだろう。万一、マリアンヌの様な強大な支援魔法の使い手がいたとしても、お互いの姿が見えなくなっている中で200体がひとまとまりとなって移動することなど不可能だ。アデル達がアンナの“不可視”を最大限に活かせているのも、数が少ない事でお互いがある程度の距離を保てること、或いは騎乗等により1つか2つの少数の移動体に集約できることのどちらかの条件に当てはめることができているからだ。200の集団が見えない仲間にぶつからない様に移動するなんてまず不可能だ。

 次に来る懸念は大規模な転移魔法だが、現在転移魔法は魔法の技術が高かったとされる人族の中でも失われた魔法とされている。崩壊前の魔法文明の時代には転移魔法や転移装置などがあったという文献もあるようだが、それでもせいぜい10人前後が数キロメートル転移させるのが限度だったという話だ。万一、出来る存在がいたとしたらイスタもエストリアもすでに制圧されていたことだろう。


 結局、アデル達の結論が出ないまま、蛮族軍の本格的な動きが始まった。

 時刻は日の出間近といったところか。

「ケンタウロスがいないのにわざわざ日の出付近を開戦時刻にした理由……」

 アデルは自問するようにつぶやいたが、結局誰もそれに答えることはできなかった。

「きっと何かある筈だ。だが、考えすぎて警戒を疎かにするなよ。敵が動く。俺は指揮に戻るから、殿下を頼む。

 アリオンはアデルにそう告げると、望遠鏡を手に城壁の上で最も敵に近い位置へと歩いて行く。

 敵の本隊が動きだした旨を告げ、防衛体制の指示を出す。今回も極力門の損傷を防ぐ――遅らせるべく、機動力のありそうな一部有志で門前防衛を行う方針である様だ。

「殿下……」

 アデルの声にマリアンヌが応える。

「護りを……」

 接近中の敵には届かない範囲で最大級の防護魔法が発動し、地面から白い光が立ち上った。

「力を。」

 ほぼ同じ範囲を今度は金色の光が覆う。

 自分たちが知る魔法体系とは何なのかと感じざるを得ない規模の魔法が連発されると同時に、兵や冒険者らの士気が最高潮に高まった。

「西門へ行きましょう。」

 アデルはマリアンヌの意見に賛成すると、アンナにアリオンとラウラにこっそりと“疲労軽減”の魔法を配るように指示し、西門へと向かった。


 アデル達は――というか、マリアンヌは西門でも同様の魔法を2つ行使すると、少し大きめの息をつく。

「本番はこれからです。ある程度の温存は考えませんと。」

 背中に体重を預けられたのを感じ、マリアンヌの疲労を察したのだろう。アデルはそう言うと鞍に取り付けた小物入れから水筒を取り出しマリアンヌに渡す。

「空中で飲みにくい様ならアンナに手伝わせますが?」

「いいえ、大丈夫。頂きます。」

 マリアンヌはそう言うと水筒の中の水……疲労回復剤│(栄養ドリンクの様なもの)を1杯飲み干す。

「少し休めば大丈夫です。乱戦になってしまうと後方支援しか出来なくなりますしね。」

 マリアンヌが苦笑する。

「それでも100~1000単位の人の命がつながるなら……」

 アデルはそう言いながら少し高度を上げ、門の内側に入って望遠鏡で迂回部隊の様子を確認する。

 構成は蛮族軍の定番の中隊が10程。巨人やケンタウロス、竜人の姿は見えないが、それでもかなりの消耗戦になるだろう。

 王都からの援軍が今日中に届かないと夜を越すのは厳しそうだ。

 今回はネージュがフリーの状態で遊撃できる。せめて門が夜までもてば……

 アデルは一つ思案すると傍らのネージュの顔を見た。

 ネージュもそれを察しアデルを見返すと、口元を軽く吊り上げた。

 ――氷竜化は最後の手段だ。依頼の範疇を逸脱するが、王女の指示か懇請があったとすれば結果を否定する者はいないだろう。しかしそれをするとコローナで、“冒険者”として活動をしていくのは難しくなるかもしれない。今後、さらに激化するだろう大陸南部、東部の情勢を考えれば、指名依頼やら強制依頼やらが有りうるランク帯でいるなら間違いなくこき使われるのは間違いないだろう。もしかしたら、レオナールやロゼールはそういう下地を作るためにウィリデにこのような、俺達がマリアンヌの直掩に付くような条件をだしたのではないか?そういう気さえしてくる。

 とはいえ、エストリアと言えばアデルとネージュが冒険者として踏み出す原点の地である。今の生活があるのも、身分すら怪しい自分たちを門戸広く受け入れてくれたエストリアの町と暁亭あってのものであるのも間違いはない。

「エストリアから始まって、エストリアで終わるのもありと言えばありだな。」

 アデルは知らずそう呟いていた。その言葉にネージュやアンナ、マリアンヌさえも『え?』と言わんばかりの表情を浮かべた。

「いや、この町が守られるなら、今回はもう出し惜しみ無しでいいかもと思ったんだよ。できれば、蛮族相手の決着がつけられるといいんだけどな……」

「魔の森に攻め込まない限り難しいんじゃない?」

 アデルの呟きにネージュが応える。

「そんな余裕ないだろうしなぁ。せめて、シルヴィアとカーラだっけ?ネージュと因縁があるやつだけでも決着付けられればなと。」

「シルヴィアはもう……」

「ああ。あとはカーラってのだな。」

「……お兄。何考えてる?」

 何となく不穏な物を感じたか、ネージュが真顔でアデルに問う。

「竜の力を人間同士の戦に使って良いものかと思ってな……」

「「「…………」」

 アデルの言葉に3人が黙る。戦争にフェアなんてものはない。それでも人の預かり知らぬ力でねじ伏せたところで後に何が残るのか。

「とりあえず今は集中。カーラが相手だったら……確かにカタを付けたい。」

 ネージュが一つ深呼吸をしてそう告げた。


 敵将が姿を見せない中、エストリアを巡る過去最大の攻防が始まった。


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