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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
245/373

区別なき慈愛

 西門に自分たちの存在を知らせ、グリフォンの安全飛行とマリアンヌの魔法を受ける体制を確認し東門に戻る。

 先程のマリアンヌの保護魔法が効いてきたか、門の外で迎撃している部隊は圧されていたた先ほどよりも、明らかに自陣のスペースを確保してきている。

 その中でも中でもやはり目を瞠る活躍をしているのがラウルのパーティだ。3人の《騎士》が一角を制圧しそれをブランとヴェルノがそれぞれの魔法で支援している。

 元々業物の武器であったのだろうが、各々の武器にヴェルノの《火力付与エンチャントウェポン》の補助が乗り、他の者達とは一線を画す数の蛮族を仕留めている様子だ。

 数はまだ敵の方が上だが、勢いと取り戻しスペースを確保したお陰で味方の負傷者が速やかに門の内側へと運ばれていた。


「殿下。現在重傷者はいませんが、一番軽い奴を一つお願いします!」

 城壁の上から門の内外をみてアリオンがマリアンヌに言う。

「わかりました。」

 マリアンヌが頷いたのがわかる。

「各員、殿下の最初の魔法だ。門の外にいる奴は“気を付けろ!”」

(気を付けろ?回復魔法……のことじゃないのか?)

 アデルがアリオンの言葉に少し違和を感じると同時に、背後からふわりとした温かい空気に包まれる。

 姿勢を安定させるためだろうか、マリアンヌがアデルの後ろから左腕を腰に回し抱える様にしたのがわかる。惜しむらくはアデルは金属鎧、マリアンヌも高品質の革鎧を身につけている為、アデルにそのふわりとした感触が伝わらなかったことだろう。

「癒しを!」

 マリアンヌがアデルの背後で右腕を天に翳しながら周囲に響くかなり大きな声を上げる。物静かな印象しかないマリアンヌの腹か喉のどこからこんな声がと思えるくらいの声が周囲に響くと同時に、彼らを中心とした門内外の地面が一瞬真上に光を放つ。

 気を付けるのはこの光で視界が一瞬塞がる事なのだろうか?

 アデルはすぐにそう思ったが、その数秒後、本当の意味を思い知る。

 地面が光ったエリアにいた敵が立ち上がったのだ。

「……え?」

「やはり殿下の大魔法を見るのは初めてだったか。殿下の扱う大魔法は“地母神レア”の神官の中でもごく一部。教会にではなく、神そのものに認められた者のみが行使できる力だ。」

 どういう修練をすれば良いのだろうか?教会に認められ教えられる魔法ではなく、神の奇跡を扱うことを神に認められたとでもいうのだろうか?

 しかしそれで敵が立ち上がるのはどういうことか?その疑問にアリオンが応える。

「大地母神には人間も妖魔も等しく生物だ。その生物の傷を癒すのが地母神レアの大魔法。」

「……制御と集中が苦手って……」

「私は王女として国の民を第一にと考えています。しかしそれは神に仕え、その奇跡を行使する者としてはただの驕慢。生あるもは全て等しく地母神の慈しみを受けることができるのです。」

 できるというか、できてしまうというか……

 要するに、火球やら爆発やら、範囲魔法を初めて習得した魔術師が調子に乗って制御を誤り味方をも巻き込んでしまう、所謂フレンドリーファイアの逆版だ。

 神聖魔法の中の一般的な魔法であるなら普通に扱えるのだろうが、この規模の回復――恐らく大魔法と呼ばれているのだろう――は、個体単位で効果の除外などという制御ができないのだろう。

 アリオンの言葉にあった『気を付ける』べきは、閃光ではなく、魔法の余波を受け、戦闘不能となっていた筈の妖魔が立ち上がる危険性に備えてのことである様だ。

 前回、イスタと同時に起きたエストリア襲撃の際にマリアンヌがこちらで活動したことで、エストリアにいる者たちはある程度承知していたのだろう。回復を受けて動き出そうとする妖魔の先手を打つように冷静に止めを刺している者が多い。傷が癒え立ち上がる妖魔が改めて止めを刺されるところを見てもマリアンヌは表情を変えない。どうやら最低限の所は割り切れているようでもある。ただ、魔法の小回りが利かないと言うだけで。

 しかしこれはアデルにとっては少々頭が痛い問題だ。

「これ、事前に範囲を予測して位置取りを指定してもらえるとかってできますか?」

 アデルの問いにマリアンヌは少し思案の様子を見せて答える。

「空から行使するというのも初めてですし……今のが咄嗟に扱える最小範囲と言った感じでしょうか。口で説明するのはなかなか難しいです。」

 ゲームのレーダー表示や予兆の床表示の様に目で線引きができるわけではない。発動してしまえば地面が光る為、範囲はわかるが結局行使前に知ることはできない。

 どうやら、マリアンヌの大魔法の発動場所をアデルがフレキシブルに決めるのが必要があるようだ。

 現在、敢えて門から外に出て遊撃的に敵に当たっているのは、腕に自信のある者達ばかりの様だ。それなので今回は事前情報を持っていれば問題なく対処できた。しかし、今後本格的に乱戦が始まった場合、前線で使うのは難しそうである。故に、アリオンもレナルドも後方に負傷者を運び込む場所を指定したのだろう。それぞれの救急収容場所を往復し、門の防衛としてここぞという場面に随時魔法を行使してもらう様にするしかなさそうだ。


 そしてそのマリアンヌの大魔法のお陰で東門外の緒戦は大きな被害なく第一波を凌ぐことが出来そうだ。しかし、地母神の奇跡と言えど、補修できるのは生傷のみだ。体力や気力の消耗は避けなれない。気力に関しては、マリアンヌの存在が士気の向上に大きく買っているようで現時点でそれほどの消耗は感じない。しかし、それなりの数の敵を相手にすれば武具の損耗や体力の消耗は蓄積しかねない。

 アリオンはこのタイミングで外に出ていた者達に一旦中に戻るように指示をした。

 指示が出るとラウルら3人が適当に相手に切り込みつつ攪乱し、殿となって門に戻る。

 門が閉じられたタイミングでアリオンが城壁の上の弓・魔法の遠距離部隊に斉射を命じると、門に突っ込んでこようとする妖魔の群れを一掃した。

 敵軍の暴発と言うか暴走に近い形の最初の襲撃はエストリア隊のほぼ完勝に終わった様だ。



 アリオンが門の内側に向かって武具の状態の確認や、疲労回復剤の使用などを指示しているとそこにネージュが戻ってきた。

 ネージュは不可視の状態を維持したままで帰還し、偵察先で何事も起きなかったことを覗わせた。

 しかしネージュの表情はやや硬い。

「どうした?何があった?」

 普段の偵察からの帰還と異なる様子にすぐに気付いたアデルはアリオンを呼び寄せネージュの報告を聞く。

「……ケンタウロスが見当たらない。気が付いたら例の北拠点の近くまで行ってたけど、どこにも見当たらなかった。」

「「なぬっ!?」」

 アデルとアリオンが同時に声を上げる。

「迂回部隊に混ざっているのか?」

「確認してくる?」

「頼む。が、少し待て。」

 ネージュが再度出発しようとするがアデルが止めた。

「こっちにネージュがいることは極力隠しておきたい。不可視の魔法は貰うとして……本隊――東の部隊はどんな様子だったんだ?特にリーダーとか。」

「普通に移動してた。こいつらみたいに先走る気配はなさそうだったけど……あっちは巨人が3体くらいいたのは見えたけど、竜人らしいヤツの姿は見なかった。」

 ネージュの答えにアデルとアリオンが少し思案する。

「ギガースにしろジャイアントにしろ巨人は一歩が大きいからなぁ。決して移動――行軍が遅いという訳ではない筈だ。ただ、雑な移動は味方を巻き込んで危険もあるだろうが。巨人が指揮を執ってるとは考えにくい。もしかしたら、北の部隊が本命?一応規模だけでも確認してきてくれ。もし竜人がいるようなら気づかれない様に距離を取ってくれても構わん。」

 アリオンがネージュにそう言った。

「……姿じゃなくて魔力を見てる場合もあるからな……昨日のアレを思えば近づきすぎるのも危険か。危険と言うより後の機会が潰されるかもしれん。」

「そう言えば……ケンタウロスに気を取られてたせいかもしれないけど、東の部隊におかしな気配があった気がする。竜人とかじゃない気がしたけど。なんだろう。何かおかしいって感じ?具体的にはわからなかった。」

 斥候として、蛮族を知る者として。さらには翼を持つ者として、不可視の魔法支援を受けられる者として現在エストリアにネージュを超える偵察を行える者はいないだろう。

 アリオンもアデルも、ネージュ本人もそれは理解している。そのネージュが情報でなく違和感だけを持ち帰ってきた。何かある。

 3人ともそれは直感している。

「ともすれば、この先走り部隊が目くらましである可能性もあるな。」

「むしろ、目くらましになると捨て置かれたのかもしれませんね。巨人に先走り部隊、意識を引き付けるには都合良さそうですし。」

「本命は北か東か……イスタの部隊も考えるなら東を厚くするだろうが……やはり北も無視はできんな。数と指揮官だけでもざっと見てきて欲しい。勿論、気づかれないと思われる範囲でな。魔力を見るというのであればネージュのみならず、グリフォンや殿下の存在くらいまでは気取られているかもしれんが。」

「個人の武以外はあのシルヴィアと互角以上というなら……あり得るな。むしろ奇策を好む竜人となると、想像以上に厄介なのかもしれません。」

 アデルの言葉にアリオンとネージュが一段と険しい顔をした。



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