姉妹 ②
ロゼールが退出した後、アデルとエドガーは互いに、旧ブリーズ3国の情勢に関して情報を共有することに合意し部屋を出ようとした。するとそこにフラムが現われる。
「こっちの用事も終わったのね?」
話が終わった様子を察したのだろう、フラムはアデルにそう声を掛ける。
「こっちはな。ってかそっちもか?もっと時間が掛かると思っていたんだが……」
「状況が状況、明日にでも大規模交戦って状況だしね。両殿下の即断で決定されたわ。」
「ほほう。そこは両者即決なのか。」
「まあ、無条件という訳ではないけど……」
どうやら要望が通ったようだが、逆に条件も付けられたようだ。王女の身の安全確保は当然の条件だが、それ以外にも何かしらの条件が出された様だ。ただし口止めされているらしく、ウィリデ以外には言えないと言う。ただその表情にアデルは少し暗い気配を感じた。
「エストリアの責任者はウィリデさんじゃなくて、エストリア伯だろ?」
アデルの言葉に、フラムとエドガーは困った表情を浮かべるだけだった。
帰還については第2王女の準備が出来次第、庁舎の入口で集合という事になったそうだ。それほど時間は掛けないという話らしい。
「そうなるとフラムと王女をブリュンヴィンドに乗せてアンナに誘導させるしかないかな。先にアンナに話をして、俺とネージュは北門の少し外側に移動しておこう。」
「なぜ?」
アデルの言葉にフラムが声を掛ける。
「そりゃ、来た時同様。竜人の化けた竜や氷竜をここから上げる訳にもいくまい。」
来た時も北門の外で一度着陸してから町に入っている。夜と言えどそれなりの光は存在し、町の中からいない筈の竜が目撃されたと言えばいろんな方面で騒ぎになるのは必至だ。
アデルはエドガーに別れを告げると、入口で待機していたアンナとブリュンヴィンドに事情を説明する。来た時の逆をするが1人増えるという説明にアンナも理解したようだ。
アデルとネージュは先に北門を出、ブリュンヴィンドが見えたタイミングで追い掛けるから王女にはそう説明しておけという内容だ。
ただそう言いながらアデルは己の失敗に気づく。ワイバーンも借りて来るべきだったと。
おそらく第2王女の前でどちらの竜化にせよ、“任意”に竜化をすれば遠からずレオナールかロゼールの耳にも入るだろう。
とはいえ、急な出発であった上、ワイバーンを騎獣として扱えるのは訓練を受けているアデルのみだったので仕方なくもある。移動手段として扱うだけならオルタも可能であるが空戦を伴う恐れがある場合はブリュンヴィンドでないと心許ない。そもそも自力で飛行できるネージュやアンナも単独でワイバーンに乗る事はない。尤も、イスタ東征の暴発の事はそれなりの報告が上がっている様だし、先程のロゼールの話からすればオーヴェやカンセロの状況から何となく察しはついているのかもしれない。
段取りを伝えるとアデルは第2王女にどう説明した物かと考えながら北門へ向かった。守衛は先ほどと変わっておらず、こちらの人数が減っていることに対して何の説明も求めずに顔パスに近い形で北門を通した。
町を少し離れると周囲はほぼ真っ暗だった。高い外壁に囲まれた城塞都市は上から見ればそれなりの数の光が見て取れたが、地上にあっては壁の外は門や城砦上の通路を警邏する限られた人数の松明くらいのものである。それを考慮すると……それでもいつもの夜よりも明るい気がする。
「満月か……」
アデルが呟く。
明るさの正体はまん丸に成長した月であった。来る時は暗視付与の兜をかぶっていたため気付かなかったが、今夜は夜間でも数キロ向こうの風景を窺うことが出来る。勿論、絶対的な光量は少なく、遠くの空に何かがいたとしても気付くのは難しそうではあるが。
「敵さんの中に“狼人”とかっていたか?」
アデルはネージュに声を掛けた。狼人というのはフラムら狐人と同様に、“亜人”又は“獣人”と呼ばれる存在だ。狐人同様、普段はほとんど人間と変わらない外見をしているが、月が満ちるにつれ獣性が増して行き、満月の時にはほぼ2足歩行する狼と同じ姿になって、知性や精神はほぼ人間と近いまま、敏捷性を始めとして身体能力は祖である上位レベルの狼と同等になるという種族である。単純な戦闘能力を計れば同一個体の戦闘能力が2倍から3倍近くに上がるというから脅威である。知性・精神が若干、獣に寄ってしまう為通常時以上に好戦的になる様だが、逆に危険感知や撤退(逃走)の判断も早くなるという。
「狼人かぁ……そんなに多くはいなかった筈だけど……何で?」
「いや、今夜が満月みたいだからな。能力が上がる今夜を狙って西進を始めたのかなと思って。」
「……全体の作戦のタイミングを動かすほどの影響力はないとは思うけど……確かに嗾けられて先行して攻めてきたら普通の兵士には荷が重いかもね。」
アデルとネージュが足を止め、共に月を見上げながらやりとりをする。
「ん?あれ?」
すると突然ネージュが何かに気付き指を空に向ける。
「ん?ああ!?早っ!?」
光を帯びたグリフォンが北へと羽ばたいている。間違いようもなくブリュンヴィンドだ。アデル達や守衛が見落としたりして予想外の行動を取らない様にアンナが光の魔法を掛けたのだろう。この位置からは背中に誰が乗っているのかはわからないが、フラムや王女が乗っていないとは考えにくい。どうやらアデル達が町を出る間に準備が整い、既に離陸していたようだ。
アデル達は慌てて離陸の準備をする。ネージュが帰りに選んだのは氷竜化だ。慣れがある分、或いは竜玉(竜剣)という媒体が必要ない分か、通常竜化よりはかなり早く竜化が行われる様だ。
そんな事を考えつつ、ブリュンヴィンド達の位置まで上がると、そこで初めてアデルは第2王女――マリアンヌと会った。
光を付与されたブリュンヴィンドに照らされたその女性は高級そうなレザーアーマーの上に純白のローブを羽織っていた。事前に接近を察知したアンナに言われたのだろう、マリアンヌは驚く様子もなく、ただアデルと竜化中のネージュを姿を見ると、柔らかな表情を浮かた。
「アデル様ですね。コローナ王国第2王女、マリアンヌ・クロエ・エメ・コローナです。コローナ王国のためのご尽力、感謝します。」
マリアンヌは騎乗した状態だが、腰を折り静かに一礼した。
「ええと……アデルと申します。冒険者です。フラムから説明を受けているとは思いますが……イスタまでご案内させて頂きます。どうぞお見知りおきを。」
「兄は妹からもお話は伺っています。こちらこそどうぞよろしく。……もう一人、妹のネージュ様というのは……?」
アデルのたどたどしい挨拶にマリアンヌがそう返す。アデルはちらりとフラムやアンナを見ると少し困った表情で小さく首を横に振った。
具体的な紹介はアデルに任せるつもりだったのだろう。
「あー、ええと……こいつです。相棒と言うか……当初は無理やり“妹”として押し通していたと言うか……元“珠無し”竜人ですが……正に今日、ここに遣わされる直前に宿願の竜人を倒して竜玉を手に入れまして…」
アデルがさらに詰まりながらそう説明する。
「なんと……竜人を相手にしてそのままでしたか。緊急とは言えご無理を……」
「いいえ、その辺りは大丈夫です。むしろ目一杯飛び回りたいようでして……後で改めてご挨拶させましょう。今はこのまま北へ。」
「そうですか……ではよろしくお願いします。」
マリアンヌはネージュを観察するように目を凝らす。
(さすがに暗くても竜人の竜化と氷竜の区別はつくか……)
アデルの方もそう思いながらもマリアンヌを観察する。
コローナの王家事情にはあまり詳しくはないが、ロゼールとマリアンヌは母も同じだった筈だ。
実際、姉妹だと言われれば充分納得が行くくらいには容貌が似ている。ただ雰囲気、第一印象は大分違った。ロゼールよりもかなり柔らかい印象だ。先ほど会ったロゼールこと、ロゼの第一印象は……貴族っぽい生真面目神官だったか?その時は身分を明かされず、冒険者――否、神殿から派遣された神官としての第一印象だったが、概ね印象通りであったと思う。
ロゼールよりも2つほど年上だったか?革鎧を着込んでいる為身体のラインは今一分からないが、ロゼールより色々一回り大きそうだ。勿論口に出す事はない。
「まずはイスタ――ヴェイナンツ様の所までお送りいたします。風の精霊魔法があるとは思いますが、もし寒いようなら遠慮なくアンナにお申し付けください。」
アデルはそう言いアンナを示した。
「いいえ。大丈夫です。急ぎましょう。」
マリアンヌは悠然とした佇まいでそう返す。気持ちを切り替えたか引き締まったその表情はやはりロゼに似ている。アデルはそう思いながらブリュンヴィンドの前に出た。
間もなくイスタに到着と言うところでアデルは一度移動を止め、アンナの光の魔法を纏わせながらブリュンヴィンドを先行させることにした。
「このままブリュンヴィンドとアンナは直接庁舎前に向ってくれ。その先はフラム、いいな?」
「わかった。」
アデルの言葉にフラムが答える。
「あなたは?」
別行動をすることを示唆した為か、マリアンヌがアデルに尋ねてきた。
「こちらは竜ですので……ドルンの翼竜騎士駐屯地に着陸させてもらい、そのまま帰りますのであとはフラムに案内させてください。もし、明日も空路での移動となるなら、対処できるようにしておきますので。」
アデルがそう言い、暇乞いをしようとするとフラムが口を挟む。
「……多分、そうなると思う。明日の昼ごろには最初の戦闘が起きそうだし。」
「中央からの援軍は?」
「先行部隊が夕方、本隊はもっと遅い時間になると思うって。」
「イスタの部隊は?」
「先の第2旅団が夜明け前から移動するけど……」
「相手の側面を付ければ僥倖ってところか。わかった。イスタの部隊が動き出す前に一度顔を出す。」
「うん。お願いね。」
フラムと明日の予定――予想ともいえるが、を確認するとアデルは改めてマリアンヌに一礼し、闇に紛れる様にその場を離れた。
ある程度高度を下げた所で確認すれば、光を纏ったブリュンヴィンドが改めてイスタ中央部へと向かっていく。夜間とは言え、少なくともブリュンヴィンドの姿が確認できればイスタの防衛が過剰な反応をすることもない。アデルとネージュは例によって町の少し外に着陸するとそのまま竜化を解除し、屋敷へと戻る。
「どんな感じだ?」
「ん。体力の消費はあんまり変わらない気がする。空戦するならあっち、対地するならこっちなんだろうけど……」
「けど?」
「これを使えないのは少し勿体ない気がする。」
ネージュはそう言うと、愛用の蛇腹剣と母の竜剣を示す。
「なるほど。確かに冒険者の単パーティとして参加するならそっちだよなぁ。」
ネージュにアデルは頷いて見せる。
しかし今後、ネージュに、アデル達に求められる役割が違うものとなっていくのは必定でもあった。
それはネージュに冒険者という職を“飽きさせる”には十分な理由となっていく。




