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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
240/373

姉妹①

 アデル達がカンセロに到着する頃には空はすでに真っ暗になっていた。

 しかしカンセロの街はあちらこちらから光が溢れ、町を照らしあげている。

 フィンの侵攻前と比べればまだまだなのだろうが、奪還前に同じく空から偵察した時の様子と比べれば、そこには活気と希望が戻りつつある様子が見えた。


 アデルはやはりカンセロから少し離れた位置で着陸し、ネージュの竜化を解かせた後、徒歩で少し前に自らが攻めた北門へと向かう。

 北門を警備していたのはトルリアーニの兵――“旧義勇軍”の兵だ。

 門兵は歩いて近づいてくるグリフォンに気づくと、警戒する様子もなくアデル達の確認を行う。

 フラムが用件を伝えると、大したチェックもなく中へ迎えられた。カンセロ奪還に関わった兵なら所属した軍を問わずグリフォンは一つの象徴となっている様だ。

 カンセロの街中を歩くグリフォンの姿に、兵士はともかく、奪還戦を目にしていない市民らは興味・恐怖・畏怖といった様々な視線をブリュンヴィンドらに向けたが、警邏が敬礼を向けた時点で敵性や危険はないのだと理解する。


 市庁舎前に到着した所で、フラムが守衛に用件を伝えると同時に、アデルは可能であればフラムの件と別にエドガーと話をしたいと伝える。

 市庁舎や城門等の警備は元々トルリアーニの正規兵として従軍していた者がほとんどであったためか、特別な申請を行わずしても、用件を伝える程度の取り次ぎはしてくれるようだ。勿論、相手側にそれに応じる意思や時間があるかは別だ。


 程なくして問題なく面会を受けられる旨を伝えられ、アデルらとフラムはそれぞれの案内人に招かれた。ただ、広さか何かの都合だろう、ブリュンヴィンドは敷地内での待機を指示されたため、アンナがそれに応じてブリュンヴィンドと共に入口脇に残る事になった。


 フラムは2階に通されたようだが、アデルは1階の応接室へと通された。応接室と言ってもせいぜい、机と椅子、お茶の入ったポットとカップが置かれているだけの、会議室の縮小版といった感じの部屋であるが。


 案内人に確認を取り、茶を貰う許可を得、2人分の茶を入れたところでエドガーが部屋にやって来る。以前と特に変わった様子もなく至って元気そうだ。

 エドガーは開口一番、『何かあったのか』と尋ねてきたが、アデルは茶を1杯増産する片手間にフラムが第2王女の支援を要請しにきたついでと答えた。

 エドガーが席に着き、アデルが増産した茶を受け取ると、特に挨拶もなく互いのもつ情報の交換と摺り合せに移っていた。


 エドガーの方もフィンの宣戦布告、エストリアへの大規模侵攻、連邦の内乱、ドルケン西部の竜人による電撃侵攻の話は知っていた様だ。

 その内、ドルケン西部に関しては、つい先ほどその竜人の捕縛を済ませたので、程なく収束するだろうと伝えると、驚きとも呆れともつかない表情を浮かべた。

「竜人に勝ったのか?」

 エドガーの問いにアデルが頷く。

「1人の竜人相手に、こちらはドルケンの王女……王妹様やら精鋭やらの支援を貰ってかつ、作戦がうまく嵌っての勝ちだったがね。」

 アデルが静かにそう答えると、ネージュが竜剣を取り出し見せつける。

「それは?」

「その竜人の竜玉が埋め込まれた剣だ。“本物”の竜人に勝った証拠品とも言えるな。」

 エドガーの問いにアデルが答える。エドガーはちらりとネージュを見た。『“本物”の竜人』という部分がネージュを揶揄する事にならないかと思った為だが、ネージュはそれを意に介すことなく竜剣を自分の手元に戻していた。

 アデルはそこでその続きを言うべきか少し思案する。続きとは、『これでネージュが竜化を出来るようになった。』ということだ。

 尤もエドガーはネージュの氷竜化についても知っている。そしてオーヴェ平原撤退戦とタルキーニの補給部隊強襲でその能力を暗に行使したことも知っている。その前後の彼の言動を考えると……事実の一つとして共有しておくのもありか。

 アデルはそう結論付け、続きを話す。

「竜玉が合ったんだろうな。これで普通の竜人が行う竜化が出来るようになった。氷竜化の方はいろいろ特殊というか……事情があったらしい。が、今はどちらも制御は出来ているよ。」

「……そうか。」

 エドガーは少し複雑そうな表情を浮かべてそう呟いた。

 客観的に見て、自分よりも遥かに戦闘力のある奴らが在野にいる。少なくとも敵ではないし、自分の立場を脅かす様な事もないだろうとは思いつつも、武人としてどうやっても勝ちが見えない存在が目の前にいると言うのは穏やかな気分でもない。

 しかしエドガーが気を切り替えてその時点で話に出ていない話を述べる。


「そう言えば……公式に発表されている訳じゃないけどな……ってことで公式になるまで他言は無用だ――」

 そう前置きし、アデルが頷くのを確認して言う。

「タルキーニの宰相の家の生き残りとやらが秘密裏にコローナに保護を求めてきた。旧ブリーズ3国も色々雲行きが怪しいらしい。」

 何となくどこかで聞いた様な話だ。

「元々フィンからフロレンティナの元に向かわせようとしてたやつだろ?」

 アデルがそう言うと、エドガーが少し驚いた表情を見せる。

「ん?そんな話どこで聞いたんだ?」

「え?あれ?……そいやどこだ?何かの噂か?ウィリデさんも知ってたような?いや、ハッキリはしないが……下手な事は言わない方がいいかな。例のタルキーニの補給部隊に紛れ込んでいた訳じゃないのか?」

「……?」

 アデルの答えにエドガーが怪訝そうな顔をする。

「違うのか?」

「違うな。例の補給部隊の捕虜がコローナに向かわされた後の話だ。夜に“遣い”が俺の所に来てな。」

「エドガーの所に?……殿下には?」

「勿論報告済みだ。現在、その真偽と意図の確認を行っている所だ。」

「……男?」

「男だ。サラディーノ・ルイージ・カッローニと言う、タルキーニの先の宰相の次男だという。」

「本物?」

「まだ確認中だが、9割方本物であろうと言う話だ。」

「フロレンティナとつながっている可能性は?」

「……お前がそう言うなら考慮しよう。」

 どうやら現時点ではそこは考慮されていないらしい。アデルとしては余計な事を言ったかもしれない。

「こっちも……こっちが聞いた話の出所ももう一度確認してみよう。尤も――エストリアを守った後にタルキーニ兵から聞くことになるだろうから少し先になると思うが。」

「頼む。何かあったら教えてくれ。」

「わかった。」

 アデルとエドガーが小さく頷き合ったところでドアがノックされた。

「……どうした?」

 エドガーが部屋の外の衛兵に声を掛けると、少し困惑気味の声が返ってくる。

「ロゼール殿下がお見えです……」

「ロゼール様が!?」

 エドガーはひどく驚く中、アデルとネージュは互いの顔を見合い、お互いの思いが共通である事を確認した。

 相方の顔は『うわぁ……』である。恐らく自分もそういう表情をしているのだろうとアデルは悟り、すぐに表情を切り替えた。

「突然の訪問、申し訳ありません。」

 エドガーの返答を待たずに扉が開く。

 その姿を見てエドガーがすぐに膝を床に付け迎えた。

 現れたのは“平時”の“ロゼール”の姿であった。

 アデルが慌ててエドガーに倣うと、ネージュはそのアデルの陰へと隠れた。



 現れたのは“平時”の“ロゼール”。

 地母神レアの教会の高位の司祭を示すローブを身に纏ったロゼールである。

「ロゼール殿下にこのような狭苦しい場所にお越しいただくとは……申し付けて頂ければ直ちに参じましたのに……」

 エドガーが膝をついたまま述べる。

「いいえ。必要があったからこそここに来たのです。どうぞ、お顔を上げ、席にお戻りください。そちらのお2人も。」

 ロゼールが静かに言う。

「失礼します。」

 エドガーは恐縮気味に面を上げると一礼して着席する。

 アデルの方は一応、エドガーに倣うがネージュはそっけなく何事もなかったかのように席に着いた。

「どの様なご用件で?」

 エドガーが言葉を掛ける。

「珍しい幻獣がいると思ったら、フラム・ヴェイナンツ様がお見えになられてね。話を聞いたらこちらにアデルさん達がいらっしゃると。」

「…………」

 エドガーがちらりとアデルを見る。アデルは一瞬だけ困ったようなエドガーに表情を見せると、表情を戻してロゼールに言う。

「何かありましたか?」

「今のところは何も。」

「その内厄介事が来る感じですかね。」

 にっこりと笑うロゼールに少し険しい表情でアデルが答えた。その様子をエドガーがぎょっとした表情で見る。

「ええ。恐らくそうなるかと。」

『『うへぇ……』』

 平然と言ってのけるロゼールにアデルとネージュは顔を見合わせ、先程よりもさらに一段渋い表情を浮かべた。

「まあ、現状を見た感じ当面厄介事には事欠きそうもないですがね……」

「冒険者としては稼ぎ時でしょう?」

「選べる仕事でしたら……ね。」

「……冒険者さんに“無理なお願い”をする事はない筈ですが……まあ、いいでしょう。

 私は今、オーヴェ平原とカンセロ西で起きた“大規模な魔法的な物”の調査と分析をしています。」

 カンセロ西と言うのはネージュがやった大氷塊だろう。そしてその様子を確認し報告したのはエドガーだ。故にこのタイミングで現れたのだろう。

「オーヴェ平原での“岩石召喚”、カンセロ西での“氷塊召喚”、そしてオーヴェ平原のフィン――カールフェルト軍を襲った局所的な猛吹雪についてです。」

 アデルとエドガーが互いをチラ見したところでロゼールがくすりと笑う。

「どちら――どれも、かしらね。あなた達が関わっている所で起きているのよね?」

「“隕石召喚”の際はカンセロで別作戦をしていた筈ですが……」

「“隕石召喚”ですか。私たちは今、あれを“岩石召喚”と呼んでいます。」

「「「???」」」

 ロゼールの言葉の意味がわからず、アデル、ネージュ、そしてエドガーが顔に疑問符を浮かべる。


「色々調べて見た結果、古の魔法である“隕石召喚”と、過日、コローナ軍を襲った“岩石召喚”は別物と見ています。“隕石召喚”については、古文書などから調べるしかないので正確とは言い難いのですが、あちらは、もっと巨大な隕石を宙から1つ呼び寄せるものであるそうです。しかし、“岩石召喚”は、小さいとは言えませんが、少なくとも“隕石”程の大きさはありませんでした。犠牲になった兵たちを思えば少し不謹慎かもしれませんが……単発の威力としては明らかに低い。5発分を考えても、古の“隕石召喚”と比べると効果が小さかったと言えます。

 精霊魔法の使い手や目撃情報から勘案すると、土の精霊魔法で用意した岩石を上空数百メートルの位置に“転移”させたものではないかと見られています。」

「ソウデスカ。」

「一方、カンセロ西の“氷塊召喚”、こちらは“岩石召喚”よりも巨大な氷塊が一つ、“隕石召喚”と比べるとやはり破壊力は何段階も劣りますが……そちらはフィンの督戦隊を狙い撃ちしたと言う報告が届いてます。そうですね?」

「はい。」

 ロゼールがエドガーに尋ねると、エドガーは即答する。

「捕虜から、竜を見たという話が多数あったとか。あのサイズの氷の塊を放てる者となれば、連邦北部の氷竜くらいしか思いつきません。」

「ソウデスカ。」

「しかし、連邦の氷竜が、こんな大陸の南岸付近にまで来てフィン軍を狙い撃ちしに来ると言うのはいささか考えにくく……」

「それこそ氷の精霊魔法の転移とかは?」

「転移魔法……空間魔法と呼ばれる物は現在、扱える者が確認されていません。が、古代魔法を受け継がれていると言うカールフェルトのフロレンティナ王なら可能性はあると見ています。が、フロレンティナ王がフィンの督戦隊を狙打ちにするとは考えにくく、また氷塊である必要性も考えにくい。」

 アデルとエドガーが再度顔を合わせる。

 フロレンティナがフィン督戦隊を狙い撃ちする理由はない事はないのだが……そう思ったところでこの2人は“氷塊召喚”とやらの正体を知っている。それぞれ互いの様子を観察したのだ。


「上空から氷の精霊魔法で塊を作って落すと言うのは?」

 アデルが別の魔法による可能性を伺う。それは即ちロゼールに全て正直に言うと選択肢を外したと言う事でもある。

「……あのサイズの氷塊だと、リシアさんでも厳しいそうですが?」

「ソウデスカ。」

「……とにかく、魔法の正体が掴めれば、対策なり行使の阻止なりが可能ではないかと言う話です。――おそらくは行使現場の強襲か暗殺になるでしょうけどね。」

 ロゼールが含みを持たせた口調でアデルに言う。強襲か暗殺、その内起こるであろう厄介事。ああ、そうですね。

「ああ、そうそう――姉さまの件ですが、恐らくヴェイナンツ様の要請は通るでしょう。《神官プリースト》の域は大きく超えていますが、逆に言えば他に能のない人ですので存分に使ってください。」

 含みどころか露骨に黒い物を見え隠れさせながらロゼールは言うと、アデルやエドガーに軽く一礼して退出して行った。

 ぽかんとした表情のアデルはエドガーに尋ねる。

「あの姉妹?仲悪いのか?」

「『悪い』という話は聞かないが……一月同じ建物にいても『仲が良い』という所は見も聞きもしないな。」

 エドガーが少し渋めの表情を浮かべて答える。

「ふーん……」

 逆にそれまで一切声を出していなかったネージュさんの方はニヤリと嗤う。どうやら多分に興味を持った様子である。




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