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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
239/373

竜人

 イスタに戻ったアデルはまず仲間を労い先に屋敷で休憩するようにと向かわせ、自分はウィリデに“自分たち”の作戦である、“竜人捕縛作戦”が成功し、竜人の身柄を一旦モニカに預けた事の報告をした。

 同時にドルケンは何かしら続きの作戦を用意していた様子だと伝えると、ウィリデは恐らく早い段階でビゲンを制圧し“2国間の連絡路の保全”等の名目でヴィークマンを排除するだろうと推察した。シルヴィアの身柄を引渡した時にモニカもそのような作戦を示唆する発言があったので間違いないだろうと付け加えた。

 ウィリデはまずネージュの様子を尋ねる。

「ネージュはどうだ?母娘の問題はどうなった?」

「……思ったよりも元気がない感じですかね。殺意とかもなく、長い間の溜飲は下った様子でしたが。」

「少し含みがあるな?」

 アデルの回答に“完全解決”とは程遠いと察しがウィリデがさらに問う。

「まあ、なんというか……どちらもすっきりとは程遠い感じで。」

 アデルの言葉に色々伏せたいものがあると感じたのか、ウィリデは声を潜める。

「言える範囲でいい。」

「父親が竜人の首魁ではなく、北の氷竜であるそうです。浮気の腹いせに飛び出した先で喧嘩を売ってきた若い氷竜を返り討ちにして襲ったと。性的に。」

「…………」

 流石のウィリデも予想外――予想以上の言葉に閉口する。

「そこに至るまでは竜人的に相当な理不尽もあったみたいですけどね。ただネージュが気にしてるのはその後かな?」

「その後とは?」

「竜をねじ伏せる程の力を持った母が何故、いびられつつもその集団に残ったか。ですね。」

「……追っ手とかその他諸々だろう?実力者がいきなり抜けると言うのは……まあ、な。」

 その辺りの話はなんとなく身に覚えのあるだろうウィリデが呟く。恐らくウィリデが騎士団長を辞した時も、引き止めの説得や工作、下手をすれば権力を笠に着た脅迫などもあったのだろう。

「“珠無し”の娘を捨てて単身でばっくれるくらいは造作のない実力だったかと。」

「……そう言うことか。」

 シルヴィアはなんだかんだ、周囲に合せながらも娘を手放さなかったのだ。過去の話、先程の話を聞く限り、シルヴィアが行ったのは“育児放棄”ではなく“放置”。いびり倒したのはカーラとそれに唆されたドルフや周囲の者であるようだ。

「ああ、それと……」

 アデルが思い出したかのように、話を切り替える様に切り出す。

「竜人の首魁の名はドルフ、シルヴィア――ネージュの母親を決闘で打ち負かすというのだから相当の実力者でしょう。他に5体竜人がいるそうです。内、一体は昨年ヴェーラ――東の勇者が退けた竜人のようですが。」

「他にまだ5体……少なくとも4体か。」

 ウィリデがぼやく。

「そのうち全てが“西”――こちらに来ているわけではなさそうですがね。いずれドルケンから情報は得られるでしょう。まずは――」

「ああ。エストリアだ。」

 アデルの言葉にウィリデが頷く。そしてウィリデの方からもいくらかの情報を受けた。

 ウィリデ――軍側の話を纏めると、ヴィクトルやラグら旧第2旅団は既にイスタに到着しており、明日に備えて休息を与えられていると言う。昨日(書類が)飛びまわった根回しの結果、ヴィクトルやラグも明日のエストリア防衛に参加させることが出来る様だ。ただし兵の補充が間に合わず、オーヴェ会戦の残存戦力を再編成しての参加となるそうだ。

 それと、今夜から明日になるだろうと予測されていた本格的な交戦は1日後ろにずれる様子だと言う。どうやらケンタウロスを多く組み込んだことで夜間の行軍が著しく遅れている様子とのことである。

 しかしそれにアデルは疑問を返した。

 ハンナの脚力から勘案すれば、夜間の移動を止めてもケンタウロスなら十分に蛮族前線部隊に追いつけるはずであると。

 ウィリデも何となくそこに違和を感じていた様だが、ウィリデは内部統率、連携が取れていないか、士気に大きな隔たりがあるのだろうと言う。ハンナの話や、以前カミーユに引渡したケンタウロスの捕虜から得た情報もあるのだろう。

 そう言われるなら確かに、夜戦上等の戦闘狂の蛮族どもと、疑惑のリーダーに無理やり従わされているケンタウロスでは士気に大きな差があるのは不思議ではない。アデルもその意見に納得し、取り敢えずは若干人族側に有利に働いている程度の認識を持った。


 必要な情報交換が終わったところでウィリデは竜人――シルヴィア戦の詳細を訊ねてきた。

 精霊ジャミングによる魔力視の妨害からの狙撃、うまく竜化を誘発させてからの機動戦の様子、想定以上に苦慮したが何とか背後を占有し竜人を封殺することが出来たこと。それに竜人のブレスの威力・範囲辺りを特に興味深く聞いた。

「同じ事をエストリアでやれるか?」

 一通り話を聞き終えたウィリデがアデルに問う。

 するとアデルは首を横に振った。

「ケンタウロスの排除がない限り難しいかと。実際、竜化させる決め手となったのはハンナの弓でしたし。逆に言えば、腕の良い狙撃士の安全を確保しつつ竜人を引き付けることが出来れば竜人に対抗することも可能である証左ですけどね。ただ、余程目障りなのでしょう、ブレスなり爆発魔法なりでなりふり構わず優先して排除に動いてくるかと。」

「今回はどうした?」

「狙撃自体は森の中から一度だけでしたので……すぐにその周辺10メートル程の森をブレスで吹き飛ばしていましたよ。

 光熱ブレスの脅威となる射程は収束させての線攻撃で200メートル。こちらはまさに光の速さで、見てからの回避は困難でしょう。また、光弾を飛ばす炸裂弾形式で射程100メートルの範囲10メートル程。拡散はわかりかねます。

 少なくとも、《神官プリースト》や《精霊使エレメンタラーい》の魔法障壁系の魔法が有効の様ですね。ただ今回は弓は一人で、隠れる場所も十分にありましたから……上からの見晴らしの良いエストリアで、弓兵を守れと言うなら相当な魔力量を持った術者が必要になるかと。尤もその時は弓兵に限らずより多くの者を覆う必要がありそうですが。」

 アデルの分析にウィリデが表情を険しくする。

 魔法攻撃に強いとされるミスリル製の防具などを揃えている者は貴族や上級冒険者でもそれほど多くはいない。ほとんどの将兵が金属――鉄や鋼の鎧や武具を装備する中、100メートルほどとは言え、遠距離からの高熱や炎の攻撃は直撃を受けなかったとしても十分すぎる脅威である。また、話を聞く限り、空戦が可能なアデル達を除けば、弓や弩、バリスタと言った対空兵器以外の武器で竜人を倒すことは難しそうだ。

「……厳しいな。それほどの神聖魔法の使い手となると……心当たりは一人だが、その方は現在カンセロにいる筈だ。」

「カンセロ?」

「王太子殿下と共にカンセロ入りした、第2王女、マリアンヌ様だ。あの方の魔力量と制御範囲は《神官》としての域を大きく逸脱している。」

「“聖女”の異名があるんでしたっけ?回復魔法以外もそんなに凄いのか……」

「……せめてその話を昨日の内に聞けていたらな。」

「聞けていたら?」

「元々西部で活躍されていた方だ。我が領でも何度か世話になった事もあるし、何度か協力したこともある。支援要請を送れば応じてくれる可能性はあるが……」

「行くだけ行ってみますか?戦闘が一日遅れるなら往復自体は間に合いますが。」

「……すまん。行ってきてもらえるか?殿下がいるといないかで、兵やエストリアの損害は大きく変わるだろう。南の方で大きな動きがあるようなら撥ねられるかもしれんが……すぐに書面を用意する。」

「わかりました。」

 ウィリデは険しい表情で立ち上がる。

「……一戦終えて疲れている所すまんな。書状は用意でき次第フラムに届けさせる。お前は一旦屋敷に戻り、身支度を整えておいてくれ。」

「身支度?」

「王女様を迎えに行くのに、戦ってそのままと言う訳には行かんだろう。上への対応はフラムにやらせるからそこまで身構える必要はないが……1時間後を目途に準備しておけ。」

「わかりました……」

 ウィリデが部屋を出るとアデル達も速やかに屋敷へと向かった。




「お帰りなさい。旦那様。」

「え?」

 屋敷に戻ったアデルを出迎えたのは、少し困った表情のティアだった。どうやらネージュに熱く“指導”を受けていたらしい。

 面食らったアデルに代わりネージュが鷹揚に返事を返す。

「うむ、ご苦労。」

 それとなくティアに確認した所、どうやらネージュさん的にメイドは斯くあるべきらしい。今回留守番となっていたのはティアとルーナだ。戻ると同時に出撃組全員が、休み寛げる準備をしてくれていた様で、食事でも湯浴みでも準備万端であったとのことだ。

 ネージュは既に入浴を済ませ、アデルが戻っての夕食を待っていた様である。

 アデルはこの後、カンセロへ支援要請に向かい、可能であるなら第2王女を迎えに行くことを伝えると、送迎に当たる予定となるアンナ、アデルの順に手短に風呂に入る事にした。

 その後にブリュンヴィンドを丸洗いしアンナとユナの魔法で乾かす。ブリュンヴィンドを丸洗いしている横で何か言いたげにハンナがアデルらを見ていたが、時間がないので手入れは後日、エストリア防衛が終わったらご褒美にすると約束する。ネージュはその間、母から奪い取った竜剣を色々触りながら何かを考えている様子だった。


 奉迎組が身を綺麗にした後、食事を取りながらルーナがシルヴィア戦に興味津々といった様子で戦いの流れや動きなどを訊ねて来た。普段なら武勇伝が如く語る筈のネージュだが、やはり考え事に忙しいらしくその辺りの話を殆どアデルに丸投げしていた。ルーナの方も帰宅後の様子や今の様子などから多少は事情を察したのか、無理にネージュの口を開けさせようとはしない。

 一通り空腹と好奇心が収まり留守番組が片付けを始めた頃、タイミングを見ていたかのようにフラムが屋敷に到着した。


 フラムによると、第2王女とは2~3度会ったことがあり、フラムがウィリデの遣いとしてレオナールやマリアンヌに状況報告と要請書を渡したいらしい。

 アデルとしてもそちらの方が都合の良いのでそれは歓迎だ。第2王女とは面識がないし、王太子には向こうがアデル達の顔を一々覚えているかは別として、アデル達的には余りよくない方向に知られている可能性もある。いや、アンナを見てすぐにアデル達からの連絡と分かる程度には知られているのだろう。


 さて、それでは向かおうかと言うところでネージュが口を開いた。

「うーん……お兄。今のうちに少し確認したいことがあるから、先に一度朝の演習の所まで付き合って。」

 戦闘後からずっと何か考え事をしていた様子のネージュがアデルに言う。

「ん?わかった。どのみち町中で竜化も出来ないし一旦そっちに移動するか。」

 アデルの方もそう答えるが一応フラムの反応を探った。フラムとしては自力の移動手段がない為かそれを却下することは出来ない様だ。

「じゃあ行くか。あー……とりあえず行きは俺とネージュ、アンナがブリュンヴィンドでフラムを乗せて移動かな。帰りはどちらか諦めてくれ……」

 ネージュはアデルとアンナ以外を背に乗せるのを嫌う。アデルの言葉の言外の部分を理解したネージュだが、今はそれ以上に優先したい事がある様で、短く『わかった。』とだけ答えた。



 訓練場まではアデルとフラムがブリュンヴィンドに、ネージュとアンナは自分の翼で訓練場に向かった。到着すると同時にネージュは装備を外し、竜剣の竜玉を額に当て、母の見よう見まねか念を込め始めた。

 やはり媒体があっても即時竜化は難しいようだ。そもそも竜玉さえあれば竜化できるというものでもないとレイラから聞いている。竜玉が保有する魔力と波長が合うかどうかが重要であると。

 アデルがそう思い返しながら数秒様子を見ていると、ネージュは淡い光と共に“通常の竜化”を行っていた。

「ほう……?」

 通常の竜化――それは即ち、氷竜化ではなく、竜人本来の竜化である。

 アデルが見た感じ、体躯は氷竜時と比べて一回り小さい様である。実際――実物を目にした事はないが――成人した竜人の竜化した姿と本来の成竜を比べると、竜人の方が1~2回りは小さいと以前竜化に関して調べていた時に本で読んだことがある。よく見ると首の長さや翼の形状など若干の差異も見られた。

 ネージュは口を開きブレスを放つ体勢をとると、口の中に光を収束させ、光弾として吐き出した。炸裂弾タイプのブレスの様だ。

 着弾地点で小さな爆発が起きるのを確認すると、浮揚し上空を2周ほど旋回したところで地上に戻る。

 すると今度はそのまま氷竜化し同様にブレスと機動力を確認する。

「……ふっ。」

 例によって数秒の時間を掛けてネージュは人型に戻った。その表情は、長かった今日一日――まだまだ終わっていないが――の中で最も満足げであった。

「なるほど。こういうことか。」

「どういう事よ?」

 1人納得するネージュにアデルが尋ねた。

「竜玉を使えば普通の竜化も出来るっぽい。逆になしだと氷竜化しかできない。」

「それぞれの親の特性をそのまま引き継いでるってことか?実際、通常竜化の方が氷竜化よりも一回り小さいし、首の長さ……比率?も微妙に違うしな。違和感はないのか?」

「むむ……」

 当人は竜のサイズの違いについては気づいていなかったようである。裏を返せば、その部分に関する違和感らしい違和感はないのだろう。

「何となく体が軽いというか、飛びやすいと思ったらそういうことか。速度と小回りはこっちの方が利きそうだけど、ブレスの調整は要練習って感じかな。」

「……さっきの炸裂弾型のブレス、あれって地面にぶつけないと爆発しないのか?」

「ん?」

「いや、空中でいきなり爆発させられれば、空戦で結構役立つと思ってな。」

「ほほう……うーむ……難しい気がするけど……まだよくわからない。」

 ネージュは少し思案するように言う。

「ふむ……とにかく、状況次第で竜化と氷竜化は使い分けられるということか。」

「うん。とりあえずお試しでカンセロへはこっちで向かおう。体力の消耗具合も確認しておきたいし。」

 ネージュはそう言うと通常の竜化を行った。竜化中、竜剣が何処へ消えるのかは疑問だったが、それは今重要な事ではない。ネージュはブリュンヴィンドには掛けたアンナの疲労軽減の魔法を今回は断った。

 その後、アデルはネージュに、アンナとフラムがブリュンヴィンドに乗りカンセロへと向かう。


 それは黄昏もいよいよ終わろうかと言う頃だった。


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