決着。そして……
地面に叩きつけられ意識を手放したルヴィアは淡い光と共に竜化が解除された。
アデルはすぐにネージュから飛び降り、捕縛の準備を始める。ネージュも数十秒の精神解放を経て竜化を解き人形態の戻ると、捕縛の為ロープやチェーンを用意しようとしたアデル達に対竜人として具体的――効果的と言うべきか、な縛り方を監修した。。
まずはチェーンで後ろ手に縛り、次にそれぞれの足を膝を曲げさせた状態で足の付け根と足首をロープで結び膝を伸ばせない様に固定する。足同士は縛らないのは移動が必要な時に膝行させるためだそうだ。その後、チェーンで翼と翼の付け根を固定し、羽ばたけないようにすると同時に無理に動かそうとすると鎖が食い込み相当の痛みを味合わせられるように縛った。
その後ネージュは傍らに落ちていた竜玉が埋め来られた剣――以下竜剣と呼称しようか――を拾い上げたところでアンナに軽めの治療を頼んだ。
回復魔法がもたらす熱に意識を呼び起こされたか、シルヴィアが呻きと共に目を覚ます。
するとシルヴィアはすぐに己の置かれた状況をほぼ正確に把握した。
竜人に対応した縛り方で捕縛されている事、本来受けていた筈の傷がある程度治療されている事。この2点から自分を墜とした相手はすぐに自分の命を取るつもりではないという部分まで察知する。
予想外なのは目の前にいたのが竜騎士ではなく、竜人の娘――何となく見覚えが……いや、十二分に見覚えのある竜人だったことである。
「おまえか……人族に与していたとはな……いや、“珠無し”なら分相応、むしろそちらの方が幸せか。」
怒り、憐憫、嘲笑、いろんな感情が見え隠れする表情と言葉をネージュに向ける。
その態度にネージュはニヤリと嗤うと、シルヴィアの竜剣でシルヴィアの頬を軽く切りつけるとその剣をアデルに渡した。
「お兄。(あとは任せた)」
ネージュはそう言うと数歩下がり地面に座り込んだ。恐らくネージュが声を掛けたところで、双方意地と不愉快さが激突し話にならないのは必至だろう。アデルはその丸投げを受け止めた。
「いくつかお尋ねしたいことがあります。」
アデルがシルヴィアに丁重に言葉を掛ける。
「…………」
シルヴィアは沈黙したままアデルを睨みつけた。
「あなたは昨日、俺が乗っていた竜を見てすぐに氷竜と判断し、なおかつ知っている様子を見せた。あなたの竜人としての祖は氷竜なのですか?」
「竜人の祖?」
恐らくは竜人勢力の詳細を尋ねてくるだろうと思っていたシルヴィアは予想外、想定すらできない、それ以前に意味もよくわからない言葉に眉を寄せた。
「ネージュ。竜化して見せてやれ。」
「……何?」
アデルがネージュに向かって声を掛ける。ネージュというのが自分の娘の人族社会での名であることはその様子からすぐに理解できたが、竜化だと?シルヴィアの表情はさらに険しくなる。
すると、アデルの言葉を受けたネージュはやはり十秒ほどの時間を掛けて竜化を――氷竜化をして見せた。
「なん……だと……?」
ネージュの氷竜化と共に周囲の気温が下がる。シルヴィアは“珠無し”と捨てた筈の自分の娘が先ほど自分を踏み落とした氷竜と同一であることを知ると、驚きとも困惑ともつかない声を漏らす。
「ご覧の通り、ネージュ――あなたの娘ですね?は、竜玉なしで少々特殊な竜化を行います。この能力を知ったのは少し前、しかも最初は暴走という形でしたがね。」
アデルの言葉にシルヴィアは沈黙を続ける。
「大陸南部で一番有名であろう、“元”珠無し竜人の大先輩に話を聞いたところ、数百年を生きる彼女ですら前代未聞の話とのことでした。そしてその方の推論が、ネージュの祖先、恐らく竜人の祖となる者に氷竜がいたのではないかというお話でした。……心当たりはありませんか?」
アデルの言葉にシルヴィアはぽかんと口を開けたまま数秒固まった。そして……
「ハハハ。あっはははははは。そうか、そういうことか。そんなことが……いや、そうなのか。」
堰を切ったかのように、否、周囲が発狂の心配をするほどに大声で、縛られていて尚オーバーなアクションで盛大に笑い出す。その様子にアデルとアンナは別の意味で心配し、ネージュは一層不愉快そうな表情を浮かべる。
「心当たり?竜人の祖?そんな大げさな話ではないよ。あっははははは。お前は“あいつ”の子だったのか。そうか……」
ひとしきり笑い終わったところでシルヴィアは息を整えた。
「“あいつ”とは?あなたの夫――蛮族勢力のリーダーとは別ということ?」
アデルの問いかけにシルヴィアは楽しそうに答える。
「ああ、違う。恐らくそいつの父親は北の雪山の若い氷竜だ。私に喧嘩を売ってきた――いや、私が襲ったと言ってもいいか。喧嘩を売ってきたが返り討ちにして……別の意味で私が襲ってやったのさ。」
「……ネージュ、もういいぞ。」
シルヴィアが愉快そうに話しだすと少し辟易とした感じでアデルがネージュに竜化を解くように言う。ここから先はネージュにも聞きたいこと、言ってやりたいことがあるだろうと。
ネージュは竜化を解くと、シルヴィアの近くまで来て声を掛ける。
「父親?氷竜?」
その言葉にシルヴィアはネージュが生まれる少し前のことを回想しながら語りだした。
曰く、今から15年ほど前、彼女の夫であり竜人勢力のリーダーたる竜人、ドルフの所に現れた女、現在エストリア東に出向いているというところからしてネージュをいびったという竜人だろう――実際その通りだったカーラという竜人が現れた。
カーラは“決闘”なしでドルフに愛と忠誠を捧げると誓い部下として取り入ると、周囲の実力者たちを篭絡しつつ3人いる妻の内最上位のポジションにいたシルヴィア排除に乗り出したという。因みになぜシルヴィアが最上位であったかと言えば、単純に強かったためだ。
動きや気配などから察するに、カーラの戦力はシルヴィア以下、それどころか他の2名の妻よりも能力は低いと見られた。しかしカーラには別の武器があった。ほぼすべての異性を魅了する外見と、基本的に竜人が嫌う“篭絡”等の搦め手を一切躊躇することなく行う狡猾さだという。
アデルやネージュ、それ以外も話がなんとなくどうでもいいゴシップ話になりかけて来たと感じていた。だがそれは……それはその通りであったが、彼らとしても無視できない話となった。竜人の習性というか価値観と言うか、だ。
基本的に一つの集団に複数の竜人がいる場合、上下関係を決めるのは全て“決闘”である。それ自体はケンタウロスのそれに近い。しかし、それによって決まるものがケンタウロスの、所謂軍というか、戦闘組織の上下関係だけでなく、保有物全てを賭けるというのだ。それには動・不動を問わないあらゆる資産、配下等まさに全てだ。
そして“決闘”が成立しない場合、つまりどちらかが拒否をした場合はいきなり総力戦のぶんどりあいに発展すると言う。我と欲の強い竜人たちが人族の生活圏にあまり干渉してこないのは突然の内部崩壊からの総力戦のぶつかり合いの危険性を常に内包してるためだという。
アデルに限らず、人族が聞けば内心でこっそり『馬鹿だろお前ら』とほくそえむところだが、そのおかげで竜人――特に複数の竜人がいる集団が自分たちのテリトリーの外に出てこないというのだからありがたい話ではある。その辺りはもしかしたら、神様の正に“神調整”と言えるものがあるのかもしれない。
少々話が逸れたが、問題はカーラの行動である。“決闘”なしで手下に加わるという行為は竜人にとってイレギュラーであり、況して愛など語ろうものなら鼻で笑われるのが落ちだ。しかし、カーラは巧みに取り入り、周囲の者まで篭絡せしめ、本来の上下関係を崩壊させたというのだ。
流石にシルヴィアも何度かドルフに申し入れし、カーラにはっきりさせるべく決闘に引きずり込もうとしたが、結局ドルフや他の者に邪魔され叶わなかったという。
「そのカーラって、竜人じゃなくて吸精鬼なんじゃね?」
話をしげしげ聞いていたオルタが口を挟む。
オルタはレイラと付き合いが長い分、竜人の価値観や習慣など他の者よりも詳しく知っている。そのオルタの発言だ。
「ははは。言われてみれば……あいつが“吸精鬼”であるならそれはそれで納得がいくが……繁殖力が高くない竜人に絡むよりは性欲旺盛な人族、特に人族の王侯貴族に取り入る方が効率は良いだろう。それに奴の身体は間違いなく竜人のものだ。」
「……えーっと、その辺のゴシップはもう結構なのでそのどこから氷竜がでてくるんですかね……」
若干辟易とした感じでアデルが問う。
「……その時だ。」
幾分むっとした様子を見せてシルヴィアが言う。
「ドルフがカーラの肩を持ったことに腹を立てて集団を飛び出したことがある。その時に竜化していた私に愚かにも喧嘩を売ってきたのがオーレリア北東部の雪山に住む氷竜だ。体躯からして百数十歳くらい。竜種としては若者の範疇だろうな。力試しのつもりか何だったのかは知らんが、私に奇襲を仕掛けてきたが返り討ちにしてやった。決闘であったならその場で殺しても良かったのだが、吹雪に紛れての奇襲に私は腹を立て、殺す以上の屈辱を与えてやったのだ。その時のその氷竜の呪詛がこいつだ。ほどなく集団に戻った後に妊娠が分かって産んでみたら白髪珠無し。カーラはここぞとばかり私の排除に乗り出し、ドルフも私の排斥に動いた。」
どうやら襲ってきた氷竜を腹いせに死以上の屈辱をと逆レ〇プした結果がネージュだったらしい。その結果益々自分の立場を悪くしたというのは自業自得な気もするが、それで不当とも言える迫害を受けたネージュはたまった者ではない。これにはネージュも相当に渋い顔をすると、汚らわしいものを見るかの表情でシルヴィアを見下ろす。
「それこそ“決闘”で白黒つければ良かったんじゃないですか?」
アデルの問いにシルヴィアは鼻で笑って首を横に振る。
「ドルフがあちらの肩を持つ以上、カーラが決闘を受ける理由があるまい。総力戦となれば、ドルフ含め5体の竜人その他と単身の総力戦だぞ?」
「……それで単身、我が領――人族領に攻めて来たのか?いや、それが15年近く前の話と言うなら……」
今度はモニカが尋ねる。
その問いに対してシルヴィアはネージュをチラ見した。
「……私が“こちら側”に出てきたのがだいたい3年前、それから準備を――あ……」
そこでネージュが少し困った表情を浮かべた。
(もしかして……もしかしてだけど……)
ネージュは自分が生まれ、物心ついてからの自分やシルヴィアに対する周囲の仕打ちを知っている。尤もシルヴィアの方は相手を黙らせるに十分すぎる力を持っている為、シルヴィアの正面から喧嘩を売ろうというのはせいぜいカーラくらいだった。しかし集団を逃げようとすれば少なくともカーラやドルフは相応の追跡者を派遣するだろう。シルヴィア単身ならそれも苦も無く撃退できただろうが……もしかして。
ネージュはシルヴィアが単身で集団から逃亡しなかった理由をそこはかとなく察してしまう。
「…………」
(いや、“珠無し”なら分相応、むしろそちらの方が幸せか。)
最初に声をかけらた言葉を思い出しネージュは言葉を失った。自分なりに、不貞の帰結に対する責任を感じていたのだろうか?
「……珠無しと氷竜化の理由は何となくわかった。で、これからコレをどうするの?」
「殺す気は?」
「少なくとも私はもうどうでもいい。」
ネージュがアデルに問うと逆にアデルに問われそう答える。
「どうしたもんかね。竜人――有翼種じゃなければ、懲罰兵的な運用も出来るかもしれないが。」
「懲罰兵?」
アデルの呟きにネージュが聞き返す。
「軍の中で何かしらやらかした奴を捕らえて、“処刑”の代わりに“枷”を付けて奴隷的に激戦地等に送り込むんだ。この前言った“督戦隊”とかを背後に付けてな。それで敵兵を多く倒す等の活躍があれば、罪一等を減じ……ってやつだ。」
「竜人がダメな理由は?」
「戦地へ送るというなら、手足に厳重な拘束は掛けられない。せいぜい足に動きを――逃げ足を遅くさせる錘くらいか?竜人はそんなの関係なしに飛べるからな……」
アデルがそう説明したところでオルタが口を挟む。
「それ以前に本人の意思は?人の手に落ちるくらいなら死んだ方がマシってやつもいるだろう?」
「……死にたい?」
オルタの言葉に納得だとばかりネージュがシルヴィアに問う。
「……死にたくないと言ったら?」
「……懲罰兵?」
「私を管理できるのか?」
シルヴィアはどうやら“くっ殺さん”ではない様だ。試す様な視線でアデルとモニカを見る。シルヴィアとしてもこの長くはない拘束時間の中で誰が決定権を持っているかを把握していた。
アデルとモニカが顔を見合わせる。
「懲罰隊とか……ドルケンにあります?」
「ドルケンには……ないな。」
元々懲罰隊と言うものが運用されているのは、皇国と連邦、それにベルンシュタットくらいだ。
「……エストリア防衛が終わるまで、そちらで預かってもらうことは可能ですか?尋問その他はご自由に、一応死なない程度にって感じで。」
「それならそれで大いに有り難いが……いいのか?」
アデルの言葉にモニカはそう返してネージュを見る。
「剣は私が貰う。それ以外はどうとでも。それにカーラを潰すにしろ、こんなの連れて寝返られても困るしね。」
ネージュが答える。『カーラを潰す』と言ったところでシルヴィアの表情が少しだけ緩んだ気がした。
「それなら預からせてもらう。この身柄があれば、ビゲンの制圧も楽に進むだろうしな。」
「ではそれでお願いします。竜人勢力の情報はわかった分だけでもあとで流してもらえるとありがたいのですが。」
「勿論だ。」
こうしてシルヴィアの身柄の行方がひとまず決まった。しかし……
「その前に……」
ネージュが言う。
「負けた竜人の身体に負けを刻み込む儀式が済んでない。」
「「「「は?」」」」
ネージュの言葉に、アデルとモニカ、シルヴィアの他にも多数の声が同時に重なった。
「この縛り方はその処置の為でもある。」
儀式から処置へと大幅にランクダウンした気がするが、ネージュは続けた。
「ふざけるな!あんなもの決闘と認められるか。そもそも受けたつもりもない!」
シルヴィアが慌てた様子で暴れようとする。勿論それを防ぐための厳重な拘束のお陰で数歩膝で後退したのみだが。
その様子からして、余程の苦痛か屈辱、竜人であるところを見れば屈辱的な物なのだろうと推測できる。それを示唆するようにネージュはシルヴィアの首に付けた拘束紐を引き摺り、頭を地面に付けさせると容赦なくそれを踏みつけた。
シルヴィア当人の軽率な行動で今迄とてつもない苦労と苦しみを味合わせられたことを考慮しても中々インパクトのある図が出来上がる。
「………(自主検閲)………」
「「「「はぁ!?」」」
「あー……」
ネージュの口から説明された“儀式”に周囲がドン引きしたが、その辺の造詣深いオルタが納得という声を上げたところを見ると強ち誇張でもないのだろう。
「ふざ――ガッ」
シルヴィアがさらに暴れようとしたが、ネージュが一層踏みつけを強めると観念したか大人しくなった。
ネージュの言動に他の者が一様に眉を寄せたが、結局誰一人その場を辞すことなく、勝利の儀式は遂行された。




