決行 3.16.449 0620 Esta
激動の3月15日から一夜明け、イスタの新執政官、ウィリデの所にも15日に起きた事象の詳細が届きつつあった。
しかし、ウィリデはその取りまとめを文官に一任すると、同盟国の王妹殿下に挨拶をしてくるとイスタに駐留する隣国、ドルケンの精鋭部隊、翼竜騎士団の一部が駐屯する基地へと赴いた。
この時点で必要な事柄は昨晩の内に色々手を回してある。情報の収集・分析要員、軍務事項の副官の支援要請、王太子とエストリア辺境伯辺境伯への根回し等だ。
時刻は朝6時少し回った頃だ。駐屯地にはまだ王妹殿下とやらは到着していない様子だ。
このタイミング、忙しい筈のウィリデの来訪に昨日挨拶と話し合いを済ませたスヴェン・ダール駐屯部隊長が少し驚いた表情を見せる。
「……アデルに見とけと言われてな。」
スヴェンの驚きを察したウィリデが短く答える。
「今となっては彼らの影響力は理解していますが……こんな状況の中で態々1冒険者の為に?」
「ある意味、一番弟子だからな。当時の想像とは大分違うところに行きついている様だがね。」
ウィリデはそう答え苦笑を浮かべる。当事者のアデル達はほぼ全員ですでに到着しており、軽めに身体を動かしている様だ。
すぐ脇で娘がそちらに混ざりたそうにうずうずしているのが伝わる。
ウィリデは娘に、軽く手合わせしてこいとその集団へ送った。
アデルはフラムの接近に気付くと、すぐにウィリデの到着を察し挨拶に向かおうとしたが、遠くでウィリデが手ぶりで必要ないと伝えてくる。
代わりにフラムが『手合わせして来い』と言われたと伝えると、「それじゃあ軽めに」と答え、フラムと向かい合った。
両者得物は槍だ。師と呼べる師は全く同じであるが、《騎士》として修練・実戦を積んできたフラムと、冒険者、《戦士》として習熟してきたアデルとは同じ“槍”であってもその形状と長さは異なる。
アルムス謹製の柄長の可変機構を考慮しても、全体の長さはフラムの物の方が長い。2メートルほどの槍は穂先――というより、ほぼ全体が細長い円錐状に形成されており、刺突に特化しているまさに“騎馬槍”である。一方でアデルの物は伸ばしたところで1.5メートルほど、穂先は十字槍の形状になっており、こちらは刺突・斬撃、或いは薙ぎ払いも可能な物だ。因みに、ウィリデが戦場で持つのもフラム同様の騎馬槍である。もちろん、両者とも状況次第で起こりうる乱戦などに対応するため、常時長剣も携行している様だ。
ウィリデとしては自分が教えたそれぞれの槍がどのように進化しているか気になったところであったが、アデルが持ち出したのは翼竜騎士団の訓練用の槍だった。長さは騎槍準拠、頑丈な木の柄の先端に重りとなる刃を潰した穂先が付けられている。
「この後2戦、きつそうなのが控えてるからな。これで勘弁してくれ。」
アデルが苦笑しながらそう言うと、フラムは少し嬉しそうにその槍を握る。
「準備はいい?それじゃあ――はじめ!」
レフェリーを買って出たのはオルタだ。
普段の鍛錬ならアデルは短槍と楯を使うのだが、今回はフラムと同じ条件で相対している。
寝起きとは言え、それなりの動きで双方攻防を繰り返して1分ほど。
普段は馬上槍を使っているフラムと、基本、地に自分の足を付けて槍を振るっているアデルではややアデルの方が有利な様だ。
「そう言えばそうなるか……。」
その様子を見てウィリデがぼやく。
「???」
疑問符を浮かべるスヴェンにウィリデは苦笑して言う。
「あいつに教えたのは農村を守る為の槍。娘に教えたのは騎士として戦場を駆ける槍。騎馬無しで1対1をやらせればああなるのかと。」
「なるほど……」
ウィリデが見立てた通り、次の1分が経過する前にアデルの槍がフラムの足を払い1本目の勝負はついた。
「アデル兄……」
フラムが少々むくれた表情でアデルを見、さらに自分の馬を見る。自分の得意とする馬上槍で再戦をしたいというのだろう。
「いや、俺、馬上槍なんて素人レベルだからな?プルルのお陰でなんとかバランスを保って見えていたって程度で。」
今になって、いや少し前からだが、アデルが騎乗でそれっぽく戦えていたのはプルルのお陰だったと悟っている。他の馬で試してみたが、馬が思う様に動かずに落馬するか、或いは馬の足におかしな負担をかけて最悪馬を痛めてしまうこともあったのだ。勿論、馬はアンナに頼んで治療してから返したが。
「どうしてもっていうなら、ブリュンヴィンドに頼むことになるが……それはまた違うだろう?」
「むう。」
フラムがますます膨れる。
「アニジャ。ソレナラ……」
空気を微妙に読んだハンナが進み出てくる。どうしても騎馬戦がしたいなら付き合ってやるというところなのだろう。ちなみに、兄者というのはネージュさんの教育の賜物だ。オルタが師匠でアデルが兄者らしい。
ハンナは剣よりも槍を扱うことが多いため、それぞれの得意武器を考えると逆な気もするが、ハンナを決闘で直接負かしたのがオルタであるためそこは譲れないらしい。
余談であるが、ハンナはオルタとアデルに騎乗を許している。実力的にはネージュも上と認識しているが、ネージュは基本、騎乗を必要としない為だ。一方で竜化ネージュは原則アデルとアンナ以外の騎乗を許していない。他に手がない状況でアデルが命じれば渋々受け入れるが、誰の目にも見えてテンションがだだ下がりするので、そういう状況以外では誰も口にはしない。ブリュンヴィンドは今屋敷にいる者なら概ねOKの様だ。新人のティアにはまだ気を許していないようだが、今後、食事係がティアになればそのうち慣れるだろう。
「お兄。」
ハンナが進み出てきたところで、ネージュが東の空を見ながらそう呼びかけた。
「ご到着か。悪いが続きはまた後日だな。」
「……絶対だからね?」
アデルがそう言うとフラムとしては少々残念にそう念押しした。これからアデル達はネージュの母、高位の竜人相手に決戦を挑むのだ。次があることを強く願い、真剣に祈るほかない。
到着したのは3騎の翼竜騎士だった。その先頭に降り立ったのが昨日会ったドルケン国王末妹のモニカだ。昨日と同様、ミスリル製の少し軽量化されたフルプレートを身にまとっている。
他の2人の騎士は他の翼竜騎士と同様のフルプレートにフルアーメットだ。ワイバーンを降りるとその兜を外しそのモニカの脇に控えた。モニカよりも少し若い女性の様だ。恐らく近衛か何かだろう。
最初にスヴェンが臣下の礼を取りモニカを迎えた。モニカは早朝の出迎えを労うと周囲を見回す。真っ先にブリュンヴィンドを目にとめると、無意識だろう、満面の喜色を浮かべた。
しかしそこは王妹である。すぐに目の前に現れたウィリデに気付くと、その身分を察し挨拶を行う。
「ドルケン王国、先王ギュスターヴが4女、モニカに御座います。」
アデル達にしてみれば昨日聞いたものと全く同じ挨拶だ。どうやらモニカは先王の4女と自己紹介を行うのが通例の様である。
「遠路はるばるのご来訪、心より歓迎申し上げる。現在このイスタを預かっているウィリデ・ヴェイナンツです。以後お見知りおきを。」
ウィリデが右手を添え深目に頭を下げた。
「ヴェイナンツ?……もしかして皇国の“駆け落ち騎士団長”殿かしら?」
「「えっ!?」」
モニカの言葉にウィリデとフラムが同時に驚きの声を上げた。
「それは……昔の……お話です。飛んだお耳よごしを……」
困惑の表情でウィリデが答えると、モニカは柔らかな笑みを浮かべて言う。
「いえいえ。あなたの武勇は“色々”耳にしておりますよ。兄も若いころ憧れておりましたわ。」
「「ほほう。」」
こんどはアデルとネージュが同時に興味を持った声を上げる。“色々”に何が含まれているかを察し、興味深そうにモニカを見る。
モニカは一瞬だけ、恐らくアデルとネージュにしか意識させない様に一瞬視線をアンナを向けるとそれ以上は何も言わなかった。
(なるほど。)
(チッ。)
アデルとネージュはモニカの行動に声には出さず別々の感想を持った。
「この度、貴国の冒険者の協力を得ることになりまして……準備にこの駐屯地に参ったのですが……公式なご挨拶はまた今度とさせて頂いてもよろしいかしら?」
「話は聞いております。存分にご活用くださいませ。」
モニカとウィリデが笑顔で言葉を交わす。
「……挨拶(手合わせ)……」
ぼそりとネージュが言うとモニカが少し楽し気に笑う。
「ええ、出来るならぜひお願いしたいのですが、私が先では兄に小言を貰いそうですので、やはり後日改めてと言う事で。」
「後日兄が乗り込んで来るんですね。わかります。」
「ハハハ。」
ネージュの突っ込みにウィリデが困った様な愛想笑いをするとすぐに本題へと移る。
「アデル君。」
モニカがアデルに声を掛けるとアデルはすぐにブリュンヴィンドを呼び寄せた。
「あら……なるほど。」
呼ばれて軽く羽ばたいてアデルの脇に寄ってきたブリュンヴィンドにモニカが精霊語で挨拶をするとブリュンヴィンドはいつものように首をかしげて見せる。
誕生から丁度1年が経過し、ブリュンヴィンドの体躯はペガサスリーダーにも負けない体つきになってきている。顔もだいぶ精悍になっては来たが、この仕草は各方面に抜群の破壊力だ。モニカやフラム、そしてモニカの後ろに控えていた2名の女性騎士の表情も一瞬で緩む。
モニカは手甲を外し、素手でブリュンヴィンドの頭と肩を撫でると、一つ息を吐いてアデルを見る。
「こちらも、続きは後日にさせてもらいましょうか。お互い、あまり時間の余裕はなさそうですし。」
「……そうですね。では移動しましょう。立ち会うのはそちらのお二人ですか?」
アデルはモニカ後ろに控える騎士を示しながら確認をする。
「ええ。そちらは?」
「うちのパーティ全員、それに今回は寸評を頂きたく、ウィリデさんとフラムにも。」
『この忙しい時期に?』とモニカが口にしようとしたところでウィリデが先に頷いたのでモニカはわざわざ言う必要もないのだろうとその言葉を飲み込む。
「わかりました。ここで行うのですか?」
「いえ、もう少し東に移動してから……先導します。」
「わかりました。」
アデルが借りたワイバーンにウィリデを、オルタがブリュンヴィンドにフラムを乗せ東へと向かう。
5分ほど東へ向かったところでそれぞれを降ろし、模擬戦闘の条件を確認した。
参加はアデル、オルタ、アンナ、それに竜化したネージュとブリュンヴィンドの3騎 対 モニカと護衛2騎の3騎。騎獣への攻撃は行わず、騎手が一撃を加えられるか、大きく姿勢を崩されたら退場とする。
最初にネージュが竜化を行う。幻装リングを起動して幻を纏ったところでレザースーツをその場で脱ぐ。そして両手で腹を押さえると徐々に周囲の温度が下がって行き――程なくして光と共に白い竜の姿が現れる。
「「「おおお……」」」
竜化を初めて見るウィリデ、フラム、モニカらが思わず唸る。アデル達にしてみれば、暴発時を除くと必要となるこの数秒の間は何とかならないかと思うところだが、初見の彼らがそこまで気にするのは無理な話だ。
そしてそれはモニカらだけではない。モニカらの騎獣であるワイバーンも、初めて目にし、触れる“竜”の魔力に後ずさりをする。その様子を見てモニカは『やはり先に確認しておくのは必須でしたね。』と少し困った表情を浮かべた。
その後、早速先ほどの条件で1戦行われたが……
対地攻撃を主として訓練、実戦を重ねてきたモニカらにいきなり空中機動戦が出来る訳もなく、3分と持たずに勝敗は決まってしまった。
「スヴェンさんたちも最初はそうでしたし……そのうち慣れるとは思いますけどね。」
余程の自信はあったのだろうが、なすすべなく敗れ意気消沈する3人にアデルは苦笑して言葉を掛けた。モニカの口ぶりから多少は期待していたが、やはり彼女らにサポート以上の仕事を頼むのは無理の様だ。
「なるほどな……」
最初に口を開いたのはモニカだ。
「確かにこれでは、ベテランの翼竜騎士が何人いようと勝負にならんな……」
「本番はこれに光熱のブレスが飛んでくると思います。常にだれか一人は竜人の口元を警戒していないと危険でしょうね。前に相対した竜人はそれ以外にも爆発系の魔法を使っていましたし。」
アデルはモニカと同時にウィリデとフラムにも聞かせる様に言う。
「ネージュ、収束ブレスを一発、速度重視で頼む。」
アデルがネージュに指示をすると、ネージュは口を開き息を……空気と冷気を吸い込み口の中で圧縮する。
2秒ほど溜めこんだところで北方向、仰角45度程でその氷の円錐を吐き出した。
「他の竜人の光熱ブレスは今の物よりも速いです。口が光ったと思ったらすぐに防御魔法なり、回避行動なりで何とかしてもらわないと……もし厳しい様なら、隠れて精霊の配置や空気の壁を生成してもらうだけでも十分なのですが。」
竜人のブレスはネージュの物よりも速い。その分減衰も激しく、範囲も狭いのだがあちらは貫通するので厄介だ。他の竜人のブレスと比較・検証することが出来ればよいのだが、流石においそれとそんな機会があるわけもない。
「もう少し役に立てると思っていたが……わかった。支援に専念しよう。魔力、視覚の目くらまし、乱気流、空気の壁あたりか。」
こちらが素なのだろうか?お姫様口調から完全に軍人口調になったモニカが言う。
モニカは簡単に言うが、同じことをアンナにやれと言ってもすぐにはできないだろう。出来たとしても限定的な範囲にしか行えない筈だ。
「ええ。どれくらいの範囲に行けますか?」
「視野内……というのは無理だな。種類によるが、魔力拡散なら精霊の手を借りて2キロ程、空気を変質させ制御するのは……せいぜい300~500メートル程度になるだろう。」
「流石はドルケン一、思った以上の広さです。」
「相手の力が上回れば簡単に破られるかもしれん。油断――というか、過信はくれぐれもしないでくれ。」
「いえいえ、素通りできない見えない壁があちこちに発生するというのは結構な脅威ですよ。」
「……そうだな。ふふ。思いの他有意義な一戦になりそうだ。今後、空戦が増えるようなら大いに参考にさせてもらおう。……何としても――全員で生きて戻らねばな。」
モニカが柔らかな口調の中、鋭い眼光を周囲に向けた。
(やっぱり“戦闘狂だ……)
竜化していたため、ネージュの言葉は周囲に者には聞き取れなかった。
少々心苦しいのですが、世界設定の一部を変えようかと検討中です。
“分”の概念がないのが難しくなりまして、「概念はあるが、時計は超高級品」くらいの設定になると思いますがご了承ください。
今迄人物が“分”を扱ったことはない筈ですが、影響が出そうな過去部分は随時ご指摘いただけるとありがたいです。




