決定
「残念。グリフォン様はおられないのですね。」
会議室に1人の騎士が入ってくると、開口一番そう言った。
金属製の全身鎧、薄青の光を放つそれは、“聖騎士”の物とは違うが、間違いなく魔銀製のものだろう。
アデルは数秒間その騎士に見とれていた。ミスリルの鎧は間違いなく武具生産を得意とするドルケンの中でも屈指の職人が作った物だろう。翼竜騎士の戦力を最大限に引き出す工夫と先鋭的なデザインは、重すぎず、動きを阻害せずに、しかし矢や斬撃をしっかり逸らし防ぐ構造になっており、肩当てと剣の柄には豪華というよりは繊細でやはり技術力の高さを窺える装飾が施されている。
状況その他からして、間違いなくこの騎士が王妹殿下であらせられるのだろう。顔立ちは流石王女様と言った感じだろうか。はっきりとした目元と高めの鼻、整いすぎた美人であるが、表情なのか雰囲気なのか、姫様時のロゼールやミリアにはない柔和さを含み、人当たりの良さの中に気品も感じる。グスタフとは余り似ている気がしない。
ミスリルプレートを身に付けている為、身体のラインはわからないが、体躯は鎧のせいでやや大きく見えるのかもしれないが、アデルと同程度。即ち、多少(?)の年齢差を考えても、女性としては大柄であると言えそうだ。尤も、兄であるグスタフも体躯はアデルを一回り頑丈にしたという恵まれた体格であるのでそこは古くより伝わる血の影響もあるのだろう。
「あなたがアンジェリナですね。ドルケン先王、ギュスターブが4女、モニカです。当家と……王宮の者の所為で随分と辛い目に合せてしまった様で申し訳ありませんわ。」
モニカはアンナを見舞う様に眉を寄せ、目を閉じるとそう言いながら軽く頭を下げた。グスタフ王が最も信頼できる者と言うだけあって、そのあたりの事情は既に承知しているのだろう。
突然のことに、アデルもアンナもポカンとしてしまったが、意味に気づいて慌ててアンナが言葉を返す。
「とんでもありません。今はもう本当に大丈夫ですので。お気遣いなく。」
アンナが少々たどたどしいがそれっぽい返事を返すとモニカは柔らかく笑った。
グスタフの妹、ドルケンでも指折りの武人というからどの様な豪傑が現われるのかと思っていたアデルだが、モニカの柔かな物腰と丁寧な応対にアデルはこれぞまさに貴族女性かと言う感想を持った。
ネージュも途中までは同様の様で、思わず『へぇ……』という、いささか失礼な気もするが、裏表のない感嘆の声を漏らしている。
しかし。
しかしである。
「これで“戦闘狂”なんだ……」
ネージュさんの率直な感想に、モニカはにっこりと兄を見た。
「いや待て。俺は一言もそんな事は言っていないぞ。俺はこの機会にとお前の実力がはっきりと伝わるように紹介しただけで。」
「ふうん?」
モニカは少しわざとらしく口角を釣り上げグスタフに微笑んだ後、改めてネージュとアデルを見た。
「兄がイスタに遊びに行った時の話は何度か耳にしています。」
にっこりと笑う。眩しすぎる。今、間違いなく、兄がイスタに“遊びに行った”って明言したぞ?
実に仲のよろしい兄妹のようだ__多少棒読み気味の感想が浮かんだが、少なくとも信頼できると言うのは間違いなさそうである。
「では早速お話しを聞かせて頂いても?」
グスタフの許可を待たずにモニカは椅子に腰を下ろした。
まずグスタフが状況を説明する。
ビゲンの町を乗っ取った竜人と接触したこと。その竜人が魔力を見て、“不可視”の術を看破し超高速で接近してきたこと。その竜人はネージュを“珠無し”と捨てた母で、実力は彼の軍団の中でもトップクラスの者である事。戦闘狂な性格。
それを踏まえた上で、おびき出し、空中戦で撃破することが可能であるという見解。その際に、敵の攪乱と機動妨害にモニカの力が大いに役に立つであろうと言う事だ。
そして、本当に倒すことが出来たら竜人の処遇はアデル達に一任するが、代わりにヴィークマン領奪還の手柄はモニカのものとすることなのだ。
最後の部分にさらりとアデルの同意を得ていないことを混ぜる当たりグスタフも強かではある。アデルの方も最後の部分に若干の違和感は持ったが、実際に必要な部分は確約されているのであえて突っ込む事もない。
対してモニカは冷静だ。
「地方領とは言え、それなりの規模の領を1人で制圧した竜人を私ひとりで倒す事にするのですか?流石に無理があるかと。」
「優秀な冒険者を雇った、そなたの部隊が成果を上げたなどその辺りは適当に調整する。」
「……それなら最初から私の隊を派遣した方が良いのでは?」
「ネージュが竜化出来る事、標的がその親であることは極力表にしないという彼らの条件と、万一失敗した時にドルケンは直接関与していないというこちらの口実を作るにはこの方が良いのだ。」
「なるほど……そんな口実が通る相手とは思いませんが。」
「竜人相手の口実ではなく、我が軍の作戦の失敗ではないと言い張るための口実なんだがな……」
「……なるほど。確かに士気や他の領の者からの翼竜騎士団に対する信頼に影響しそうですしね。」
このあたりの政治的な事情はすぐに理解したようだ。
ヴィークマン領に関しては勿論放置はできないが、だからと言って小康状態を無理に破って翼竜騎士団に無駄な損害を広げ、さらに戦線を広げたとなれば軍の者にも他の領の民にも悪い影響を与えるだろう。逆に、奪還が上手くいったときに全てを外部に任せ、国が全く動かなかったというのも同様だ。
「私の役割は?」
「それは彼らに聞いてくれ。」
モニカが背景的な事情の話題から、すぐに今の自分の役割の話に切り替える。
アデルはまず竜人――シルビアの能力、視界に頼らず魔力を感知し動ける。飛行速度の速さ、竜化なしでのブレスを説明した後、相手攻撃死角を奪うドッグファイトの基本概念を伝える。
そして、魔力感知による視野の攪乱の為に風の精霊の非実体化配置、行動阻害の為の強い気流、或いは空気の壁の形成など風の精霊魔法によるサポートをお願いしたいと伝える。
モニカは話を一通り噛み砕き、飲み込んだ後、いくつか役に立てられそうな精霊魔法を習得していると話す。その上で2つ条件を付けたいと申し出る。
「この作戦が上手くいけば、ドルケンは損害を最小限に食い止められるという我が国にとっても願ってもない話なのだぞ?」
条件を付けたいと言ったところでグスタフがモニカを窘める様に言う。
「そんなに難しい条件はつけません。それに、簡単かつ必要なことですのよ。」
「…………」
全員が沈黙したのを、続きを促していると判断しモニカは言う。
「1つ。グリフォンに会わせる事。流石に乗せろとは言いません。」
どうやら王国の守護者たる神獣に会ってみたい様である。
「グルド山の群れの長ですか?それともうちの子?精霊魔法に長けているなら、群れの長とも話は出来るでしょうけど。」
「せっかくですので、どちらも。」
モニカは食い気味にそう答えた。
「あ、はい。では先にグルド山?一応、アンナを先行させて面会の可否は確認してからとさせてもらいますが。」
アデルが答えるとモニカの表情がぱっと明るくなる。そして――
「2つ目の条件は……あなた達と“模擬戦闘”をしたいわ。連携を取るにもあなた達の実力、動き、竜人の能力などを把握しておかないとね?」
モニカは先ほどグスタフに向けた者と同様の笑みをアデル達に向ける。
(あっ……やっぱり兄妹――そして本物のバトルマニア――もとい、武人の様だ。)
その笑顔にアデルはそう感じていた。
「なるほどな……」
モニカの言葉に頷き、意味深な笑みを浮かべたのは兄、グスタフだ。その表情を見てカールソン候がぎょっとした表情を見せる。
「モニカの言う事も尤もだ。だが今日はもう陽が落ちている。確かに我らの装備には暗視付与もされているが、あまり参考にはならんだろう。」
確かに、アデル達が到着した時点ですでに9割方夜に突っ込んでいる時間帯だった筈だ。それから会談で1時間弱、すでにそとは真っ暗だろう。
「ヴィークマン領の奪還に関して、君たちの成功の度合いに応じた奪還作戦を軍の方でもいくつか用意しておこうと思う。今日はゆっくり休んでおきなさい。」
確かに今からヴィークマン領を迂回して戻ろうとしたらかなり遅い時間になる。往復となればさらに厳しい。
「グルド山の方は?」
「作戦が上手くいき、全員無事に戻ってきてからで良いだろう。君たちのグリフォンには明日会わせてやってくれ。ダールの書状に返信と次の指示を用意しておく。恐らく、明日の早い時間に一度イスタに向かうことになるだろう。」
グスタフの言葉にモニカが異を唱えることはなかった。どうやらグルド山は今すぐでなくても良い様だ。それならば――
「でしたら、こちらもオルタらに話と準備をさせたいと思います。俺らだけ先にイスタに戻るというのは可能ですか?」
「……そうだな。モニカと、イスタに明るい者を一人、早朝に向かわせよう。ダールには先にそう伝えておいてくれ。」
「わかりました。直接の雇い主であるイスタの新しい代表にも伝え、明日の7時?8時くらいにはイスタの翼竜騎士団駐屯地に向かいます。」
「ふむ……わかった。そのようにしてくれ。」
グスタフが頷くと会談は終了、各々次の行動へと向かうことになった。
ヴィークマン領を避けアデル達がイスタに戻った時、時刻はすでに22時を回っていた。
通常なら次の行動は明日の朝とするところだが、今日明日、そして明後日はそうもいくまい。
アデルはネージュを先に屋敷に向かわせ、オルタらに事情を話しておくようにと指示して自らはアンナと共に翼竜騎士団のイスタ駐屯地へと向かう。
部隊長のスヴェン・ダールにグスタフ王からの連絡として、明日早朝、モニカが王からの書状と密命を持ってイスタに来た後、模擬戦闘を行うから準備しておくようにと伝える。
スヴェンは一瞬、ぎょっとした表情を浮かべたが、すぐに取り繕い頷いた。国王兄妹の突発的な行動はそれほど珍しいものでもないのだろうか。
スヴェンが密命?について何か聞いているかとアデルに尋ねると、アデルは『非公式にビゲンの竜人を釣り出して排除する作戦』と伝えると、険しい表情で『なるほど。』と呟き、すぐに次の行動へと移った。
アデル達も同様だ。すぐに市庁舎へ向かうとウィリデとの面会を求める。
元々戻ったら知らせると言ってあったのでいつもの会議室にはすぐに通された。しかし、ウィリデは色々忙しいらしく、会議室に現れたのはフラムだけである。
「ウィリデさんは流石に忙しいか。てか、フラムも庁舎に詰めてるんだ……」
「直属らしい直属が私しかいないからね。『10分以内に時間を取るから報告内容を先に纏めておいて。』だそうよ。」
「あー大した報告は……なくはないか。うーん。とりあえず、明日、ドルケン王国の王妹殿下がやって来る。非公式の共同作戦で、ドルケン東部領を単身で制圧したという竜人の排除に向かうことになった。その辺りにいろんな事情が絡むんだが、その辺りはウィリデさんがくるならその時でいいかな?」
「竜人の排除って……簡単に言うけど、相手は竜玉持ちの本物の竜人よね?」
「本物のって言われると、うちのが紛い物の様な言われようだが、まあそうなるか。アイツも色々“竜人”枠としてはおかしいしな。その一部がはっきりする可能性もある。」
フラムとしてはネージュを蔑んだつもりはないが、確かにそう取れる言葉だったと少し反省する。自分も“人間”と比較されて同じようなことを言われ不快というよりも悲しくなった覚えがあった。本人がいなかったのは幸いといえば幸いか。それと同時に、ネージュを“うちの”と一言で表したアデルに何となく寂しいものを感じた。
程なくしてウィリデがやって来ると、アデルはすぐに事情を説明した。
ヴィークマン領の様子。竜人に制圧されているながらも、領内に他の蛮族の姿はなく最低限の市民生活は維持されている様子。
次に竜人と接触した様子。“不可視”をもろともせず、それどころか1キロメートルは離れていたネージュの魔力を感知して超高速で接近し接触してきた様子。
氷竜と接触したことがある様だが、それとネージュを結びつけることはなかった。しかし、後になってネージュがその竜人が母親であり、蛮族勢の中でも指折りの実力の持ち主であると告白した話。
話を一通り黙って聞くつもりだったウィリデも流石にここは口を挟んだ。
「母親?間違いないのか?」
「様子からして間違いなさそうです。」
「……そのネージュ本人は?」
「それに関して、明日早朝、ドルケンの王妹、モニカ様と非公式の排除作戦を行うことになりまして。先にそちらの話を。ネージュは先にオルタ達に事情を話しに向かわせました。」
「王妹殿下?また勝手なことを……」
「その辺は……はい。すいません。グスタフ王にうまく乗せられた気がしなくもないですが、俺達にとっても重要でそれなりの見返りのある話でしたので。」
「詳しく聞こう。」
アデルはウィリデに付けられた条件と作戦を大雑把に説明した。
コローナ、ドルケン双方の軍とは表面上無関係の体で“竜人排除”作戦を行う事。アデル達は竜人排除の中心となる代わりに、竜人の身柄についての一切の裁量を持つこと。ネージュの希望としては、一応の話し合いを経て、殺さざるを得ないかどうか決めると言っていること。
モニカ殿下には、精霊魔法によるサポートを行ってもらうこと。ただ作戦前に相互の実力確認と、竜化した竜人の動きを見るために模擬戦闘を行う事だ。
「勝算はあるのか?」
「それなりに。しかしチャンスは1度限りだろうと。」
「……わかった。両軍と無関係にと言うならこれ以上他領のことに口を出す訳にもいかんが……挨拶は必要だろうか?」
「こちらの状況も伝えてあります。それを踏まえての“急襲作戦”になりましたしね。ただまあ、もしなんとか時間が取れるならウィリデさんやフラムにも見ておいてもらいたいという気はします。」
「模擬戦をか?」
「はい。竜人の動き――としては少々特殊ですが。や、翼竜騎士の動き、王妹殿下の実力等ですね。即席でも何かしら指導なりアドバイスなり貰えるなら有り難いですし。」
「……わかった。午前中――いや、9時ごろまでが限界だろうな。それまでは俺やフラムなしでも回せるように手配しておく。一応、翼竜騎士の駐屯地にくるなら、公式訪問ということで構わないのだろう?」
「構わないと思います?」
ウィリデの言葉にアデルは少し疑問形で答える。
ウィリデの頭の中は今回の東部防衛の中で使えるモノは何でも利用したいとすでに別の計算を始めているのだが、流石にアデルやフラムには悟らせない。
「分かった。明日の早朝、翼竜騎士団の所にお邪魔しよう。」
「お願いします。」
こうしてアデルらにとって運命的な決戦が突発的に決定したのである。それは辺境で行われる小さな戦闘であるが、その後の大陸の運命の輪というギアがどの速度に設定されるかを決める重要な歯車の一つであった。




