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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
232/373

 夕焼けを背に、アデルは西側からヴィークマン伯の領都を観察していた。

 都市には蛮族や妖魔の姿はなく、まばらながらも人影が町の中を行き来しているのが見える。

 現在、アデル達は3人とも“不可視”の効果を維持するため、一切の会話は行っていない。

 中途半端に接触し、干渉と言う形で術が解けない様にアンナは単独で飛行している。その姿は見えないが、気配や微風からほとんど離れていない位置を飛行している筈だ。

 アデルとネージュは出発前に打合わせし、ヴィークマンの領の西で短時間、一度ホバリングして静止し、その後針路をやや南に変え、ヴィークマンの領を一旦離れる形で移動する様に申し合わせていた。

 3分程度だろうか。単純な観察をするだけなら十分と判断したネージュが南へ針路を向けて飛行を再開した時だ。

 ヴィークマンの居城から強烈な気配が一つ、上がってきたことに気づく。

 今回、“何か”と交戦するつもりはない。それぞれがお互いの姿を“視認”できないのを確認するとネージュは高度を速度に変換しつつ一気にその場を離れようとした。


 しかし――である。

 こちらが城から一気に離れる気配を察したのか、その巨大な気配もぐんぐん加速を始め、見えていない筈なのに真直ぐこちらに加速してくる。


 恐ろしく速い。竜人だ。

 まだ距離があるため詳細はわからないが、少なくとも腕は2本あるように見える。


 向こうは明らかにこちらが“見えて”いる様で、明らかに牽制するようなルートでこちらに接近してくる。

 奇襲にならない奇襲を一応は警戒しているのだろう。竜人はアデル達の側面30メートル程の距離に来たところで声を掛けてきた。以前一度相対した隻腕の赤髪の男ではない。メイド姿のティアを髪を思わせる、輝く銀糸。そんな髪を持つ女性の竜人だ。

「止まれ。見えている。」

「げっ!?」

 竜人の言葉に、ネージュが竜体で有る筈なのに明らかにそう聞き取れる声の様な音を上げる。発声と同時に不可視の術が解け、ネージュの白い竜体がそれぞれの視界に現われる。

「ほほう……あの時の氷竜……いや、別の個体か?」

 竜人がネージュに対し、敵意ではなく興味を示した。ネージュはホバリングしたまま動けないでいる。

(『あの時の氷竜』?)

 その言葉にアデルも興味を持った。竜人が知っている氷竜はまた別のものであると竜人の言葉から取れるが、ネージュを見てすぐに氷竜と判断したのだ。それは逆に言えば、竜人と認識していないともいえる。


 仕方なくアデルは周囲の2人にしか聞こえない音量で声を発する。

「アンナはそのまま。合図があったらアレに強風を叩きつけてネージュに飛び乗れ。ネージュは拡散型のブレスと同時に一気に離脱だ。」

 アデルの姿が発声とともに現れる。

「なぬ!?竜騎士……?いや、違うか。……翼竜騎士でもないな。今この周囲一帯は私が治めている。無断通過は許さんと伝えた筈だが?」

 おそらくドルケンの翼竜騎士団に伝えた言葉なのだろう。

「こっちはコローナの冒険者だが、そんな話は一切聞いていない。」

 スヴェンから聞いているが敢えて知らないふりをする。今回、ワイバーンによる移動を避けた理由の一つだ。

「コローナだと?ほう。コローナの者が何故ここにいる?」

「エストリア東部の部隊が本格的に動き出したんで、連携の確認にいくところなんだが……」

 竜人の反応を見る。

「そんなもの。私が許すとでも思うたか?」

「デスヨネー。領都に入るつもり入るつもりはなかったんだが――こちらも“今”あんたと遣りあう気はないんだ。失礼する。行け!」

 アデルの合図と共にネージュがこっそりと溜めこんでいた息に魔力を込める。最初からそのつもりで溜めた息ではないので、威力は大きく下がるが、目くらましと牽制には十分な冷気だ。

 ネージュがそれを放つと同時に、アンナが竜人の周囲に旋風を巻き起こす。

「もう1人!?」

 どうやらアンナも認識してはいなかった様だ。アンナの出現に一瞬竜人の動きが止まる。しかしアンナの起こした旋風が速度を増し、同時にネージュの拡散氷片ブレスと混ざり合うと、さながら氷の竜巻となって竜人に襲い掛かる。

 しかし、竜人が驚いたのはアンナが出現した一瞬のみで、その後は全く動ずる様子はない。

「ほほう。」

 とだけ呟き口角を少し持ちあげると、大きく息を吸い込む。その息に光が収束すると口の中に小さな光球が現われる。

「竜化なしで撃てるんかよ!?」

 アデルはわざと驚いて見せつつ、アンナがネージュにしがみついたのを確認してネージュ右肩を強く蹴る。

 ネージュが一気に高度を下げて加速した所でアンナが低空に激しい風を呼び寄せさらに速度を上げる。

 どうやら追い掛けてくる気配はない。アデルらは最大の奥の手とも言える“氷竜”の存在を知られながらも、逆に十分に見合う情報を得た。

 “不可視の術が通用しない。”

 恐らくは魔力が見えているのだろう。ネージュにのみ反応し、姿を見せるまでアデルやアンナに気づくそぶりはなかった。もしかしたら、魔力量的にアデルとアンナは取るに足らないと認識されていただけかもしれないが……それならアンナにもう1人と驚くことも無かった筈だ。

 どちらにしろ“不可視”の魔法が機能しない。そして1キロメートル近く離れていたにもかかわらず、感知し剰え追いついてくる。

 間違いなく今まで彼らが相対した中で最大級の脅威だ。

 しかし、その竜人に関してはそれだけではなかった。

 アデルが更に頭を悩ませることになるのはドルンについてからである。



 竜人からなんとか逃げおおせたアデル達はその後ヴィークマン領を避けてドルンへと到着した。空はすでに淡い紫色から濃紺に覆い尽くされようかと言う時間だ。東へ向かったのだから若干の時差もあるのかもしれないが、時差と言う明確な概念はまだテラリア大陸には存在しない。


 ドルケンの者なら翼竜と氷竜の違いはすぐに分かるかもしれないと懸念し、再度不可視の魔法を掛け直してドルンの裏手まで移動した後、着陸して徒歩で町に入る。

 すぐに王城へと向かい、スヴェンからの書状を提示しまずはベックマンへと目通りを願ったが、生憎ベックマンは北東防衛に向かっており不在だと言う。

 仕方なく、代わりにコローナとの連携について話ができる人との会談を頼むと、程なく見覚えのある会議室へと通された。

 もしかしたら……と思ったら、やはりもしかした人が現われた。

 国王グスタフ、それに国務卿マルク・カールソン侯爵だ。

 門兵に用件を伝え、スヴェンの書状を先に渡したため、グスタフらも事態とアデル達の目的は既に把握している。グスタフは挨拶等をすっ飛ばしすぐにアデルに発言を求めた。

 まずは事態の共有・すり合わせだ。

 蛮族軍のエストリア進軍、フィンの宣戦布告、連邦の内乱、そしてドルケンの内乱というか竜人による電撃侵攻についてである。

 このうち、グスタフが承知していないのはフィンの宣戦布告のみで、ドルケンに直接関わって来そうな他の案件は既にそれなりに知っている様であった。

 ヴィークマン領についてはカールソンから説明があった。

 概ねスヴェンからほんのりと聞いていた通りの様だ。ヴィークマンらを焚き付けつつ梯子を外し孤立化させる。そこまでは良かったのだが、想定外だったのは竜人が単騎でヴィークマンの居城を襲い、制圧し、驚くことに単独で町を“掌握”していることだと言う。

 その後派遣した翼竜騎士が竜人によって撃墜され、1人だけ生かされた戻されたという話もスヴェンの言う通りだ。この辺りはかなり正確にイスタへと伝わっていることが覗える。

 騎士が持ち帰った竜人の言葉が、ヴィークマン領の領土・領空の支配下宣言だ。今後、無断の侵入は見つけ次第殲滅する。というものだったそうだ。


 そこでまずアデルは今見てきたヴィークマン領の様子を伝える。

 町の中には蛮族・妖魔の姿はなく、まばらながらも人間の姿を確認できたというものだ。


 そこにカールソンが1つの説明と2つの質問をアデルにした。

 まずは説明だが、町の出入りは厳しく管理されているが、生活自体はそれまでと同様に保証されているというものだ。元々中央へ噛みついた辺りから領内――ヴィークマンの領都内の物資は徐々に減少している為、幸か不幸か極端な混乱は避けられている様だという伝聞だった。

 しかし、竜人が単体で町の活動を維持させているのは青天の霹靂、驚くしかないと言う。実際その通りだろう。単身で領主を恐らくは力で従え、その下の者たちを使役し管理しているのだから。勿論、町を逃げ出そうとする者は徹底して対処しているのだろう。でなければ今頃町の人間どころか兵士すら残っているか怪しいところだ。


 対して質問の方は無断侵入をしながらも無事にドルンへ到着できたことが一つ、竜人の反応の詳細がもう一つだ。

 今度はアデルが説明する。

 領都を西から観察していた為、ドルケンの翼竜騎士団を警戒していたなら西は手薄になっていたのだろうという説明し、実演込みで不可視の魔法を見せ、これなら普通の警備兵ではこちらに気づくのは無理だろうと答える。

 しかし、結局は竜人に見つかったため、急いで逃げてきたと伝える。

 それにグスタフが反応する。

「襲われなかったのか?それとも――」

「不可視状態で1キロ近く離れた位置にいたのですが、感知されたのですぐに逃げようとしました。しかし、あっという間に追いつかれて――

 こちらの素性がわからなかったのでしょう。いきなり襲い掛かってくるということはありませんでした。ある程度の距離から静止命令、その後不可視を解くと、二言三言問答があって、結局その後戦闘になる恐れが出てきたので、目くらましと風の精霊の助力で何とか離脱してきました。」

「問答?」

「一応、こちらはコローナの冒険者で翼竜騎士団の者ではないので、『そんな警告は聞いていない』としてきました。その時、ネージュは竜化していまして……そのネージュを一目見て“氷竜”と。警戒よりも先に興味を持った様子でしたので。」

 そうアデルが説明しようとしたところでネージュが割り込む。

「アレね。多分、きっと、大変遺憾ながら間違いない。」

 随分と遠回しと言うか微妙な言い方に全員が疑問符を浮かべつつネージュを注視する。

 そして次の言葉に、カールソンを除く全員が耳を疑い、聞き返し、最終的に頭を抱えた。


「名前はシルビア。便宜上私の親。実力は軍団内でもトップクラス。正面からやりあったら私じゃどうにもならないし、地上を巻き込んだカンセロやオーヴェのアレより酷いことになると思う。」

 いつかこんなことになる可能性だけはアデルもずっと認識していた。

 ネージュの親。上位の竜人。それと相対する事態。出来れば避けたいと願っていつつも、コローナの東部にいる以上何らかの形で関わることになる事態である。

 グスタフが険しい表情で呟く。

「仮にそうだったとして……どうしたい?」

 その言葉はアデルではなく、ネージュへと向けられた。


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