薄暮
ウィリデを連れ自宅に戻ったアデルはブリュンヴィンドをルーナに預け、オルタに確認を取る。
ネージュ達はまだ戻っていない様だ。アデルはネージュ達が戻り次第、市庁舎へ向かわせるように伝えるとウィリデと共に市庁舎に入った。
先ほどの会議室ではスヴェン以外の先ほどの面子が地図を広げながら額を突き合わせていた。
彼らはウィリデの到着に気づくと、礼を取り挨拶を行おうとしたが、ウィリデはそれを遮ると、まずは名前と役職のみの簡単な自己紹介をさせ、すぐに現在ある詳細な情報を求めた。
助役が再度となる現状の説明を行う。第1報が届いた後、どうやらこの2時間の間にアップデートされた情報はないようだ。恐らくネージュらが持ち帰る情報がイスタに齎される第2報になりそうである。
エストリアの状況、イスタの部隊の状況、それにドルケン西部の様子。
本当にドルケン西部が竜人の手に落ちているとなれば、イスタの部隊も単純にエストリアへの援護に向かえば良いと言う話ではない。ウィリデはすぐにイスタ駐在の翼竜騎士団の隊長か副官を呼ぶように指示をすると、程なくしてスヴェンが戻ってきた。
流石に他国の上級武官、今度は簡素ながらもそれなりの挨拶を済ませるとスヴェンに懸念を伝え、すぐに話を聞く。
こちらも情報の更新は行われていない様子だ。ウィリデは制圧されたという領の状況、ドルケン西部の貴族や軍の配置、道路、そして空路を含む連絡路の確認を行うと結局はネージュの戻りを待つしかなくなった。
その後間もなく、連邦の内乱の報がイスタにも届く。ウィリデはこのタイミングでの内乱に疑問と警戒感を覚えたが詳細な話は全くは入ってこない。また、現時点でそちらの情報収集に乗り出す余裕もなく、まずは北東部とドルケン西部に集中すべく頭を切り替える。
結局ネージュ達が戻り会議室に来るまで長い2時間が経過することになる。
ウィリデはその間も、中央に対する情報や指示の取次等の確認を行うなどしていたが事態は動かない。
アデルが、ネージュらの到着について距離と比べると少々遅いな。と若干心配になった辺りでネージュとアンナがようやく会議室に現われた。
都市の、地域の防衛を取りまとめているという部屋にはいささか不釣合いとも取れる年端の少女二人の到着に会議室は待ちわびたと言わんばかりの勢いで状況の報告を促した。
最初にアデルが『少し時間が掛かったか?』と心配気に言うと、どうやら暁亭のアリオンやラウル等と情報の交換も行ってきたようだ。
彼らの所には南部、フィンの宣戦布告に関しての報が伝えられていなかったらしく、そちらを伝えると南西部出身のラウル達がたちまち険しい顔になったと言う。
とにかく報告である。
エストリアに向けて進軍している敵はゴブリンやオーク、オーガと言った彼等には定番と言える妖魔衆7~8千、それに200程のケンタウロス大隊1つに巨人が5体に竜人が1体。
そこでネージュがアデルをチラッと見るが、アデルはその意味が解らずに続きを促した。
どうやら率いている竜人はネージュの知る顔だったようだ。
ネージュの父の愛人、ネージュに対する迫害を主導的に行ってきた者のようだ。その説明にまずはウィリデとフラムが眉を顰める。
ネージュを気遣ったのだろう。しかしそれも一瞬だ。
「7~8千?1万と聞いていたが……」
「一々数えた訳じゃないけど、だいたいそれくらい。どちらにしろエストリアの軍の倍くらい。まあ、大半が妖魔みたいだけど。」
ネージュやウィリデから見れば、妖魔の100や200物の数ではないのだろうが、経験のない、或いは浅い、訓練のみで前線に付く兵士たちではそうはいかない。
おそらくは、ゴブリン相手なら、3:1、オークになると、1:2、オーガクラスになると1:8くらいのキルレシオになるだろう。
巨人・竜人ともなれば熟練の将兵、或いは高ランクの冒険者でも単隊で相手を出来る者はかなり少なくなる筈だ。それに遠距離支援のケンタウロスの大隊が付随しているとなると防衛とは言え相当厳しいものになると予想される。
急がせてはいるが、元第2旅団の部隊の到着は夜遅くから未明、そこから丸1日休ませたとしてまともに動かせるのは明後日以降となるだろう。
ネージュの見立てでは敵軍先頭の到着は明日夜、明後日にかけて本格的な衝突になるだろうという話だ。王都からの本格的な援軍の到着はそれより遅くなるだろう。つまりは、エストリアとイスタの軍で2~3日は防衛をしなければならなくなる。
ウィリデやヴィクトルの隊は恐らく明後日の昼過ぎ辺りに敵本隊側面を叩くことになりそうだ。
ウィリデは文官ばかりの会議室で、エストリアの国軍、領兵、冒険者らの指揮系統の確認や増援の管理がどうなるのか等の基本的なことの確認を急ぐように命じると、アデル達には今後の方針を質した。
アデルは少し思案した後、まずはヴィークマン領の偵察と、ドルンへの繋ぎを取るとし、スヴェンに詳細を求めた。
スヴェン曰く、竜人は1体でヴィークマンの居城を襲撃、ヴィークマンを従えた後は都市を封鎖し人の出入りを制限し、またヴィークマン領の陸と空の他者の往来を禁じたそうだ。
「空も?」
アデルの問いに、スヴェンは厳しい表情で答える。
偵察に向かった翼竜騎士1小隊が竜人によって迎撃され、ベテラン4騎が撃墜され死亡、わざと新人の1騎を生かし、その旨を伝える様に言いつけドルンに追い返したと答えた。その後、翼竜騎士団は国王か軍務卿の指示がない限りヴィークマン領に接近するのを取り止めているとのことだ。そのため、イスタへと入ってくる情報も遅れているらしい。
まずは竜人の出方を観察したいのと、兎にも角にも北東の敵部隊を追い返すのに全力であたっているらしいが、この情報は今朝の時点で齎された物であり、今はどう変化しているかわからないとのことだ。
「わかりました。とりあえず“不可視”をかけて、領都に近づきすぎない様に偵察した後、大人しくドルンへ向かってあちらと情報交換をしてみましょう。」
これがアデルの結論だった。スヴェンにこちらの状況を纏めて一筆書いてもらい、それをドルン王城へ届ける。
ウィリデはそれを了承すると、スヴェンはすぐに書類の作成へと取り掛かった。
アデルはアンナに、それをオルタやルーナに伝えてくるように頼むと、自らも準備に掛かる。
スヴェンが書類とともにワイバーンの用意するかと尋ねたが、アデルは今回はそれを断った。
何かあった際に、一度交戦して警告を受けている翼竜騎士団とは別という体裁を取るためである。
準備が整うと、アデルはブリュンヴィンドと共にイスタ東門を抜けて暫く東進し、そこで竜化したネージュに乗り換えてブリュンヴィンドに留守を託し屋敷へと戻す。今のブリュンヴィンドなら、騎手なしでも単独で何度か行き来した場所との往復くらいは可能だ。
アデルはネージュとアンナに方針を伝え、アンナの不可視の魔法を受けると無言で離陸し加速する。
東からやってくる暗き夜に向かって。




