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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
230/373

薄明

2021.5.11 大幅改稿

テラリア情勢に関して、初稿が初期段階の設定をベースにで書かれていたため、一部修正しました。


混乱やネタバレにつながる恐れがあるので、修正箇所は後書きに記してあります。

読み直しになる方はそちらを参照してください。

 テラリア歴449年3月15日。テラリア大陸は情勢が一変した。

 それはアデル達がイスタに戻ってまだ3日後の話である。実質的な領主である筈のウィリデがまだイスタに到着していない日だった。


 まずはテラリア大陸中央部――グルド山を中心としたドルケン、テラリア、コローナ、そして魔の森とオーレリア連邦南部諸国の状況からだ。


 3月15日未明、最初に動いたのは魔の森に陣取る竜人を筆頭とした蛮族勢力だ。

 蛮族勢力が東西向けて同時に大規模侵攻を開始した。


 魔の森西端、コローナ国エストリア領東部の蛮族拠点からも多数の妖魔や亜人が西へ、エストリアへと行軍を開始した。その数はおよそ1万。その拠点――コローナでは蛮族軍東部北拠点と呼称されている――は常に人族により監視がなされており、その情報は瞬く間にイスタ、そして王都へと伝わった。

 しかし現在、コローナ王都では軍に大して権限を持つ主要な者達は出払っている。

 元帥であるジェラルダン・ユーグ・アランはコローナ南部シュッドから動かず、クロヴィス・バルヴェ大将は新設のグラン解放軍を編成しグランに出向いている。同時に現在コローナで絶対的な力を持ちつつあると言われる王太子レオナールやその弟妹数名もグラン、カンセロに入った状態のままだ。


『東部北拠点動く。』の報に、コローナ王国軍務大臣であるアーサー・アルテ・シルヴェストルは早馬を全速力でグランにいる王太子らに向かわせると同時に、中将や参謀らを招集した。

 届いた報によれば敵兵数は1万、そのうちの大半はゴブリンやオークと言った妖魔であるようだが、中にはケンタウロスの中隊およそ300や、巨人族5体、そして竜人が最低1体はいるという報である。

 対して、最前線となるであろうエストリアの防衛戦力は国軍、領兵で3000、冒険者や退役軍人、予備役らを掻き集めても4000に届くかどうかという数だ。

 アーサーらは、王都や西方面からの応援の数をどうするか相談していたところに別の報が届く。

 ドルケン東部で燻っていた中、ついに蜂起した一部領主の領土を竜人が電撃的に支配したという知らせだ。元々ドルケンは主力部隊を北東部に集結させ、侵攻してくる蛮族軍と戦っていたという話だが、その隙に北西部を丸々盗まれた形となった。それは即ち、コローナとドルケンの連絡、共闘体制に大きな支障を来す事を意味した。

 アーサーは伝令にすぐにイスタに駐留しているドルケンの部隊に確認し、対応を質せと怒鳴りつけた。

 それから数時間、エストリアには王都から3000、イスタから1000程を回す方針を固め手続きに入ろうとした所に別の報が届く。


 南方、フィン王国がグラン領での戦闘により敵対は明白となったとしてコローナ王国に対し宣戦を布告し、コローナ南西部に向けてフィン軍数万が北上を開始したと言う。

 こちらはある程度は織り込み済みであったがタイミングが悪い。アーサーは速やかに南部シュッドに駐留しているアラン元帥に警戒態勢に入るように伝令を向かわせる。尤も、その為に派遣していた部隊だ。元帥にも情報は届いているだろうが、東部の蛮族軍に対応するため王都から十分な補充・補給は出来ない可能性があることを伝える様に付け加える。



 激変はまだ終わらない。

 昼過ぎには大陸中央、テラリア皇国で皇帝が倒れ、皇太子であったアードリアン・ガブリエル・テラリアが皇国の実権が移ったという報が飛び込んで来る。


 元々コローナ王宮でも現――いや、先帝というべきか。である。オットー・オイヴァ・テラリア帝の寿命が残り少ないという情報は掴んでいた。

 後継は肩書通り、穏健保守派の第1皇子、アードリアン・ガブリエル・テラリアであったが、実際に何かがあれば他の継承権保有者も動きを見せると目されていた。

 しかし、実務能力的には革新派の後継の最有力候補と言われていた第1皇女、アンシェラ・ヒルダ・テラリアは昨年夏ごろから消息を絶っており、政争どころか謀略に敗れたのではないかと噂まである。尤もコローナ王宮に於いてアンシェラ皇女は蛮族軍の矛先をテラリアへ向けた疫病神とされており、穏健保守のアードリアンが継ぐのがコローナには有益だと考えられていた。しかしそのアードリアンは後を継ぐと突然に他の継承権者に牙を剝き、各方面の想定以上の強権を以て大きく方針転換し始めているとの情報であった。

 しかし、アーサーはこの件に関しての情報収集や対策等は国務大臣であるアリソン・ジャン・ポートリエ侯爵へ丸投げするように指示をした。とにかくコローナの領土防衛に全力を尽くすためだ。


 そして昼下がり――夕前には更に刺激的な情報が飛び込んで来る。

 今度はオーレリア連邦の青国が突如、同連邦内の黄国と赤国に攻め入ったという報であった。連邦とは赤、白国と国境を巡り争っており、先日コローナ北部の貴族たちの軍が白国主要都市に対し焼き討ちを行った上に壊滅したという話があった。

 現在、連邦の対外窓口となっている黄国と捕虜交換に関して交渉中だった筈だが、そちらにも間違いなく大きな影響を齎すだろう。場合によっては遠征に参加していた北部貴族の一部がコローナに戻ってこれなくなる可能性もある。そうなれば、北部の貴族領の再編にも重大な弊害を齎すだろう。しかしこちらは新しく次の北部辺境伯に陞爵が内定しているエルランジェ伯が当たっていた筈だ。とりあえずこちらも彼に任せるしかない。


 軍務卿は大きく息を吐いて頭を整理すると、配下に可及的速やかに正確な情報の収集と高級胃薬、そして眠気覚ましの濃いめのコーヒーを要求した。



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 蛮族軍動く。アデルが最初にその報に触れたのは昼前だった。

 午前の鍛練を終え、昼食前にぬるま湯で軽く汗を流そうと思っていたところに、カミーユ駐在時代に顔なじみとなっていた役人が久しぶりに訪ねてきたのである。

 イスタの軍務がイベール・ジーン体制になってからは1度も顔を合すことがなかったが、そのイベールとジーンは既にグランに入っている。そして後任のウィリデもまだ到着していない。イスタ防衛に関してはほぼ空白となる状況下、冒険者ギルドの推薦という形でアデルに話をする様にと言われたらしい。

 フラムと共に連れて行かれたのは数か月ぶりとなるイスタ市庁舎の会議室。

 そこに集まっていたのは、市の行政担当の役人と軍支援関係の役人、それに冒険者ギルドイスタ支部の長、そしてドルケン翼竜騎士団のイスタ駐留部隊のスヴェン・ダール隊長、それにアデル達と同様に協力を求められたディアスとソフィーだ。

「……え?これだけ?」

「今現在、見事なまでの空白状態でな。」

 きょとんとしたアデルにギルド長が声を掛けた。

「ヴェイナンツ卿の到着は明日と聞いている。しかし、事態が事態の為、防衛関係者としてギルド長にもお越しいただいた。」

 そう言うのは軍支援関係の役人だ。軍支援関係と言うのは、イスタ駐留の国軍や領兵、そして在イスタ翼竜騎士団に必要な物資や土地、交渉等をサポートする部署である。こちらはカミーユが在任時代に何度か顔を合わせた事もある。

「うん。わかった。とりあえずウィリデさんだけでも拉致してくる。取り急ぎ概要だけ聞かせて下さい。」

『ウィリデをすぐに連れてくる。』現実的に今それが最速で出来るのは間違いなくアデルだろう。そのアデルに行政担当の役人――おそらく町の助役に近い者なのだろう、が概要を話す。

 事前に良く纏めてあったのだろうその役人は必要な情報だけをアデル達に渡した。


 エストリア北東部の蛮族軍北拠点から10000の軍が西進を始めた事、ドルケン北西部の一部地方領が竜人によって電撃的に制圧された事。こちらは後でスヴェンから説明があるそうだ。

 続いてフィンの対コローナへの宣戦布告と軍の北上である。この時点で連邦の内乱はまだイスタには届いていない。

 こちらについては最初に敵軍とぶつかるであろう場所としてシュッド南部や南西部があげられた。

 それを聞いた瞬間、アデルは旧第1旅団が全く動かなかった事情を察した。

 フィンへの牽制と同時に、こうなることをある程度予測していたのだろう。ここまで事態が重なるかどうかは別として。

 とりあえず行政官からの話はそこまで。ついでスヴェンがドルケンの情報を開示する。

 数日前からヴィークマンとその寄り子である子爵家が実力行使で中央に対し圧力を掛けて来たがそれは織り込み済みであった。しかしそれから数日後のタイミング、即ち昨日、そのヴィークマン領に竜人が単騎で強襲し、瞬く間に城とヴィークマン本人を従えたそうだ。

 現在、ドルケン――中央のドルンからの情報が遮断されたとまでは言わないが、ヴィークマンら2領を迂回するため大幅な遅延は有り得るという。

 アデルはそこまで聞いたところですぐにウィリデの所へ向かうと伝え、会議室を飛び出した。



 自宅へ戻ったアデルはすぐに全員を集め今聞いてきた状況を説明した。

 まずは自分がブリュンヴィンドと共にウィリデを迎えに行くとし、ネージュにエストリア、アンナにドルケン――いや、アンナもネージュの偵察に同行する様に指示をする。もしエストリアに入る場合は、姿、少なくとも翼は見せないように配慮する様に付け加える。尤も、現在エストリアにいる知人はアリオンとレナルト、それにラウルらくらいだろうから無理に入る必要はない。

 オルタには出征のための準備を進めておくように頼んだ。

 一応、まだウィリデが雇い主であり、そのウィリデがイスタ防衛に当たるとなれば何かしらの出撃は有り得るだろう。

 ユナとルーナが自分の役割を求めたが、まずはオルタの手伝いを指示する。

『ティアは……兎にも角にも体力づくりだな。』と言うと、ティアは予想通りに渋い表情を浮かべた。

 前線に連れてく気はないが、イスタからの移動は余儀なくされるかも知れないのだ。その場合に馬が手配できる保証はない。

 アデルらは手分けし、すぐに行動に移った。

 

 

 まずはウィリデだ。

 アデルはブリュンヴィンドを全力で飛行させ、撤収してくる元第2旅団の姿を探す。


 国境の少し手前、つまりはコローナに戻って間もない所でその集団を見かけると、真直ぐにブリュンヴィンドを降下させる。

 現在コローナにいるグリフォンはブリュンヴィンドだけだ。

 少なくとも元第2旅団ならその事は周知している。ブリュンヴィンドとアデルはカンセロ攻略にもその後の撤退戦にも参加しており、誰に止められることもなくウィリデの傍に着陸することが出来た。


「何だと……!?」

 アデルから状況を伝えるとウィリデはまず一度自分の耳を疑った。

 しかしその表情は驚嘆ではなく、険しい疑念の表情だった。

「このタイミングで一度に――1日にあちらこちらそんなに重なるものか。」

 直感的に何かしらの作為を感じたのだろう。東西南北、各々別の勢力である。しかし、現実は一つであり変わらない。

 流動的どころか、もはや垂直落下的なこの状況下、すべての情報が正しく伝わってきているかはかなり怪しいところであるが、悠長にしている訳にはいかないことも間違いない。

 ウィリデは伝令兵に素早く全軍に事態を伝達する様に指示をすると、ラグを呼び、イスタまで軍を取りまとめ、夜の移動も辞さずに急がせるように“指示”を出す。第2旅団が解散された今、軍的にも爵位的にもラグはウィリデの配下と言う訳ではないのだが、話を聞き危機的な事態と察したかそれを受け入れ直ちに行動に移った。

 エストリア異動を命じられているヴィクトルに対しても、一度イスタに立ち寄り、情報収集と兵の休息を取らせるように指示する。


「すまんが急がせてくれ。」

 深刻な表情でそう言うウィリデをアデルはすぐにブリュンヴィンドに乗せ、離陸を開始した。




改稿箇所

旧:テラリア皇国で皇帝と第1皇子が倒れ、第2皇子であったヤーコブ・ガブリエル・テラリアが皇国の実権を握った

改:本文の通り。(皇太子は死んでいますが、この時点で公にはされていない状況です。死因その他に関しては228話最終部の通りです)

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