年の瀬
あらすじ
そうだ、王都行こう→熊うめぇ!→護衛依頼うめぇ!→護衛依頼受ける→バレた!?
→実はとっくにバレてた→魔石集めろ。さもなきゃキマイラ10体な。→
なんだ?何かがおかしい……気がする。→嵌められた!?→そんなことよりお湯は贅沢品→
人生最大級の買い物は他人任せ!→UMAだ!天馬だ!聖獣だ!→
雲行きが怪しい。コローナに急いで戻るんだよぉ ←イマココ
「こりゃ驚いた……予習でもしてたのかい?」
ナミがそう驚いたのは、ここまで運んでもらってきた4つの大袋を開けた時だ。
「いえ、店員さんに見繕ってもらっただけですが……どんな感じですかね?」
「店員が?へぇ。いや、大したもんだよ。うちで買い取るなら……8000……いや、少し早い新年のご祝儀に9000ゴルトくらいは出してやろう。これは卸値だ。小売りにすれば12000ゴルトくらいになるんじゃないかね?どうする?」
元手5000ゴルトが倍以上になるのか……そりゃ交易はやめられん……と思いつつも、ここから商業ギルドを通して販路を切り開くのも難しいだろうと、カイナン商事に引き取ってもらうことにした。
「いいんですか?商会の仕入れ値だともっと安く入手できたんじゃ?」
「そりゃあね。まあ、ここはもうコローナだ。だからコローナの値段で買い取ってやるよ。今後、何かあったら頼むかもしれないしね。」
店への告げ口防止ではなく、今後のための初期投資と言った感じなのだろうか?どちらにしろ有り難い臨時収入であることには変わりない。ただ、ナミさん……人遣い荒そうだよなぁとは考える。
「時間が取れる時でいいから、もう少しグラン王国の勉強もしておいて欲しい所かな?」
「ガンバリマス……」
今後も定期的にグランへの交易の護衛に指名してもらえるなら、この手の臨時収入も見込めるかもしれない。恐らく、今回の護衛で前を固めていた冒険者達はこういう感じで何度も交易に従事しているのだろうとアデルは予測した。
「もう少し欲を出してくれてもいい気がするけど……まあ、足元をしっかり固めてからの方が間違いないか。」
最後のそう評され、冒険者の店への報告書を預かる。完遂の確認と、戦闘等のレベルの査定になるような評価が書きこまれているらしい。そう言えば賊の討伐証明部位なんて持ち帰っていないし、もしこれが護衛以外の仕事だったら賊の装備品を奪ってきても良かったのか。などと考えながらもナミやヴェンに礼を述べ商会を後にする。
ブラーバ亭に戻ったアデルはすぐにブラバドに報告書を渡した。
「ほう。なかなか頑張ったようじゃないか。」
それを確認したブラバドがそう言ってくる。殿置き去りの件はどう報告しようかと少々考えたが、結果と危険手当、そして今回の臨時収入を考慮し、『中々人遣いの荒い人のようで……』とだけ答えておいた。完全にナミの策中なのだろう。
「グランはどうだった?」
「海って凄いですね。ってのが一番先に出てくるかな?景色も素晴らしかったです。もし、グランディアかグラマーがこの王都くらい賑やかで豊かだったら暮らしてみたいとも思ったかもしれませんね。」
「……コローナの方が賑やかで豊かだと?」
「ええ。こちらだと、『グラン王国がフィンの侵攻を何度も凌いでいる。』という話になっているようですが、現地の辺境はかなり困窮しているようです。それに王都でも不穏な話があると。」
「不穏な話?」
「いえ、その辺は……特に口止めもされなかったし言っちゃっていいのかな?王太子の婚約が破棄されて、王宮の権力関係が少々変わったらしいです。その辺は詳しく聞いてません。」
「そうか……なんだかんだとうちの国に一番影響するのはグランだからな……何事もなければいいんだが……まあいいや。早速ギルドカードの更新をしてやろう。出してみろ。」
ブラバドがそう言うと、アデル達は言われたとおりにカードを提出する。その後しばらくして戻ってきたカードを確認する。
そこには、《戦士:22》《騎手:12》《狩人:12》そして、冒険者ランク<C>と更新されていた。ネージュの方も《暗殺者:19》《騎手:10》冒険者ランク<C>となっていた。
「1年弱でランク昇格か。なかなか有望そうだな。今後も頑張ってくれよ。」
ブラバドにそう声をかけらた。
「そう言えば……」
ペガサスの話をして羽根をみせるとブラバドにもやはり呆れられた。そしてかなり丁寧に「確かに魔石持ちだが、絶対手を出すな。特にグランじゃ発言にも気を付けろ」そう釘を刺されたのである。
あのペガサスは随分と肝の据わったペガサスだったようである。
テラリアでもコローナでも新年を迎えるのは一大行事である。その為、年の瀬の商業区はいつになく賑やかだ。地方にいくと、新年祭より収穫祭が重視されるが、王都では新年祭、建国祭、降誕祭の三つが重要視される。
新年祭は大陸暦(テラリア歴)の年の始まり、建国祭はコローナでは6月の頭、テラリアでは4月上旬になる。降誕祭と言うのは、各国の主神が生まれたと伝わる日とされ、地母神レアを主神と祭るコローナでは10月上旬、光神テリアを祭るテラリアだと7月の頭がこれになる。良いのか悪いのか、コローナではテラリア程の極端な信仰では無いため、往々にして降誕祭は収穫祭と纏められてしまう事が多い。どちらも、地母神を祀って行われるものである為あまり問題視されていないが、日本で例えるなら、誕生日がクリスマスイブだと言う人を纏めて祝ってはしゃぐ感じであろうか?もしかしたら、その前日の“祝日”(当時)の意味と平日のイブ当夜の賑わいの差を考えると……いや、やめよう。祝う事と感謝する事は違うと思うのだが、コローナではすでにそうなってしまっているので仕方がない。
さて、新年祭だが、やる事はコローナでもテラリアでも大差はない様だ。最初に国王(皇帝)が新年を祝い、新年の安寧を主神に祈るというのが祭事の部分だ。
その後、王家や重臣などの貴族が王都のメインストリートをパレードして、民が平和や安寧の感謝を捧げ王侯貴族を讃える。あとは、国民が羽目を外さない程度に宴会やら騒ぐやらだ。王侯貴族が公式行事として街に出て国民の前に姿を見せる唯一の機会ともいえる。
しかし、地方出身且つ元他国民であるアデルはコローナの支配者層のパレードには何の関心もなかった。正直、もともと地方民にはあまり馴染みがない。地方だと新年は近くの神殿に祈りに行き、そのあと家族でちょっと贅沢な伝統料理が振る舞われるといった程度のものだ。況して地方民と王都、都市部の民との意識の差があり過ぎるテラリアでは参加する気も機会もなかったのである。
その新年祭の為かはわからないが、冒険者の仕事も常時募集している軍務系の依頼の他は、長期間外へ出掛けるような仕事は少なく、年内中に〇〇の採取といった素材収集系の依頼ばかりとなっていた。
おそらく取り合いになるであろう素材収集の依頼を下手に期限付きで受けるよりは……と、アデル達は森の様子を見てくると言ってブラーバ亭を空けていた。狙いはカモシカである。王都周辺ではまだ雪こそ降らないが気温は氷点下という日が珍しくなくなってきた。日が当たる日中なら摂氏5~10度くらいになるといったところか。できれば一発大物の熊が欲しいところだが、時期的にほぼほぼすでに冬眠に入っているだろう。で、あるなら、冬でも元気なカモシカあたりが狙い目だ。ただ、熊と比べるとカモシカは危険度も低く、数も多いため、普通の猟師でも十分狩れる。グリズリーの様な金額にはならないだろうと割り切って、以前ジョルト商会の護衛として通った東の森へ向った。ネージュが「クマァアアアアア」と叫んだあそこだ。
地元の猟師となるべく競合しないようにと、先に森に入っていた猟師に挨拶して探索範囲の相談をすると、「今年は東の辺境の森で熊の乱獲があったらしいから、来年以降しばらくカモシカが増えるかもしれんな」などという噂を聞いた。
思わず吹き出しそうになったアデルとネージュだが、それを堪えて話を聞く。
「この辺りは熊は出るんですか?」
「そりゃ出るさ。これだけ豊かな森だ。野生動物には極楽の地だろうよ。俺らはそのおこぼれをもらって生活しているに過ぎん。」
「熊が出たらどうするんですか?」
「最初に1発、目くらましをして逃げるかな。何もせずに背中を見せるとすごい速さで追いかけてくるから気を付けろ。」
「狩れるなら狩っちゃっても?」
「ん?そりゃな。熊はこの辺じゃ最大の危険だ。ただそうかと言って乱獲でもあって熊が減ると、鹿や猪が増える。猟師にゃ悪くないが、山菜やきのこなどが食い荒らされるからその辺を集めて生計を立ててるやつらはちょっと困るかもな。」
「なるほど……」
流石に、魔の森は調子に乗りすぎたか……とアデルはこっそり反省するのであった。実際、ネージュとの狩は楽しかった。最初の内は緊張もしたりしたが、相方の意図が読めるようになると、狩るよりも探す方が大変と思えるほど順調に狩りをこなせていたのだ。その結果が例の異名と今回の噂である。討伐依頼でもない限り、無理に探し出してまで狩る物じゃないのかも……と思った。
そんな感じで猟師と話し合って分かれ、探索していると大小3体のカモシカを見つける。親子かな?などと考えながらも遠慮なく造作もなく狩る。プルル用に荷台でも借りて来ていればもう少し欲張れた気もするが、そうしていなかったのでさっさと内臓だけ取り除き、小一時間ほどの簡単な血抜きをして早々に切り上げて森の入口に戻ると先ほどの猟師たちが休憩していた。あちらもハグレを1体仕留めたようだ。
「あんたらも取れたのかい?って3匹か。しかも随分と綺麗だな……」
プルルに吊り下げられたカモシカの死体を見て猟師が呟く。
アデルが猟師の獲物を見てみると、そちらは数本の矢で仕留めたらしく、表皮の何ヵ所かに弓の穴がいている。
「そう言えば……最近弓を使ってなかったな……」
アデルがそう呟くと、猟師たちが驚いた表情をする。
「え?弓なしでどうやって?」
「挟みこんで奇襲ですかね。頭部は最初から諦めて槍なり剣なりで潰します。中には鹿の頭を燻製にして飾りたがる人もいるようですが……まあ、カモシカですし。」
「随分簡単に云うが……まぁ、これを見れば納得するしかないか。」
と、いったところで猟師が少し気まずそうな表情をする。
「なあ?すまねぇが、1頭分けてもらえないか?その分、うちの村の農作物を渡す。」
「ふむ。品次第ですが構いませんよ。こちらも別に仕事で来たわけでもないですし。」
「そうか、助かる。村は近くだ。是非寄って行ってくれ。」
「……“鬼子”でも平気な村ですか?」
いちいち自分から尋ねるものでもないのだが、前回の一件以来、特に村への立ち寄り時は過剰に警戒してしまうようになっていた。
「ん?ああ……そうだったのか。大丈夫だ。心配ない。」
「それでしたら是非。」
そして立ち寄った村で、恐らく母親であろう雌のカモシカを一体を丸ごと渡すと、代わりにと根菜を中心に乾燥きのこやら果物やら色々なものを大きなかごで五つ分の農作物を貰った。
容積的には倍以上だが、肉の他にも状態の良い毛皮までとれると考えると、だいたいトントンにすこし毛が生えたくらいの額だろう。結局、プルルでは運びきれない量となり、アデルが一部を背負って帰る事になった。
「去年の年の瀬はこうして物々交換して回ったんだったなぁ……」
不意にそんなことを思い出したアデルは、暗くなっていく東の空を見上げるのだった。
持ち帰ったカモシカと農産物はブラバドが喜んで買い取ってくれた。800ゴルト、臨時収入としては中々の額になったとアデルはホクホク顔だった。この辺りがアデルが現実的に認識しているお金の価値観である。
既にグラン往復で稼いだ金額だけで20000ゴルト近い金額を手にしていることは意識の外に置き去りにされていたのである。それが果たしてどう転ぶのか……それは誰にもわからない。




