膠着~机上の戦争
カンセロの攻略から2週間が経過した。
その間、グラン情勢は完全に膠着している。片や旧き時代の失われた高位魔法、片や観測不能の気象兵器、各々の大規模な破壊と死をまき散らす手段が表舞台に登場し、双方迂闊な動きが出来ないという状況が続いている。
ウィリデの連絡を受け、カンセロにやってきたのは同時に編成されたグラン遠征隊の第1旅団ではなく、王都から新たに集められた部隊3000だった。
率いるのはクロヴィス・バルヴェ国軍大将。陸軍しか持たないコローナ国軍に於いてはナンバー2存在である。
そしてその新たな部隊の中には、イスタの軍の管理をしていたイベール子爵やジーンの姿もあった。どれだけの兵を任せられて来たのかはわからないが、少なくともヴィクトルやエドガーを意識しているのは確かなようだ。
これでコローナ軍は、先の第2旅団の生き残り1600程と合せ4600となっている。
投降した旧タルキーニの輸送部隊の兵員は全員捕虜としてコローナに送る事になっており、グラン方面隊には組み込まれない事になっていた。
また同時に、軍とは別に王太子レオナール、第3王子クロード、第2王女マリアンヌ、第3王女ロゼール、そして王太子の側妃ミリアムと、王族関係者が揃ってカンセロに入ってきた。
クロードは実戦を学ぶため、マリアンヌは負傷者の治療と士気向上、ロゼールは“隕石召喚”と思しき旧き魔法を“分析”するため。そしてレオナールとミリアムはコローナ軍とグラン軍の立ち位置の確認と、コローナとグランの“今後”を決めるためであった。
グラン国軍――コローナでは義勇軍と呼ばれていた部隊である――は、トルリアーニとジョルジョの元に再編成されていた。総勢3000、内1000程は義勇兵であったが、再編と立て直しにより正規兵として認められた。ただし訓練をしている余裕はないため練度は低いままだ。しかし、主力となる旧正規軍の者たちは、カンセロ攻略に於いて負傷者こそ相当数出したものの死者は一人も出しておらず、部隊の練度と士気、トルリアーニの指揮能力を遺憾なくコローナ陣営に示していた。
一方でグラン解放軍、グラマーからグランディアを窺うファントーニであるが、率いるのはグラマーにいるだけでも陸上部隊8000強に海軍戦力4000の12000程になる。第2旅団のオーヴェ進出に合わせ、一度はグランディアへの出陣寸前まで準備を進めた様だが、オーヴェ平原で双方痛み分け――まさに激痛を分けた形だが――の撤退を受けて出陣は取りやめとなっていた。
グランディアのフロレンティナはオーヴェ平原の戦闘以降、人前に姿を見せていないとの情報が入っているが真偽や詳細は不明である。グランディア内部の情勢は殆ど外に漏れてこない。
辛うじて、都市内の兵員の規模や配置は空からの偵察でつかめると言った程度である。その結果わかったことは、オーヴェ会戦でコローナ軍への追討を諦めた後、半数以上の部隊を速やかに引き上げていたらしく、先のネージュの攻撃で削れた敵兵の数は、1500の内の500~600程度であっただろうと言う事だ。恐らく背後、グラマーの解放軍が仕掛けてくると警戒したのだろう。
今まで使用されたなかった“隕石召喚”がオーヴェで急に使われたのは、少しでも隙を見せたら挟撃されると感じたためなのではないかという分析が主流の様だ。
そんな状態での膠着が続く中、アデル達は送迎係をやらされていた。
相手はファントーニである。レオナールがミリアムを伴いカンセロ入りした所で、コローナ軍、グラン軍、解放軍のトップによる会談の申し入れを行ったためである。
解放軍は当初、ファントーニのみが1人となる会談に難色を示したが、『空路での送迎は最大3人まで。それ以外は陸路であれば何人でも構わない。また、参加“できない”のであればそれはそれでなら構わない。』との脅しともとれるレオナールの通知に仕方なく応じた形となった。また、追加の2名は小型の台車を加工したものをブリュンヴィンドが四肢でつかんで運ぶとしたため、側近が嫌がり結局ファントーニのみでの“参戦”となったようだ。
アデルが迎えに上がった時、ファントーニは不満を表に出すこともなく飲み込み、初めての空の旅をそれなりに堪能した様で、上空から旧王都グランディアとその北西に広がる常緑の地平線を目にした時は、隠すことなく感動を露わにしていた。恐らく、いや間違いなく政治や交渉などの能力はドルケンの軍のトップ2、グスタフやベックマンより上なんだろうなとアデルは内心で思った。
送迎はアデルとブリュンヴィンド、それに補助としてアンナが同行していたが、ファントーニは必要以上にアンナに絡む事はなかった。こちらからも、元領民とか侯主導の山賊討伐時に保護したなどというつもりはない。
到着したファントーニをミリアムが出迎えると、ファントーニは一瞬躊躇いを見せたが、ミリアムが頭を下げ、静かに話しかけるとすぐに表情を柔らかくし、ミリアムに付き添われ解放軍からは1人、戦場となる会議室へと向かって行った。
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会議は当初の予想通り――紛糾に紛糾を重ねた様だ。
今回の会議にアデル達が参加する事はなかった。文字通り願い下げをしたところに、他の参加者がそれに異を唱えなかったためである。
今回の会議は、軍議と言うよりも政治的な意味合いの方が強い。軍議らしい軍議はほんの半刻にも満たないと後にウィリデから聞くことになった。
アデルの他、ヴィクトル、エドガー、ラグら第2旅団の若い将官らもその会議には呼ばれなかった。
参加したのは、レオナール、クロヴィス、トルリアーニ、ジョルジョ、ファントーニ、それにウィリデだ。
レオナールが最初に求めたのは、まずはグラン軍の立ち位置の確認だった。それぞれを敢えて“義勇軍”“解放軍”と呼んで見せ、“グラン軍”と言うものはどうなっているのかと尋ねる。
ここでまず最初の紛糾が始まる。
トルリアーニらが、義勇軍こそ正当な国軍であると主張すると、ファントーニはすでに旧王家、旧体制はなく、グランディア以東を軍的にも政治的にも一つにまとめ、フィンに対抗しグラン領、グランディアを開放する戦力は解放軍であると主張し、人数は海軍の存在、さらにはミリアムを出しにしてレオナールを巻き込もうとした。
しかしレオナールは冷静に、旧グランの有力貴族との婚姻を決め、その救援要請に応じたものとし、コローナではまだ旧王家の断絶を確認しておらず、また断絶していたとしてもその後継はでグラン内部の問題でありそこに口を挟む気はないとし、両者の存在を上げつつ牽制した。
今ここにいる援軍はファントーニの要請によるものであるが、ファントーニが旧グランの正当な後継であるとは見ていないというのである。
そうなれば単純に現実的な戦力が物を言うことになる。古めの軍人からの支持もあり、グラマーから西をほぼ一本化し、海軍や東部の部隊を含めれば2万~3万である解放軍の方が“影響力は強い”と言うことになる。このような有事の中に合って、軍の規模はそのまま統治能力に直結する。トルリアーニらはグランディア陥落時の正規軍であった事を主張するものの、現在それを担保する存在が既になく宙に浮いた状態である。また名目だけ正規兵と言ったところで、給与等を支払う能力もない。結果としてグラマーを拠点とし、それなりの経済力を持っているファントーニの方が現実的な軍の代表となる運びとなった。
しかしレオナールも狡猾である。経緯はどうであれ、3000の兵を纏め、カンセロを取り戻した義勇軍とその指揮官らは無視すべきでないとしてトルリアーニ達にも小さな助け舟を出す。
現在の配置と情勢を踏まえ、義勇軍を一軍団として扱い、“グラン復興”が成されるまでトルリアーニ達の身分の保証し、カンセロを任せるようにとファントーニに促した。
グラン“奪還”ではなく、グラン“復興”である。つまりは、フィン軍を排除した瞬間でなく、その後一定期間まで範囲を広げるわけだが、“復興が成される”という明確な基準のない曖昧な言葉をどの時点で区切りと解釈するかは彼ら次第である。奪還までは3軍共に奪還に集中し、そのあとそれぞれで足場を固めろと言うものである。そのわかりやすい象徴として、カンセロをトルリアーニらに任せるというのだ。
そう言われればファントーニもその話を蹴る訳にはいかない。少なくとも、“グラン軍”の代表は自分であるとお墨付きを与えられたこの会談を潰すわけにはいかないのだ。
結局、グラン軍はファントーニをトップとすることで話は落ち着いた。
カンセロはトルリアーニ達が管理、実質領土として運営することになるだろうことも決まった。
では、コローナは?と言う話になる。
レオナールが要求したのは2つだった。
1つ目は経費の負担である。今回のグラン奪還に派遣した軍の費用や、兵の遺族への見舞金などの一部を奪還後10年掛けてコローナに支払うというものだ。
これは援軍として呼び、さらに十分な仕事を果たしたコローナに対して負担率の折衝こそあれ、行わないわけにはいかない。これにはファントーニもトルリアーニもすぐに了承した。
そしてもう1つがレオナールが狙う最大の目的。取り戻した領土のごく一部を50年単位で租借するというものだった。
当初レオナールが要求したものは、グラマーの港の半分を50年租借する権利と云うものであったが、流石にこれは海軍を囲うファントーニが絶対に認められないと拒否した。そこで妥協案としてレオナールが提示したのが、海に面した一定量の土地をコローナで賃借し、開発もコローナの金で行うというものだった。国土としてはグラン領であるので、平時の法や税はグランに帰属するものとするが、自治と自主防衛を認め、また接収や徴発など著しく権利を害する事案は認めない、或いは不可を前提とした協議を行うというものだ。
これの受け入れが成されないなら、コローナはこのまま軍を下げ、戦争の物資や情報、復興の人手や技術の支援に限定するという、今の状況としては半ば脅しの様なものとなった。
今のコローナ軍は、トルリアーニにとっては生命線である。ファントーニとしては自軍12000に、東部総戦力20000弱を鑑みれば5000弱のコローナ軍などと思うところもあったが、東部地区の安定とグラマーの防衛、そして何よりコローナ軍とトルリアーニ隊が西を塞ぎ、フィン本国とグランディアへの物資や援軍を遮断し、フロレンティナをグランディアに釘付けにできることを思えば悪くない。
実際、グランの情勢は流動的であり、レオナールが自分をグランの後継者と認めていない以上はグラン奪還後にどうとでもなる。或いは自分をグラン王と認めざるを得なくなると考えそれを了承した。
ファントーニ、そしてレオナールとも相手を過小評価していたのであった。
結局、貸与する場所や規模はもう少し話を詰めるとしながらも租借の確約は、ファントーニ、トルリアーニ双方から認められるところとなった。
コローナ軍、グラン軍、そして義勇軍、それぞれの代表は最低ラインは十分超える戦果を挙げた。
しかしひとり、ウィリデだけは凪いだ無表情で机上の戦場を後にしていた。
ウィリデに身近な者ならすぐに気付いただろう。ウィリデの揺らぎのない表情は、彼にとって憮然とした表情であるという事に。




