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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
222/373

撤退戦

 オーヴェ平原西の端、ウィリデが率いるコローナ軍は徐々に相手に包囲されつつあった。

 指揮能力、練度は明らかにコローナ軍の方が上だが、数が倍以上、しかも埒外の威力の先制パンチにより士気は大きく下がっている。流石のウィリデでもこれを跳ね返すのは相当に厳しそうだ。

 アデルはアンナをカンセロからの伝令としてウィリデの元へ向かわせると、ネージュと左右に分かれ敵中央付近の側面に急降下攻撃を加えた。

 突然の上から、しかも側面からの攻撃に敵兵は慌てて体勢を整えようとするが間に合わない。

 アデルの槍が進行方向右の敵兵の胴を切り払うと、ブリュンヴィンドが左前足を伸ばし、その爪で左側の敵兵数名の体を切り裂く。

 敵軍反対側はネージュが遠慮なく蛇腹剣を振り回し、運悪く着地地点に選ばれた者たちの首を狩り落していく。

 地面に接触するのはほんの数秒。この間にフィン軍20名ほどを戦闘不能へと陥れた。

 離脱の際、ブリュンヴィンドは置き土産とばかり全力のダウンウォッシュを敵騎兵に浴びせ、馬を数頭転倒させた。

 彼らは数秒で一気に高度を上げると、今度はウィリデの部隊を包囲しようとする両翼の背後を脅かしに向かう。

「敵襲!?上だ、空だ!こっちに来たぞ!気を――」

 雉も鳴かねば撃たれまい。アデル――いや、ブリュンヴィンドだろう――を見て大声を上げた騎兵にアデルは氷の槍を投げつけ、強制的に黙らせる。

(アルムスさんに大型の弩でも頼んでみようかな……いや、弓も結局は家で埃被せてるしなぁ……)

 アデルはアンナが高圧水流で敵地上兵を薙ぎ払い、或いは狙撃した様や、ハンナが見せる遠距離戦における一方的な狙撃を思い起こしながらそんな事を考えた。

 事前に用意してもらった氷の槍は1本だけだ。アデルは再度高度を上げつつ旋回すると次の狙いを付け急降下を始める。水面の魚を狙って真直ぐに飛ぶ猛禽のような機動で滑るように降下すると、狙われたと直感した兵士が慌てて変な方向へと走り出し、敵の部隊を混乱させていった。


 反対側では水面を跳ねる魚のようにネージュが小刻みにジャンプと飛行、着地と攻撃を繰り返しながら敵軍に小さな穴をあけていく。

 ネージュが飛び上がるたびに敵兵は空を見上げ、ネージュが降りる場所を選ぶと慌ててその場から逃げようとする。その逃げようとした者たちが次々と周囲へと広がり、水面の波紋のように穴が広がっていく。踏みとどまる者、迎撃を試みた者、単純に逃げ遅れた者はもれなく首が飛ぶか、胴に深い切り込みを入れられるかだ。フィン兵も金属製の胴鎧は装備しているが、初撃こそ胴を守って見せるものの、引き戻される連続のうろこ状の刃が鋸の如く胴鎧と胴体、或いは足を切り刻んでいった。

 ネージュは早い段階で首を飛ばして見せ、意識をそちらへ向けたところで疎かになった下段、特に雑兵は装備的にも守りが薄い大腿部から膝を切り刻みその継戦能力を奪って行く。今は制圧戦ではなく撤退戦である。当人にその意図があったかどうかは別として非常に効果の高い攻撃を行っていると言えた。


 ブリュンヴィンドとネージュが高度を上げる度、フィン兵は武器を持ったまま周囲を鑑みずに思い思いの方向へと逃げ散る。程なくしてフィン軍の両翼は絶対数こそ然程減りはしないものの、構造としてボロボロになっていった。

 アデルらが両翼を崩している間にアンナがウィリデに報告をする。

 カンセロの制圧はほぼ終わったが、潜伏した敵兵が散発的に攻撃してきている為完全には掌握できていない事、トルリアーニはカンセロを死守したい様子、可能であればこの辺りで踏みとどまり義勇軍の後発との合流を果してほしいと言っていた事。一晩踏みとどまれば今のフィン軍は追い返す算段がある事、ヴィクトルの部隊と恐らくフラムの部隊が負傷者を除きこちらの援軍にくるだろうということ。今回の魔法被害の負傷は回復ポーションや回復魔法で額面通りの効果が出ること。等だ。


 一通り報告を聞いたウィリデは情報を整理する事なく、必要な情報から確認に入った。

「敵を追い返す算段とは?」

「アデルさんがそう言ってました。夜にならないと使いづらい手段の様ですが。」

「君は知っているのか?」

「“奥の手”としか言ってませんが……何となく想像はつきます。」

「……それは確実に期待できるのか?」

「夜になる前に私たちの誰かが倒れたりしなければ。」

「……そうか。うまくいけばボーナスを出す。それまで無理をするなと伝えてくれ。この時点でも君達のお蔭で敵両翼が大分崩れている。今のうちに陣を立て直す。出来れば一度、アデルに俺の所にくるように伝えてほしい。そして可能であれば、君はこの事を――こちらの状況と可能なら今夜中に合流したい旨を義勇軍後続に伝えてくれ。今夜中にここへこれないようなら、そのまま一旦コローナへ逃げろと。」

「わかりました。その様に伝えてきます。私の行動を決めるのはアデルさんですが。」

 アンナはそう言うと、ふわりと空へ浮き、自らに“不可視”の魔法を掛けた。



「返信です。」

 突如上から声を掛けられたアデルは降下中のブリュンヴィンドに指示を出し大きく高度を取った。

 そこまでの打ち合わせはしていなかったが、アデルとアンナが上空で話を始めたのを察知してネージュも合流する。

 アンナの話を聞いたアデルはウィリデの話にすぐに同意をした。アンナに気を付けて北西へ向かうように言うと、ネージュと共にウィリデの近くへと降下する。

 ウィリデは多くの兵士の中心で指揮を執っている。そのすぐそばに着陸するのは困難そうだ。言えばスペースは空けてもらえるだろうが、声が聞こえればそれで充分だろう。

 アデル達がウィリデのすぐ上まで降下すると、一時的とはいえ敵両翼を崩した2組に兵らが感嘆の声を上げた。


 ウィリデはアデル達の傍にアンナの姿がないの見て、アンナが義勇軍後続に向けて飛んだのだろうと察した。

「カンセロはご苦労だった。撤退も……お陰で大分犠牲が減りそうだ。無理のない範囲でもうしばらく両翼に穴を穿ってくれ。タイミングをみて敵左翼を食い破ってヴィクトルやフラム隊と合流する。こちらが急に動いたら、お前たちは慌てずに一度離脱してくれ。なんとか暗くなるまで粘ってみよう。日没まで粘ればいいのか?」

「……いえ、完全に真っ暗にならないと使いづらい手です。それこそ、暗視のない相手にぎりぎりまで近づける様な。」

「そうか。ならばもう少し後退しよう。面倒だが……お前らはまず、魔女を探してもらいたい。」

「魔女?敵将ですか。どんな姿か知りませんが……」

「俺も知らん。だが、フロレンティナは元とは言え、一国の女王だ。それなりの護衛や装備は付けているだろう。魔法が届くのだから、ここが見えるどこかにいる筈だ。」

「わかりました。それっぽいのを探して可能なら始末したいところですが……」

 相手は遺失したとされる古代の魔法だ。現代の魔法の基本である“視認”が必ずしも必要だろうか?アデルはそんな疑問を持つが、アデルで分かるものをウィリデが思い付かないとは考えにくい。魔女がいる可能性が高いものとして探索しよう。

「次に魔女が動くとすれば、暗くなる直前だと見ている。あれだけの魔法、今まで使わなかったところを見ても何かしらのリスクがあるのだと思う。そしてわざわざそれを使ってきた来たあたり、この戦にそれをさせる何かがあると見ている。」

 ウィリデは真剣な表情でそう声を潜める。

「……強引に暗殺しろとは言わん。せめて、詠唱なり視認なりを妨げる措置ができれば有り難い。」

「……わかりました。」

 暗殺以外に目や口を封じる手段があるのだろうか?アデルはネージュに見つけても単独で安直な行動をしない様にと注意すると高度を取った。

「……それなら“不可視”貰って置いた方が良かったのに……」

 ネージュは《暗殺者》らしくそう呟いた。

 




 西の空が真っ赤に染まる中、ウィリデは自ら最後尾に立ち、殿を務めつつ自分の部隊を徐々に後退させていった。

 その頃、アデルとブリュンヴィンド、そしてネージュが少しペースを落としつつ両翼にヒットアンドアウェーで動きを封じる様に牽制していると、ようやくオルタとハンナを先頭にヴィクトルの隊が南に見えた。

 上空にいたブリュンヴィンドが見えたのかハンナが一気に加速を始めると、2分も掛けずにウィリデ本隊の脇を抜け槍と楯を構えて敵の側面に突撃を掛けつつオルタを降ろす。

 突如現れたケンタウロスに敵兵は面食らいつつも対処しようとする。しかし地に足を付けたオルタとハンナを前に近づく前に悉く倒されていく。文字通りのあっという間の時間に敵兵十数人を蹴散らすと2人の周辺にもまた穴が出来、それが広がっていった。

 ウィリデ隊の最前列に立った特徴のある2人の到着を見て後続、ヴィクトル隊の到着も近いと見たウィリデは合流をするべく周囲の兵に檄を飛ばし、一気に後退していく。ウィリデに指揮に専念させるべくオルタとハンナの異種族師弟コンビで殿に立ち、それぞれの武器を振るう。そのひと振りごとにに敵兵が徐々に、しかし確実に数を減らしていく。


 本隊がヴィクトル隊と合流すべく一気に加速したのを見てアデルとネージュは指示通りに次の行動へと移った。“魔女”、それっぽい存在の探索だ。高高度で攻撃をせずに旋回を始めた彼らを下の敵兵らは不気味そうに見上げた。

「おや?兄ちゃんらは?」

 敵が動きを止めたところでウィリデの傍まで来たオルタがそう尋ねた。支援攻撃を止め、哨戒ともとれる行動にオルタも何かを感じたのだ。

「合流まで両翼を封じ込めた後は、敵将の捜索に全力を注ぐように指示を出している。」

「敵将?」

「フロレンティナだ。目の届く最後の時間であろう日没直前に大きな魔法を使われないようにな。」

「なるほど。敵さんも再合流で包囲は諦めたみたいだし、距離を置いて第2弾ってこともありうるか。こっちも上に注意しないとな……」

 オルタが少々げんなりした表情でつぶやくと、程なくヴィクトルの部隊が合流を果たした。

 本来ならカンセロへの撤退を命じたのだから怒るべきなのだろうが、途中、アデルらに状況を聞いて戻ってきたのだろう。ウィリデはヴィクトルが負傷兵は別途カンセロに向かわせたことだけを確認すると、再合流に謝意を述べた。

 こちらが合流を果たしたところで敵は完全に追撃を諦めた様だ。

 しかしウィリデは違和を感じていた。味方よりも敵の方がこちらの増援、少なくとも地上部隊の把握が早かったのだ。

 勿論、背後から来るのだからそちらの方向を向いている敵が先に気づく可能性はなくはない。しかし乱戦中に指揮官がいる場所から果たしてこちらの遥か後方が見えるのだろうか?

 ウィリデ同様、指揮官が前線にいて馬にでも乗って視界が確保されているなら可能性はなくはないが、相手は魔女だ。いや、魔女は後方に控えていて実際指揮を執っている者は別なのかもしれない。

 或いは乱戦状態を一旦解除し、再度広範囲の強力な魔法を使う気だろうか?


 敵軍が引いて距離をとった後、ウィリデは自軍の小隊長にあまり大人数でまとまりすぎない様にと周囲をしたが、結局魔法による再攻撃もなく、“魔女”も発見できないまま夜を迎えることになった。


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