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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
221/373

潰走

「オーヴェ平原に向かった我が軍第1部隊、壊滅状態です。」

 カンセロ攻略に当たった者全員が伝令の報告に耳を疑った。

「オーヴェ平原に向かった第1部隊、戦闘を前に敵の魔法攻撃を受け半壊。現在、ヴェイナンツ様を殿に退却中です!」

 目立った反応が返ってこなかったためか、伝令は深呼吸を2回繰り返すと改めてそう伝える。

 突然の報にトルリアーニが硬直した。フラムに至っては顔から完全に血の気が引いていく。エドガー、そしてアデルやイリスらもその後2秒は全く反応が出来なかった。

「詳しく!何があった!?」

 最初にリアクションを返せたのはトルリアーニだった。

「敵部隊と接触する直前、空から大岩が次々と降り注ぎ……我が軍に甚大な被害を……!敵軍はそれで勢いに乗り我が隊を次々と食い破り……」

「空から岩だと!?……まさか……」

 その報にトルリアーニ他、将兵・冒険者問わず全ての者が絶句する。


 どんな形にしろ“戦い”と云うものに関わる者なら誰でも一度は耳にする伝説。

 失われたという過去の魔法文明時代の強力な魔法。

 隕石を召喚し、敵軍に無慈悲な打撃を加えると言う最強魔法の一角。それを敵軍が扱ったと言うのだ。

「ウィリデ殿は!?」

「タンヴィエ(ラグ)様とアタル(ヴィクトル)様にカンセロへ向かうように指示をし、殿軍として戦っておられます。もしカンセロ攻略が難しい様なら、“全軍”直ちに北へ逃げ、義勇軍の後続を合流させ、国境まで逃げろと。」

「なんと……」

 トルリアーニが唇を噛む。

「まだ生きているのですね?」

 辛うじてフラムがそう問い返す。

「アデル兄……」

 フラムが何かを訴えかける目でアデルを見る。アデルは小さく頷いて見せたが、口にしたのは別のことだった。

「“隕石召還メテオストライク”?、その魔法によってどれくらいの被害が出ているのですか?敵軍の損害は軽微なようですし、このままカンセロで士気が低いとは言えタルキーニやフィンの部隊と交戦が可能なのでしょうか?」

 アデルはフラムを一旦脇に置きトルリアーニに尋ねる。

「カンセロもまだ完全に制圧できたわけではない。数は僅かだと思うがまだ中央に数百はいるだろう。我々がこうして動きを止めていたら、西へ逃れた兵もそちらの道から再合流を果たしかねん。他にも息をひそめつつこちらの数を1人でも多く減らそうとする敵兵もいそうだ。……我々としては是が非でもカンセロを奪い返し死守したい。」

 それは暗に救援に向かう、或いは撤退する気はないという意味だ。

「アデル兄!」

 フラムが口調を強くする。

「少し待ってくれ。今できることを考えている。フラム1人をオーヴェに送り届けるだけなら簡単だが、配下の領の兵を置いては行けんだろう?カンセロへ向かえと言うウィリデさんの指示もある。カンセロを落とし、保持できるならカンセロを取れという事だろう?」

「……!」

 アデルの言葉にフラムは言葉を喉に押しとどめた。


「で、どうするよ?」

 オルタがアデルに尋ねてくる。

「まずはこちらの本隊でカンセロ中央、全体の制圧。俺らとしては被害状況の確認と、こちらへ逃れてくる部隊の救援、救護が最優先だろう。軍に関しては俺達が口を出すものでもないがな。」

 アデルは含みを持たせた表情でチラリとエドガーを見る。すると何かを察したかエドガーも口を開く。

「被害状況確認は当然最優先事項だ。最速でそれが出来るのはお前らになるが……参考までに意見は聞くぞ?」

 エドガーはアデルに意見を促した。

「今いる軍でカンセロの完全制圧を急いでほしい。敵兵がゲリラ戦法を取ってくるなら落ちついて救護もできないし、タルキーニと連携されて、俺らの逆をやられても困る。オーヴェの部隊は……一人でも多くカンセロに辿りついてもらうしかないだろう。とにかく一度状況を見てこないとどうにもならんな。義勇軍の後続部隊の位置、ウィリデさんの安否――は大丈夫だと思うが、とにかく状況がはっきりしないとどうにもならん。」

 義勇軍の後続という言葉が出たところでトルニアーニもはっとする。

「そうか。オーヴェの部隊がカンセロに来るとなると……ジョルジョたちが孤立しかねない。ジョルジョの隊は数こそ多いが、練度は……」

 トルリアーニが眉間に皺を寄せる。

「うーん……そうなると、西より先に東の足止め、か。せめて夜まで防戦できればな……」

「防戦できれば?」

 トルリアーニが眉を寄せる。

「追い返すくらいなら何とかなるかもしれません。」

「どうやって?」

「……冬の真夜中に突然の猛吹雪が平原を襲う、みたいな?」

「「は?」

「「あー」」

「ほほう。」

 アデルの言葉にトルリアーニ、フラム、オルタ、エドガー、そしてネージュが5者3様の言葉を漏らす。

「とにかく状況確認だ。こっちの制圧は軍で何とかしてくれ。向こうは夜まで耐えられそうなら耐えてもらうし、無理そうなら背後を適当に荒らして撤退を優先してもらう。」

「とりあえず背後を荒らせばいいんじゃね?乱戦になったら流石にメテオ?なんて撃たんだろ?」

 アデルの言葉にオルタが尋ねる。

「暗くなるまで無茶はしたくない。アレはぎりぎりまで伏せておきたいしな……全滅してないなら、先に向こうの奥の手を見れたと考えておくしかないだろう。」

 その様に言うアデルをフラムが不満そうに睨みつける。アデルにとっては、どこかの誰かが戦死したという程度の認識なのでそんなことを言えるのだろうが、フラムにしてみれば、それだけの被害が出ているなら自領の誰か、見知った誰かが確実に亡くなっていると考えて当然だ。


「まずは状況確認をしつつ敵を攪乱して見ます。可能そうなら一晩粘って義勇軍の後続の合流を待つようにしましょう。最終的な判断はウィリデさんになりますが。カンセロ奪還を伝え、なんとかこちらに戻ってこれるように話して見ましょう。閣下はカンセロに拘るなら完全制圧を、更に可能であれば負傷者の救護と受け入れ準備をお願いします。エドガーはその支援、フラムは……自分たちで考えてくれ。できれば義勇軍の後続との合流を果したいところだろうけど……と、言うか軍の事はそちらで決めてくれ。イリスさん達と騎兵だけで向かえばウィリデさんの撤退戦には間に合うだろうけど、こっちの部隊をどうするかだな。」

 アデルの言葉にトルリアーニとエドガーは無言で頷く。フラムはまだ動揺しているのか1人おろおろしている様に見える。イリスについてもらうしかなさそうだ。

「で、うちらは?」

「一旦、全員でオーヴェへ向かおう。途中撤退してくる部隊と会うだろうから、少し話を聞いてまた考える。オルタはハンナのペースに合せてやってくれ。」

「……マダ、ダイジョウブ」

 気遣われたと察したのだろう、ハンナはそう答えた。

「まあ、その辺は自分で決めてくれ。場合によってはもう1戦ある可能性を考慮してな。アンナ、“疲労軽減”を掛けてやってくれ。そのあとすぐ向かおう。」

「わかりました。」

 ネージュがアデルの言葉をハンナに伝え、アンナが慣れた動作で魔法を掛けると、アデル達はすぐに北東へと飛んだ。


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 カンセロからオーヴェ平原へ……直線距離的に直接向かった方が速いだろうが、地上部隊は街道を逃げてくるだろうと若干遠回りだが街道に沿ってその上を飛行する。

 程なくしてカンセロへ向かう部隊を見つけた。数は400程か。碌な指示がない潰走なのだろう、隊列は大分伸び、ペースもバラバラだ。

 先頭で指揮を執っているのはどうやらヴィクトルのようだ。アデルは降下しまずはカンセロ攻略は最終段階に入っているがまだ完全ではないと伝える。

 ヴィクトルは大変に苦々しい表情をしていた。アデルの報告を聞くと少しだけ表情が緩むがすぐにまた険しい表情になる。

「メテオらしき魔法の話までは聞いた。そっちの状況は?」

 先頭のヴィクトルが足を止めたため、後続もヴィクトルのすぐ後ろの位置で止まり始める。

 アデルはアンナに視線を送ると、アンナはヴィクトルに水を差し出しつつ、疲労軽減の魔法を掛けた。

 ヴィクトルは短く謝意を表し、水を口に含み飲み下すと、一つ大きな息を吐き大声で叫ぶ。

「カンセロ攻略は相成った。迷わず、真直ぐにカンセロへと向かえ!」

「「「おおっ!」」」

 多少鯖を読んでいるが、その言葉を真と受け取った兵たちから歓声が上がる。明らかに表情が変わっている。これが士気と云うものだろう。

「迷わずって……」

 カンセロまでは街道は一本道だ。アデルの反応にヴィクトルは苦笑を浮かべた。

「コローナに逃げるか、カンセロに逃げるか迷ったんだよ。」

 確かにカンセロからの連絡はこれが最初の筈だ。コローナの軍からしてみれば、ウィリデの隊が極力削るとはいえ挟撃の恐れのあるカンセロへ向かうよりはコローナに向かう方が安全ではある。

「なるほど。で、状況――てか、被害は?」

「俺の部隊で200、タンヴィエ子爵の隊で300、子爵は副官殿を失った様だ。交戦“前”のほんの短い時間で部隊の3分の1が消えた。ヴェイナンツ様の本隊は魔法による被害は受けていないが……」

「ウィリデさんの冒険者勢は全部こっちだったからな。ってことは、正規軍700で敵1500か。すぐに崩れることはないと思うが……わかった。すぐに向かう。」

「向かう?」

「敵の後方から中央なり両翼なりを攪乱しつつ撤退を支援するつもりだ。乱戦になってしまえばメテオなんて使えないだろうしな。カンセロ勢――義勇軍としては可能であれば夜まで粘って義勇軍の後続の合流を待ちたいところなんだが、その辺の判断はウィリデさんに任せる。夜まで粘れば……手はあるしな?」

「手?」

「1月も下旬だ。突然吹雪がフィン軍を襲っても何の不思議はない。詳しくは知らん。」

 アデルの言葉にヴィクトルはネージュをチラ見する。

「コローナの中央部でも珍しいのにグランで雪なんて降るのか?」

「詳しくは知らん。」

 強い口調で『知らん』というアデルにヴェクトルは小さなため息をついた。

「降雪の可能性は?8割方期待できるのか?」

「今夜に限り10割だ。グランに住まう水と風の精霊もそう言っている。」

「……精霊魔法と複合?」

「……いや、深い意味はない。」

「……わかった。このまま何もしないで撤退も気に入らん。俺も本隊の撤退の支援に向かう。必要なら将軍にうまく“適当に説明”してやってもいい。」

「……いや、中途半端な説明はやめてくれ。撤退支援は、あればあったで有り難いが……けが人はどうなんだ?一応だがトルニアーニ閣下とエドガーには負傷者の受け入れ準備を整える様に頼んではあるが?」

「……ああ、そうだな。負傷者と運ぶ者はカンセロに向かうように指示しよう。少し待っていてくれ。……やはり副官は必要だな。この戦を乗り切った者から抜擢する様にするか。」

 ヴィクトルはそう呟くと今度はアンナをチラ見する。気付いたアンナがアデルの背後へと回る。

「うちの娘は誰一人やらん。」

「誰一人って……ああ、最近また何人か増えてたな。」

「……ユナはオルタの部下みたいなもんだ。ルーナは15まで預かってくれって言われただけだし、そもそも未成年の村娘に軍だの副官だの話にならん。リシアさんは……まあ、望むなら頑張って口説いてくれ。出来る事なら魔女の呪いを解いて元の姿に戻してやりたいところだが。……ん?ヴィクトル。今いる負傷者の中で、欠損のない範囲で怪我の酷い人を一人だけつれてきてくれ。出来ればこっそり。」

「む?……あ、そうか……回復魔法が効くかどうかだな。ある程度の傷口ならポーションで塞がるようだが。」

「なら心配はいらんかな?でもまあ一応確認させてもらおう。こっちも戦い方を考えないとならんしな。」

「わかった。ついでに指示をしてくる。道の脇に移動しておいてくれ。」

 今は撤退する軍の先頭で列を止めてしまっている状態だ。

 アデルは自分を含めたパーティ全員を道の脇に移動させる。その間にヴィクトルは指示と説明をしたようだ。負傷者だろう、20名程とそれの移動を補佐する者が敬礼をしてカンセロへと向かっていく。

 ヴィクトルはそれ以外の兵を道の脇に退けた。後続のラグの隊の邪魔にならない為だろう。そこまでをして、ヴィクトルは1人の兵を台車に乗せてアデルの所へと戻ってくる。

「うわぁ……」

 ネージュが小さく声を漏らす。

 ヴィクトルが連れてきた兵は片足が完全に潰れていた。どうすればこんなにボロボロになるのかと思う様な傷だが、幸い千切れてはいない。

「アンナ。一番上で。」

 アデルの言葉に無言でうなずく。肉がえぐれ、筋肉が千切れ、一部骨まで見えているというスプラッタな絵面だが、アンナは眉間に皺を寄せただけですぐに魔法を行使する。

 アンナの手が光り、負傷者の足、そして身体が淡く、強く光る。その再生の熱で兵士が思わず苦しそうな声を漏らす。

 グリフォンに腕を切り落とされた時のアデルもそうだったが、ここまでの怪我を治すとなると、その魔法によって再生しようとする組織が相当な熱を持つようだ。神経なども同時に治していくのだろう。実際に発熱しているのかはわからないが、そのような激しい熱さや痛みを感じる。

 10秒ほど経過し両者の光が消えると、兵士の足は元に戻っていた。治療成功だ。強めの魔法を使った疲労と、治療時の苦痛を乗り越えた両者が額から珠の様な汗を流す。

 足の切断まで考えていたであろう兵士は元に戻った事に歓喜の声を上げようとするが、それをヴィクトルが制する。

「騒ぐな。全員を同様に治療できるわけではない。お前は運よく、考察実験の対象に選ばれただけだ。魔女の魔法には傷の治りが遅くなると言う呪いを持つという噂があってな……アンナ、消耗は?魔力ポーションが必要ならすぐに用意する。」

「いえ。大丈夫です。手持ちにも有る筈ですから。」

「……君達のパーティの所有物を我々の為に使ったのだ。遠慮はいらんぞ?」

 アンナがちらりとアデルを見上げる。

「いや、こちらとしても回復魔法の効果の有無を知るのは重要だった。その辺は大丈夫だ。俺らはすぐに行動に戻りたい。」

 やたらとアンナに鼻の下を伸ばそうとするヴィクトルに少々警戒しながらアデルはそう言うとブリュンヴィンドの元へと戻る。

「すまん。そうしてくれ。タンヴィエ子爵には今夜の天候予測以外の説明をしてカンセロへ向かってもらう。」

「ああ、軍の方はそちらでうまく纏めてくれ。それじゃあまた後で。」

 アデルはヴィクトルにそう言い片手をあげるとブリュンヴィンドを離陸させる。先程まで自力飛行していたアンナがヴリュンヴィンドに乗り込みアデルの背に抱きついて来た。

「お兄様……」

「大丈夫だ。アンナにその気がなきゃ、あんなのには渡さん。」

 名前呼びからお兄様に戻ったアンナの頭をアデルはポンポンと2回軽く叩くと、アンナを自分の前へ移動させ、腰を掴む。

「アンナは確実に綺麗系だよなぁ。」

 ぼそりとつぶやくアデルの言葉にアンナは少し恥ずかしそうに顔を伏せた。

「うむ。」

 どさくさに紛れ、感触を確かめるようにアンナの体の側面、腋から腹をさすったアデルは顔は目の前の白い翼で軽く引っぱたかれた。



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