反転
片方の鉄扉が断末魔の叫びを低く響かせながら奥側へと倒れ伏すと、待ち構えていたかのように大楯部隊が素早く前に出る。
新設のであるディオール(エドガー)隊と、実質領兵であるヴェイナンツ(フラム)の隊が合同演習や訓練などをしていたとは考えにくいが、それを思わせない見事な連携ぶりだった。
勿論アデル達もそれを見学している場合ではない。アデルはすぐにブリュンヴィンドに門を超えさせ敵を頭上から威圧すると、アンナも共に味方部隊の進入を支援する様に高圧水流の魔法を放つ。
ネージュが大楯部隊が門内左右に展開するより早くもう片方の門の守衛を襲い半壊させるとすぐにエドガーの大楯部隊が残った守衛を押し倒し速やかにそちらの扉の閂を外した。
大楯隊が確保したスペースにフラム隊が鈍器を持ったまま押し入り敵の簡易防柵等を破壊して行く。
門の外から見える櫓に陣取っていた弓兵はすでにハンナの餌食になっていた。大楯隊の展開を確認すると、アデルとアンナ、ネージュは左右に分かれ建物の窓から弓を放とうとしている弓兵たちを始末して行く。
北外門の内側に詰めていたフィン兵は300程。その内の60近い弓兵はその半分以上が既に討たれており、敵兵数は200強と言ったところだろう。対してコローナ隊の兵数は600、今の所激しい損耗もない。数なら圧倒できる筈だ。
しかし、門という地形がそう簡単にそれを許さない。同時に戦える人数はそれほどの差はないのだ。ただ、コローナ隊が負傷者を後に送りすぐ後を詰めれるのに対し、フィン隊は替えが効かない。
コローナ隊も徐々に消耗するものの、大楯隊がスペースを押し広げるにつれて徐々に戦局が傾きくと、敵指揮官の後退命令で、事前に申し合わせていたのであろう殿部隊数十名を残し一目散に南へと走り出す。
すでに機能を失っている内門に向けて。
「ネージュ、東門の様子を見てきてくれ。フラム殿はその間に負傷者の応急処置を。東がまだだったら、隊を二つに分ける。」
エドガーが空にいるネージュに斥候を依頼すると、ネージュはアデルに確認するように顔をアデルへと向けた。
「行って来てくれ。向こうの中央も北内門がつぶれている情報を持っている筈だが、ここまで伝わっていなかったようだからな。うまくいけば敵を挟撃できるかもしれん。」
「ん。」
アデルの指示を受けてネージュはすぐに行動に移った。
「ある意味、指揮系統がしっかりしてるな……」
ネージュの確認から行動の過程を見たエドガーが苦笑しながらつぶやく。
「軍とは違って個々人の役割がでかいからな。」
「むう。そんなところに申し訳ないのだが……アンナの魔力を少し我が隊に分けてもらえないだろうか?」
「む?」
「大楯隊の隊長が負傷してな。一人だけでいい。」
「ああ、そう言う事か。」
アデルは頷くとアンナを呼び寄せ、エドガーもまた大楯隊の隊長を呼んだ。
事情を話すと両者ともすぐにそれに応じる。
大楯隊長は太腿に矢が深く突き刺さったままの状態で苦しそうな表情を極力押し殺しつつアデル達の方にやって来た。下手に引き抜くと確実にヤバイ奴だと全員が理解した。
「うまく引き抜けると良いのだが……鏃が残ると厄介だ。血が噴き出してもすぐには治療しないでくれ。」
エドガーがアンナにそう声を掛けるとアンナは困惑の表情を見せた。
「戦争用の矢はわざと鏃が抜けやすくして身体の中に鏃が残りやすい様に作られている物があるんだ。鏃が残ると表面の傷が塞がっても痛みが残り動きを悪くする場合がある。汚れていると最悪内側から腐敗を始める場合すらある。場所からして多少血が噴き出るかもしれんが、慌てず、合図があったらすぐ発動できるようにしていてくれ。」
エドガーの説明にアンナはさらに渋い表情を浮かべる。しかし事情は理解したようで苦い表情のまま頷いた。
「抜くぞ。」
エドガーが大楯隊長の太腿の矢を掴むと、全員が固唾を飲み込む。大楯隊長は痛みに表情を殺しきれずに苦悶の呻きと共に自らの傷を見る。
矢が抜けると同時にあふれる様に血が流れだす。
「よし、大丈夫だ。頼む。」
エドガーは鏃が一緒に抜けたことを確認すると同時にアンナに合図を送った。
「むっ!?」
恐らくは治療の熱だろう。を感じた大楯隊長が顔をさらに顰めると、次の瞬間には血が止まり傷が塞がっていた。
周囲から小さな歓声とも感嘆ともとれる声が上がると同時に、数名がアンナにいろんな意味で熱い視線を送る。
それに気づいたアンナは一瞬だけぎょっとした表情を浮かべた。
「すまんな。魔法は無限じゃないんだ。応急手当で済む者はなるべくそれで済ませてくれ。ポーションの補充は可能な限り応じるが数に限りがある。」
アンナに変わりエドガーが周囲、主に負傷した兵に向かいそう言う。負傷した兵も周囲の兵もそれは理解している。してはいるが、実際自分が痛みを覚え、友人の身体から血が流出していれば簡単に割り切れる者ではない。その思いを一心に受けアンナは相当な重圧を感じた。アデルもすぐにそれに気づく。
「言葉は悪いが、一定時間で補充が効く高い高位回復剤が少量あるだけと考えてくれ。ハイポーションは軍備の中でも虎の子だろう?部位欠損ともなれば恐らくこの場で対応できるのはアンナだけだろう。それも、すぐに対処できるか、そもそも俺らがすぐそばにいるかの保証はできんやつだがな。」
アデルがアンナの肩を抱きつつそう言うと、周囲の兵たちも諦めの表情を見せる。
「止血がいる者はこの場ですぐに行え。それ以外は急ぎ内門へと向かう。せっかく無力化した内門が応急処置だとしても修復されていたら面倒だからな。それこそ被害がもっと増えるぞ。急げ!」
「「「応!」」」
エドガーの檄にこの戦闘を無傷で乗り越えた兵たちが答えた。
「フラム殿、我々は先に内門の制圧に掛かる。もし東門がまだ落ちていない様ならそちらの支援に回ってくれ。」
エドガーの言葉にフラムが頷く。北門はすでに攻略ではなく制圧の段階だ。そうなれば優秀な大楯部隊を持ち、数が多いエドガーの部隊が有利である。一方東門の攻略がまだであったなら、うまくすれば敵の背後から攻撃できる可能性もある。敵がまだ後退していないなら東門に向かうメリットは大きい。
フラム隊は手際よく負傷者の応急処置を始めると、程なくしてネージュが戻って来た。
「向こうの門の敵も後退してた。こっちの後退を受けて何かしらの合図があったみたい。中央からは各門の様子が見えているみたいだし。」
「そうか。向こうは門を抜けられてたのか?」
「……まだみたいだったから、守衛始末して開けてきた。ついでにこっちの内門の閂、もう壊して来たって言ったら笑われた。」
多少裏技染みているが、本隊であるグラン隊が外門を破りきる前にこちらが2つの門を無力化してあると聞かされたトルリアーニの心中は幾ばくのものか。アデルは少し気になった。
「その笑い顔を見てみたかった気もするがな。よし、エドガー隊を追おう。制圧できたなら一気に中央まで攻められる。敵の防衛隊が配置されたなら排除の手伝いだ。」
アデルの言葉にネージュとフラムが頷いた。
北内門はすでにエドガーの部隊によって制圧されていた。
エドガーの話によると、中央から3小隊程が派遣されてきていた様だが、閂のない門にその程度の人数では大した抵抗も出来ずに逃げ帰ったらしい。
狭い門の向こうから射撃するなり、奥に同数以上の迎撃部隊などを配置できていたならまた状況は違っていただろうが、元々少ないカンセロ防衛隊の内、さらに少数の、本隊に対応していない後詰部隊の数ではたかが知れていると言うものだ。
「ここでの目的は敵の殲滅ではなく敵軍の排除だ。逃げる敵は追う必要はないから、先に東内門を内側から攻めてやろう。その後合流して市庁舎なりその他の施設など制圧してしまえばいい。」
大勢はほぼ決まった。エドガーの言葉に将兵、冒険者ら全員が頷く。しかし、ここで一つ問題が浮かぶ。
「合流するにしても、一度中央まで行く必要があるな。下手をすると前後から挟まれかねんぞ?」
カンセロの構造上の問題だ。街道が交差するのは中央の防衛能力を持った市庁舎の周辺だ。そこを通らずに別の街道に乗り換えようとする場合、細く入り組んだ道を抜ける必要がでてくる。
アデルの指摘に、エドガー、フラム、イリスらがネージュの作った地図の写しを見ながら眉をしかめた。
「私が空から先導する。3つくらいに分かれて、私を目指す様にすればなるべく無駄な時間を使わせない様に東方面の街道の内門と市庁舎前の広場の中間付近に誘導するように飛ぶ。」
ネージュが周囲に向けてそう言った。ネージュが空から使えそうな道を選び3つくらいの集団が同時に移動できるように指示をすると言うのだ。
その提案を聞いたエドガーらは互いに視線を送ると、全員揃って頷く。合流するには間違いなくそれが最良の手段だ。
「建物に弓兵が隠れてるかもしれないから、油断しない様に。見つけ次第出来る限り始末するけど、全部は対処しきれないだろうから。」
そう言うとネージュは跳躍と共に中空へと浮かぶと、数秒周囲の地形を確認し一点へ向かい飛行した。
ネージュの後をすぐに追い掛けたのはハンナだった。ハンナはオルタを背に乗せたまま器用に楯を取り出し、左手に装備する。成体ではないとはいえ、人の倍ほどの体積を持ち、移動速度が全く異なるハンナが歩兵よりも後ろになるとお互い色々邪魔だ。
「こういう時、ネージュは逞しいな。いや、頼もしいと言うべきか。」
「行き当たりばったりに見えて、マッピング能力は俺やオルタの数倍上を行くからな……」
エドガーの呟きにアデルが答えた。
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細い路地を抜ける途中、何度かゲリラ的な狙撃を受けたが、ネージュの警告や大楯兵、白風らゲリラ戦にも対処可能な冒険者らの活躍により大きな損害はなく東内門に通じる街道へ向かう。
しかし途中、あと少しと言うところでネージュが急に動いた。どうやら伝令を発見し始末してきた様だ。
だがしかし、敵も自分の命が掛かるとなれば感覚が鋭敏になるのだろう。ネージュやアデルらの位置や動きを見て、北内門がすでに破られていると悟ると中央からの通達を待たずにすぐに後退を始めた。
ネージュが敵の後退を伝えると、エドガーら大楯部隊を中心に前衛が前に出る。細い路地の出口に広く展開されるとこちらがやや不利となる。まだ東内門の外にいるグラン隊を除けば数的にもほぼ互角、地形的にはあちらが有利だ。
敵軍東門隊は一部を門に、一部をコローナ隊の迎撃部隊として分けつつ、さらに一部を中央へと後退させようとした。
しかし、それを許さなかったのがハンナとオルタ、そしてエドガーだった
状況を察したハンナは素早く路地を駆け抜けるとオルタを降ろし共に路地の出口を確保する。両者とも当座の役割は心得ている。両手武器を振り回し暴れまわりつつも、場所だけはそれほど動かない。出口地点の確保を優先した。アデルもオルタもこの辺りの戦術までは教えていない。オルタの動きを真似たのか、もともとこういうシチュエーションを知っていたのかはわからないが、末端のケンタウロスにもこれくらいの戦術感はある様だ。
その間にエドガーと先程治療した大楯隊長ら数名がすぐに路地を走り抜けると、そこにアデルとブリュンヴィンド、ネージュやアンナも加わり、十数名で幅10メートル程の街道を横に封鎖した。
その間にエドガーの後続部隊が街道に抜けると、アデルは脇で敵を牽制していたネージュとアンナに言う。
「ネージュは門守衛を攪乱しつつ、アンナはこっそり閂を外してやってくれ。」
そこで言葉を一旦切るとさらに大きな声で言う。
「エドガー、ここは任せる。オルタとハンナは邪魔にならん程度に暴れておけ。俺はフラム隊の支援に行く。」
そう言うと誰の返事も待たずに高度を上げ、フラム隊の行く先の出口の確保へと向かった。
しかしそれも杞憂であった。フラム隊は既にフラム本人やイリスを始めとする白風ら騎士が先行し敵の側面を食い破りつつあったのだ。ほんの数秒見ただけだが、フラムもイリスらに負けていない。
白風の実力は実を持って知っている。特に全員が騎士――聖騎士である彼女らの前では雑兵など多少数を盛ったところでどうこうできる相手ではない。フラムもまた万全ならヴィクトル以上に戦える存在であるのだ。
中央へと戻る道をオルタやエドガーらに阻まれ、側面からフラム隊の猛攻に晒されると、数的に若干有利とは言えその実力差、戦力差に圧倒され、フィン軍は街道を外れ反対側の路地へと逃走を始めた。
狭い路地に一度に大人数で逃げ込めばお互いが邪魔し合い、反撃どころか下手をすれば味方を怪我をさせる事になりかねない。そしてそのような状況でハンナやイリスら騎兵に背を向けるのはまさに自殺行為と言えた。
背後からハンナが放つ強弓の矢は敵兵数人を貫通しまさに鴨撃ち状態だ。崩れていく敵陣をエドガー隊らが更に圧迫し、フラム隊が遠慮なく側面背後を襲う。
東門隊の半分が逃げ出し、半分弱が討たれたところで、東内門も開放されグラン軍が合流する。あとは敵指揮所のある市庁舎を制圧し、建物に隠れるゲリラ狙撃兵を排除するのみだ。カンセロ中央部の施設配置や建物の内部はトルリアーニらがしっかり把握している。程なくすれば制圧が完了するだろう。
誰もがそう思いつつあった。だがしかし、一騎の伝令がその雰囲気を一瞬で吹き飛ばし、続く数秒でぶち壊す。
人馬共に極限まで疲弊をしている所を見ると、相当無理に飛ばして駆けつけた様だ。伝令の表情も逼迫したと言うよりは、憔悴した。憮然と言うよりは恐慌寸前と言った表情だ。
その場にいた者全員が、只の連絡ではないと瞬時に悟る。
「オーヴェ平原に向かった我が軍第1部隊、壊滅状態です。」
将、兵、冒険者問わず、誰もがその言葉の意味をすぐに理解できず、何の反応もできなかった。
「オーヴェ平原に向かった第1部隊、戦闘を前に敵の魔法攻撃を受け半壊。現在、ヴェイナンツ様を殿に退却中です!」
息を整え、少しだけ落ち付きを取り戻し改めて述べた伝令の言葉にフラムの顔が真っ青になる。
トルリアーニ、エドガー、そしてアデルやイリスらもその伝令の言葉を改めて数秒間理解し飲み込む事が出来なかった。
1か月遅れで某ゲサントラ到着。戦闘シーンが捗る不思議!
ATD-0(X-2)DLC実装はよう…




