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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
219/373

 味方の矢が敵弓兵の1人を仕留めた。

 最前列で大楯を構えながらがむしゃらに走る者たちを除き、多くのコローナ兵がその瞬間を軽い驚きを持ってに目撃していた。しかしそれが弓隊の隊長であったと分かった者のはわずか10名にも満たない。そしてそれがカンセロ防衛隊の将官であったと分かる者は1人としていなかった。


 動揺したか、敵の弓兵が斉射ではなくばらばらに矢を射始めたのを見てエドガーは全速前進を指示した。

 大楯隊を先頭にして300のエドガー隊が一気に加速するのを見てフラムが慌てて割り込んだ。

「ディオール殿、我が隊は予備の武器として“打槌メイス”を所持しています。中には専用の大型の物を所持している者もいます。門に取り付いたら、彼らを前面に出させてもらいたい。」

 打槌メイスとは頑丈な棒の先に鉄の塊を取り付けたシンプルながら威力のある打撃武器だ。取り回しは極めて悪く、威力を出すには相当の腕力が必要となるが、鉄製の門や複雑に組み合わされた木製の柵、薄い石壁など、敵方の防壁を破壊するには剣や槍といった刃物よりも効果が高い。

「承知した。合図をしたら一気に前に進めてくれ。」

 エドガーがフラムの案に同意すると、アデルは改めてブリュンヴィンドに乗り込む。

「じゃあ、俺らが動き出すのはそのタイミングかね。敵の目を引きつけるくらいは出来るだろう。」

「アデル兄、単身で無茶は……」

 フラムが心配げな表情をするが、すぐにエドガーが押し止める。

「いや、陣形や隊列を変える瞬間はどうしても無駄が出来たり隙が出来る。目を引くだけで単身乗り込めって言うんじゃないんだ。」

「うん。下から手出しできない高さで壁を超えるだけだ。敵の弓も大分数を減らしているしな。」

 将たちがそうこうしている間にハンナが既に10数名の弓兵を始末している。

 アデルの事前の指示で、門の上に陣取る敵兵を徹底的に射落としているのだ。

「上から物を落そうとする馬鹿は、じきにいなくなるだろうさ。まあ、あの程度の高さからじゃ、相当の重量物か、煮えた油でも落さなきゃ殺傷力はないだろうがね。」

 門の扉の上にも敵の兵士たちが渡れるスペースが設けられている。本来ならそこから巨石なり熱した油なりを落せば門に取り付き壊そうとする敵兵にこの上ない圧力になるのであるが……門の真上や周囲数メートルに立とうものなら程なくして眉間に矢が飛んでくるという状況でその場に立とうと言うものは多くなく、また、その場に立てと指示をする者は最初に始末されている。斉射の号令を出す人物を真っ先に狙えと言う指示をハンナは見事に一発でやってのけたのだ。

「相変わらずえげつない。殆どヘッドショットだな。」

「……まあ、弓はなぁ。頭とか心臓とか急所じゃないと、即死しないしな。」

 弓矢による遠距離攻撃は頭や心臓と言った急所以外に命中しても十分な脅威ではある。しかし、それらは矢を抜いて出血させた時点で命に迫るという場合も多い。況して回復魔法やポーションが存在するこの世界では、肺や内臓を少し穿った程度では致命傷にならない場合も多い。前線に立つ者なら雑兵とは言え、下級ポーションの1本や2本は支給されていても不思議はない。勿論、乱戦中に服用するのは難しいだろうが、このようにまだ遠距離からの撃ち合いの状態なら、安全な場所に移動させて服用させるくらいは可能だ。そうなれば、一度減らしたと思った敵兵がまた弓等で攻撃を仕掛けてくる恐れがある。

「“こっち”の門は引付けるなら俺らで行くよ?兄ちゃんたちは……ね?」

 オルタがハンナに乗り込みながら意味深に笑う。

「こっち?」

 オルタの言葉にフラムが怪訝な表情で反応する。

「敵や味方の意識が外門に集中している間に、内門をいくつか強襲して無力化してくる予定だ。」

「は?」

 アデルの言葉にフラムが素っ頓狂な声を上げると同時に、少しむくれる。

「まあ、言っても信じてもらえないだろうから黙ってただけだ。それに丸々うまくいく可能性は高くない。期待値半分くらいでまずはここに集中してくれ。カンセロを落して終わりじゃないんだ。消耗はなるべく抑えろ。」

「お、おう……」

 アデルの言葉にエドガーが無言で頷くと、フラムは少し引きながら声を返した。

「頃合いだ。いくぞ!」

 前線が門から30メートル付近になったところでエドガーが号令を出す。

「おう!」

 フラムと白風、オルタとハンナがそれぞれの掛け声をあげて行動に移る。

「よし。いこうか。」

 ブリュンヴィンドがふわりと地面を離れると風のみを残して2人の妹の姿が消えた。



 コローナ隊の最前列が門に辿り着くと同時に、1体のグリフォンが門の上空を何周か旋回した。高さは100メートル前後だろうか。突如落ちてきた影に敵兵の多くが注意を向けると、グリフォンは何もせずに門の内側へと飛び去って行く。

 敵兵の多くが上を見上げるとほぼ同時にエドガーとフラムの声が交互に響く。

 指示に合せエドガー隊が左右に分かれると、メイスを構えたフラムの部隊が前に出て鉄扉への攻撃を始める。中には両手で扱う大型の槌や斧を持って扉を殴りつけている者もいるようだ。

 各隊の弓兵や中~遠距離攻撃の手段を持つ冒険者らが門の上から弓を射かけてくる敵兵を牽制し、倒す。下からでは見えないだろうが門の真上の渡りの部分では額から矢の角を生やした多数の弓兵の死体が物理的にも精神的にも味方後続の接近を防ぐ形になっていた。

「凄い事になってんな。ハンナのスカウトは大正解だったな。」

 敵の目を引くべく門の上空を何回か旋回して円を描きながらアデルは門の上下――下は内側の様子だが――を確認した。

 アデルは脇にいる者に向かって聞かせる様に呟く。アデルの周囲に他に人影はない。

かんぬきはあんな感じか。流石に金属製だよなぁ。」

 アデルはやはり聞かせる様にそう呟くと門の外側で打槌による攻撃が始まるのを確認し、そのままその道の内門へと向かっていく。



 カンセロは多少の歪みがあるがだいたい綺麗な円である。その直径は700メートル程度だ。円周にすればその3倍以上続く、高さ10メートル弱の石壁は下から見れば相当に圧巻だ。

 しかし上から、しかも高速で移動するグリフォンに乗っていてはそうでもない。

 外門からわずか十数秒で内門に併設された櫓が見えてくる。向こうも当然こちらの姿は見えている。

 どう見ても味方には見えないグリフォンが真っすぐに接近、降下してくれば、内門や櫓に配されている兵士たちも一斉に弓を構え迎撃態勢を取る。

 グリフォンが門左脇の櫓に狙いを付けたか、真直ぐに急接近を開始した。櫓に詰める兵は左右に3人ずつ。内、弓を構えている兵は2人ずつだ。それほど広くない櫓で弓を構えられるのは2人が限界である様だ。もう1人は観測兵か?左門で武器を持っていない兵が合図を出すと、左右の櫓、そして門の奥の建物から矢が斉射される。

 グリフォンは不意に針路を上にあげる。ピッチアップで回避したしたと思えばそのまま270度近いロールを行う形で矢を避ける。グリフォンの背が櫓に最接近した瞬間、その背に乗っていた男が伸ばした長槍で並んでいた左櫓の2人の弓兵の首を薙ぐ。グリフォンは更に残りの回転して姿勢を戻すと再度高高度へと上げた。


 狙われなかった右櫓の3名は冷や汗を流しながら高高度へと上がったグリフォンの姿を目で追った。その瞬間、不意に不自然な風を感じたと思い視線を元のレベルに戻そうとした刹那、こちらも並んでいた弓兵2人が短めの氷の槍によって貫かれていた。生き残った観測兵が慌てて腰の剣を取ろうとしたところですでに遅い。いつの間にか接近していた翼人が2段目の突きでその兵士を仕留めたと思えば、手に持っていた槍を左櫓の残った観測兵に投げつけ、その首を貫いていた。

 翼人は左腕に装備していたバックラーを翳しながら右櫓の右側から飛び降りると、ふわりと白い翼を広げると重さがないかのような上昇速度で空のグリフォンと合流した。その位置は門の右側の建物から外を窺っていた弓兵たちには死角となっていた様で、彼らは左の建物に控えていた弓兵の視線を追ってその存在の移動を知った。

 

 左の建物の弓兵が呆然と空を見上げている中、門の方でも異変が起きる。

「「がっ!?」」

 短い悲鳴が複数上がったと思えば、門の開閉を管理する為に立っていた地上の兵がほんの一瞬で半分以下になっている。左の建物の兵士が何が起きているのか?と身を乗り出して確認しようとした瞬間、低空から伸びてきた鞭の様な何かに首を引きちぎられていた。

 今度は――竜人か?皮膜の翼をはためかせ、小さな竜人が左の建物の弓兵がいる窓に突撃すると、こちらと視線が合う。慌てて弓を構えようとしたが……その時には額にダガーが突き刺さっていた。




「ここまでは完璧だな。が、問題はこの閂だ。」

 ネージュが左右の建物の敵を掃討した後、残った地上の兵をブリュンヴィンドと共に始末したアデルは素早くブリュンヴィンドから降り、閂を外しにかかる。金属製の閂は滑りも悪くなかなかうまく開かなかったが、ネージュがすぐに手伝い、門を開ける状態にする。

「木製だったら“破砕”の魔法で一発だったんだがな。」

 閂が丸太か何かであったら、かつて習った、無機物に強い衝撃を与えるという魔法で粉砕したのだが、太さ10センチメートルほどの四角柱であるこの門の閂はそうも行かなさそうだ。

 一応試しに魔法を発動してみたものの、ゴーンという鈍い音を響かせるだけで変形させるには至らない。

 100メートルほどの高さにいたグリフォンが内門の1つと思しき位置に急降下したとなれば、その光景は意識していれば町のどこからでも確認できるだろう。恐らく都市中央付近で戦況を見ている者たちが見落とすとは考えにくい。

「俺もメイスを用意しておくべきだったか……流石に門破壊は当初想定してなかったしなぁ。」

「でもこれ、するっと抜けるには抜けるよね……」

 ぼやくアデルにネージュが声を掛けた。

 閂はただの四角柱、恐らく取り付けた状態での加工が難しかったのだろう。突っかかりなどはなく、門の穴から引き抜けば引き抜ける構造だ。しかし、閂を地面に落としたところで10人ほどの兵士が戻そうと思えば持ち上げ、元の位置に戻すことは可能だ。

 アデルが思案する中、上空で敵の動きを観測していたアンナが急降下で接近してくる。

「中央から50人程の部隊がこちらに向かってきます。」

「50人か……奇襲で迎え撃つには多いな。仕方ない。これ以上は欲張れないか。」

 アデルは閂を地面に落とす。ドスンという音を立て地面に落ちたそれは一人で抱えるにはきつそうだ。

「ブリュンヴィンド。持ち上げられるか?」

 アデルの問いかけに、ブリュンヴィンドがとととと駆け寄ってきて閂を加えようとするが、流石に無理の様だ。しかしブリュンヴィンドは両前足でそれを掴むと何とか浮上することが出来そうだ。

 それを見たネージュが声を掛ける。

「竜化すればもう1本も持っていけそうだけど……」

 外門同様、扉は2枚あるのだ。1本の閂を持ち去ったところでもう1枚の門はきっちり仕事が出来る。

「ああ、そうか。」

 だがアデルはそこでようやく打開策を見つけた。閂ではなく、閂を通す穴を潰してしまえばいいのだ。アデルは倒した敵兵の武器を使い潰しながらそれぞれの扉の内側の穴を歪め、潰すと、敵部隊の到着を前にその場を離脱した。




 アンナとネージュが再び姿を消した状態でアデルは再びブリュンヴィンドに乗り高度を上げた。そして“プランA”の失敗を悟る。

 敵も馬鹿ではない。そして鉄の閂の対処に時間を取られすぎた様だ。すでに東方面と北方面の内門に向けて、中央より100規模の部隊が派遣された様だ。

 とはいえ、内門の1つは無力化できた筈だ。修理しようにも、この状況ではそうもいくまい。アデルはすぐに北外門に戻る。

 

 上空から窺う北外門の攻防はだいぶ状況が動いていた様だ。鉄の門はすでにだいぶ変形している。しかし、攻め側もかなりの疲弊があるようだ。双方の遠距離部隊が消耗する中、コローナ軍は少しラインを下げ、今は爆発や火炎系の魔法で門を攻撃している様だ。門や外壁の上の渡りの部分にはすでに敵弓兵の姿はない。しかし、門の内側に詰めた300程の兵の中には短弓を所持している者もおり、姿の見えない外に向かって適当に矢の雨を降らせている。

 味方の大楯兵が術者を庇うように立ち、その隙間の視認して門に爆発系の魔法を放っている様だ。この状況では門の内側にちょっかいを掛けようにも、効果よりもリスクの方が高い。アデルはそう判断し、門の外側から敵の矢を動きを見極めながら降下した。

 上空に現れた影に気付いたエドガーが着地を待たずに声をあげる。

「首尾は?」

「すまん。“2つは無理だった”」

「……てことは、こっちの内門は潰したんだな?」

「少なくとも1~2時間で修復は出来ない筈だ。」

 その言葉に、エドガーとフラム、白風その他周囲の者の表情が少しだけ軽くなる。

「よし!《魔術師メイジ》の諸君、ご苦労だった。ここを抜ければカンセロはあと僅かだ!ぶち破れー!」

 エドガーの突撃命令にいち早く反応したのは剣(鈍器)を片手に構えるオルタを乗せた、楯を持ったハンナだった。


 瞬間的な加速の勢いを乗せ、オルタが側面から鉄の扉をぶっ叩くと一際大きい音を発しながら扉が更に内側へと歪む。

 そこへ更にフラム隊の鈍器部隊が一気に詰め寄った。



 巨大な銅鑼を鳴らしたかのような轟音と共に、カンセロ攻略は第二幕へと移るのだった。


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