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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
217/373

共同戦線

 あらゆる他の陣営に先駆けて第2旅団はオーヴェ平原に到着した。

 オーヴェ平原は、カンセロまで南西に約5キロメートル、正午に出発すれば夕前には会戦できるという位置だ。それは敵も味方も同じだが部隊の機動力を考えればコローナの方が早いだろう。

 尤も、カンセロ駐屯のフィン軍にはわざわざ防衛施設のある町を出て平原で倍近い軍を相手にする必要はないのだが。

 反面、反対のグランディアまでは直線なら東に40キロメートルほど、街道が一旦北東へと向かう為、街道を使うならさらに10キロメートルほどの距離を要する。こちらは丸1日、夜戦を避けるなら行軍速度によっては更にもう1日必要になる距離である。

 しかし、グランディア軍は昨日の昼前には出発している。状況次第ではカンセロの部隊と共同で挟み撃ちにされる可能性も排しきれない。更に敵の援軍とも取れるタルキーニ軍はグランディアにいるフロレンティナの息がかなり濃くかかっている様子も窺えるため、東西の状況には常に注意する必要がありそうだ。


 本隊が陣を築いている間、アデル達は早速各方面に偵察に出ていた。

 アデルとブリュンヴィンド、アンナはグランディアからの1500と義勇軍の動向を、ネージュはカンセロとタルキーニ軍の様子を、リシアは遠隔でグランディアの残りとグラマーの軍の動向を偵察・観察した。

 そしてグランディアまで足を延ばしたアデル達が戻ってきたときには既に義勇軍の先行部隊1000が第2旅団との合流を果しており、アデルの報告を待って会議が始まることになっていた。


 互いの軍の状況説明は既に終わっていたのだろう。会議はアデルの報告から始まった。義勇軍の先行部隊のリーダーは大将であるヴァルフレート・トルリアーニだ。既に互いに顔を見知っているので紹介等は一切なく、アデルはすぐに報告を求められた。

 グランディアを出たフィン軍は昨日とほぼ変わらぬペースで街道を西進中だった。ただ街道が緩やかに北方向へ湾曲している為、オーヴェ平原に向っているのか、義勇軍の後続部隊を狙っているのかは判断に難しい。また、グランディアの防衛はやや離れた高高度からの偵察の限りでは、グラマー方面の防衛を固める様子が見てとれたことを申し添える。


 続いてネージュの報告だ。

 カンセロはほぼ動きなし。昨日夕方と比べると、若干町に出ている兵士たちの姿が多く、内門を中心に防衛体制の確認をしている様子も覗えたと言う。こちらで気になったのは敵兵は道の狭い住宅街エリアでもそれなりの数を見かけた。と言う物だった。細い道が入り組む住宅地に潜伏されると、全てを排除するのは相当に骨の折れる作業になるだろうと言う。

 そして西方面で一番大きな変化が、タルキーニ軍の行軍速度が上がった事だと言う。コローナ軍が直接グランディアでなく、カンセロを先に狙うそぶりを見せたため、慌て出したのではないかと言う見立てだ。そこにアデルが、タルキーニ軍の編成にはフロレンティナの思惑が色濃く取り入れられているらしいと言う情報を付け加える。

 そちらに真っ先に反応したのがウィリデだ。

「どこからそんな話が出た?」

 おそらく初耳なのだろう。しかしただの噂とは思えなかったか、ウィリデがそう確認を取ってくる。

 アデルはネージュと視線を交わすと、アデルが説明をする。

「昨晩、闇に紛れてタルキーニ軍の部隊にぎりぎりまで近づいた結果、部隊を離れていた兵士とカチ会ったらしくて……取り押さえて事情を聞いたらそんな話が聞けた様です。末端の兵士なので詳しい話は知らなかったようですが。フィンの督戦隊も、もしかしたら外様であるフロレンティナを警戒しているのではないかという話でしたが。」

「外様が外様を動かしたとなれば……まあ、そりゃ警戒はするわな。元々カールフェルトとタルキーニは親交も深く、どちらもフィンには強い抵抗をせずに降った所だ。しかしそんな話、昨晩の報告には無かったと思ったが?」

 ウィリデはそう言いながらネージュを見る。

「そんな話聞かれなかったし?」

「…………。その兵士は?」

「始末して離れた場所に捨ててきた。血痕とか消す余裕なかったから、朝になって斥候が接近していたことには気付かれたかも?行軍速度が上がったのはそのせいもある?」

 ネージュが首を傾げながら言う。12~13歳の少女が純粋そうな表情で首をかしげながら問う様子は見るだけなら実にかわいらしい。しかしその場にいたアデル達のパーティは全員、それが大嘘であることを知っている。彼らにはそんなネージュさんが頼もしく、そして真っ黒に見えた。竜人恐るべしだ。その竜は白き氷竜の筈なのだが真っ黒だ。

「そうか……今日明日中にカンセロに到着しそうか?」

「今日はまず無理だろうけど、明日中には到着するかも。」

 そう言いながらネージュはカンセロの図面を取り出し、ウィリデに提出する。

 大半は昨日の内に書き起こされていた物に今日の偵察結果、つまりは敵が防衛拠点として整備点検していた箇所と連絡系の兵士の動線を追記したものだった。この時点でウィリデは完全に手玉に取られていた。


 それを見たウィリデとトルリアーニが同時に唸り声を上げる。

「私は昔、一時期だがカンセロを守っていた事もある。簡素な図だが見事なものだ。この図面からなんとなく当時の町の面影を思い起こせる気がするよ。しかし、連絡兵の動線か。都市の攻防は何度か経験しているがそこまで考えた事はなかったな。」

 トルニアーニがしきりに感心している。平時の伝令の動きなど、軍全体を管理する将には思いも寄せない事項だろう。しかし、斥候、情報部隊となればそうでもない。敵伝令が1人、1組であるとは限らないが、伝令をインターセプトする事により、敵側の情報伝達をある程度遅れさせることができる場合も大いにあり得るのだ。

 その言葉に、ウィリデはカンセロ攻略、そしてその後に続く対応に一つの光、最適解を見出した。

「ここ数日の様子から見て、カンセロ自体にはそれほどの規模の兵はいなさそうだが……今いる閣下の軍にコローナから600を加えてカンセロを急襲する事は可能ですか?」

 ウィリデがトルリアーニに尋ねた。

「今回連れて来た部隊は精鋭も多い。やれと言われればやってみせるが……可能であれば……」

 トルリアーニはそう答えながらアデルの方をチラリと見る。ウィリデもそれに気づき、アデルに視線を送った。

「……まあ、ウィリデさんの方で他に優先する仕事がないなら参加はしますよ?余所の軍の指揮下に入るかは別として。」

 アデルはウィリデにそう返した。

「明後日になっては確実にグランディアのフィン軍とタルキーニ軍に挟まれる形になるだろう。それを避ける以上に優先する事もない。こちらからエドガーとフラムを付ける。やれるな?」

 その言葉にヴィクトルが眉を寄せ、ラグが立ち上がる。

「なぜディオールとフラム殿なのか!?一番槍なら我々に」

 そう声を荒げるラグにウィリデはニヤリとした表情で答える。

「貴公らは野戦の方が存分に力を振るえると思ったのだが……」

「野戦?」

「俺を含む残りのコローナ軍1500、それにあわよくばグランの後続部隊と共にグランディアからのフィン軍を叩く。タルキーニの軍が到着するまでに終わらせる。」

 ウィリデの断言にその場にいた者全員が息を飲み込み――そして頷いた。



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 ウィリデが発案した2正面作戦は突然ではあったが、陣地にいたコローナ・グラン両軍に即座に通達された。

 

 緊張気味の表情のフラムにアデルが『大丈夫か?』と声を掛けると、フラムでなくオルタが答える。

「そのねーちゃん、昨日、ヴィクトルに馬上戦で勝ってたぜ?」

「え、マジ?そうなのか……」

 オルタの言葉に驚くアデルにフラムは少しだけ得意げな表情で頷く。

「まあね。でも軍と軍との戦いは初めて。ましてや将として都市制圧に携わるとなると……」

 フラムの緊張は己の武力云々ではなく、軍を預かる事に対する責任、その戦術や戦略に対するものの様だった。

 フラムの隊は元々ウィリデの領地から連れてきた兵たちで構成されているが、その兵一人一人に家族が、中にはフラムも見知っている家族を持つ者もいる。

 今迄の妖魔討伐や賊の討伐とは規模の違う、況して自分たちの生活とは殆ど関係のない他国の戦場に立たせることに対して相当なプレッシャーを感じているとのことだ。

 その言葉にエドガーと白風が神妙な顔でうなずき、トルリアーニは若者を見つめる大先輩とも見える様な表情で『将とは、爵位持ちとはそう言う物だ。特に戦では結果が全てとなる。最初は難しいだろうが、将として多くを生き残るには、多くを生き残らせるには物事全てを客観的に俯瞰するしかない。』と声を掛けた。その言葉にフラムとエドガーが緊張気味に息をのむ。

 アデルは普段通りの表情で

「いくら気負ったところで生きて帰らなきゃ反省する暇すらもらえんぞ?」

 と声を掛けた。


 その後すぐに“連合軍”カンセロ方面隊での簡単な打ち合わせが始まった。

 兵員数はトルリアーニが連れてきた“グラン王国軍”1000とフラムの直属部隊200にエドガーに新規につけられた300、それにウィリデが予備戦力にと雇った冒険者ら100弱である。

 カンセロを知り、参加兵数も多いトルリアーニが大将とされたが、実際にはトルリアーニの作戦をコローナ勢が支援する形、即ち指揮系統は別ということで落ち着いた。


 まずはそれぞれの長副1名ずつ+1の顔合わせから始まる。

 トルリアーニの副官はジョルジョではなく別の者だった。少将だったジョルジョには後続の1000強を纏めさせ、今回トルリアーニが同行させたのは、グラン陸軍に3つあった騎士団の内の一つの副長だった者だと言う。

 対してフラムやエドガーには副官と呼べる存在はいなかった。形式上、白風のイリスがフラムの副官兼、冒険者勢のまとめ役として紹介された。叙任間もないエドガーは新たな配下を付けられたばかりでその実力等も判っておらず、現時点で副官を抜擢できていない。エドガーはチラリとアデルを見るが、アデルは小刻みに激しく首を横に振った。

 そして+1というのがアデルとネージュだ。カンセロの俯瞰図を作成し、ほぼリアルタイムでアップデートできるネージュはカンセロ攻略に必須とされた。偵察能力はネージュに劣るが、ネージュの属するパーティのリーダーであり、そのネージュを唯一まともに管理できる(と思われている)アデルもまたその場に呼ばれた。

 肩書はコローナのBランク冒険者であったが、冒険者まとめ役、Sランク冒険者パーティのイリスからも、他の2将からも別の独立した者として扱われることになった。彼らの重要性はトルリアーニも一応の理解を示しており、その副官が少し首を傾げた以外は異を唱える者はいない。

 

 まずはネージュの会心の妥協作を基に作戦が練られる。機動性重視のカンセロ方面隊は門や城壁を破るための攻城兵器など持っていない。

 外郭壁は城砦や本格的な城砦都市と比べれば低いとされたが、それでもそこをどう突破するかがカギとなりそうだ。都市内部の内門も考えれば最低2枚は抜く必要が出てくる。そして抜けたとしても門の幅だ。事前偵察だと、鉄の扉2枚が併設されその幅は広くても10メートル程だ。一度に多数の兵を押し込むわけにもいかない。

 外門は3ヶ所、どちらも管理塔や弓隊用のスペースなどの防衛施設も設置されている。尤もこの辺りはトルリアーニが一番詳しく知っていたようだが。 

 打合わせの結果、東西北にある3門の内の、北と東、特に守りの厚い東をグラン隊で攻め、北門をコローナの部隊全部で攻めると言う事になった。


 アデル達もコローナの部隊として北門攻めに参加することになったが、これにトルリアーニが渋い顔をする。

「自前の騎馬伝令を用意しているが、可能なら誰かひとり、飛行できる者を付けてほしい。出来ればあの翼人の娘が良いのだが。」

 と、下手に出つつ、アンナをグラン隊に付けるように要求した。

「うーん……野戦ならともかく、この手の攻めだとアンナがいないとうちの戦力が半分になってしまうので厳しいです。どうしても必要なら俺が随時そちらに回りますが。」

「むう。それで君達は大丈夫なのかね?」

「“随時”でしたら。それにすぐ必要な場合は分かる合図を決めてもらえればなるべくすぐに向かう様にしますが?」

「そうか……わかった。到着までに合図は考えておく。まずはカンセロ北へ向かい体勢を整えよう。」

 トルリアーニがそう言うとその場での会議は終了となった。



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