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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
215/373

水面上下の四つ巴 ②

 義勇軍から離れたアデル達はグランディアに向かうべく移動を再開すると、程なくして件のフィンの軍勢を見つけることが出来た。

「騎兵300に歩兵1500くらいか。機動力重視と言う軍でもなさそうだな。」

 アデルはざっと数えながらアンナに聞かせる様にそう呟く。

 遠く見えるグランディア王城の影は、この場所がまだグランディアを出てそれほど離れていないことを知らしめていた。

「とは言え、街道通りにか。この道、一旦北西に向かうからどっちを狙っているのかはわかりにくいんだよな……帰りにもう一度様子を見るが……」

 グランディアからコローナ方面に向かう道は、緩く北に湾曲しながらオーヴェ平原の北東へと続く。いつの時代に、何故真っすぐではなくこう言う形を取ったのかは今のアデル達ではわからないが、街道に沿って集落等が出来、点在している為、今となってはこの道とその周辺が一番発達している。

「数は今言った通りだ。グランディアを出て街道を北西に2時間くらいとトルニアーニだっけ?に伝えてくれ。その後はさっきの手はず通りに。」

 アデルの言葉にアンナは頷く。

「わかりました。アデルさん達も気を付けて。」

 アンナはそう答えると来た方向へと取って返した。 

「問題はグラマーか。どう“上”と接触したもんかね?」

 アデルはそう言うと再びブリュンヴィンドに飛行の指示を出す。ルートは一旦真直ぐ南に下り、グランディアを迂回する形でグラマーを目指した。



 さらに数時間、夜になったあたりでアデル達はグラマーに到着する。中に入るのはアデルとしても随分と久しぶりな気がするが、まずは門をどう通るかだ。コローナ軍の伝令と伝えれば通るだろうか?

 暗くなってから、他国の象徴となっているグリフォンを伴い門に現われたアデル達を衛兵たちはやはり訝しんだ。

 コローナからの伝令と伝えたがすぐには納得してくれない。ウィリデの書状を見せれば或いはと思ったが、封を開けられるのは何となく嫌な気がしてアデルは別の物を思い浮かべた。

 以前ナミから預かったままとなっていた、昔の入国許可状だ。

「戦になる前に発行された物ですが。」

 と、前置きし提示した。それを見ると衛兵たちが態度をがらりと変える。

「これは閣下直筆の……!?」

 どうやら一番下に記されたファントーニのサインが直筆によるものだったようだ。末端の衛兵にそんなのが分かるのかと逆に疑問に思ったが、口には出さずに様子を窺う。

「すぐに取り次ぎます……が……少々お待ちを。」

 すぐに中に入れてもらえる訳ではないらしい。

 アデルは書状が古いせいかと思っていたが、実際の所は単純にグリフォンの扱いに困っただけというのがわかるのは町に入った後である。


 四半刻ほど待たされた後、程なくしてグラマーの中に入れられ、解放軍の司令部となっている市庁舎だろうか?に通される。

 アデルは当初、『ファントーニ侯に渡りさえすれば良い。』と書状を預けるつもりだったが、応対に出てきた騎士が『閣下が直々に会う。』との一点張りを行うので無理に引き返さずに会うことになった。

 ドルンの王城とは違い、グリフォンの立ち入りは認められなかった。仕方なくアデルはブリュンヴィンドとユナにここで待っている様に伝え、更に小声で「大丈夫の筈だが、何か起きたらすぐにウィリデの所に飛べ。」と付け加える。

 その様な言い方をすればユナは勿論、ブリュンヴィンドも少し不安げな仕草を見せるが、アデルは彼らの頭を撫でて頷く。


 会議室らしき場所に通され、程なくして数年ぶりとなるファントーニが部下を伴って現れた。

 アデルを案内した兵士が立ち上がり敬礼をすると、アデルも立ち上がって会釈をする。

「……コローナの伝令と言う話だったが?」

 アデルの姿を見て、微妙に違う、或いは正規軍の者ではないと思ったのだろう。ファントーニが眉間に皺を寄せながら言ってくる。

「ええと……お初に……という訳ではないのですがね。コローナから派遣されたグラン救援軍第2旅団大将、ウィリデ・ヴェイナンツに雇われた冒険者です。大急ぎの案件でしたので、私が依頼を受けて参りました。うちの早馬は空を飛べますので。」

 アデルがそう言うと、ファントーニはさらに怪訝そうな表情をした。

「グリフォンか。どういう経緯かは知らんが……今論ずることでもないな。……私のサインの入った入国証を持っていたそうだが、以前に会ったことがあったか?」

 アデルが直接ファントーニと会ったのは、一番最初、アンナを救出することになった、賊討伐の前後だけだ。流石に覚えてはいない様だった。

「お会いしたのは2~3年前でしょうか。カイナン商事の護衛としてグラマーに寄った時に、その帰りに閣下の領の賊の討伐に参加しました。その折、会議にナミさんとヴェンさんにお供してお会いしたことがあります。入国許可状はその後、ミリア――ム様をコローナへと護衛する為にドルケンから直接グランに入る時に預けられたままになっていたものです。

「そうか……そう言えば……」

 知っている名前と身に覚えのあるシチュエーションを出され、何となく思い出したのだろう。ファントーニは怪訝な表情から納得した表情へと変わった。

「グリフォンを伴っていたとなれば、忘れんとは思うのだがな。」

「当時はまだグリフォンではなく、普通の荷馬しかいませんでしたよ。グリフォンはまだ幼体です。」

「そうか。だが、うむ。で、書状と言うのは?」

「こちらです。」

 アデルが書状を渡すとファントーニはすぐに封を開け中を確認する。

「なるほど……実際、グランディアは動いたか?」

「先ほど、街道を北西へと向かうフィン軍、1500程を確認しました。街道を行軍していただけなので、対義勇軍に向けた可能性はなくもないですが、タイミングと規模からして、コローナの軍がグランディアでなくカンセロへと向いたのを察したのではと思われます。」

「そうか。トルリアーニには会ったのか?」

「つい先ほど。カンセロ攻め参加にはかなり前向きでした。」

「ミリアムの護衛についたとなれば……我々とトルリアーニの関係は知っているな?」

「トルリアーニ卿というか、ベルトーニ卿とラパロ卿との話の方なら。」

 耳にしていい気のする名前でないのであろう、ファントーニが少し表情を歪める。

「むしろそこまで知っているのか。という感じだな。で、あるなら、レオナール殿下とは?」

「……その辺りは余り。ミリアム様をコローナにお連れしたもの1年近く前で、それ以降は余り長く話す機会もありませんでしたし?」

 実際は婚約発表前に1度だけ長く話をしているのだが、アデルはそれを伏せた。

 ウィリデによれば、レオナールはまだファントーニをグラン国王、国主の後継と正式に認めてはいないとのことで、その辺りを突っ込まれると考えたのだ。

「そうか。まずは救援の軍、改めて感謝すると伝えてくれ。グランディアの様子はこちらの斥候からの報告を聞いて適宜判断する。我々としてもグランディア奪還は大願である。機を逃す様な事はせん。」

「はっ。」

 ファントーニの言葉にアデルは頭を下げて見せた。ファントーニもそれ以上の事は口にする気配がないのでアデルはすぐに伝えに戻るとその場を辞す。

「そういえば……そのカイナン商事、ナミは今何をしている?」

 アデルが退出しようとしたところでファントーニが呼び止め、俄かに思い出したかの様にそう声を掛けてきた。

「え?こちらでも把握されていないのですか?」

 逆にアデルが尋ねると、ファントーニは首を横に振る。

「商会で相当量の物資を用意してくれていたようだが……当の本人や側近――ヴェンの消息がつかめん。」

「私も承知しておりません。ドルケンでも同じような事を聞かれましたが……フィーメ傭兵団とはグランの出身ではないのですか?」

「あやつら――いや、あやつは元々イフナス公国の貴族の出だ。イフナスがフィンによって蹂躙された後、私が纏めていた当時のグラン国軍に身を寄せていたのだが。知らぬなら良い。今はまず、コローナ軍へと繋ぎ、よろしく頼む。」

 ファントーニがそう言うとアデルは再度頭を下げ、承知の意を示すと会議室を退出する。

(そういえば、レイラさん辺りがカイナン商事がイフナスで何かやってるみたいなことを言っていたような……?)

 アデルは不意にそんな話を思い出していた。

 

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 陽も沈み夜も更けてきた頃、ネージュは旧タルキーニ軍とフィン軍の輸送隊の夜営に接近していた。

 こちらはオルタの事前情報通り、実質2つの軍に分かれ行動しているようだが、流石に夜営は広く長い展開はしていない。フィンの弓隊を中央に、物資、輸送兵、戦闘兵、見張りと輪状に纏まっており、その数を把握するにはちょうど良かった。

「歩兵が1200、騎兵50、輸送関係に400程、弓兵が200といったところか。輸送隊とは……?」

 ネージュは上空から、地表の松明の輪の中を確認しながら呟く。カンセロで不本意に“不可視”の術の効果を切らせてしまったため、あえてネージュの時間、即ち真っ暗になるまで本格的な接近を待ったのだ。

 その甲斐あってか、松明の中の限られた明かりの中でやり取りしているそれぞれの兵たちの様子を詳しく窺うことが出来た。

 こちらもオルタの事前情報通り、兵員たちの表情は暗い。戦を前にした緊張と言うよりは純粋にやる気の出ないという様な表情だ。

 見張りを除き、その大半が防具を外している。


 そんな中、一騎の騎士だろうか――騎兵が1人集団を離れ、明かりの輪から離脱していく。ネージュは当初“野暮用トイレ”かと思ったが、様子がおかしい。その騎兵は松明等の灯りを持たずに、軍の輪から相当な距離を取ったのだ。督戦隊らしい弓兵たちは見えていないのかそれに気づく様子はない。

 不審に思ったネージュはその騎兵を少し離れた位置、高度から追跡する。

 馬の駆足で3分ほど移動した所で馬が止ると、そこにどこから現れたか別の人間がその騎兵に接触を図った。

 不穏なものを感じたネージュは詳細を把握しようと、羽根音、ダウンウォッシュ等を考慮したぎりぎりのところまで接近を図る。

 あちらは灯りを持っていない。仮に薄い黒幕を掛けたランタンを持っていたとしてもその明かりで数十メートル離れた位置の上空のネージュの姿を捉えられるはずもない。そう思っていたが、ある程度接近した所で後から現れた者と視線が合った気がした。


「「!?」」

 気のせいではなかった様だ。

 ほぼ同時に相手の存在を認識すると殺気が交差する。後から現れた者はネージュの姿が見えているかのように抜き身のダガーを投げて寄越したのだ。と、同時に騎兵に声を掛け離脱を促す。

「まずい!」

 ネージュは一気に接近しながらダガーを打ち払うと、さらに詰め寄り後からの斥候と思しき者にショートソードを投げつける。

 明らかに見えている。斥候は自身の短剣でネージュの投げた短剣をはじく。しかしそれはネージュの見せ球だ。ネージュはその隙に着地すると、少し離れた位置、相手が間合いと判断できない場所から蛇腹剣を伸ばした。

 短剣を払う為に振っていた腕はその伸びる刃の急襲に対応できずに斥候の上半身と下半身がその場で無き別れを果たす。

 その瞬間にも騎兵は元の輪の方へ向けて駆け出している。

(見えていた。もしかしたら森人エルフだろうか?)

 ネージュは斥候の素性を確認したかったが、先に離れる騎兵を追う。

(もしかしたら騎兵も見えている? )

 松明の輪に向かう騎兵を全力で追跡すると、半ばあたりの位置で追いつく。どうせ今、騎馬の鹵獲は出来ない。ならば――

 ネージュは蛇腹剣を伸ばし、容赦なく馬の右後足を引き千切ると馬は大きく転倒した。

 今の勢いの馬から転げ落ちれば騎手の方も無事ではいまい。ネージュは敢えてゆっくりと、しかし足音は立てずに騎手に接近すると、騎手は慌てて起き上がろうとする。

(やはりこいつも見えている。)

 そう確信したネージュは跳躍し一気に距離を詰めると、蛇腹剣を足に巻き付かせ引き倒し、馬乗りになり剣を騎手の首に突きつける。

 独特な濃緑色のプレートアーマーの兜を退けるとそこには恐怖に浮かぶ白い顔が現われた。

 女だ。普段なら切れ長の美人を思わせるその目は大きく見開かれていた。最初に確認したのは耳。これは人間のものの様だった。 

 ……アンナ以上ミリア未満。妹分に若干失礼な感想を抱きながらネージュは剣で首の皮を軽く切り付け、声を掛ける。

「人間?何者だ?」

 本来なら逆に聞かれる立場である筈のネージュの方が女に声を掛ける。あれだけ見えているなら、ネージュの頭の角も背の翼も見えている筈だ。威嚇を兼ねて翼を広げて見せる。

「ひっ……!?……命ばかりはどうか……」

 女がそう言う。

 装備の程度や騎馬を扱っていた事、非常時の離脱のスムーズさを考慮してこの女は騎士だろう。そう考えていたネージュは少しだけがっかりしていた。

 以前、王都の図書館で読んだことのある反応と違う。コローナでは珍しい女性騎士だが、規模の小さい国ではそれほど珍しいわけではないらしい。

 騎士になった者は、国に命を捧げ、国の発展と見栄(名誉のネージュ的意訳)の為に命乞いなどもっての外と書いてあったのだが。

 ……ヴィクトルやジーンを見るとそうでもないか。

 しかし、力と欲が溢れてぶつかり合う戦場に於いて、特に同種族同士の無法の戦場において、女性は死ねなかったらさらに悲惨な目に合いかねないと書かれていた。


「『……くっ、殺せ!』とは言わないの?」

 ニヤリと嗤うネージュに女は同じ言葉を繰り返した。

「い、命ばかりはお助け下さい……」

 野営に置いて来たのか、女は武器を持っていない。

「えぇぇ……。……ふぅん?」

 少し脱力したネージュだが、悪戯を思いついた子供の様な笑み――いや、明らかにもっと邪悪なものだ――を浮かべると、荷物袋から太めの荒縄と布を取り出す。

「じゃあ、しばらく大人しくしてて?」

 竜人がニヤリと邪悪な笑みを浮かべると、気が弱いのか、女騎士(推定)は意識を手放した。


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