水面上下の四つ巴 ①
予定よりも早い段階で休息に入った第2旅団とは裏腹にアデル達は各方面に活発に動き出した。
まずアデルはブリュンヴィンドにアンナとユナを連れ義勇軍リーダー、トルリアーニに繋ぎを付けるべく南東に飛行する。
朝に接触した位置よりも大分南西に移動した場所でその先頭部隊を見つける。大半が歩兵とは言え、士気が高いのか話に聞くタルキーニ軍の倍以上の速度はあるのではないかと思えた。しかも、こちらは森を抜けての話である。
義勇軍には初お披露目となるブリュンヴィンドに矢が飛んでこない様に、今回もアンナに一度先行してもらってから先行部隊のすぐ近くに着陸し、ブリュンヴィンドの紹介を済ませると早速ウィリデからの書状を渡す。
トルリアーニから状況の説明を要求されると、アデルはタルキーニの補給隊やカンセロの状況、そしてフィン軍の一部がグランディアからこちらに向けて出撃した旨を伝え、最後にカンセロ攻略予定を1日延期し、オーヴェ平原での合流を考えた場合、どれだけの戦力が合流できるかの確認を行う。
「明日中にオーヴェ平原というなら、本隊の大半は合流できるだろう。ただグランディアのフィン軍の動向次第では足の遅い部隊の支援を出さねばならなくなる恐れがあるため、断言は控えさせて頂くが。」
トルリアーニがそう答える。
「見込みで構わないのでグランディアの影響を意識しない場合の数を紙に纏めておいてください。このあとグランディアを出た部隊を調べてこのアンナをこちらへ立ち寄らせる予定です。その時にフィン軍の情報とその書状を交換させてください。」
「……わかった。が、君は?」
アデルの言葉にトルリアーニは一度頷いたものの、アンナのみを寄らせると言うことに疑問を持ったようだ。
「偵察後、そのままグラマーに書状を届けることになっています。」
アデルがそう答えると予想通りに少し渋めの表情を見せる。
「書状とは?」
「グランディアが手薄になる時に攻めるなり、牽制なりをしてもらえるようにとのことですけど、飽く迄情勢を記した手紙ですね。依頼とか指示とか言ったものではなく、その辺の判断はあちらのお偉方に任せるそうで。実際、いきなり俺みたいなのが行って会ったり話し合ったりはできないでしょうし。」
「むう。」
「とりあえず急ぎますのでこれで。このまま直接オーヴェ平原に向かう予定という事でいいですよね?」
「……そうだな。」
「では、グランディアを出た部隊を見つけ次第、アンナが立ち寄りますのでその時までに宜しく。2時間はかからないと思います。」
「承知した。」
トルリアーニはそう言うと次の場所へと向かうアデルらの離陸を見送った。
「閣下……」
声を潜め寄ってくるジョルジョにトルリアーニは静かに言う。
「表はグラン・コローナ対フィンの争いだが……熾烈且つ負けられんのはその裏のレオナール、ウィリデ、我々、ファントーニの四つ巴のパイ争いなんだろうな。少なくとも孤立だけは避けねばならん。尤も……政治屋がいない我々が一番不利だ。武で他を押し退けるくらいの仕事をせねば後々厳しくなるだろう。」
そこで少し間を置くとトリリアーニはぼそりと呟く。
「しかし……グリフォンか。我々もペガサスの協力を得られればな……」
「最近、グランディア北部で数頭が目撃されたという情報がありますが。」
「うむ。王家が皆殺しにされた今、形だけでも共に行動できれば民たちには大きく印象に残るだろう。」
彼等はそのペガサスの羽根がアデルの荷物袋の中に10枚以上保管されている事を知らない。
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アデル達がトルリアーニと接触を図っているころ、ネージュは単身カンセロの真上にいた。
離陸前に受けた“不可視”の魔法のお蔭でここまでは全く問題がなかった。しかし、カンセロ上空に差し掛かったところでネージュは思わず『うわぁ』と声を発してしまい、今は魔法が解けてしまっている。
オルタから話を聞いていたが、カンセロの偵察――俯瞰図を作成するのはかなり難儀だと感じてしまったせいだ。
カンセロの町はオルタの説明以上に複雑だった。
外郭を守る壁と門、市内の街道とそれを塞ぐ門の位置、その周辺の構造。この辺りまではわかりやすい。しかし、町を制圧するとなれば街道だけに軍を展開すれば良いわけではない。他の町ならある程度の道が交差する要所を押さえればなんとかなるかもしれないが、カンセロにはそれがない。
あみだくじ上の不規則且つ入り組んだ住宅地のマッピングは流石のネージュであっても、頭を抱え、呻きたくなる物であった。
ネージュは仕方なく頭を切り替える。道を一々記録するのは面倒だ。それならば、カンセロをいくつかのブロックに分け、その区切りとして、わかりやすい丁度良い建物や公園等をランドマークとして大雑把にまとめる。コローナ北部、ノールのような整然とした町であれば部隊や防衛施設の配置を精細にまとめることができるが、この手の町は大雑把な、必要最小限の情報だけにした方が逆にわかりやすいと考えた。自分なりに味方部隊の進路を想定し、ルート、防衛施設、敵が伏せそうな位置など必要な情報を纏めていく。普段から上空から物を見渡せるネージュにのみ備わったある意味で特殊技術である。この辺りがオルタとは明らかに違うものだった。
ネージュはいつもより少し手間をかけ戦に大きく関わりそうなものを念入りに紙に記していく。そうして書き起こされたネージュ“会心の妥協作”は後にウィリデとトルリアーニに大きな決断をさせる鍵となるのであった。
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「おおお。やるねぇ。」
ネージュがカンセロの俯瞰図をどうするか決めあぐねていたころ、オルタは第2旅団の野営地中央付近の少し広く取られたスペースの片隅で感嘆の声を上げていた。
同時にオルタの周囲から大きな歓声が溢れる。
休息を命じられた第2旅団の野営地中央では、今、4人の将が互いの武技を競っている。ただ4人の将の内1人は直系の娘、フラムであったが。
フラムはいきなりラグから模擬戦闘を申し込まれ馬上試合を受けると、ものの数合で勝敗を決めた。今度はそれを見たヴィクトルがフラムに挑むと、数分に亘る格闘の後、それをも見事に跳ね返す。
この歓声はその勝敗が決した時のものである。
次はエドガーがと名乗りを上げたが、流石にこれ以上は無理とフラムが音を上げる。フラムは助けを求める様にイリスらに視線を送るが、白風の面々は首を横に振りその相手を辞退した。
状況が悪かったとはいえ、フラムとイリスに振られてしまったエドガーが周囲を探る。すると他者より頭一つ飛び出しているハンナと視線が合った。まだ成体ではないとはいえ馬の下半身の上に人の上半身があるハンナの体高は歩兵以上、騎兵未満であり、他に騎乗している者がいない野営地では意外と目につきやすい。いや、意外でも何でもないか。
とにかくその視線を受けたハンナはその意図もすぐに思い至り、脇にいたオルタに声をかける。
「師匠、ヤッテヤロウ。」
片言の言葉と、ケンタウロスの放つ『師匠』という言葉に周囲の注目が集まる。
「いやいやいや。俺ら騎乗(?)戦闘はする気ないしね?そもそも俺の武器って騎乗戦想定してないし?」
想定外の反応にオルタがかぶりを振るが、ハンナは翻意する気はないようだ。
「ネージュ、ト、オニイ、ウマクデキテル。試シタイ事、有ル」
「そらあっちは年季が違うからな……まあいいか。いよいよになったら――うん。乗り降りの連携の練習は必要だ。」
オルタはそう言うとハンナと共にエドガーに寄る。
「あれ?それ、実質2対1って言わないか?」
「2対1なら負ける言い訳になって丁度良いんじゃね?」
エドガーとオルタはそんなやり取りをすると、お互いニヤリと笑った。
互いの――いや、それぞれの、と言うべきか――の実力は前の戦でよく知っている。
「何するつもりかは知らんが、弓は無しな?」
エドガーがそう言うと、ハンナは頷き弓を置いてどこから調達したのか大盾を持ち出した。
「矢ノ対策、試シタイケド、シカタナイネ。」
ハンナの体格、腕の太さに似合わない大きな楯にオルタやエドガーを始め、ヴィクトルら周囲の者たちも強く興味を引かれた。
オルタの発言とは裏腹にオルタとハンナの連携は見事だった。その連携にエドガーを含め、他の者はただひたすらに――呆れていた。
「あれはずるい……」
そう言葉を漏らしたのはラグである。
実質上の2対1、腕の数が一対オルタ達の方が多いのだ。
ハンナは見た目の細腕に似合わぬ大楯を巧みに操りエドガーの槍をほぼ完ぺきに止めている。そして止めると同時に一歩踏み込み距離を詰めると、オルタのバスタードソード相当の鈍器がエドガーを襲う。エドガーも難なく楯で受ける様に見えるが、その質量に圧され、楯を下げさせられたり馬上での姿勢を崩されたりと苦慮している。
オルタの方は一見押している様に見えるが、実はそうではなかった。不慣れな騎乗戦な上に、ハンナには鞍も鐙もないのだ。十全の力で剣を振るえておらず、剣を振るたびに微妙に姿勢を崩している。
今迄も何度かブリュンヴィンドやレイラの背上で戦闘したことはあったが、それはまた地上と空中での力のかかり方の違いや、乗せる方がうまく乗り手に合わせてバランスを取っていたりしたのだろう。アデル達がまだ不慣れな馬上での行動する折、プルルが行っていた補正、補助の様なものだ。まだ出会って間もない上に、今まで己が背に人など乗せたことのないハンナにはその様な器用な真似は出来ない。
先の発言からして恐らく試験的にだろう、防御と位置取りに集中していたハンナだが、オルタが攻めあぐねていると判断したかハンナは大楯を捨て背中から短槍を取り出した。
「私モ、オ兄ノ伸ビル槍カ、ネージュノ伸ビル剣ホシイ。」
「ネージュの剣はやめとけ。ありゃ相当器用じゃなきゃ振れないし、周囲に味方がいる時には存分に使えない。兄ちゃんの槍なら……相談すりゃ何とかしてくれるだろ。」
「ホホウ。」
棒読みに近い発音であるがハンナも大分人族の言葉を使えるようになったようだ。何となくネージュの影響を受けまくっている気がしないでもないが。
結局その後、楯を放棄したオルタに数合打ち込んだ所でエドガーの攻撃が見事オルタを落馬させた――かに見えたが、オルタはするりと着地し完全な2対1に持ち込むと、ハンナも攻めに転じ、跳躍を含んだより攻撃的な動きに転じる。
今度はオルタが牽制する様に立ち回りエドガーに自分の攻撃をさせないようにすると、ハンナが見事にエドガーの脇に槍を突きつけた。
「これはずるい……」
エドガーは手を挙げて降参の意を示すと、その模擬戦祭は幕を閉じる。
しかしそれは、エドガーらケンタウロスの本来の脅威を知る者をさらに唸らせると同時に、知らぬ者にケンタウロス騎乗の有用性を示し黒い欲を掻き立てるものでもあった。




