表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
213/373

4つの戦場 ②

「こりゃ、紙とペンでも持ってきた方が良かったな……いや、それでも無理。」

 最初の目的地であるカンセロ近郊の上空からオルタは望遠鏡を片手にぼやいた。

 3か国からの大きな街道が交差する土地だけあって、都市の規模は港湾部分を除いたグラマーと同等以上と言えそうである。

 道幅はどれも20メートル程あり、道の脇も整備されていないというだけで、背の低い草が茂る程度であり行軍自体の妨げになる様なものではない。勿論、台車や馬車等、車両を用いる物資の輸送に関してはその限りではないかもしれないが、車両に道を譲りその周囲を防衛する形で行軍すれば輸送隊と言えども機動力はそれほど損なわれないだろう。

 都市の外壁は高さ5メートル前後、城砦と比べればやや低いが立派な石造りの壁がぐるりを円を描き、出入口となるそれぞれの道にはやはり大きな門がある。接近しないと具体的な数値は測れないが、他の者や何とか確認できる人影と比べれば10メートル弱程の門が2つ並んで開いている。


 都市の内部も一見整然としているが侵攻を想定するなら厄介そうだ。3つの幹線道路にはそれぞれ強固そうな門がいくつか設置され衛兵が管理している。今は解放されているが、いざ有事となればすべて閉ざされ、その場で門攻めを行う必要が出てくるだろう。その内側には兵士が周囲や市内を監視する櫓の他にも複数階層の背の高い建物が多く、その中に弓兵を詰めれば下手な砦の門よりも強固な防衛ができそうである。反面、幹線道路以外の路地はどれも細く、人なら5人、馬なら2~3頭が並ぶのが限度と思われるような道が無作為に、あみだくじ状に引っ張られており、初見や方向感覚が悪い人間ではほぼ確実に迷うことになりそうな構造だった。


 戦争、特に戦略や戦術といった面では門外漢を自認するオルタであるが、この都市構造を見て中途半端な大軍での攻撃は殆ど意味がなく、守る方は消耗さえ凌げれば小規模でも十二分な防衛機能を果たすのではないかと考えられた。と、同時に、グラン軍はなぜこれほどの都市を擁しながらさらに西での野戦に拘り、大敗することになったのかと疑問にも思った。

 オルタとしてはフィンと旧三国――当時はブリーズ三国と言われていた様だが――と、その延長となったグランの戦争の話の詳細はほとんど知らない。一番最初の大きな動きとなったカールフェルトの降伏がオルタが生まれた頃とほぼ同時期であり、物心つく頃にはすでにブリーズ三国はフィンの手に落ちていた。その後数年フィンとグランが争いフィンが撤退しているという、大まかな歴史的な推移のみを知る程度である。

 オルタは敵兵に気取られないだろうぎりぎり位置、高度から都市内を観察する。

 町にはほとんど人気はない。兵士や衛兵の姿がぽつりぽつりと見える程度だ。軍用の施設らしいものも見当たらず、恐らくは住民を追い出し空き家となっている民家を兵士に使わせているのだろう。この段階では総兵数などはわからない。武装度はコローナの軍と似た様なものだ。素材まではわからないが、兵卒に対する支給品となれば良くて鋼、普通に考えれば鉄だろう。現在視認できるのは皆、プレートアーマーではなく、胴鎧に普通の兜だ。

「この手の詳細は偵察はネージュ先生に任せた方がいいな。とりあえず俺は初報でも集めますかね。」

 直接その場で記すのか、記憶し後で書き起こすのかはわからないが、この手の俯瞰図はネージュが得意とするところだ。ネージュの作成した図面を見たことがある身としては、今から自分が図面を起こすとしてもいくらがんばったところで、レベルは大きく下がったものにしかならないだろうと考え、オルタは第一印象と幹線道路と門、櫓の位置程度と、兵士の装備を覚えて次の場所に向かうのだった。



「ようやく見えてきたけど……なんだあれ?」

 カンセロからさらに西に数時間飛行したところでようやく主目的であるタルキーニからの補給部隊が見えてきた。

 見えてきた――が、その光景にオルタは愕然とする。


 とても軍とは思えない様な統率のない行軍は街道上に長く伸びきっており正面上方から肉眼で見るにはその全貌が見えてこない。

 兵士や車両の間隔もかなり広く、そして何より遅い。

 士気も低いのだろう、兵士たちは皆一様に下を向き、その歩みは普通に歩くよりも余計に疲れるのではないかと思うほどに遅いのだ。まさに牛歩。物資が不足気味な遠征先の補給に行くとは思えない速度だ。

 しかし、流石はオルタだ。半ば呆れながらもすぐに異常に気付く。

 広がった間隔のせいもあるだろうが、列の後ろが見えないのだ。事前情報では戦闘員と輸送員合わせて1000程度と聞いていたが、明らかにそれよりも多い。

 不審に思い高度を上げ、その隊列の末端を探したが、やはりすぐには見えてこない。

「色々おかしいだろこれ。」

 オルタはそう思いながら、ざっと先頭から100人を数えてみる。その長さを基準に隊列の末尾を探したところ、概算になるがその数は2000弱程になった。

「おいおいおい。これ、事前情報だけで空からの確認が出来なかったら、不正確な情報ので戦闘になってたんじゃないのか?」

 これだけ開けた場所で地上からこの列をすべて観測しようとしたら相当な時間と危険を伴っただろう。この行軍速度と伸びきった隊列は罠か?いや、輸送隊に限ってそれはない……筈だ。

 オルタはそんなことを考えながら、今度は列の後ろから前に向けて確認しながら飛ぶ。

 やはり罠の類ではなく、単純に低い士気の中、確かにこの場所では奇襲の仕掛けようもなく、カンセロまでは安全と言う油断もあるのだろう。


「これ、ネージュと兄ちゃんの組み合わせで後先考えなければ2人だけで壊滅させられるんじゃね?」

 伸びきった隊列を見下ろしながらオルタはそんなことを考えた。実際は物資の鹵獲、軍の面子や冒険者単パーティの威力偵察には過剰な戦果となるなど実行性は低いが、その気になれば出来そうな気がする。

「いや、何か違う。」

 再度分析を試みるがやはり違和感がある。事前情報よりも多い数。長く伸びた隊列。そして兵の構成と配置。

 亡国に騎士がいるかは不明だが、前線に騎兵はほとんどいない。馬車はそれなりの数がいるようだが、その馬はどれも馬車馬であり騎乗戦闘を考慮した馬ではなさそうだ。

 そして一番気になるのが、なぜか最後尾に配置された騎馬弓兵と弓兵。勿論、敵の接近に弱い弓兵、所謂後衛系を後ろに置くのは基本と言えば基本だ。しかしよく見るとそこだけ装備が違っている。前方の部隊の装備は見慣れないが、弓兵の装備はオルタもそれなりに見慣れているフィン軍の物のだったのだ。

「これってもしかして……」

 ――督戦隊。そんな言葉が脳裏に浮かんだところでオルタは最初の偵察を終えた。



--------------------------------------------------------------------



 昼過ぎ。国境を超え、大分グランに入ったところで第2旅団は小休止を取っていた。

 オルタが偵察から戻ってきたのを機に、報告と会議を行う為だ。

 オルタの報告を聞いたウィリデ達は皆一様に苦い表情を浮かべていた。

「2000弱……しかも、輸送隊に督戦隊だと?」

 ウィリデが強めの口調でそう確認を取るとオルタは肩を竦め答える。

「いや、確証がある訳じゃないですけどね。後方の弓兵はフィン正規軍の装備だったし、ほとんどが弓を持っていたのでそうなんじゃないかと。」

「……まあ、そうなんだろうな。ってことは、タルキーニ兵1000に後からフィンの正規軍が合流したというのか?さすがに督戦隊で1000弱はないか。」

 ウィリデは腕を組みながら唸る。

「督戦隊って?」

 耳慣れない言葉だったのか、ラグがウィリデに尋ねた。ウィリデは半ば呆れながらも説明する。

「士気の低い兵、特に捕虜や奴隷をを無理やり組み込んで数を揃えたような部隊の兵が戦場や戦闘前に逃亡しない様に目を光らせている部隊のことだ。コローナはほぼ全て志願兵であるから、その様な部隊はまず見られないだろうがね。逃げたり、必要以上に戦闘から離れたりしようとする兵がいたら味方であろうと後方から撃つんだ。性質たちの悪いのは大勢が決まった後でも勝手に降伏をさせない様に無理やり嗾ける場合もあるな。」

「うわぁ……」

 呆れる様に呟くラグに釣られるようにヴィクトルとエドガーも眉を顰める。ヴィクトル達もその存在を聞いたことがあると言った程度で、目にすること、況して実際に運用されているところを見たことなどないのだろう。反面、テラリア出身のウィリデやアデル、フィン出身のオルタにしてみればそれなりに目耳にしている。

 テラリアは亜人や犯罪者を、フィンは蹂躙した土地の人間を寄せ集めた部隊を捨て駒として運用する時がある。その時にほぼ必ずと言っていいほどついて回るのが督戦隊だ。

「フィン軍はどれくらいなんだ?」

「ん?ざっと200位。」

 アデルの問いにオルタが答える。

「なら、その200を先に潰せば、タルキーニ軍は降伏する?」

 次にラグがそう口にするが、ウィリデは首を横に振る。

「いや、現状、我が軍で降伏は受け入れられない。捕縛し連行する人員も捕虜に最低限支給する食料もないからな。士気も低そうだし、大勢が決まった段階で督戦隊を始末できていたなら、武器や物資を置いて退去させる。」

「そうなるとやはり督戦隊とやらを集中的に狙う必要がありますね。」

 ウィリデの答えにエドガーが被せる。

「それが出来れば一番いいんだがな。タルキーニ軍を盾に後ろに引き籠る弓兵をどう攻撃するかという話になる。重装騎兵を前に出すとしても数が限られている。どちらにしろ相当規模のタルキーニ兵の排除は必要となるだろう。」

 ウィリデの答えにエドガーたちが押し黙る。


「しかし、輸送隊に督戦隊ですか?まあ、物資の持ち逃げを考えれば当然かもしれませんが、それなら最初から自軍を使えばいいだけの様な。」

 周囲が口を閉ざしたところでアデルがウィリデに尋ねた。

「確かに余り聞く話じゃないな……督戦隊がいる部隊と言えば、陽動や拠点攻撃の尖兵など囮や捨て駒にくっつけるものだが……しかし、今の彼の話からしてその可能性は高いだろう。フィンが物資を出し渋り、旧タルキーニに肩代わりさせたとかだろうな。」

「何にせよ想定より遅すぎます。況して数を2000に上乗せするとなると、我々としてはカンセロより東に引付けるか、カンセロごと落とすかでなければ手出しはできないでしょうし。」

 ウィリデの言葉にヴィクトルが返す。

「そうなるな。カンセロにどれくらいの兵力が隠れているのかわからないが――同盟国の要衝を火攻めにする訳にも行くまいし。少し作戦を変えよう。幸い、グラン義勇軍も参加に前向きな上に士気自体は悪くなさそうだ。カンセロ攻めは1日延期、今日はここでこのまま野営を行い、義勇軍の合流を待とう。」

 ウィリデが作戦の修正を行う。しかし、そのウィリデの結論にアデルとオルタが疑問を投げる。

「いいんですか?参加に前向きとは言うものの、実際どれだけの数が、いや、戦力と言うべきか。が、合流できるかはまだはっきりと聞けていませんよ?」

「用兵に関してはさっぱりな俺が一目見ただけでも、カンセロ攻略は難儀しそうっスよ?戦える地元民が多いってなら……それでも、あの内門を火攻めなしで攻略するのは時間も兵員も相当消耗するかと。」

「なればどうする?」

 アデル達の質問にウィリデは単純な質問で返した。検討に値する代替手段があるなら言ってみろという様子だ。

 しばし思案した後、アデルとオルタはそれぞれの意見を述べた。

「カンセロを封鎖、或いは強く牽制しつつ機動力の高い部隊でタルキーニの部隊の前側の脇を突く。」

「兄ちゃんとネージュが後先考えずに頑張る。」

「おい……」

 オルタの発言に突っ込みを入れつつ、アデルはヴィクトルやエドガーをチラ見する。

「機動力と言ったって限度はあるぞ?俺達の部隊は全員歩兵だしな。少数精鋭としたって、妖魔の群れの4、50を相手にするのとはわけが違う。」

 アデルの視線を解したヴィクトルがそう答える。アデルとネージュが『むう。』と唸ったところで、伝令がやってきた。


「グランディアのフィン軍に動きがあったとの知らせです。」

「「「「なんだと!?」」」」

 多くの者が伝令にそう聞き返す中、ウィリデだけは一人、ニヤリと笑った。

「規模は?」

「……詳しくはわからないそうです……」

 戸惑い気味な伝令にウィリデは言う。

「例の《精霊使い》か。だが、動いたことがわかれば僥倖か。ラグ殿やヴィクトル達は今のうちに兵に休むように伝えよ。アデルはすぐにその軍の数と構成、それに向かい先を調べろ。可能なら――いや、ここまではやってもらおう。義勇軍のトップ、トルニアーニ大将だったか?への繋ぎだ。更に可能ならグラマーにも一つ繋ぎを付けてもらいたい。もしかしたら『入れ食い』を期待できるかもしれん。」

「『入れ食い』?」

 アデルの問いにウィリデは頷く。

「我々がカンセロを“脅かせ”ばグランディアの軍も動かざるを得なくなる。それが今の段階だ。そしてその数にもよるが、グランディアが手薄になる好機となればグラマーも動くだろう。況してカンセロ攻略に義勇軍が合流し、合同で奪還するとなれば尚更動かざるを得なくなるだろう。それを仄めかす書状を届けてほしい。直接ファントーニ侯に会う必要はない。こちらから行うのは依頼でも指示でもなく、行動予定の連絡だけだからな。話し合いも必要ない。確かに書状が届くように手配してくれればいい。そしてグラマーやカンセロに動きが出るとなれば……第1旅団も動かざるを得まい。入れ食いだろう?」

「…………」

 ここへきてアデルやヴィクトルらはウィリデの目論みを理解した。しかし、場合によっては連戦、最悪挟み撃ちもあり得る状況だ。だがウィリデはそんな懸念を噯気/おくびにも出さない。

「戦場的に、強襲はあっても奇襲はない場所だしな。最悪北へ引けば包囲されることもない。そうなれば第1旅団も本気で動くだろうしな。考えられる戦場は、カンセロ、グランディア、このオーヴェ平原、そしてテーブルだな。」

「テーブル?」

 半ば冗談のつもりだったのだろう。ウィリデは笑ってそう言ったが、アデルにはそれが伝わらず、聞き返されることになった。

「コローナ、義勇軍、解放軍の三つ巴の戦場だ。戦場で事前に少しでも優位に立てる位置を確保するのは基本中の基本だぞ?」

「あ、はい。」

 4つ目の戦場は自分には関係なさそうだ。そう思いながらアデルは、アンナ、ネージュ、オルタにそれぞれ指示を出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ