6つの軍と8つの思惑
湖に到着すると“長”の気配を察したか、或いは事前連絡がなされていたか、湖に住むペガサスたちが総出で出迎えた。総数20と言ったところか。体のサイズの違いもあるかもしれないが、グリフォンよりも若干多い。
アデルはルーナを背に乗せる一角ペガサスに少し驚いたが、遺跡まで連れて行ったのはこのペガサスである。グランに関わる者は余りに恐れ多いと言うが、ペガサスの方は人を乗せることに特に問題はないのかもしれない。ワイバーンが持ち込めない現在、愈々になったら最終手段としてお願いするのもありなのかもしれないとアデルは考えた。勿論、グランでその様な真似をすれば相当な目を引くことになるだろうから、まさに最後の最後の手段である。
人間の村なら依頼の後の宴といくところだが、ペガサスにはそんな習慣はないし、アデル達にも時間はない。手早く報酬を受け取る。即ち、風・水の精霊の契約だ。
心身の成長か、魔力の成長か、それとも精霊との相性か。契約自体は意外にも全員が両属性の精霊と契約が出来た。一角ペガサスらの話によると、氷属性が強いネージュは難しいかもと言われていたが、中には物好きな精霊もいる様だ。ただ彼らが行ったのは実体化時の魔力供給と使役の契約だけである。ここから更に実用的に使いこなすには精霊の言葉と精霊魔法の基礎を学んでいく必要がある。ただ、いきなり精霊魔法は無理としても、精霊を介した言葉、つまり情報の交換くらいなら片言の精霊語でも可能なようで、ここはリシアやアンナに徐々にでも教えてもらえばよい。
リシアも約束通り、“魔女の呪い”に関する証言や、可能な限りの精霊魔法の伝授をしてくれることになった。そこでアデルはこっそりと目論んでいた提案をする。
ユナの“家庭教師”である。今回、それにルーナも加わることになったが。
ペガサスとして見ても、ルーナのグラン一時脱出は願ってもない話の様だ。如何にフロレンティナとは言えイスタに直接手を出す真似はできないだろう。勿論、彼女らがイスタにいるという情報も出すつもりはない。
リシアは、『一度時間があれば王都に行きたい。』と言うので、すぐには難しいかもしれないがと前置きをしたうえで了承し、“家庭教師”案を受けてもらえることになった。
ペガサスたちと精霊たちの輪に加わることを確認した後、アデル達はすぐに襲撃のあった義勇軍拠点の上空を通過するルートで第2旅団の野営地を目指した。
第2旅団本陣へと戻ったアデルはすぐにウィリデの部隊の兵士に事情を伝え、面会を願い出た。
ウィリデ本人からも、『戻り次第時間関係なく起こせ』と言われている旨を伝え、どうしても必要ならフラムを通すと言うと、兵士は直接ウィリデに伝えると天幕へ行き、程なくして戻ってきた。
意外にも天幕では、ウィリデ以外にも第2旅団の4将全員が起きて揃っていた。4人とも険しい表情は浮かべているが、先ほどの様に対立しているような様子はない。
「どうなった?もう片付いたのか?」
行くときにはいなかった者が増えているのを確認してウィリデがそう声を掛けてきた。
「問題なく。こちらが――」
「むっ……」
アデルがリシアを紹介しようとすると、リシアがフードを外し諸将に一礼をする。そのリシアの状態を見て、ウィリデ以外の若い3人が思わず口に手を当て、目を背けようとした。
「それが“魔女の呪い”か。貴殿は優秀な《精霊使い》と聞いていたが……」
「翼の損傷や火傷は威力の高いただの真言魔法だと思います――」
「ちょっ……その前に――」
場の流れで説明を始めかけたリシアを一旦止め、アデルはウィリデに声を掛ける。
「オルタ――グリフォンは到着しましたか?」
「いや、まだだ。」
「流石に無理か……」
経過時間的にそろそろかと思っていたが、ハンナが陸路を取るためかまだ到着していない様だ。
「南西だっけ?行ってこようか?ついでに荒らしてくる?」
ネージュがそう言ってきたがアデルは首を横に振った。
「流石に昼からほとんど休んでないんだ。朝までは寝とけ。荷物の多い補給部隊が夜中に行軍してるとも思えん。」
アデルはそう言いながらもチラリとウィリデを見て確認する。
「そうだな。少なくとも明け方まではアデル以外は先に休んでおいてくれ。下手に刺激して警戒心を持たれても厄介だ。先にフラムか白風に場所を用意する様に伝える。」
「リシアさんも?」
「ああ。呪いの話は今でなきゃならんと言う訳でもない。」
「むう。まあ、明日でいいか。」
ウィリデがそう言うとネージュが若干不満げな表情を見せたが、折角だしとその話を受け入れた。ネージュとしては風の精霊による飛行サポートがどれ位のものか試してみたいという気があったのだ。離着陸の補助や巡航の補助など一部の能力ではあるが、今ではアンナよりもブリュンヴィンドの方がうまく使いこなしている部分もある。少なくともブリュンヴィンドに負けていられないという思いがあった。
「単語覚えなきゃダメみたいだしね……」
その呟きでアデルもようやくネージュが前のめりになっている理由に気づく。
「あー、“氷”は出来る限り“奥の手”として取っといてもらいたいなぁ。」
「むむ……わかった。」
アデルが敢えて言葉を暈したニュアンスを読み取り、ネージュはアデルの思惑を察した。“氷”というのは精霊魔法でなく、“氷竜”のことだろう。実際、竜化を任意に出来ることはパーティ外にはドルケンの重鎮2名以外には明かしていない。
「それでは――」
と、ウィリデが外の兵士を呼びつけると何やら指示を出し急がせた。程なくして白風のイリスがやってきて、ルーナを含む年少組を連れて天幕を出て行く。リシアもアデルに目配せをしてからその後について行った。
「……つまりは、呪い以外の今すぐ案件があると?」
「そう言うことだ。」
アデルが周囲を見回しながら若干嫌そうに尋ねるとウィリデは容赦なく即答した。
ウィリデはまず、義勇軍の連絡兵からの話を掻い摘んで話す。概要は予想通り、しかし程度は予想より悪かった。アデルもミリアに対する発言を聞いたところで、先程少し感じた罪悪感と、救援への前向きな意思が吹き飛んでいた。
「ファントーニ侯とはどういう人物だ?」
ウィリデの問いにアデル自身は殆ど答えを持っていない。
ファントーニ侯爵はほんのわずかの時間にチラッと見かけただけ、主に懇意にしていたのは依頼主であるカイナン商事、フィーメ傭兵団であり、個人的には何の繋がりもないと説明する。
この時、アデルが敢えて口にした“フィーメ傭兵団”という言葉に反応する者はいなかった。
ミリアに関しても、その会頭であるナミの依頼で開戦直前にコローナまで護衛しただけだと伝える。ミリアのスキャンダルについても聞かれたが、そちらも親ファントーニのナミから聞かされた話だが――という前置きをしてから説明した。護衛したミリアの様子や本人の話の断片から、少なくとも事実と大きくかけ離れているという事はないだろうと付け加える。
アデルの説明を聞き、ラグ、ヴィクトル、そしてエドガーも渋い表情を見せた。特に激昂したのがラグである。南西の指令うんぬん以前に、助ける必要はないと。
ウィリデはラグを嗜めると、出発前に話に出た、今見てきたであろう義勇軍の拠点の話をアデルに尋ねた。
「戦闘らしい戦闘は見ていないので詳細はわかりませんが――」
と、遺跡到着前に見た光景と、湖からの帰路に上空からチラリと覗いた様子を伝える。
遺跡に関する部分を伏せ、見つけた3つの拠点の内の北東側の1つで交戦があり、その1つは一旦は制圧されたようだが、他の部隊との連携によりフィン軍を殲滅したと。その戦闘が元々意図されていたか怪しいと言う部分は伏せた。具体的な数を聞かれたが、義勇軍が包囲する様に森にいた事、戦闘後も総てが一ヶ所に残ったわけではないだろうことを踏まえて、500~1200とかなり雑な数を答えたのみだった。
アデルの説明を一通り聞いたのち、ウィリデはアデルに着席を促した。
そこには例の地図が広げれていたが、その上に配置されている物が前回と異なっていた。
凸型の駒の左側の一部にそれぞれ6つに色が塗り足されていたのである。
「事態は想像以上にややこしい。まずはこれが我々だ。」
ウィリデが説明すると、青い駒に白い線が入れられた駒を示す。それは国境から少し内側に入った場所に置かれており、それが現在地であることはすぐにわかる。
「お前たちから見れば最新とは思えない情報だが第1旅団がこれだ。」
次にウィリデが示したのは、青い駒に黒い線が入れられた駒だった。これはコローナ南部、王都からほぼ真南、やや東に寄った南の辺境伯の本拠地であるレサドをまだ離れていない。
「次にこれが解放軍。事前情報によれば数は8000から徐々に増えているという話だ。」
友軍を示す緑の駒に白い線が入れられている、ひときわ大きいものがグランの“解放軍”の様だ。グラマーからグランディアを見つめる様に配置されている。
ウィリデは次に緑に赤い線が入った小さな駒を取り出し、まずは駒の大きさの説明をする。グラマーと同様の大きなものが5000以上、中型の1000以上、小型のものが300以上を示すという。確かに第2旅団を示す駒は青地に白の中型の駒が二つ並べられている。
アデルはその意図を理解すると、小型の駒をいくつか取り、見てきた拠点後に1個ずつ3か所に置いて行く。アデルの見立てでは各拠点200とみていたためだ。
「先ほどの戦闘前の情報になりますが……ね。」
アデルがそう言いながら緑の駒を置き終えると、ウィリデが赤字に白の線が入った大型の駒を2つ、グラマーに向けておかれたグランディアを示す。「フィン軍ですね?」アデルがそう言ったところでウィリデは首を横に振る。
「これはフロレンティナ軍だな。奇襲部隊は全滅したとみて良いのか?」
「700全てが拠点制圧に向かって返り討ちにあったとするなら、ですね。事前に分散している様だと分かりませんが、その気配はわかりませんでしたし、分散していたとしても戦力としてどこかに仕掛けるというのは難しいかと。」
「そうか。」
アデルの言葉にウィリデは頷くと、さらに2つの赤い駒を示す。
「改めて頼みがある。」
ウィリデが言い難そうな表情で、しかし有無を言わさぬ口調でアデルに言う。
「……とりあえず聞きますが。」
露骨に嫌な顔を浮かべアデルが聞き返す。
「詳細な位置はわからないが、これがタルキーニからの補給部隊。」
ウィリデはそう言いながらグランの領外、旧タルキーニ王国なのだろう、現フィン王国の場所にある赤地に黒線の中型の駒を示す。
「そしてここだ。カンセロという町だが……」
アデルの知らない町を指す。
「これは?」
「グランとコローナ、そしてタルキーニからの道が交わる要衝だ。」
「……で?」
「可能なら、ここを我々で――或いは、義勇軍の一部を取りこんで攻められないかと考えている。」
場所はグランの国境からほぼ真南に向かった先の地点。交通の要衝とされる都市がある様だが、グラン国境から直接グランディア方面に向かったアデルにはなじみのない町だ。今はフィン軍に制圧されているらしく、赤字に白線の中型の駒、つまりはグランディアと同じ部隊がこちらに向けて置かれている。この地点では現段階で予定されている、フィンの補給部隊……タルキーニ軍をインターセプトする予定の場所よりもさらに若干西へ寄った地点である。
「可能なんですか?」
「それを偵察してくるのがお前の仕事だ。我が軍の行軍速度的には何とかなる。本来は第1旅団が攻める予定の都市だったのだがな。問題は数と、義勇軍がこれに参加できるかどうかだ。条件が合うなら補給軍ごと叩けないかと考えている。これが上手くいけば、第1旅団の尻を叩き、義勇軍に立場を持たせつつ、そのやる気を計り出させることが出来るだろう。仮に義勇軍が間に合わなくても、参加の意思があるようなら、補給部隊を叩いた後に合同で攻めるという案もある。まずは偵察だ。」
「今からですか?」
「行けるか?」
「無理です。」
即答するアデルにウィリデは頬を引きつらせる。
「順番を間違えましたね。グリフォンが到着していない以上、偵察に出れるのはネージュかアンナだけ。一度寝かしつけたヤツをすぐたたき起こすのはちょっと。出来れば、ネージュが南西の偵察を言い出した時に割り込んででも先いこの件の話をしてもらいたかったですね。」
「そうか……そうだな。では足が確保できてからでよい。」
ウィリデはそう言い、他の3将を見る。
「だが、明日の朝からはカンセロに向けて急ぐ。その様に手配せよ。」
そう言って会議を終えようとしたとき、外が少し騒がしくなった。
「申し上げます!グリフォンが!」
このタイミングでオルタが、グリフォンが到着したようだ。
アデルは若干嫌な気配を感じつつ、今後のパーティの行動を考え始めるのだった。
それぞれのコローナ軍、グラン軍、フィン軍、そしてレオナールとアデル。6つの軍が8つの思惑の下に本格的に動き出すのである。




