解放軍と義勇軍
湖の洞穴で軽い夕食と30分ほどの仮眠をとる。当初の予定ではユナやネージュ、可能ならアデルにも精霊と交信が出来るようにしたかったのだが、それは後日とされてしまった様だ。
周囲の気配や水流の音などに気を取られてユナはうまく眠れなかったようだが、移動としても戦力としても員数外なのでアデル達は予定通りに3時間後くらいに出発をした。時計は持っていないが、恐らくは20時付近であろう。真っ暗だが、まだ人は活動している。そんな時間の筈だ。
アデルはリシアやペガサスに出発する旨を告げると、先ほどと同じペガサスが外まで先導をしてくれる様だ。今回もネージュに抱えられて洞穴を出ると、すぐにネージュが竜化を始めた。
「え?えええ……まあ、そうですよね。」
ぼやくようにアンナが呟く。何事かとアデルが尋ねると、『水の精霊と氷の精霊は別物で、実は相性が余り良くないそうです。』と、恐らくはペガサスの言だろう、を述べた。
「ヴォエエエ……」
何度か耳にする、竜化ネージュの『えええ……』だ。ネージュもなんとなく、自分の持つ魔力は氷の精霊に近いという自覚はある様だ。それを察したのか、アンナなのかペガサスなのかがフォローを入れる。
「風の精霊とは相性がいいらしいですよ。まあ、風の精霊はだいたいの精霊と相性がいいみたいですけど。」
アンナの答えにふと興味を持ったアデルが尋ねる。
「そもそも精霊って何種類くらいいるんだ?」
「……まあ、万物に宿ると言われますけど、精霊魔法的には原則としては7系列、14種のようです。そのうち7つはアデルさんでもご存じの筈ですよ?」
「え?地水火風と……光、闇、あと何だ?氷?」
「惜しい。順序が少し変わりますが、日月地水火風闇の7つです。」
「ん?それって……」
「はい。週に割り振られている曜日、そのままですね。」
「……んじゃ、氷ってのは?」
「水が水と氷に分けられています。曜日に対応している7系統がそれぞれ2種類で14です。因みに、水と氷の精霊はどちらが上か、先かで揉めやすいそうですよ。」
「なんだそりゃ……」
「水と氷の精霊だと、力は大抵氷の精霊の方が強いのですが、そもそも水がないと氷が成り立ちません。で……あとはお察しください。」
「……はい。光ってのはないのか?」
「その辺もまた、力と順番で……日が、日=陽であり、光がその系統になります。こちらも例によって……」
「えええ……」
「ヴォエエエ……」
精霊界にもマウントの取り合いは存在するらしい。
「因みに“不可視”の属性は?」
「え?……そりゃ光ですよ?ああ、陽はどちらかと言うと核熱系の攻撃魔法、光は光学系の支援魔法が多いですよ。まあ、私達も“光”と一括りにしてしまうので悪いのですが、光系の回復魔法は実は陽系だったりします。」
「ああ、うん……なるほど。それじゃ、さっそく“不可視”を頼む。いや、乗り込んでからかな。今回はユナに地形や位置関係を覚えさせるのが目的だし、アンナの兜、少し貸してやってくれ。」
「……わかりました。では乗せてもらってから。」
アンナはそう言うとアデルを背後から抱えてネージュの背に乗る。アンナはユナにアデルの前に座るように言うと、
「地名も覚えてもらいたいですし、下以外から見られることもないと思います。不可視はネージュだけでいいと思いますが?」
とアデルに尋ねる。
「そうだな。とりあえず今日は位置関係の把握と、国境付近の部隊配置偵察が主だ。都市部は高高度を通過するだけでいい。」
「Gyo」
アデルの言葉にネージュが了解の返事を返すと、アンナは一声かけてネージュに不可視の魔法を掛ける。
「まずはグラマーからだな。」
アデルがそう言うと、ネージュは声を上げずに高度を上げた。
丸1年ぶりとなるグラマーは、前回訪れた時とは空から見ても様相が様変わりしていた。
「前回はミリアの国外脱出の依頼の時だから、戦争直前――ほぼ1年ぶりなのか。ネージュ。悪いが少し止まってくれ。」
アデルがそう言うと、ネージュが速度を緩めた。アデルは高高度から暗視兜を併用しながら望遠鏡を覗きこむ。
港町の北半分を守る城壁は以前よりも強化されている様だ。攻城兵器、或いはフロレンティナが得意とする爆発系の魔法に備えてか、壁の内側の建物が整理され、追加の石垣やら櫓などで城砦化が進められている。
背後となる海には、商船ではなく、多数の砲門や対空の弩を備えた大型の軍船数隻と、それらを護衛する多数の小型~中型の軍船が港を占領している。
旧グラマーの軍人たちが多数集結しているとの情報通り、城壁、物見櫓、そして駐屯所から広場に至るまで、ほぼ兵士がぎっちりと詰めている。物資は海から運び込まれるのだろうか?これらを維持するには相当の物資が必要そうだが、装備、食料等見る限りはしっかりと賄われている様に見える。
当初、王都グランディアから押し寄せたという武力を持たない難民たちはさらに東部の都市や村に疎開しているのだろう、難民キャンプを思わせるような設備は少なくともグラマー周辺には見当たらない。
「ここがグラマー。旧グランの国軍、ファントーニ侯が率いる解放軍の本拠地だ。港を複数持つグランの港の中でも一番でかい港町だな。」
アデルはユナに望遠鏡を渡しつつそう説明すると、1~2分ほど待った後、ネージュに高度をもう少し上げ北西へ向かうようにと指示をする。ネージュの方もすぐに意図を理解すると、針路を正確に王都グランディアに向けて飛行を再開した。
「あれが旧王都グランディア。今はフィンの占領軍、フロレンティナ――さっきのリシアさんをヤったとされる敵将が支配している町だ。今回の攻略目標だな。」
アデルはそう説明しながら王都内を望遠鏡で覗く。魔女と言われるフロレンティナの能力を警戒し、肉眼ではほぼ何もわからない高度から望遠鏡を最大倍率にして中を窺おうとするが、やはり少々遠すぎる様だ。
「流石にこの距離からだと相手の配置や武装度までは分からんな。まあ、今回の目的でもないし、無理に近づく気はないが……町の位置と形だけ見ておいてくれ。」
アデルはここでもユナに望遠鏡を貸しつつ説明を加えた。兜の暗視があるとはいえ、陽も落ちており、方向感覚を把握するのは難しそうだ。後で地図で確認するとユナに伝えると同時に、ネージュのマッピング能力の高さを改めて実感する。これは後で褒めるべきだろうとアデルは考えながら、進路を北西、コローナとの国境を跨ぐ道の方へと変えた。
グランディアからコローナ第2旅団が跨ぐであろう国境の方角に展開しているフィン軍の姿は認められなかった。
アデルは一度、このまま真っすぐウィリデの所に向かい、先ほどの件と現状を報告しようと思ったが、まだ時間に余裕があると考えてリシアが示した遺跡周辺の様子を先に見ておこうと考えた。
受諾を明確にしていないため、遺跡の明確な位置はまだ教えられていない。ただ、グランディアからの方角、距離を勘案し、遺跡が隠れているという森を探してみようとする。グランディアの北、となると、相対的にこの場所からは東~南東となる。少し逆戻りすることになるがと、ネージュらに告げ、そちらの方角の偵察へと向かう。
すると、そこでアデル達は暗闇の中を移動する多数の光点を発見した。
「フィン軍か?」
アデルが呟くと、ネージュはその光点の移動から推測される、後方に回り込み、少し離れた位置から程よく高度を下げる。
過去、そして先ほど見たグランの兵とは違う装備を纏った兵士らしき集団が、北北東に向けて移動をしている。北北東。それは対峙が予測されるコローナ軍のいる方角ではない。と、なると……
「これはまずいかもしれんな。ってゆーか、フィンの一般的な装備を予習してくるべきだった。」
アデルらは先にオランらの護送でレイラの所へ向かう時にフィンの国境警備隊や警邏隊の様子は目にしていたが、作戦行動中の正規軍の姿は見ていなかった。故にアデルはフィンの軍の基本装備と言う物をしっかりと把握していなかった。失敗であった。尤も、予習してあったところで、今移動している部隊は、カールフェルトやイフナス、タルキーニの旧ブリーズ三国の部隊であるので、フィンの軍とも少し違うのであるが。
「多いな。700位いるか?殆ど全て歩兵だな。少し高度を上げて、奴らが向かう先の様子を見たい。」
アデルがそう言うと、ネージュはすぐに行動に移す。高度を大きくあげると、眼下の兵が目指す方角へ向けて高速で移動をした。
するとその先に別の部隊があった。いや、部隊と呼べるのだろうか?初めてグランを訪れた時にナミやファントーニ侯の依頼で攻めた山賊のキャンプを思わせるような武装集団の拠点と思しきものだ。その様子を見て嫌なことを思い出したか、アデルの背中にいるアンナがアデルの腰を強く抱く。
そしてそのキャンプは1つだけではなかった。そう離れていないところに、さらに2つ同様の物が見られた。そちらにはグランの正規兵の装備をしている者たちもいる。少数だが騎兵もいる様だ。一つのキャンプに付き、100~150人、バラックの中にいるであろう人数を考えればさらに増え、200くらいはいそうだ。
「グラン兵もいるな。あれが義勇軍てやつか?たしかにあれが連携して動けばフィン軍も下手には動けそうもないが……」
「……敵兵の接近を知らせますか?」
アデルの様子を見てアンナが声を掛けた。
「現段階で関わりたくはないが……全滅されたり、森を焼かれたりすると俺らが面倒になりそうだしな……一番近い拠点にこっそり伝えてやるか。」
アデルはアンナに指示し、荷物袋から紙とペンを、そして魔法で氷の短槍を用意してもらうと、紙に敵兵の数と方位を記し、確認のため斥候を出すべしという警告文を結わえ、最初に見つけたキャンプの高高度真上に移動し、静かに投下した。
速やかに離れ、望遠鏡で確認すると、山賊――もとい、レジスタンス達もすぐにそれを気づき、きょろきょろと周囲を窺ったものの、念のためだろう、数名の斥候をアデルが指示した方角に向けて派遣した。
「あとはアイツら次第。全滅はしてくれるなよ。」
アデルはそう呟くと、すぐにネージュに第2旅団へ向かう様にと指示を出した。




