魔女と悪女
暗い洞窟の中、アンナの魔法による光が照らしたソレに、アデル達全員は驚き、そして思わずうめき声を上げた。
そこにいたのはボロ雑巾と化した翼人と2体のペガサス。
翼人はその白い翼の片方を無残に引き千切られており、残されたもう片方の翼や体の表面の大部分は火で焙られたような大火傷を負わされていた。ペガサスも翼こそ無事だが、鬣や体表の皮膚は似た様な状態だ。
その翼人が眩しそうに顔を上げる。何となく見覚えがある。
否、火傷により半分以上焼け爛れ、既に別物となっているが、確かに見覚えのある顔だ。
リシアだった。
「リシアさん!?」
翼人の正体に気付いたアンナが慌てて駆け寄り治療の魔法を施そうとすると、リシアはそれを止め首を横に振った。
「無駄よ。これでも《精霊使い》としてはアンナよりは上のつもりよ。もう何度も試してる。」
リシアの反応にアンナもアデルも思わず対応に困る。
「どういう状況なんですか……?」
街で見かければ何人かは思わず見惚れたであろう美貌や体躯は殆ど残っていない。アデルは言葉を選びつつリシアに今の状態を尋ねた。
「魔女――フロレンティナにやられたの。不運な鉢合わせ……という訳じゃないのだけど。アイツの魔法は“癒せない”らしい。ただ、こんな状態でも不思議と痛みはないのよ。それどころか、水も食事も必要ない。」
リシアが自虐的に嗤う。
「それって……」
「アンデッド――ゾンビともまた違うみたいね。意識はちゃんとしているし、残された身体は自分の意思で今まで通り動かせる。」
アデルが言おうとした言葉をリシアは先読みし否定した。見た感じ、話に聞くゾンビの様な状態だが、明確に否定された。
「つまり……?」
ネージュが結論を急かす。しかしリシアは最初の言葉を繰り返すのみだ。
「アイツの魔法は“癒せない”のよ。呪いの類かしらね。恐らく食らったのは爆発系の真言魔法、問題はその後。だけどこれは……悪いけどタダじゃ教えられないかしらね。」
リシアが水ぶくれの為半分も開かない目をさらに細めて嗤う。
「タダじゃ教えられないって……何か要求があるみたいですね。」
「ええ。流石に話が早いわね。アンナ。あなたが売られる迄いたというグランの村に、ルーナと言う子がいなかったかしら?歳は多分あなたよりもいくつか下、ネージュくらいの歳だと思う。」
その言葉にアンナが思わず顔を顰める。アンナがいた村にはほとんどいい思い出がない。しかしそれでもルーナという娘は知っていた。あの村長の娘だ。母親失踪後は村長宅で育てられており、ルーナは妹の様に考えていた。
「……勿論知っていますが……なぜリシアさんが?」
「なぜって……私がずっと“ドルケン放逐後”のアニタを追っていたのは知っているでしょう?」
「……そうでした。それで何故ルーナ?」
「その子を助けてあげて欲しい。それが私とペガサスたちの望み。依頼に近いかしらね。」
リシアがそう言うと、傍で話を聞くように佇んでいた、ここまでアデル達を先導してきたペガサスもチラリとこちらを見た。確かに何かを訴えかけるような表情をしている。
「村長さんには確かにそれなりにお世話になりました。ルーナも良く知ってはいますが……」
そこでアンナがアデルを見る。
「俺達は明後日にはグランの援軍として出征したコローナ軍に参加することになっています。すでに依頼として受諾済みでして、急に別の依頼と言われても……その辺の事情はリシアさんも冒険者ならご存じでしょう?」
「まあ、そうなるわよね……」
アデルの言葉にリシアはため息をつく。
「依頼の内容は詳しく知らないけど……依頼主さんと話し合ってもらえないかしら?あなた達と、依頼主さんには決して損にならない“報酬”を出せると思うのだけど?」
「……とりあえず話を聞くだけ、というのは可能ですか?聞いたら戻れないというなら、聞かずに今日は帰ります。」
「…………まあ、妥当なところね。ええ。話しましょう。ただ、持ち帰って相談のあと、結論だけは聞かせて頂戴。あなた達に頼むのが一番確実そうだけど、ダメなら次善策を考えなくてはならないからね。」
「わかりました。しかし、今日俺らがここに来ることは単なる思い付きに近い物でした。なぜ俺らがここに来ると?」
「偶然じゃないかしら?或いは、風の精霊の誘導?聞くところ、あなた達はここの精霊やペガサスたちと交流があったみたいだし。アンナの風と水の精霊はここ出身だったんじゃないかしら?」
「……まあ、確かにそうですけど。」
若干、胡散臭げな表情でアンナが頷く。
「……まあ、話くらいは聞きましょう。どう転んでも無駄にはならなさそうですし。」
アデルはリシアに話を促した。
依頼の内容は、ルーナと一緒にいるペガサスの保護。ただし、ペガサスはリシアたちと同様に負傷している可能性が高いという。ただペガサスは上位種で、例え翼がなくても風の精霊の力で飛行だけなら出来る筈だという。場所はグランディアの北の森にあるという遺跡。
「グランディア北?それ、すでに敵に包囲されてるんじゃないですか?」
話を聞いたアデルが思わずぼやく。
「ペガサスによればまだ大丈夫なんだって。その遺跡の場所を魔女たちは知らないみたい。その近くにグランの義勇軍がいるみたいで、フィン軍も簡単には動けない様ね。ただ、捜索範囲は確実に狭くなっているとのことよ。」
「義勇軍?……彼らに保護を頼んだら?」
「相手はあの魔女――フロレンティナよ?中途半端に保護してもすぐ狙われて潰されるでしょうね。」
「……えーと、義勇軍とやらは無視してでも、その子とペガサスを連れて来いと?」
「そうなるわ。」
「場所は分かっているのですか?」
「おおよそは……あとは現地で風の精霊に尋ねれば応えてくれる筈よ。」
「……なぜ、ここではなく敵軍に近い遺跡に?」
「ペガサスの“長”の判断みたいね。何かあるんでしょう。私は風の精霊に救援を求めたら彼らのお陰でここに辿り着いたのよ。」
リシアはそう言いながら傍らの火傷を負っているペガサスを示す。
「狙われたのは村?それともその子?」
「恐らくはルーナでしょう。あの村長、襲撃と同時にすぐ精霊を召喚して娘を逃がしていたわ。」
「狙われる理由は?」
「わからない。」
狙われる理由はリシアにはわからないという。アデルはそこでチラリとアンナを見るが、アンナも同様にわからないと首を横に振った。
「あの村が……フィンに襲われたのですか?」
アンナが尋ねる。
「ええ。アニタの足取りを追っていたらあの村に辿り着いてね。そこで少し探りを入れている間に、まさかの魔女ご本人の登場となった訳。」
「……村は?」
「……何とか逃げおおせた私やペガサスがこの有様なのよ。恐らくは――」
全滅しているだろうと言ったうえで、最後にこう言う。
「村長はあなたの無事を――恐らくは本気で喜んでいたわ。許せるかと言われたら難しいところだけど、あなたを人身御供にしたのは不本意だったのは確かみたい。」
リシアの言葉にアンナはうつむく。結果として今があるが、余程の幸運が絡まなければ今頃は――
アンナは何となくユナを見た。その視線を追ったリシアもユナの存在に気付く。
「ただね……確定ではないけど悪い話も聞いたの。」
リシアはそう言うとアンナではなくアデルを見た。何となく察したアデルが、他を離そうかと思ったところでアンナが首を横に振り強く言う。
「聞かせてください。」
「……アニタは恐らくはもう生きていないでしょう。ドルケンでの不自由のない生活の味を覚えてしまったのか、もしかしたら村――私たちの集落への支援にもっと色を出してしまったのか。グランの国王とも関係を持とうとして――魔女による粛清に巻き込まれたみたい。村長の話だと、恐らくは妾か何かに収まっていたらしいわ。」
「……そうですか……」
アンナは目を伏せて力なく呟く。
「20年近く掛かってようやくたどり着いた一つの終着点でこの様か。私もよくよく運がないわね。……」
リシアはそう言うと自虐的な笑みを浮かべる。
続いてリシアは成功条件と報酬を述べた。成功条件はペガサスの長の生還とルーナの保護。報酬はリシアからは各々に可能な限りの精霊魔法の伝授とフロレンティナの魔法と呪いについての情報。ペガサスからは精霊を介したグラン内の情報収拾への協力。これはグリフォンがグルド山に張り巡らせたものと同様の、微妙に制度の低い精霊のネットワークによるものだろう。アデル達にしてみれば、自分たちの偵察程の信頼性は無いが、何かの折に人海戦術や遠隔の情報収集が必要になった時には大いに助けになるだろう。実際、今リシアが伝えている情報もこれによるものの様だ。
「おや?そちらも翼人かしら?でも……うちの氏族じゃなさそうね?」
リシアがユナの翼に気付いて言う。
「連邦やらベルンやらで色々あったみたいです。連邦の翼人の武家の出らしいけど……」
「ってことは、キウル家あたりか。うちとは縁はないわね。」
家の名前が出た瞬間、ユナの身体が哀しいくらいにびくっと震えた。
「……ふうん。まずは色の良い返事を期待しているわ。」
リシアはそう言うと意味ありげな笑みを浮かべ、目でアデルらに行動を促した。
(いや、あんたに会いに来たんじゃなくて精霊の契約を――)
そこまで言いかけて、アデルはペガサスや精霊の様子からして、この“依頼”を消化しない限り、今回のそれは難しいだろうと考えた。
それと同時に、一つの打算を思いつく。
(オルタには少し悪いが……いや、こちらの方がオルタも安心するかもな。)
アデルはペガサスたちに話をし、この場でしばしの休憩させてもらうことにした。




