第2旅団
ネージュを送りだした後、アデルはまずフラムにウィリデの軍の詳細やラグについての話を尋ねた。すると割ととんでもないことがフラムの口から聞かされる。
第2旅団2000の内、ウィリデが900、ラグが500、ヴィクトルとエドガーが300ずつと言うのはギルドや壮行会場から漏れ聞きいていた通りだったが、彼等の顔合わせもまたその時が初めてで、ウィリデやフラムは他の3将の実績を知るのみでどのような人物かは知らないというのだ。
「そんな無茶苦茶な……」
アデルとオルタが呆れると、フラムは口ごもりながら言う。
「父さんが言うには、本命は第1旅団。あっちはジェラルダン元帥が率いて将兵ともに精鋭が編成されているって話よ。こっちは何というか……『露払いを競わせるつもりだろう』って話よ。」
その言葉にアデルは納得したくないが何となく納得してしまった。如何にもレオナールが考えそうなことではある。遠征に集中できるように領地のない又は少ない、新進気鋭の者を抜擢し、部隊内で競わせようというのだ。味方が味方を煽る。東征軍の具体的な編成を決めたのは主にレオナールだ。その中にはロベールを目の上のたんこぶ扱いのヴィクトル、個人、家格共にそのライバルたるエドガー、ジーン、ジャン。彼らがイスタ、エストリアの外部から組み込まれていた。前回は個々の争いだったが今度は部隊或いは纏め役としての争いになるのだろう。ここで男爵であるウィリデが大将に選ばれたとなると、恐らくはイベール子爵やジーンまでもがその“競争”対象なのだろう。実際、イベールも軍、傭兵、冒険者をうまく纏めていた。
そして煽るだけではない。実績を出した者にはそれなりの出世をさせる。イベールとカミーユ、ヴィクトルやエドガーとジーンの今の差はつまりはそう言うことなのだ。
士気と言う物は馬鹿には出来ない。確かにうまく嵌れば兵数以上の、確率や数字では予想のつかない戦果を見込める。そんな話を聞けば、アデル達の中でも、オルタ、ネージュ、ハンナ辺りは手ぐすねを引く事になるだろう。
実際、オルタは『へぇ……』とニヤリと呟いている。
『露払いね。別に俺達で(すべて)やってしまっても構わないのだろう?』と言わんばかりの表情だ。
オルタ以外にも、ヴィクトルあたりは似た様な事を考えていそうではある。――もしかしたらネージュの性格も読まれているのかもしれない。
「何となくウィリデさんが殿下からただ『纏めろ』とだけ言われた理由がわかった気がしたわ。ってことはタンヴィエ子爵ってのも、あの辺と同類なんだろうなぁ。いや……男爵の下に子爵?おかしくないか?」
将たちの顔ぶれを改めて確認したアデルがフラムに尋ねる。
「アーサー・シルベストル侯爵は知ってる?」
「聞いたことあるようなないような……」
「今の軍務大臣。その寄り子のタンヴィエ子爵家が代替わりしたらしくてね。ラグ様自身の実績は殆どないんだけど、大臣が今回の遠征に捩じ込んできたみたい。」
「そりゃあまた厄介な。ちゃんとウィリデさんの指示は聞くんだろうな?」
「聞く……とは……思うけど……」
フラムが口ごもる。
「流石に、旅団内の順位は明確に決められてるからそれくらいは踏まえてくれると思う。当人の実績の差は確かなんだし。」
「……そうか。」
アデルは今回こそ味方の方にも注意を払わなければ。と思った。
「ところで『あの辺』って?」
先程のアデルの言葉をフラムが尋ねた。アデルは答える様に、ヴィクトルやエドガー、それにジーンが先の東征、特に遊撃隊として少人数の部隊の中にあって、互いをライバル視しあい、功を独占しようとしていたことを教えた。実際、今回抜擢されたヴィクトルとエドガーは複数のオーガ、ギガースを含め多くの敵の大物を討ち取った実績をあげている。功を逸ったジャンがトロールにやられて死亡し、なんとか生き残りつつも、一歩遅れたジーンがイスタに封じられ燻りかけているのも何となく分かる。と。
人物や軍の内訳を聞いても仕方なさそうだと考えたアデルは次にウィリデの900の兵について尋ねた。
「もともと自領から連れてきたのが500、今回新たに殿下から与えられたのが300で、100が傭兵や冒険者になるね。自領の兵500の内、200は私が預かる。それ以外の400は父さんが直接か、副官を立てて指揮する。イリスたちは私の直掩というか、護衛に近い形になる。」
「ほほう。俺らは?」
「……さあ?」
フラムは首を傾げた。
「基本、単独で動く斥候ってところかね。」
「そんなところかねぇ……」
アデルが呟くとオルタがニヤリとして被せてきた。竜化したネージュの暴れっぷりを目にしているオルタは既にそれ以上の事を考えているようだが現時点で口には出さない。
「と、なると問題はうちらだな。結局、ワイバーンは下手に他国領に持ち出せないみたいだし……」
「俺とハンナが基本、地上部隊。場合によってネージュさんにお願いってところ?」
「俺としてはネージュさんに丸投げは避けたい所なんだけどなぁ……」
アデルはぼやく様に呟いた。
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翌朝、イスタの東門を出た所で出発式が行われた。
第2旅団のその大半は国軍であり、やはり国軍がメインの式となる。
アデルらアウトソーシング組は旅団の一番左端に固まって式の成り行きを眺めているといった具合であった。
ただ、その場にイリスたち白風の姿は見えない。彼女らは予想通りフラムの直属として、というよりもフラムの近衛とでも思わせるような形でフラムの傍に控えていた。正規軍ではないとはいえ、“聖騎士の鎧”を知らぬものはそうはいない。良くも悪くもいろんな意味で目立っている。良く言えば一端の騎馬部隊、悪く言えば周囲に持ち上げられているお嬢様と言った感じだ。現時点でアデルは今のヴェイナンツ男爵家の人事事情はほとんど知らない。
それでもフラムが預かる200名は元々ウィリデの領地からの兵という。この出征以前からウィリデとフラムや白風の関係を知る彼等からしてみれば、そこに白風が要る事は何の疑問もないのだろう。白風の方も全員が“本物”の聖騎士、成績上位組の特注品ではないが、その聖騎士鎧はコローナであっても騎士を志す様な武辺者ならそれがどういうものであるのかは承知している。旅団や見送りの他の将の部隊の将兵からも注目を浴びていた。そのお蔭でアデル達は良くも悪くも、ジーンやイベールには注意すら払われていない様子だった。
式といっても、大将となるウィリデの訓示と鼓舞、それに簡単な作戦・部隊の説明くらいである。
現時点ではっきりしているのは、冒険者や傭兵らの管理はエドガーが行う事になっているということくらいだ。
式の後、ヴィクトルの隊が先頭に立ち、南東へと歩みを進めた。続いて、ラグ、ウィリデ、最後にエドガーの部隊と冒険者・傭兵隊と続くことになるようだ。
アデルはエドガーの部隊が移動を開始する前に駆け足でエドガーへと駆け寄る。今回エドガーに与えられた兵士300は王都にいた中堅の軍人が主だったようだ。いきなりエドガーに近づこうとするアデルを囲み、抑える様な態勢を取る。
「あー、将軍に挨拶状を持参したのですが……」
「挨拶状?」
コローナの軍にそのような慣習はない。兵士たちが困惑した様子を見せると、すぐにエドガーが気付き説明する。
「先の東征で共に戦った者だ。心配はいらない。で、それは私宛ての物か?総大将に宛てた物か?」
「あー……そうだな。俺らの依頼主はヴェイナンツ様だし、そちらの方がわかりやすいかな?」
「それなら直接届ければいいだろう?」
「……こんな感じに?」
アデルは周囲を囲む兵たちを視線で示し肩を竦めて見せた。
「全く……昨日直接会われたのだろう?その時に渡せばよかったものを。」
「HAHAHA。その急な訪問を受けて、急遽ネージュが用意した物なんだ。」
アデルの言葉でエドガーはすぐにその挨拶状の内容を察した。
「わかった。すぐに届けてくる。」
エドガーが馬を走らせ前方へと向かうと取り残される形になった兵士たちが一様に困惑する。
「あー、エドガー様の副官ってのはまだ決まっていないのですか?」
「ディオール殿の下に小隊長が何名かいるが、副官と言うのはまだ決まっていないな。」
そう答えたのはエドガーよりも少し年上そうな兵士であった。アデルが言うのも微妙な話ではあるが、敬称が“様”や“中隊長”でない所を見ると、ある意味ぽっと出と言えるエドガーたちはまだしっかりと受けれられていないのかもしれない。前回の戦功は一兵士としての大将首の数で認められていたが、指揮官としての評価はまだこれから得て行かなければならない様だ。
アデルがそんな事を考えていると、エドガーが別の騎馬を連れて戻ってきた。周囲の兵士たちはすぐに気付いたのだろう。姿勢をびしっと正す。ウィリデだ。
ウィリデはそんな周囲を構うことなくアデルに尋ねる。
「これはいつの配置図だ?」
「昨晩ですよ。日付が変わって少し経ったくらいじゃないですかね。」
「…………これを毎朝届けることは可能か?」
「現時点では距離も相当になるし、ちょっとご容赦願いたいですかね。国境を越えた後なら出払っていない限りその都度対応も可能でしょうけど。」
「ふむ……では3日後だ。3日後の朝にはコローナとグランの国境を越えることになるだろう。その時にその時点の最新の物を用意してもらいたい。」
「それと同様の物でしたら善処します。こっちもこの規模の軍の行軍速度は良く判っていませんので。ただ、式の後国境到着までは時間くれるって話でしたよね?」
「まだ何か準備する物があるのか?」
「幾つか欲しい情報と物が。軍の役に立つ物なら後から費用を請求しても大丈夫ですよね?」
「……俺の懐具合も少しは配慮してくれよ?それからディオール殿。彼らのパーティは私が私費で指名依頼した物だ。彼らの事は私の直属という事にしたいのだが?」
「お話しは聞いています。先を越された形ですがね。わかりました。他の冒険者らにはそのように説明しましょう。」
「うむ。それではアデル。3日後だぞ?」
「承知しました。」
そのやり取りを済ませるとウィリデは急いで自分の部隊へと戻っていく。
「……どうも、お手数おかけしました。」
「……お零れくらいはもらえるんだろうな?」
アデルがわざとらしく頭を下げると、エドガーは目を細めてそのような事を言う。
「……勿論。何かご用意させて頂きましょう。」
2人で悪い笑顔を浮かべる。お堅い印象のあるエドガーだが意外とノリは良い方なのだ。
ただ、その2人のやり取りを周囲の兵士たちは不気味がった。ただ、言外にアデルとエドガー、そしてウィリデが互いに相手を承知しておりそれなりの信は置いている様だという事は伝わったようだ。
2019/12/20.第2旅団の構成を修正してあります。




