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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
204/373

再編

 新年祭から丸1週間が経過し、王都、イスタともに新年の喧騒が落ち着いてきた頃、ブラーバ亭からイスタの冒険者ギルドを通じて、アデルの所に指名依頼が届いた。

 依頼主は予定通り、ウィリデ・ヴェイナンツ男爵だ。

 元々はコローナ西部の辺境の小領主であり、イスタの冒険者組合では馴染みがないのか、ギルドの職員はその依頼主に少々首を傾げつつも、アデルの方が「事前に話は聞いているから。」と二つ返事で受託する旨を伝え、受諾した。

 報酬はパーティに対し、1ヶ月12000ゴルトに食料・物資等の必要経費、それに出来高払いのオプション付との事であった。ある意味当然だが、“密約”はこの場では提示されていない。そもそも“密約”の部分をウィリデが知っているのかすら怪しい。

 確かにBランク冒険者パーティを1ヶ月、遠征する軍の随伴として雇うというなら、相場より少し色のついた額の様だ。ただ、通常は自前持ち出しになりがちな食料・物資費用も持つというのは、人数――というよりは、胃袋の総容量といったところだろうか?が大きいアデル達には有難い話だった。ブリュンヴィンドやハンナを中心として全員食う時は食う。


 今回、アデル達が冒険者パーティとして正式に認められているのが次の通りだ。

 アデル《戦士ファイター:29》《騎手ライダー:25》他、

 ネージュ《暗殺者アサシン:30》

 アンナ《精霊使エレメンタラーい:27》《戦士:18》

 オルタ《戦士:30》他

 ハンナ《戦士:20》、《弓手アーチャー:25》

 それに騎獣としてブリュンヴィンドである。

 残念ながら、ワイバーンは個人の所有物とはみなされない為ここに表示されることはない。また、ワイバーンは現時点で国外への持ち出しが許可されずに保留となっているため、イスタのドルケン駐留部隊に一旦返却したことになっている。

 そんな中、オルタとネージュがついにレベル30に認められた。遊撃部隊としての評価が全員につき、特にオルタとネージュはオーガ、トロールクラスの大物を仕留めているのが大きい様だ。トロールは半ギレ中の白竜に我を忘れて何か吹聴していたところをがぶりとされただけなのだが、一応、文字としての公式記録はネージュが止めを刺したことになっている様だ。

 また、ハンナがギルドからBランク冒険者として十分なレベルを認められたのは有難い所である。流石に上級職である《騎士ナイト》とは認められず、《戦士》となったが。

 因みに《弓手》としての実力は30付近だろうとのことだが、新人にいきなり30以上を与える事例はなく、また人族とケンタウロスを同列に評価して良いものかという議論が起りギルド内で起きてしまい取り敢えずの妥協点で25となったそうだ。実戦能力を考えれば間違いなく25には収まりきらないだろう。



 “遠征軍”の拠点はイスタと南方辺境伯の領地であるレサドに置かれることになった。第1陣として、イスタに2000、レサドに3000の兵が新たに派遣されるとの事だ。グランに入った所で合流すれば総数5000と、前回の対蛮族東征軍の実に10倍以上の規模である。

 詳細は現時点でアデルには知らされていない。カミーユが去り、イスタの国軍管理はジーンになった後は、国軍関係の情報が閉鎖的になっている。ただギルドから漏れ聞くに、今回の遠征軍は総大将をジェラルダン・ユーグ・アラン元帥が務め、先の“東征軍”とは大きく構成が変わる様だ。という話である。


 一方でイスタや王都の冒険者たちは半々といった感じだろうか。前回東征に参加し、生き残ったパーティは大半が近場となる、魔の森制圧を目的とした北東軍へ参加するようだ。南が大分きな臭くなってきた今、立場的に(?)コローナから離れ難いラウル達もひとまずは北東軍へ1か月契約で参加することに決めたと言う。

 アデル達が個人まで知るパーティは現時点で別枠参加の白風のみとなりそうだ。また、フラムに至っては冒険者枠ですらない。ヴェイナンツ家の家臣、将の1人となるそうで、おそらくアデル達はフラムかウィリデ本人の直属辺りになるのではと予想している。



 元日翌日の公布から半月、遠征軍の正規部隊が続々とイスタに集まってきていた。その中にはアデルの見知った顔が2つ含まれることになるようだ。

 ヴィクトルとエドガーである。共に先の東征での軍功が評価され、兵士300名を抱える中隊長として抜擢され、遠征軍の将として名を連ねる事になったそうだ。

 エドガーの方が2日早くイスタに到着すると、真っ先にギルドで場所を聞いてアデルの所にやってきた。どちらも似た様な条件でアデルパーティを雇いたかったようだが、既に先約が入っている事を伝え、さらに詳しく訊ねてきたエドガーにはこっそりと彼等の用意した条件よりも、先約の方が良い事も伝えると、今後の参考にすると苦笑し大人しく引き下がった。

 ヴィクトルの方は、ネージュの体調を気遣ってみせると同時に、アンナを前線に立たせるようなことはしない等と言い出したが、そこはアデルがパーティ内の配置を勝手に決められたらそっちの方が困るとお引き取り頂いた。


 その半月間、アデル達は何をしていたかというと、概ね鍛練と偵察である。

 午前中はほぼ全て鍛練に費やしていた。内容は少々ややこしい。

 まずは、オルタがハンナとユナにレベルに見合った剣術の基礎を教える。その後、アデルがアンナとハンナに槍と楯を教え、ハンナがアデルとユナに弓を教える。ただその中ではっきりと分かった事は、人間・翼人とケンタウロスでは脚力は勿論、腕力もだいぶ違うという点だ。ハンナが引く弓は強く、アデルやオルタでさえ引くのがやっとという強さだった。ユナではどうしようもなく、ユナには初心者用の短弓が買い与えられたが、ユナは弓は余り熱心でない様だ。そしてネージュとアンナがユナに飛行を教え、アンナがネージュとユナに精霊魔法の基礎を教える。

 半月間日替わり、極端な時は時間ごとに教師と生徒が入れ替わりまくるという変則的な鍛練となっていた。特にユナは大忙しだ。


 出来る事ならアデルもオルタもユナは外に連れ出したくはないと思っているのだが、ただでさえ他種族に対する警戒心が強いと言われる翼人があれだけの仕打ちをされた後なのだ。それはもう人間不信と言うレベルではない。この1月で生きるためにオルタを始めアンナやアデル達と言葉は交わせるようになったが、それ以外の人間とは会話が出来るどころか、単独で人前に出ることも難しい。と、なると一人で留守番というのはかなり厳しい。僻地よりは治安が良いとは言え、イスタも万全ではない。況して稀少な種族、人と言葉を交わすのも苦手となれば、誰が何を考えるか分かったものではない。かと言って他に預けらる人もないため――事情を言えばディアスやソフィーなら預かってくれそうだが、ユナが嫌がっている為相談していない――戦場以外なら手元に置いておく方がかえって安心だろうという話になる。そうなると、やはりある程度の鍛練は覚悟してもらわなければならない。

 ユナはオルタの見立て通り、筋は良い。武家の出の血と、生きるための必死さが決して楽ではない訓練に何んとかしがみつかせているのだ。その辺の気持ちはアンナも理解しているらしく、折れない様に、潰れない様にと各方面から見事なフォローを見せている。ユナとしては今の所、剣>精霊魔法>斥候>弓の順で興味が強い様だ。


 ネージュは竜化時のレイラを参考にしたらしく、竜化時の意思疎通の手段その他として精霊魔法の基礎を覚えるようだ。アンナの精霊の見立てでは二人共“氷”適性が高いらしく、次に“風”と波長が合うようだ。これは普段のイメージ(?)からも何となく想像が出来たがやっぱりその通りらしい。

 ハンナは持ち前の、馬鹿が付く程の真面目さ、それに種族柄か人の想像を軽く超える膂力と戦闘への貪欲さが相俟って、見る見るうちに実力をつけて行った。

 弓、槍、楯と複数の武具を使い分けるスタイルは、実戦ではまずありえないシチュエーションだが、イスタの翼竜騎士の隊長、スヴェンを1対1の決闘スタイルでかなりいいところまで追いつめていた。


 そして午後は情報収集(偵察)&根回し(買収)活動に明け暮れた。

 基本的に、アデルとネージュ(白竜)が北東~魔の森上空を、オルタ、ブリュンヴィンド、アンナ、ユナが南東~グラン国境付近周辺の偵察に出る。南東組は深入りはせず、ユナの偵察訓練も兼ねていた。双方出発前にアンナから疲労軽減と不可視の魔法を掛けて貰い、予定エリアをぐるっと回ってくる程度の情報収集であったが、それでも、軍の斥候の情報よりも薄くとも広範囲の情報を得ることが出来るので、それを渡すアリオン、ベックマンには大分有難がれた。また南東情報は自分たちで保管しておき、いずれウィリデへと渡すつもりでいた。代わりにアリオンからは機密に触れないエストリアの防衛軍情報、敵軍主力情報や噂などを聞き、ベックマンからドルケンの北部、東部、連邦青国の情報を聞く。さらにベックマンには、連邦青国に古くからあるらしい翼人の武家を探してもらうようにお願いをした。その代わり、可能であれば――と、物騒な依頼を提示されたが、こちらも可能であればと話だけは聞いた。

 ドルケン軍の魔の森遠征に合せて、西部ヴィークマン伯爵などの地方派が何か行動を起こすのではないかという話があり、その時に可能なら駆けつけ、一発お見舞いしてほしいというものだ。ヴィークマンにはアデル達も“お世話”になっており、あちらの一方的な“黒”さえ確定してしまえば、吝かではないという話をする。もしかしたら、急にドルケンが魔の森に手を伸ばすというのは、青国への牽制だけでなく、内側の不穏分子の抽出も狙っているのかもしれない。



 ヴィクトルのイスタ到着から2日後、ついにウィリデ・ヴェイナンツ男爵ともう一人の将となるラグ・タンヴィエ子爵が到着し、総数およそ2000、全軍がイスタ揃うことになった。

 イスタの部隊は“遠征軍第2旅団”と呼ばれることになるそうだ。到着翌日の午後には現イスタ総督、イベールの主催で遠征軍の勝利を祈願する壮行会が催された。

 呼ばれたのは国軍のみでアデル達は呼ばれなかったが、こっそりと“不可視”を貰い覗きに行ったところ、第2旅団の将軍は4名、トップがウィリデで、次席がラグ、そしてヴィクトルとエドガーであるようだ。第2旅団というのはどちらかというと経験の浅い、若い(コローナ勤続年数的に)将兵が主である様である。壮行会の場において、子爵であるイベールの表情はやや曇っており、ジーンに至ってはヴィクトルやエドガーに羨望以上の何かを含んだ視線を向けることが度々あった。 

(荒れなきゃいいけどなぁ……)

 アデルはそんな思いを抱きながら、宴会会場を離脱した。

 

 壮行会終了後、出立を翌日控えた所で、フラムがウィリデを伴ってアデル宅を訪ねてきた。

 ウィリデの姿は8年前に見た時とさほど変わらず、その存在感や武人としてのオーラは劣化する事なく、以前に増して圧倒的だと感じる。

 アデルは突然の来訪に目を見開いて驚くと、すぐに大きく頭を下げて挨拶をする。

「お久しぶりです。コローナでの活躍も耳にしています。すでに貴族の座をつかみ取ったそうで……」

 アデルの言葉にウィリデは少し苦笑して答える。

「めぐりあわせが良かっただけだ。俺は自分たちに出来ることを精一杯やってきただけなんだがなぁ。まさか遠征軍に抜擢されるとは思わなかったよ。」

「領地は西部の地方だと聞いていました。蛮族の侵攻も何度かあったようですし、そちらの対処に行っていた王太子殿下ともお知り合いだったのではないんですか?」

「そりゃ知っている。実務派どころか実戦派だからな、あの方は。まあ、今回この旅団を任せられたのもその縁だろうが……お前たちの話は“色々”聞いている。」

 ウィリデはそう言うとネージュやハンナを一瞥する。

「殿下から?」

「殿下からは、ただ、『纏めて見せよ。』と言われただけだ。話に関してはポール・アルシェ殿からだな。」

「“色々”ですか……」

「ああ。色々要注意――取扱注意と言ったところか?――な冒険者だとしてな。」

「ぇぇぇぇ……」

 ウィリデの言葉にアデルは困惑というか落胆に近い声を上げた。

「いや、要警戒じゃなくて、要注意な?お前、自分で現状をどう認識してるんだ?」

「え?えー……とりあえず、イベール総督とジーン辺りからは目の敵にされているとか?」

「ジーンと言うのは知らんが、イベール殿はそこまで偏狭な人間ではないよ。まあ、ロベール・ルモニエ殿に目を掛けられていたのは事実だが、それも平民から実力と戦功で伸し上った彼を応援したいという意味での事。」

「……それにしては、壮行会を主催しつつ終始不満そうな顔をしてましたが?」

「こちらの実績を目にしていないからな。と、いうか何故そんな表情のことまで分かるんだ?軍関係者以外は立ち入れなかった筈だが。」

「そりゃ、情報収集が主な業務ですので。」

 アデルが皮肉気にそう言うと、ウィリデは呆れるように言う。

「そういうところが要注意なんだよ。門が意味をなさない、その気になれば門どころか国境すら意味がないものになる。その上で他国のお偉方と知己があり、複数の広域商会にもコネを持つ。注意されない訳が無かろうよ。下手すりゃ俺より顔が利くんじゃないか?」

 『複数の広域商会』というのが気になる所だ。カイナン商事は確定として、レインフォール商会もその情報に含まれているのだろうか?気になる所だが藪蛇を出すわけにもいかない。

「いや、流石にそれは……コローナやテラリアのお偉方とはさっぱりですし。カミーユさんも飛ばされちゃったしなあ。」

「……エルランジェ様はまた別の役割があるからな。その内分かるだろう。」

 ウィリデは意味深な事を言うが、アデルに追加の質問は許さない。

「とりあえず依頼としての契約は明日からということになるが、歩兵部隊が国境に到着するまではゆっくりしてていいぞ。今のうちに準備は完璧にしておけ。こちらからそちらへの繋ぎはフラムかイリスに頼むことになるだろう。そちらからこちらへは……代表はアデルという事だが、連絡は全てアデルが行うのか?」

「どうでしょう?緊急の場合はネージュやアンナという事もあるかと。エドガーとヴィクトルはハンナまで含めて俺達のことは知っていますし……グリフォンを見ても攻撃しない様にと伝えておいてもらえれば何んとかなるかと。」

「ふむ……まあ、それでも出発式くらいは参加してもらおうか。出発は明日の朝8時、間に合うようにフラムをここに来させるからフラムと一緒に来てくれ。その後は任せる。」

「任せると言われても……まあ、国境まで陸上部隊で2日くらい?」

「だろうな。」

「じゃあ、それまでお土産でも準備しておきますかね。」

「わかった。くれぐれも、出発式だけは参加しろよ?」

「分ってます。」

 この場にいる中でフラムだけ“お土産”の意味を理解できなかったようで、怪訝な表情を見せるが、アデルやウィリデがわかっているそぶりなのでフラムは気にしないことにした。

 ウィリデは出発式への参加の念押しをすると、1人で先に戻ると家を出て行った。

「……今から用意に行く?」

 ネージュがにやりと問いかける。

「……ネージュとアンナで行ってこれるか?とりあえず国境の向こう、最初に当りそうな部隊の情報でいい。こっちも少し確認しときたい事あるしな。」

「りょ。魔法だけもらえれば私ひとりで行ってくるけど?」

「……そうか、じゃあ悪いがそうしてくれ。ユナをどうするか考えないといけないから、アンナも残した方がいいか。」

「分かった。じゃ、アンナ、外でお願いね。」

 ネージュがアンナに言うと、アンナは頷き立ち上がった。

「さて、こっちの編成も考えておかないとな。」

 アデルはオルタとフラムにに向き直った。


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