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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
東部戦線編
203/373

幕開け

 大陸歴449年 元日 13時  天候 晴:コローナ王国・王都コローナ・王城



 連邦反攻の激化から始まり、急転直下のコローナとドルケン軍事協力協定、そして長年の友好国であったグランの王家滅亡、一昨年以上の激動の年となった大陸歴448が過ぎ、新たな年が明けた。

 そして今年もまた、元日から大きな騒ぎから始まった。


 現在、友好国グランの最後の砦となっている、元軍務大臣、パトリツィオ・ファントーニ侯爵の長女、ミリアム・ファントーニをコローナ王太子レオナールの側妃として迎えるという報が公示や新聞等で一斉に広められ、その新たな側妃のお披露目が今日の昼過ぎより行われるというのだ。

 側妃とは言え、王太子の電撃結婚。年明けの瞬間と同時に発表されたその報は、祝福と共に多くの話題や憶測を呼んだ。

 何故18才にして未婚の第2王子でなく、21才にして結婚3年目、しかし正式な嫡子のいない王太子の側妃なのか。何故、グランの王家・公爵家と言った王族でなく、元重要ポストとは言え、一家臣の娘なのか。そして、この時節にそのような婚姻を行うということは、コローナがグランの解放に積極的に関わっていくというと同義ではないのか。などなどだ。

 

 今年もまた戦地や戦争被害の地に配慮してか、一昨年まで“例年”開催されていた、派手な王侯貴族のパレードは中止された。

 現在、コローナの東西南北、相手や規模は違えども全方面で戦闘が行われ、或いは予想されている事は王都の者なら誰もが承知していた。

 今年も昨年同様、パレードに代わり王城の庭が一般開放され、王城の高層のテラスから国王一家が一堂に揃い新年の祝賀を行い、祝辞を述べる式典が催されることになっている。コローナや大陸の情勢を考えれば今後はこの形が定着して行くのかもしれない。

 そしてその式のすぐ後に特別な場を設け、婚約者の紹介、お披露目がされるという話に、昼前から開放された王城の広い庭には昨年以上の者が押し寄せ、その手には双眼鏡を持っている者も少なくはなかった。


 アデルはアンナと、ディアス、ソフィー、そしてヴェルノを含むラウルら5人と共に庭の片隅、ほぼ入口に近い位置でその様子を見ていた。今回、ネージュとオルタ、ハンナ、ユナはイスタにて留守番である。ただ、ネージュは夜のみ、ブラバドに顔を見せに来ると言うことにはなっている。

 今年はアデルもしっかりと双眼鏡を購入し、持参していた。

 テラスでは王家の者たちが一人ずつ拡声の魔具を通して祝賀を述べているが、アデル達の位置まで来ると音の減衰と周囲の喧騒によって何を言っているかまでは良くわからない。

 王様らのお言葉をしっかりと聞きたいという熱心な人達は、昼より早くに来て前の方に集まっており、真ん中よりも後は新年の記念に王子なり王女なりを一目目に焼き付けようと押しかけているという者がほとんどだ。勿論、アデルもそちら側である。


 今の所ミリアは姿を見せていない。祝辞の順番は国王、正妃、王太子の順に続き、次に王の側妃2名、あとは出生順に第1王女、第2王子、第2王女、第3王女、第3王子、第4王子……と続くようだ。

 国王こそ少し長めに丁寧に話した様だが、他は殆ど二言三言程度であった。王太子レオナールも少し長めに話したようだが、ロゼール含めそれ以外の“殿下”はものの数分で交代していく。

 今回アデルが個人的に注目していたのは、第2王女マリアンヌと第3王女ロゼール、そしてまだ姿を見せていないミリアムである。

 下から双眼鏡で覗くと、全員が全員、大きく見えるが、実際はロゼールに於いてはアデルよりも頭一つ分弱小さい。それと比べてみると、エストリアで超範囲回復魔法を見せたというマリアンヌもそれほど大きいわけではないと知る。どちらも第2妃の娘という事で、背格好はロゼールと良く似ていた。ただ雰囲気だけがロゼールよりも大人びて……大人しくというか、おっとりとして見えると言った感じだろうか。どちらも綺麗どころではあったが、果たしてミリアムと並ぶとどうだろうか?と他人の嫁ながらもアデルはその様子が楽しみだった。


 そしてまだ10にも満たぬ第5王子の短い祝辞の後、ついにミリア――ミリアム・ファントーニの登場となる。

 アデルやラウル、ブレーズ、ジルベール、そしてディアスやソフィーらの他、周囲の者たちも一斉に双眼鏡を手に取る。

(ミリアから見ればさぞかし異様な光景なんだろうな……)

 と、アデルは内心で苦笑しつつも自重はしなかった。もしかしたら『王太子妃の心構え』はずっと前から出来ており、意外と平気なのかもしれないとも思った。違うのは、本来、年下の王太子の正妃であった筈が、付き合い(滞在期間)の短い隣国の年上の王太子の側妃となったことだろう。どちらの方がプレッシャーかはアデルには知る由もない。

 ミリアムがレオナールにエスコートされテラスの中央に姿を現すと、周囲から感嘆とも羨望とも取れるため息が聞こえてくる。

 実際グランの空――あの湖の空だ。――を思わせる淡い水色にアクセント程度の大きさの金糸の刺繍の入ったドレスを身に纏い、リミッター(髪色と伊達メガネ)を外したミリアは多少のひいき目はあるかもしれないが、他の王女たちに負けていない。実年齢はアデルより1つ下だった筈だが、雰囲気は1つ上であるマリアンヌよりも大人びており、レオナールと並んでもなんら違和感、遜色はない。

 ミリアムは最初にお辞儀をし、手を振って見せた後、第5王子よりは長めの挨拶をすると、周囲のざわめきをよそにレオナールに片手を引かれそのまま奥へと戻っていった。

 そのざわめきは、コローナ、グラン、そしてアデル達にも新たな章の始まりを告げる幕開けの直後のざわめきであった。




 王城での催しが終わった昼下がり、既に夕前とも言える時間からブラーバ亭恒例の新年祭が開始された。アデル達は今年の年末はずっとイスタにいたため、その準備には一切かかわっておらず、アデルは少々気が引けていたがそれは全くの杞憂。周囲は一切そんな様子お構いなしのお祭り騒ぎだった。

 何しろ今年は“白風”に“北の英雄”、そしてレジェンドに近いディアスやソフィー、そしてアデルとしては数年ぶりとなるルベルまでも参加しており、実質的に“蒼き竜騎兵”までが参加しているとも言える状態だった為である。

 他にも昨年アデル達を負かしたA~Bランクのパーティもしっかりと参加しており、アデル達は空気になるかと思われたが、そこはアイドル、ブリュンヴィンドとアンナがきっちりと周囲の注目を集めていた。ブリュンヴィンドは存分に愛想の代価として肉をたらふく貰い、アンナは遠慮がちにアデルの陰に隠れに来るのである。どちらもここで腕を組むとか手をつなぐなどという発想が出てこない辺りが良くも悪くも自他共に兄妹扱いから抜け出せない所以だ。

 アデルにも声は掛けられたが、その大半がアデルの活躍の話ではなく、アンナやネージュの話となった。ネージュの話はブラーバ亭の方にはそれほど伝わっていないらしく、不在に対する心配の声が多かったようだが、『夜までには一度顔を出しに来る』と伝えると、『そうなのか。』と言う返事が返ってくる程度だった。

 ブラバドには当然、アデル達の最近の情報も伝わっている様で、ネージュに対する心配とハンナに対する興味をぶつけられた。

 恒例の闘技大会は今年は個人の部の様だったが、アデル達は参加しなかった。ラウル達3人や白風、ディアス・ルベルらは半強制的に参加させられていたが、良くも悪くもアデルにはその手の声は掛らなかったのである。王都・ブラーバ亭にあってはアデル達の知名度はまだまだ中堅から一歩抜け出した程度なのだ。実際、先のイスタでの模擬戦闘ではラウルどころかブレーズにほぼ完封されている。

 

 結果、優勝はラウルだった。2位は昨年も上位にいたAランク冒険者、組み合わせの妙というか、3位が白風2番手のアンジェラ、そして4位がディアスだった。白風リーダーのイリスはベスト8からの決勝トーナメントでラウルに当って敗れている。同様にブレーズもアンジェラに敗れており、同率5位という成績だ。

 例によって称賛とやっかみが吹き荒れる熱気に包まれたブラーバ亭の裏庭。その片隅でブリュンヴィンドやアンナと共に串焼きを片手に弱めの酒をチビチビやっていたアデルに声が掛けられた。

「少し宜しいですか?」

「ん?」

 アデルはその声の主を確認してぎょっとする。一般的な《神官》や《魔術師》が着込む、礼装タイプのローブの上に、高級そうなケープを纏った女性だ。


「おいおい?何でこんなところに……ってゆーか大丈夫なんスか?」

 ブラーバ亭所属の《神官プリーステス》ロゼ――その人物は即ち、先程王宮のテラスで新年の祝辞を述べていたロゼールである。

 ロゼは自分がブラーバ亭に属すことを示すタグを取り出して見せると、

「何か問題でも?」

 とにこやかに答えた。

「いや、ブラバドさんが知ってるなら問題ない……?」

 半ば疑問形で答えるとロゼは頷いた。

「ネージュは?」

「諸事情により留守番。暗くなるころには1度こっちに来ることになってはいるけど……」

「……流石にそこまで時間はとれませんね。」

 と、表情を固くする。

「話って?」

 アデルは近くにあった椅子と、2人分の串焼きを持ってきて片方をロゼに渡すとブリュンヴィンド側にロゼを座らせて、向かい合うように自分の椅子に座る。

「カールフェルト王国という名前を知っていますか?」

「ん?フランベル公国でなくて?……いや、聞き覚えはあるかな。フィンに滅ぼされた旧三国だっけ?」

「知っていましたか。では、カールフェルト王国とその王家についてどれくらい知っています?」

「フィンよりも古く、元々カールフェルトと……なんだっけ?公国が根が同じ国で、もう一つ友好国だったタルキーニってのが経済的に大きかったとか……連合を作っていたけど末期は大分複雑と言うか、仲が悪くなってたみたいな話をどこかで聞いた。」

 アデルがアンナに確認をすると、アンナは首を傾げる。アデルがこの話を聞いたのは主にレイラからで、その場にアンナは同席しておらずアンナに同様の知識はない。

「意外と――勉強されていますね。王家については?」

 ロゼが少々驚いた表情を見せる。どうやら及第点の回答だった様だ。

「最後が女王だったと。今フィンの将軍で確か――」

「はい。今、グランディアを押さえているのがその方です。つまり、現時点であなた方の最大の標的にして脅威となる人物です。」

「そんなにすごいのか。作戦指揮能力?政治能力は高いと聞いているけど。」

「いいえ。一番脅威となりうるのは、個人の力。魔法です。元々カールフェルトは大陸歴になる前から存在する魔術に長けた国で、王族は代々その中でも特別高い魔力を持っていて、口伝の強力な魔法も保有しているとの事です。」

「……具体的に、グラン攻めに使われていた?」

「どうでしょう……各種情報を集めたのですが、これといってそれに該当する魔法が使われたという話は見つかりませんでした。グランとの戦で実際に使われたのは爆発系の高レベル“真言魔法”だったようで、そちらの戦果は相当だったようですが……そのあたりは高レベルの《魔術師メイジ》の域を出ません。」

「……つまり、まだ確認されていない隠し玉や奥の手を持っている可能性があると?」

「はい。」

 アデルの言葉にロゼは真剣にうなずいた。

「……でもそれなら、俺よりもウィリデさん……ヴェイナンツ男爵にお伝えした方が?」

「そちらには兄から伝えてある事でしょう。ところでその“元”女王、何と呼ばれていたかご存知ですか?」

「フロレンティナだっけ?通り名(?)までは知らんが……」

「“亡国の美女”だそうですよ?2つ下に妹がいてそちらが“傾国の美女”だったとか。」

「ほほう。」

 喰い気味に反応するアデルにロゼとアンナが引き気味な視線を送る。尤もすぐに――

「まあ、姉――フロレンティナの方には既に子供もいて、当人も今は30半ばから40手前の筈ですけどね。」

「ああ、うん……そう……」

 急激に興味を失くすアデルを面白がるようにロゼは眺めると、

「そういえば今年は王城に行かれたんですか?」

「おう。“姫様方”のご尊顔を初めてじっくり眺めさせてもらったぜ。」

「……ミリアムさん、どうでしたか?」

「ん?」

 ロゼの問いにアデルが困惑する。

「兄の新たな側妃です。まだ婚約どまりですが、来月には正式にコローナに迎えることになるでしょう。」

「シッテル。その上でどうとは?」

「……いえ、見た目とか印象とか?」

 ロゼの言葉にアデルとアンナは互いに視線を送り首を傾げる。ロゼは彼らとミリア(ム)が既知である事を知らないのかもしれない。。

「まあ、何というか……あれで俺より年下だっていうのだから信じられませんよね。見た目の雰囲気だけなら、王太子殿下と同じくらいと言っても皆信じるんじゃないですか?」

「そうですね……」

 ロゼの反応にアデルは違和感を覚える。レオナールやポールはミリアムに関して殆どロゼ達と引き合せたりしていないのだろうか?と。

「まあ、グランで色々あったようですし……今後の両国の為にも幸せになってもらいたいところですかね。」

 何となく呟いたアデルの言葉にロゼは無意識のうちに数秒眉を寄せていた。本人も含め、誰もその事には気付けなかったのだが。

 その後、ロゼは無言で串焼きを平らげるとブラバドに挨拶をして店を出て行った。

「……なんだったんだ?ってゆーか、護衛もなしで?」

 アデルの疑問にアンナとブリュンヴィンドは首を傾げるだけだった。


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